23区内における延焼過程ネットワーク群

M7クラスの東京直下型地震は、今後30年間で70%程度の確率で発生すると予測されている。このとき、木造密集地域でどれほど大規模の火災が発生するだろうか?

延焼過程ネットワークの考え方を応用すると、建物毎に焼失する確率を簡単に求めることができる。
手順としては、
①延焼限界距離内(延焼を及ぼし合う距離。概ね、裸木造12m、防火造6m、準耐火造3m、耐火造0mで大規模火災のときはこれに1.5を乗じる)にある建物同士を順次結び、延焼過程ネットワークを作成する
②そのネットワーク内にある木造建物の棟数を数える
③出火率からそのネットワーク内の建物の焼失確率を求める
ということになる。

この延焼過程ネットワークにある木造建物は、ネットワーク内のどこか一箇所からでも出火したら、ネットワークを経て延焼に見舞われる。大地震のときの出火率、ネットワーク内の木造建物の棟数が分かれば、延焼過程ネットワーク内のどの一箇所からも出火しない確率は、(1-出火率)^棟数 になる。従って、このネットワーク内の木造建物の焼失確率は、
焼失確率=1-(1-出火率)^棟数
として求めることができる。

そして阪神淡路大震災のときの出火率が0.03%、夕方の17-18時台ではその2.5倍になるので、ここでは出火率は0.075%とおく。この簡単な計算式で、23区内における延焼過程ネットワーク群と各々の焼失確率を調べてみた。

火災リスクを試算したその結果は、衝撃的である。
延焼過程ネットワークのうち最大のものが含む木造建物棟数は8,988棟、次が6,988棟、6,785棟、6,508棟と続く。これらの地域では焼失確率はいずれも99%以上、いったん大地震が起これば大規模火災は免れられない。焼失確率が50%(棟数927棟以上)を超える地域が192箇所・計384千棟、20%を超える地域(棟数299棟以上)が675箇所・627千棟が広がっていることが明らかになった(図1)。

これらの焼失棟数の期待値(=棟数×焼失確率)を23区全体で合計すると、424千棟に及ぶ。この上に火災旋風の被害も加わる。一方、中央防災会議の被害想定(2013年)では23区内の焼失棟数は195千棟(冬夕、風速8m/s)、火災リスクは過小評価されていることが懸念される。

図1 延焼過程ネットワークの規模と焼失確率(23区内)図1 延焼過程ネットワークの規模と焼失確率(23区内)

整備地域や火災危険度だけでは計れない火災リスク

巨大な延焼過程ネットワークは、東京23区に広範に分布している。

ネットワーク内の棟数の大きい地域から順に30地域(焼失確率90%以上)を地図上に記すと、環状8号線の外側、中央線・京王線・小田急線の沿線などに分布していることが分かる(図2)。しかもこれらの地域206町丁のうち、東京都が公表している火災危険度5に該当するのは、20町丁に過ぎない。

従来、木造密集地域は山手通りと環状七号線の間に集中するとの前提で、こうした地域を整備地域(28地域、約 7,000ha)として不燃化施策を優先させてきた(図3)。しかし実態としては、巨大延焼過程ネットワークの相当数は、こうした従来の木造密集地域の外側に位置している。戦後復興期は山手通り・環七の間に、近年は環八外側までひきつづいて宅地が開発・細分化され、規制緩和によって3階建てのミニ戸建てが容認されて木造戸建てが密集して建てられた結果であると考えられる。

したがって「自分の住所は、整備地域でもないし、火災危険度5でもないので、火災リスクはそれほどでもない」と、たかをくくっていたら、とんでもないことになりかねない。

(左)図2 延焼過程ネットワーク上位30地域	(右)図3 整備地域(左)図2 延焼過程ネットワーク上位30地域 (右)図3 整備地域

現在の防災対策の有効性は?

防災対策は、「お上がしっかりやってくれているから安心」と言えるだろうか?
東京都では2020年を目標にした防災プランを公表し、出火・延焼の抑制については公助として「燃やさないための地域による初期消火力の強化を支援します」「火災による建物等の延焼を防ぎます」を打ち出している。これらの有効性を、延焼過程ネットワーク及び焼失確率から検証してみよう。

東京都の防災プランでは、自助・共助の取り組みとして、消火訓練や防災組織への参加をうたっている。そして「東京都防災隣組」の認定・支援によって危機意識の共有と共助人材の育成を図り、その中核である消防団の団員確保や装備資機材の整備を推進する、そして消火活動のために深井戸(11基)や親子蓋付防火水槽の整備(757基)を打ち出している。

しかし、延焼シミュレーション(豊田栄造・大村敏:災害時における延焼シミュレーション 木造密集市街地の危険性の計測手法,先端測量技術 (91), 63-67, 2006.4)によれば、延焼は出火後50~60分後で648棟にも及ぶ(図4)。これほどの大規模火災には、住民参加による消火活動では対応できない。しかも各地で同時多発的に火災が発生するので、仮に初期消火で火の勢いを留めても、東京消防庁が配備するポンプ車は673台(第66回東京消防庁統計書,2013)であり、とても間に合うものではない。

東京大空襲(1945.3.10)では、避難が許されずに猛火に対して日頃の消火訓練のまま対処したために、犠牲者は十数万人にも膨らんだ。開戦前に防空法が改正(1941.11.)され、市民は地元にとどまって空襲の消火を義務付けられたためだ。このときも、隣組や町会、学校などでの訓練を通じ、初期消火の重要性が説かれていた。

地域防災は精神論では済まされない。東京大空襲の惨事を招いた反省はなされているのだろうか?

図4 ある地区の出火後50~60分後の延焼結果図4 ある地区の出火後50~60分後の延焼結果

一定以上の揺れを感知した場合、自動的に通電を遮断する感震ブレーカーの有効性

東京都の防災プランでは、自助・共助の取組として、「漏電遮断器・感震機能付き分電盤等の設置、避難時のガス機器の閉栓、電気の遮断等の出火防止対策を実施しましょう」と提案している。
阪神淡路大地震では、出火件数計272件のうち、電気に起因するものが85件(29.8%)、不明が146件(51.2%)を占めていた。従って、地震時に一定以上の揺れを感知した場合に自動的に通電を遮断する感震ブレーカー等は、出火件数を抑えるのに有効な手段と考えられている。

ここで感震ブレーカーを対象地域一帯の全棟に普及させることで、出火率を従前の3割を抑えられると仮定しよう。元の出火率0.075%を、0.0525%にして、
焼失確率=1-(1-出火率)^棟数
を計算すればいい。この試算結果では、感震ブレーカー普及によって焼失確率は従前の91.0%から81.5%に抑える効果があると算出される(図5)。

ちなみに横浜市では分電盤タイプの感震ブレーカー設置について、単価7万円のうち2/3を補助する政策をとっている。もしこの対象地域一帯の非耐火造建物全棟に感震ブレーカー設置の補助政策を適用すると、公的負担は総額150百万円と試算される。この公的負担で、焼失確率を10ポイント下げることになる。

図5 感震ブレーカーの防災効果図5 感震ブレーカーの防災効果

特定整備路線整備による延焼遮断帯の効果とコストとリスク

都の公助の取組では「火災による建物等の延焼を防ぎます」として、「延焼を食い止め、避難・救援の道となる道路(特定整備路線)の整備を進める」ことを大きな柱にして、特定整備路線(28区間28km)の整備を進めている。この延焼遮断帯は、防災生活圏を超えて延焼が広がらないように、幅員27mを目安とした都市計画道路及び沿道の不燃化を進める政策である。

この延焼遮断帯整備の効果を、ある地区を例にとって焼失確率に基づいて検証してみよう。
この地区は不燃化推進特定整備地区に指定されており、現況では、延焼過程ネットワークに含まれる非耐火棟数は3,215棟を数え、焼失確率は91.0%に及ぶ。その火災危険性は都区内上位から26番目に相当する。計画では大和町中央通りの幅員を現況6mから16mに延長710mに亘って拡幅し、その沿道30mの区域に不燃化促進事業が実施される。道路拡幅および沿道不燃化を完了した場合に、延焼過程ネットワークに含まれる木造棟数は東側1,473棟、西側1,469棟となる(図6)。従って、この延焼遮断帯整備の期待成果は、従前の焼失確率91.0%を、従後は東側66.9%、西側66.8%に低減するに留まる。

この結果は、焼失確率の計算式から自明である。延焼遮断帯は、延焼過程ネットワークを二分することで、それぞれに含まれる木造棟数を半分にする施策である。したがって元の棟数が大きいと、半分にしてもさほど効果は上がらない。例えば元が8,988棟だとすれば、半分にして4,494棟にしても焼失確率は99.9%から96.6%にしかならない。1,000棟を半分にしても、焼失確率は52.8%から31.3%という効果である。

こうした道路を通すことは、沿道の数百棟、数千人に立ち退きを迫ることになる。そして多くの商店が連なる場所を道路によって分断し、あるいは片側を削ってしまう。延焼遮断帯の防災効果は限られる一方、本来、防災対策によって守るべき地域のコミュニティを崩壊させる。都合がいいのは、通過車両と道路工事業者ぐらいである。本末転倒ではないだろうか。
しかも公的負担も多い。この地区で、延長710mにわたり道路幅員を4m超から16mに拡幅の公的負担は、道路工事単価30千円/m2、用地買収価格(路線価)360千円/m2とおくと、総額33億円と試算される。延焼遮断帯整備に33億円をかけて焼失確率は25ポイント、感震ブレーカーの費用対効果と比べてみるとよい。

この延焼遮断帯の発想の元は、戦前・戦中の強制建物疎開に遡る。要するに空襲されて街が燃え尽きても、隣に燃え移らなければいい、後で軍隊が移動できればいい、という大本営ならではの考え方である。

焼失確率で防災効果も分かった以上、もうこうした人命やコミュニティを軽視する施策は見直すべきではないだろうか。

次回は、どういった施策が効果的なのか現状に沿って考えてみたい。

図6 延焼遮断帯による延焼過程ネットワークの分断図6 延焼遮断帯による延焼過程ネットワークの分断

2016年 02月23日 11時08分