木造密集地域と延焼被害

とある都内木造密集地域の現況とある都内木造密集地域の現況

写真は、都内の典型的な木造密集地域の例である。
老朽化した木造家屋が細街路を挟んで建て込んでいる。木造密集地域の面積は、「平成9年度 東京都住宅白書」(東京都住宅局総務部住宅政策室)によると都内で約24千ha、地域内には約210万世帯が居住している。こうした地域では、いったん火災を発生すると延焼が一帯に拡大しうる。

シミュレーション(「災害時における延焼シミュレーション 木造密集市街地の危険性の計測手法」豊田栄造・大村敏著)では、出火後50から60分で648棟が火災に見舞われる。地震火災は同時多発的に発生するため、ポンプ車による初期消火も間に合わない。
深刻なのは、大規模な延焼が引き起こす炎の竜巻、火災旋風である。「大火災に伴う竜巻―被服廠に生じた竜巻の研究」(相馬清二著)によると関東大震災の際には都内110か所で発生し、特に旧被服廠跡地(7ha)で起こった火災旋風は風速70~90m/秒の猛威で、避難していた4万人の命をわずか20分間のうちに奪った。

ちなみに政府や都が発表する地震被害想定には、火災旋風の被害想定は入っていない。

延焼過程ネットワーク

このような木造密集地域における延焼被害を防ぐには、どうしたらよいのだろうか。

解決の糸口は、延焼の拡大する過程を調べるところにある。延焼が起こりうるのは、出火した建物の火の移る距離内に、他の可燃性建物があるときだ。この距離は"延焼限界距離"と呼ばれ、木造では12m超、防火造では6m超とされる。集団火災の場合は、これらに1.5倍をかけた距離になる。例えば、防火木造の建物が延焼被害を受けないためには、隣棟間隔が9m超が必要である。
次に、地区レベルでの延焼危険度をみるために、ある木造家屋を点(ノード)として延焼限界距離内にある他の木造家屋と順次、線(リンク)で結んでいく。都内のある延焼危険地区(S地区)を例にこの作業を進めたところ、下図の赤線で示されるような延焼過程ネットワークが作成された。
このネットワーク上にあるいずれかの点(家屋)で火災が発生すれば、リンク先の点(家屋)も延焼しうる。リンク先(次数)の多い点(ハブ)ほど、延焼を受けやすく、かつ延焼を広げやすい。図上では赤線がもつれあったような部分が、このような延焼危険性の高い箇所になる。

都内S地区における延焼過程ネットワーク都内S地区における延焼過程ネットワーク

ネットワークの脆弱性

この延焼過程ネットワークを詳細に眺めると、赤い網目にも相当の濃淡の差があることに気が付く。リンク先の数が5の点は172、6の点が161あって、最大17の点まである。S地区において6以上の次数分布を調べると、べき分布(決定係数0.922)になっていることが分かる。べき性のネットワークは、次数の大きなハブから除去(木造密集地域では不燃化)していくと比較的少ない数でも分断できることは良く知られている。インターネットもランダムな攻撃には頑健だが、ハブを狙った攻撃には脆弱である、という同じ法則に従っている。

この要領で、延焼が拡大しなくなる水準になるまで、リンク先の多い点(家屋)から除去(不燃化)してみた。
S地区の場合では、木造家屋総数1,190戸のうち205戸、比率にして17.2%を不燃化すれば、延焼が食い止められることが分かる。下図がその結果で、グレーの家屋を不燃化したところ、赤線の延焼過程ネットワークは相当にほぐれた状態になっている。一方、任意に不燃化対象を決定した場合では、延焼拡大を阻むまでには624戸、比率にして52.4%を不燃化しなければならない。こうなると街区一括で大規模再開発する話になってしまう。しかし不燃化の対象を選択的に決定すれば、任意に不燃化するのに比べて、対象戸数にして1/3でも十分に延焼拡大を防止できることが分かる。
S地区と同じく火災危険度ランク5の町丁は都内に84地区あるが、いずれも次数分布はべき性を強く示している。したがってこのS地区でも示されたように、次数の高い点から全体で2割ほどを選択的に不燃化することで、一帯の延焼拡大を防止できることが確かめられた。そのうえ、延焼危険度の高い建物(次数の高い点)同士は隣接し合う傾向(正の次数相関)が強くみられる。
従って、延焼危険性が高く、接道不良等で単独では建替えられない建物をいくつかまとめて、共同建替えによって不燃化を図ることが、防災面でも経済面においても効果的である。

選択的な不燃化による延焼過程ネットワークの分断選択的な不燃化による延焼過程ネットワークの分断

組合方式による共同建替え

従来、建替えが進まない要因は、関係自治体へのアンケートによると「高齢化」「資金不足」「接道不良」「敷地狭小」とされる。従来の低層で歩行空間の豊かな住環境を好み、中高層マンションへの住み替えには否定的でもある。このような条件で木造密集地域の不燃化を進めるには、組合方式による共同建替えが最も適している。
方法としては以下の通り。

1.接道不良や狭小の区画を接道側の区画と計5~6区画ほど統合することで、非整形地であっても建替えを可能にする。
2.この統合効果によって接道不良や狭小の区画の価値も上がり、建替え後の住戸を交換する原資になる。リバースモーゲージを応用した住宅ローンを利用すれば、期日まで返済を繰り延べられる。
3.路地空間を生かした小規模の低層集合住宅を計画することで、以前に劣らない住環境も実現できる。
4.分譲方式は、小規模で非整形地には対応しづらい。しかし組合方式であれば数百㎡の非整形地でも個別に計画できて経済性も満足できる。
5.こうした地区に対して、空間要素の心理面の研究を踏まえたデザインコードを課す。一案だが、路地幅:2m~、高さ:~10m、粒度:三辺合計~25m、隣棟間隔:0.75m~、外壁明度:8.5~、地上階一部壁面後退:一階建蔽率△10%、といった6つのコードを条例に定めることで、建替え後には良好な都市景観を連続して形成することができる。

この方式であれば、公的な助成金や容積緩和措置等も不要であり、都区の財政負担や制度上の不公平性もない。従って、広域に亘る木造密集地域において累計で数万棟規模の建替えを進めるのにも、こうした面で不都合がない。

生活圏の内側を不燃化する

生活圏の内側の不燃化は長年の難題である。けれども延焼過程ネットワークを詳しく分析すれば、2割ほどの延焼危険建物を不燃化すれば延焼を防げること、それらは単独建替えが難しく数棟単位で集積していること、が分かった。
不燃化にはこれらの数区画を非整形ながらも統合し、共同建替えする必要がある。組合方式であれば、この小規模共同建替えの事業性を満足させ、低層で歩行空間の豊かな住環境を連続させることができる。中高層マンションと違って、地権者たちにも納得がいく住環境である。このようにして地権者たちの自助努力によって防災生活圏の内側を、漸進的かつ効果的に不燃化できるはずだ。公的施策としては共同建替えの交渉の手間を抑えるために、建替え勧告と買取価格査定を行うことで済むだろう。

マグニチュード7クラスの大地震が東京直下で発生する確率は、30年で98%と言われる。関東大震災のときと比べて、木造密集地域の範囲は3.4倍広く、密度は1.1倍高い。家屋内部には家電、家具、衣服、内装材など可燃物が著しく増大し、阪神淡路大震災では通電火災も多発した。路上の車両は、ガソリン、タイヤ、内装材、配線など可燃物の集積である。延焼拡大によって巨大な火災旋風が同時多発で発生すれば、犠牲者は数万人、数十万人にも及ぶ。自分は組合方式による低層集合住宅の建設に長年携わってきたために、木造密集地域の抱える課題や今後の都市や住環境のあり方についても考えざるを得なかった。そして木造密集地域における組合方式の適用可能性については、実務的に詳しく確証を得られる立場である。

そんな立場にいながら、そして地震火災の被害も予期できるのに、一市民としてこれをむざむざ傍観はできない。共同建替えにおける組合方式は、こうしたたまたまの巡り合わせによって導かれたものだが、それだけに本方式を木造密集地域の不燃化に役立てることは自分に残された社会的使命のように思う。何とかしたい。

木造密集地の建て替え後(耐火造による分棟形式)木造密集地の建て替え後(耐火造による分棟形式)

2014年 08月06日 11時21分