IT重説は2019年10月から1年間、賃貸住宅電子契約は3ヶ月間それぞれ実験

賃貸住宅の賃貸借契約書の電子交付、および個人向けを含む売買取引時の重要事項説明書の電子交付(いわゆるIT重説)の実証実験が2019年10月1日から始まった。その目的は、不動産に関する説明や取引の円滑化・効率化、それらを含めた市場活性化と説明されている。
売買契約時のIT重説については、2014年に検討会が組まれてから2019年まで長期にわたって議論が重ねられてきたため、ようやく実証実験に踏み切ったことになる。

実験期間は2019年10月から2020年9月末までの1年間とこれも比較的長い期間が設定されており、東急リバブル、住友不動産販売、三井不動産リアルティ、野村不動産アーバンネットなど流通大手から中堅、中小の不動産会社59社が参加している。売買取引時のIT重説は実証実験後、検証期間を経て特段の課題がなければ2020年10月以降に正式に運用開始される見込みだ。

賃貸借契約でのIT重説は2017年から開始されたが、売買契約時のIT重説については反対意見が多く、これまで見送られてきた経緯があるだけに、実証実験を経た後の検証結果公表、および正式に運用が開始されるのかが注目される。

一方、賃貸住宅の賃貸借契約書の電子交付実証実験は2019年10月から12月までの3ヶ月間で東急リバブル、住友不動産販売など113社が参加する。IT重説同様に実証実験後に検証・評価し、宅建業法改正に向けて準備を進める予定だ。

これらの住宅販売・賃貸業務におけるIT化は、取引の安全と業務の効率化が常に天秤にかけられて議論されてきた。また、不動産業界は労働集約型の事業スタイルが多く、これまで労働生産性が低いとの指摘も受けてきたことから、IT化は避けて通れない最右翼の業界とも言われる。

IT化、具体的には取引を自動化するスマート・コントラクトにはどんな課題があり、またブロックチェーンなど取引の安全性を高めるための手法は今後活用されていくのかなど、現時点で一般に知られていないことが多数ある。
現状を踏まえ、今後の展望について、不動産業界の実情に詳しい有識者と専門家の見解を聞く。

IT重説は2019年10月から1年間、賃貸住宅電子契約は3ヶ月間それぞれ実験

本格導入するには企業側の準備が追いついていない~永井ゆかり氏

<b>永井ゆかり</b>:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り永井ゆかり:東京都生まれ。日本女子大学卒業後、闘う編集集団「亀岡大郎取材班グループ」に入社。住宅リフォーム業界向け新聞、リサイクル業界向け新聞、ベンチャー企業向け雑誌などの記者を経て、平成15年1月「週刊全国賃貸住宅新聞」の編集デスクに就任。翌年9月に編集長に就任。 全国の不動産会社、家主を中心に、建設会社、建築家、弁護士、税理士などを対象に取材活動を展開。新聞、雑誌の編集発行のかたわら、家主・地主や不動産業者向けのセミナーで多数講演。2児の母。趣味はバスケットボール、パン作り

契約書等のペーパレス化による業務効率向上に期待が集まる中、10月から「賃貸借契約における電子書面交付」の社会実験が始まった。だが、参加登録した113社のうち、積極的に取り組む企業は11月末時点でわずか3社であることが、取材で分かった。
3社は、三光ソフラングループのアップル(さいたま市)、ユーミーらいふグループのユーミーネット(神奈川県藤沢市)、ミリーヴグループの明和不動産(熊本市)。11月末時点の契約数は、店舗を限定して実施したアップルと明和不動産が、それぞれ18店舗53件、4店舗10件、全25店舗で実施したユーミーネットが40件だった。国交省によると、他は5件未満の実施企業が数社ある程度だという。

「電子書面交付」とは、書面(紙)交付が宅建業法で義務付けられている賃貸借契約書と重要事項説明書を、PDF化し不動産会社がメールなどの電子的な方法を使って、借主に送り交付するものだ。借主はタブレットやパソコン等で文書を確認し、署名・押印をするだけで契約ができる。
積極的に取り組んだ企業が3社に留まった背景には、賃貸借契約の際に、多くの書類手続きが発生することがある。社会実験で電子交付するのは賃貸借契約書と重要事項説明書だが、実務では保険や家賃債務保証、駆け付けサービスへの加入契約などの複数の書類が存在する。こうした手続きもまとめて電子化しなければ、1件の賃貸借契約で、電子契約で完結するものと、書類を郵送するものがあり、余計な手間がかかってしまうわけだ。
繁忙期前という時期的な問題もあったようだ。参加登録はしたものの実施できない会社からは、「繁忙期前の業務フローを構築することができなかった」、「どの電子化するシステムを導入するか判断できなかったりした」という声があった。また、借主の意思を確認しないと電子交付による契約はできないため、現場がそのメリットを理解しているかどうかも件数に影響する。
前出の3社については、事前に他の契約についても電子化を進めていたり、賃貸営業の現場が業務負担のメリットを認識していたことで実施件数を増やすことができた。

以上のことから、電子交付について期待はあるものの、まだまだ本格導入するにあたって企業側の準備が追いついていない。ただ、ネットで完結する賃貸借契約は、不動産会社側の業務効率という側面だけでなく、ユーザー側にとっても契約の選択肢が増え、住み替えも手軽に行えるというメリットがある。不動産会社側の準備が整い、利用者がその利便性にメリットを感じSNS等で広まれば、一気に普及するのではないだろうか。

不動産業におけるテクノロジーの導入は重要だが、データ基盤を整備する必要あり~中川雅之氏

<b>中川雅之</b>:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある中川雅之:1984年京都大学経済学部卒業。同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に「都市住宅政策の経済分析」(2003年度日経・経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年学会賞・論文賞)がある

現在国土交通省において、ITを活用した重要事項説明(以下、IT重説という)に係る社会実験が行われている。既に、同様の社会実験を経て賃貸物件に関するIT重説は解禁されているが、今回は個人間、法人間の売買に関する実験となっている。さらに、「規制のサンドボックス制度」を用いることで、まずは賃貸取引を対象に宅地建物取引業法35条及び37条に規定する書面の電磁的方法による交付の実験も同時に開始された。
ITをはじめとするテクノロジーは、大きな情報をストックし、それを分析し、即座に空間を超えて伝達することを可能とする。不動産業自体、売り手と買い手のマッチングを図り、その間の交渉(バーゲニング)をスムースに進めるための支援を行う産業である。ITという技術との相性は非常に良い。私自身は不動産業におけるテクノロジーの導入については、大胆に、スピード感をもって進めることが基本的に重要だと考える。

一方、現場でテクノロジーの導入について様々な不安を抱えていることも、理解しているつもりである。そのような意味において、「まずはやってみて」、「それを評価して」、仕組みを考えていく社会実験という手法が定着しつつあることは、私は素直に評価してよいと考えている。IT重説の検討を行う、業界、有識者をメンバーとする委員会で、大きな意見対立があり、それが神学論争のような決着のつけられないようなものになりかねなかった初期の状況を考えれば、このような手法の定着については評価すべきものであろう。

一方、指摘されて久しい米国におけるMLSような、様々な地域情報と重ねあわされたデータベースの構築はあまり進捗していない。不動産取引が一生に一回きりの買い物ではないライフスタイルに応じた住替え、買い替えを実現するためには、不可欠なツールと考えられるため、私自身は不安を感じている。
世界各国でスマートシティと言われるテクノロジーによる都市マネジメントが大きな潮流となりつつある。このような都市マネジメントはインフラ、建物、人流、各種サービスのデータの重ねあわせが必要だが、そのようなデータ基盤は官民挙げて整備せざるを得ない。全米リアルター協会(NAR)では全米のほとんどの建物を網羅するRPRというデータ基盤の整備を完了している。その場合、NARなどは今後の都市政策の展開においても大きな交渉力を持つようになるだろう。しかし、不動産業者が共有するデータ基盤として、MLSもRPRもないという日本の状況は、不動産市場をシュリンクさせるだけでなく、不動産業界の将来の社会的なプレゼンスを低下させるという、消費者のためにも、業界自身のためにもならない状況を生んでいるのではないだろうか。

完全なオンライン手続きの実現迫る賃貸仲介、売買では投資用物件でニーズあり~伊集院悟氏

国土交通省は、インターネット接続環境でテレビ電話などを使って重要事項説明を行う「IT重説」に関し、10月から個人を含む売買取引での社会実験を開始した。大手仲介会社を含む59社が登録。当初から想定されていた通り、「家」を購入することは人生においてそう何度もあることではなく、賃貸とは費用の規模も全く異なることから、実需の中古住宅売買においては、あまり社会実験の事例が出ていないようだ。ただし、投資用物件の売買に関してはニーズがある。社会実験に登録するある買取再販事業者はすでに20件弱実施しており、ほぼすべてが投資用物件という。1件目の購入の場合は対面を希望する場合が多いが、2件目以降になるとIT重説を希望する顧客も少なくないそうだ。
一方、17年にIT重説の本格運用を解禁した賃貸仲介では一歩進み、重要事項説明書などの電子送付に関する社会実験に進んだ。現状ではIT重説を行うにしても、事前に紙の重要事項説明書類の事前送付が必要だったが、それを電子署名したデータのやり取りで代替させる内容だ。12月末までの社会実験で、特段のトラブルや課題がなければ、その先に宅建業法を改正した上での本格解禁を見据えている。こちらに関してはIT重説同様、転勤者をはじめとする遠方からの顧客などに一定の需要があるようで、賃貸仲介・賃貸管理会社での事例もある程度増えてきているようだ。
不動産テック企業では将来の解禁を見据えブロックチェーンなどを使った電子契約の技術提供を行っており、スマートロックやVR内見を使い店舗に来店せずに部屋の内見を可能にするサービスも生まれている。法改正により電子書面が解禁されると、物件探しから入居申込までのすべての手続きがオンライン上で完結できることになる。数年後に賃貸契約の姿が一変する可能性がある。

伊集院悟:不動産業界専門紙「日刊不動産経済通信」記者。観光業界専門紙記者などを経て、2015年末に不動産経済研究所に入社。「日刊不動産経済通信」で行政担当を経て、2019年2月から流通業界を担当。仲介業を中心にリノベーション、賃貸住宅管理、不動産テックなどの分野を取材している。1980年生まれ

2020年 01月08日 11時05分