東京都が打ち出した「長屋規制案」

東京都では、「近年、大規模かつ狭小な住戸からなる長屋が建設されるようになり、建物の安全性の確保や居住者の避難などが懸念されています。」という問題認識にもとづき、安全条例を見直して長屋への規制を強化する方針を打ち出している。

内容としては、一定規模(延面積300m2ないし10戸)以上の長屋について、天空の通路幅を現行の2mから3mへ、裏側には50cmの通路の設置を求めるものである。さらに主要出入口(玄関)が道路まで35m以上となる場合には、通路幅を4m以上としなければならない(図1)。

しかしながら、この条例案は、目的・手段は著しく合理性を欠いている。何より、こうした不合理で不公平な都市計画・建築制度が、当たり前のように立案・制定される仕組みに深い懸念を覚える。

結果として、東京を荒廃させてもいいのだろうか?

図1)東京都安全条例改正案図1)東京都安全条例改正案

構造種別の考慮及びマンション、ミニ開発の避難路との比較

まず指摘されるのは、構造種別による耐火性能の違いを無視している点である。
鉄筋コンクリート造、鉄骨造などの耐火構造を採用した建物であれば、火災・倒壊や居住者の避難に関して安全性は確保される。東京消防庁(平成28年度)によれば、火災一件あたりの焼損床面積は、木造31.2m2、防火造11.2m2、耐火造2.3m2となっている*1。規制するとすれば、木造長屋に絞るべきだ。

次に、こうした長屋を耐火造としたときに、避難通路の安全対策は、他の用途建物と比較して行き過ぎと思われる。例えば、タワーマンション。避難階段の幅は1.2m以上、そこに一層当たり20~30戸もの居住者が殺到すれば、深刻な渋滞が発生してしまう。研究によると、群衆密度が1m2当たり4人以上になると、階段の歩行速度はゼロになる*2。また、階段室は火災を閉じ込めるために密閉構造なのだが、逆にここに煙が入り込むと逃げ場はなくなる。マンションの避難経路について、こうした危険性が明らかであるにも関わらず、実質的に放置されている。
戸建てのミニ開発(図2)では、幅員4mの通路に木造三階建てを20戸以上も区画する手法も一般的である。各住戸の前は駐車場として、可燃性の自動車が並ぶ。

また、シェアハウスについて、最近、安全条例が改訂(平成27年4月1日施行)された。そこでは長屋への規制強化とは対照的に、専用廊下の幅員は制限しない、各区画内にある廊下は両側居室としてもよい、各階にある「区画数+住戸数」が6以下なら直通階段は1つでよい、各寝室には窓先空地を設けなくてもよい、といった緩和がなされている。

図2)木造戸建てのミニ開発事例図2)木造戸建てのミニ開発事例

道路閉塞の問題

広域避難所まで安全に避難するため、という目的を達成する手段としても、本末転倒な点が見受けられる。
木造密集地においては、大地震時には建物倒壊や火災延焼等によって道路が閉塞され、広域避難所まで辿り着けない危険性が指摘されている*3。世田谷区のある地区のシミュレーションによると、木造密度が3千棟/km2の地区では発災から12時間後には道路閉塞率は26%近くになり、避難場所に向かう経路が全て絶たれて取り残される避難者の割合(避難困難率)は29%にも及ぶという深刻な事態を示している。

いくら長屋の敷地内を安全に退去しても、そこから先の道路が木造家屋の倒壊や火災で塞がれていれば、居住者を安全に避難するという目的は果たせない。

そもそも政府が優先して解消すべきなのは、こうした道路閉塞や大規模な延焼といった外部不経済の問題、つまり公害のように自らは負担なくして他人に迷惑をかける行為である。道路閉塞問題を解消せずに、敷地内の通路規制を特段に強化する意図は理解に苦しむ。

表1)接道幅員別区画数(中野区)表1)接道幅員別区画数(中野区)

木造密集地域の不燃化を阻害

そしてこの条例案が施行された場合には、木造密集地域の不燃化を妨げる、という重い副作用をもたらす恐れがある。
表1の中野区の例では、接道のない区画は1,860、接道幅員2m未満の区画が12,090を数え、いずれも接道条件を満たさないために再建築は許されない。また接道幅員2~4mの区画数は64,340に及ぶが、建替えの際には、道路幅員4mを確保するためにセットバックして敷地が削られる。このように接道不足が原因で、木造密集地域の老朽家屋がなかなか建て替わらない。

これを解消する有力な方法が、共同建替えである。図3のように接道不足の数区画と接道区画を敷地統合すれば、一体として接道条件を満たすため、耐火造の集合住宅に建替えることが法規的にも施工的にも可能になる。木造密集地域46地区で調べたところ、最大5区画を統合すれば接道不足区画の99.7%は建替え可能になる。さらに事業性試算によれば基準地価50万円/m2以上であれば、この敷地統合の効果によって、元の地権者も手元資金や所得がなくても、敷地と引き換えに従前の実質居住面積相当の住戸を取得でき、新たな入居者も相場より割安に住戸を取得することができる。そして全体の2~3割に相当する延焼危険建物を、この共同建替えの区画群に含めることで、地区全体として延焼を抑えられる*4。

こうした敷地統合でできる敷地形状は多くの場合、整形地ではなくて旗竿状敷地になるために条例によって長屋建てが求められる。あえて整形地にする場合には、接道区画の地権者に土地代に関してかなり譲歩をせざるを得ず、事業性が損なわれるだろう。ところが、今回の条例改定案では、こうした旗竿状敷地に計画される長屋の延床面積は相当に縮小せざるを得ず、その分、統合後の土地代も条例改正前よりも割安になってしまう。そのため従前の地権者には敷地を提供して共同建替えするためのインセンティブが薄まり、結果として木造密集地域の不燃化が停滞することになる。

図3)ある木造密集地域における延焼危険建物と区画統合の例図3)ある木造密集地域における延焼危険建物と区画統合の例

財産権の侵害

見逃せないのが、こうした旗竿形状の敷地、あるいは敷地統合によってこの形状になる敷地を所有する地権者にとって、長屋規制により土地の資産価値が相当に下落することである。大半の地権者にとって、こうした安全条例案の内容を都のサイトから探して読み込み、それが自分の土地利用が制限されて不動産価値を下げるという試算をするところまで至っていないのではなかろうか。避難の安全のため、と言ってまるで騙し討ちのようである。避難の安全という目的であれば、こうした財産権を侵害するような手段ではなく、耐火造の義務付けという手段で十分ではなかろうか。

このように検証すると、東京都安全条例の改定案は目的・手段とも合理性を欠き、木造密集地域の不燃化を妨げるという副作用も伴うことが分かる。そして公的な意思決定過程として、こうした条例改定案が路閉塞や延焼過程、共同建替えといった最近の研究成果を十分に反映しないまま施行されうる、ということに懸念が生じる。条例改定案とその意思決定過程について、抜本的な見直しが必要であろう。


*1 東京消防庁:第69回東京消防庁統計書、2016
*2 奈良松範、大島泰伸、渡部学:避難時の群集歩行速度について 階段における歩行、日本火災学会論文集 45(1/2), pp11-17, 1996
*3 大佛俊泰、沖拓弥:密集市街地における大地震時の避難困難率について、日本建築学会計画系論文集 第77巻 第681号、pp2561-2567、2012
*4 小滝晃、織山和久:木造密集地域の共同建替えに係る委託型組合方式の事業性に関する研究、日本建築学会計画系論文集 第80巻 第718号、pp2743-2752、2015

木造密集地域における共同建替えの事例(木造家屋3棟を耐火造長屋に建て替え)</br>写真上)before:密集した木造家屋3棟</br>写真下) after:建替えた耐火造のコーポラティブハウス木造密集地域における共同建替えの事例(木造家屋3棟を耐火造長屋に建て替え)
写真上)before:密集した木造家屋3棟
写真下) after:建替えた耐火造のコーポラティブハウス

2018年 09月16日 11時00分