木造密集地域の耐震性への不安

前回は、一連の優遇政策によって都市における木造戸建て群がどのように形成されていったのかを述べた。今回は木造戸建て群が現在において社会的に与えている影響について触れてみたい。

一連の優遇政策の恩恵を受けて木造戸建てを選んだ人々には、いくら自己責任とはいえ困った事態に陥っている。木造密集地域では、耐震性については「非常に不満」18.0%、「多少不満」37.7%、建物の傷みに関して「非常に不満」12.4%、「多少不満」36.9%(平成25年住生活総合調査)と不満を感じている。

耐震性は事実上ノーチェックなので、首都直下型地震の被害想定でも、都区部における木造家屋の全壊97千棟、木造総数1,102千棟のうち8.8%に及ぶ。しかし接道条件などに関して違反して建築されたため、再建築不可ないし再建築不利の建物が多い。

例えば中野区全体181千棟のうち、無接道の家屋は1,860棟、敷地に接する道路幅員2m未満では12,090棟、これらの家屋は接道条件を満たさないために単独では建替えできない。幅員2~4mでは64,340棟、これらは建替えるときは前道路幅員4mをとるように敷地境界の後退を義務付けられ、その分、居住面積が減る。例えば、容積率150%一杯に建てていたとき、間口10mで1m道路後退すると、延床面積15m2相当が減る。

そしてなにより、周りに及ぼす社会的費用が大きい。これは公害と同様、当事者以外に不利益が生じるもので、当事者がその費用負担を負わない場合は供給過剰になって社会的損失が拡大する。

戸建て棟数密度と容積充足率(東京特別区)戸建て棟数密度と容積充足率(東京特別区)

延焼の危険性と都市空間の過少利用という観点

中野区を例にとると、独立住宅(一戸建て)は建物用地の37.7%を占めるが延床面積比率では26.9%となる中野区を例にとると、独立住宅(一戸建て)は建物用地の37.7%を占めるが延床面積比率では26.9%となる

木造戸建て群の社会的費用としては、まず延焼の危険性が挙げられる。
木造密集地域は、敷地が細分化され、延焼が及ばないような隣棟距離がとれない状態で木造家屋が建ち並ぶことで形成される。こうした木造家屋が数千棟にもなれば、どこかで出火すればたちまち延焼が広がって大規模火災が発生する。そばに河川・道路に接した大きな空地あれば、火災旋風が巻き起こって数万人規模の命も奪いかねない。

そして都市空間の過少利用が問題である。
細分化された敷地に戸建てを建てるときには、民法の規定を守ると敷地境界から建物を50cm以上離す必要がある。隣地境界から斜線規制がかかるので、上部は斜めに削られる。準防火地域でも木造三階建てはできるが、準耐火造にして、構造計算書や非常用進入口、排煙計算、日影計算なども必要になる。こうした影響で、建物の容積率は指定容積率よりもかなり下回る。こうした事情から、戸建て棟数密度の高い区ほど、容積充足率(=概算容積率/指定容積率)が低い。そして、中野区を例にとると、独立住宅(一戸建て)は建物用地の37.7%を占めるが延床面積比率では26.9%。

一方、集合住宅では建物用地の37.5%を占めるのに対し延床面積では47.7%となる。都区部の全宅地面積は286.5km2。つまり戸建ては都区部の宅地の43.1%を占めている。けれども専用住宅のうちの戸建ての割合は、22.7%に過ぎない。戸建ての住民は少数派なのだが、都市空間の占有に関しては多数派である。このように都市部には、狭小住宅が密集していて低利用の地区が広がっている。何も容積率緩和をしなくても、十分な利用可能性はあるのだ。

けれども狭小の土地所有者にとっては、土地の利用度が低くても余り固定資産税等もかからないので、そのままになりがちだ。空き家問題はその一端である。一方で、都心に通勤するサラリーマンの多くは郊外に居住し、こうした木造密集地域を飛び越して、片道平均58分かけて通勤している。本来、土地の利用については所有者の自由である。

しかし他の納税者が余計に負担することを前提に、戸建て所有者の固定資産税(都市基盤のための原資)や相続税を大幅に減免し、ときには違反建築を放置してまでこのように都市空間の過少利用を容認するというのはいただけない。社会的に不公平である。

景観価値の下落という観点

そして敷地の細分化は、街の景観を損なって周辺土地の資産価値を下げる。

敷地を細分化すると、全体の住宅価格が抑えられて買い手が多くなるので、分譲住宅メーカーにはおなじみの手法である。その一方で、近隣の土地の資産価値は落ちる。

世田谷区の住宅地を対象にしたヘドニック分析で得られた地価関数(国土交通省 土地・水資源局「敷地細分化抑制のための評価指標マニュアル」平成20年3月)によると、周囲で3区画が細分化されることによって、自分の土地の価格は4.3%下がってしまう。さらにこの敷地細分化が街区全体に及ぶと、閑静で整然とした街並みが狭小住宅によって失われて、自分の土地の資産価値は25.1%下落する。

このように狭小敷地の木造戸建てを優遇させたことは、所有者にも不都合が生じる上に、大きな社会的費用をも発生させている。都市部において、狭小の木造戸建てを政策的に優遇する意義はない。こうした優遇措置をそのままにする限り、既存の木造密集地域の更新は進まないし、郊外にまで新たに木造密集地域が広がる恐れもある。

都市の住宅モデルを考える

代官山ヒルサイドテラス。低層集合住宅の見本代官山ヒルサイドテラス。低層集合住宅の見本

武家屋敷を原型とした一戸建ての魅力は、建物の周りの領域の潤いやほどよい距離感にある。戦後の一連の住宅政策は税制、建築規制、融資などの面で一戸建ての所有を優遇して、その普及を促すものだった。しかしそれは適法性を失うまでに敷地の細分化をもたらし、分譲住宅メーカーらが手掛けた狭小の木造戸建てには、元の戸建ての魅力は失われた。

その結果、木造密集地域が形成され、個々の住宅について老朽化や耐震性などに多くの所有者が不満を抱いていても、再建築は不可・不利なために不満は解消されない。そして、延焼の危険性、都市空間の過少、景観価値の下落といった多大な社会的費用と不公平が発生している。

都市の住宅モデルとしては、木造戸建てを選択したのは失敗で、江戸時代・明治時代のように町屋の基本として長屋等の低層集合住宅を選択し、これを耐火造にすべきだったと思う。その見本として代官山ヒルサイドテラスもすでに1969年から竣工している。これは高さ10m三層の前提で、建物の粒や表情を人間の尺度に抑えて路地・前庭等を巧みに配置した計画で、狭小区画をまとめて共同建替えした街並みがイメージできる。このようにして社会的費用を解消して不燃化を促すためには、狭小の木造戸建てを優遇する制度を他と公平にしていくように見直す必要がある。

例えば、都区部においては

1)小規模宅地優遇税制を撤廃する。固定資産税は土地のみとして、家屋には賦課しない
2)失火責任法を廃止するとともに、木造家屋の失火賠償責任を担保するために所有者には火災保険の加入を義務付ける
3)単独建替えを促す目的で、違法の狭小戸建てに特例措置(街並み誘導地区計画、建蔽率特例許可、三項道路、連担建築物設計制度、43条但書許可など)を講じない。共同建替えによって、補助金や容積緩和措置もなして解決できる
4)防火地域では耐火建築物、準防火地域においては耐火建築物ないし準耐火建築物を義務付けて、小規模家屋等への例外規定をなくす

といった公平な措置である。

2016年 06月06日 11時05分