現在の住宅寿命は日本社会の思い込み

8月27日に、日米不動産協力機構(JARECO)の朝会という有識者、行政担当者、実務家が参加する勉強会で、印象的なやりとりがあった。明海大学の中城康彦教授の講演後のやりとりで、「日本の住宅の耐用年数、寿命が短い」ことに技術的な、あるいは建物に関する物理的な根拠があるのかという質問があった。議論に参加した私は、「“30年くらいで住宅寿命に達する”というのは、日本の経済社会の思い込み、あるいは暗黙の約束事のようなもので、何の根拠もない慣習をみんなでよってたかって守ろうとしているに近い」という意見を申し上げたが、とっさに無茶苦茶な思い込みだろうかと心配になった。

日米不動産協力機構(JARECO)の朝会日米不動産協力機構(JARECO)の朝会

今の日本の住宅状況を、ゲームロジックで考える

少し時間をおいて考えてみた。できるだけロジックをわかりやすく伝えたいので我慢して聞いてほしい。慣習というのは全く意味のないものはない。維持することに合理的な理由があるから、それが続いていく。中古住宅の売り手と買い手が登場するゲームで、今の状況を描写する。売り手の選択できる戦略は、自分が現在居住している住宅に関する管理レベルである。一方、買い手の戦略は「売りに出されている中古住宅の品質に関する調査をしない+中古住宅を買わない」という戦略か、「売りに出されている中古住宅の品質に関する調査を実施してそれを購入する」という二つの戦略があるものとする。

二つのゲームのプレイヤーの選ぶ戦略の組み合わせは4通りある。下の図では、それぞれについて、(売り手の利得、買い手の利得)として整理している。<管理レベル低×調べない・買わない>という組み合わせを基準にすれば、売り手だけ、あるいは買い手だけがその戦略を変えても、高いレベルの維持管理を行ったにもかかわらず中古住宅は売れないし、インスペクションを行っても質の低い住宅なので、戦略を変えた方の利得は0に下がる。しかし両方が同時に戦略を変えた場合は双方の利得が倍増する。

(売り手)(買い手)  中古の品質を調べない+買わない  中古の品質を調べる+買う
 自分の家の維持管理レベル低  (10.10) (10.0)
 自分の家の維持管理レベル高 (0.10) (20.20)

浮かび上がる

このようなゲームは複数均衡問題として知られている「解決が困難な問題」である。このゲームでは、<管理レベル低×調べない・買わない>という均衡と、<管理レベル高×調べる・買う>という二つの均衡が存在する。相手の選んでいる戦略に対して、自分も最適な反応をして「ナッシュ均衡」といわれる状態が2種類存在する。ここで<管理レベル低×調べない・買わない>均衡に社会がある場合に、双方にとってより望ましい<管理レベル高×調べる・買う>という均衡に移り変わることができるだろうか?

それはとても困難だ。表から明らかなように、一方だけが戦略を変えても、相手が戦略を変えない場合、戦略を変えた方の利得は0になってしまう。つまり、二つの均衡のうち社会的な価値が低い均衡を、価値が高い均衡に移行させることは、放っておいても実現しない。それこそ、売り手と買い手が同時に選択を変更することが必要だろう。

日本の住宅寿命が短い理由

このように日本の住宅寿命が短いというのは、悪い方の均衡が前提とするストーリーに過ぎない。今となっては何の根拠もない。高度成長期つまり都市成長の時代には、建物抜きの土地の資産価値が何の努力もなしに上昇していたため、<管理レベル低×調べない・買わない>が社会としても最適な組み合わせだったかもしれない。しかし、人口減少、少子高齢化などの環境変化を受けて、最適な均衡は表の右下のような状態に移った。しかし、過去に形成された『思い込み』を修正するのはそれほどたやすいことではない。思い込みにぶら下がる形で居住スタイル、商習慣が形成されているため、一方的な戦略の変更は損失をもたらす可能性が高いからだ。しかし、このままでは時代遅れの慣習にしばられて誰も得することのない状況が続く。不動産市場の参加者が同時に戦略を変更することは、社会にとってWINWINをもたらす。

2013年 09月12日 11時30分