新築中心の何がいけないのか?

国土交通省は住生活基本計画において13%程度しかない中古住宅比率を、23%まで引き上げることを数値目標として掲げている国土交通省は住生活基本計画において13%程度しかない中古住宅比率を、23%まで引き上げることを数値目標として掲げている

過去に形成された居住スタイル、商習慣にひきずられて、新築中心の住宅市場が形成されているという前回の話を続ける。
だけど、それの何が悪いのか?

国土交通省は住生活基本計画において13%程度しかない中古住宅比率は、欧米の7~9割という数値に比べて著しく低く、23%程度までに引き上げることを数値目標として掲げている。私もこの住生活基本計画の策定に参加させてもらったが、当初はなぜこれが行政計画になるのかが理解できなかった。
しかし今はほとんど納得している。

資産交換による移動

中古住宅を売ることができない社会というのは、「移動ができない社会」だと私は考えている。
人間は自分のライフスタイル、ライフサイクルに応じて、「住む場所と住宅を変える」。当たり前だ。自分の能力を発揮できると思う場所で働こうと思うし、家族の有無や自分の身体状況に応じた性能の住宅に住みたいと思うはずだ。
「住む場所、住宅を変える」ためには、借家を転々としない限り資産交換が必然的に伴う。
僕のように地方から出てきた人間が、結婚して東京で住宅を取得するというのは、「これから稼ぐであろう生涯賃金」によって測られる「人的資本」と「不動産資産」を交換している。そしてその後「不動産資産」同士の交換を通じて、ライフサイクルに応じたスペックの住宅、住環境、場所を手に入れる。
例えば、子供が独立して自身も高齢化して、家のスペックがライフサイクルに合わなくなってきたときに、現在の住居を売却してバリアフリー化された高齢者住宅に引っ越す。

都市成長の時代

現在所有している不動産資産の価値が上昇している、少なくとも維持されていることが、スムースな資産交換の条件となる。そうではない場合、クオリティオブライフを向上させることができないため、不動産資産の交換、移動を行う動機を持たない。
バブル崩壊以前の日本は、人口増加、右肩上がりの経済成長に裏付けられた都市成長の時代であった。都市が拡大、成長する場合、場所に帰属する権利の束の価値、地価がほぼ確実に上昇する。
つまり、「建物の管理」をしなくても、また「建物を評価する仕組み」を市場が備えてなくても、不動産資産の価値は上昇あるいは維持することが可能であった。社会の流動性や住み替えを通じたクオリティオブライフの向上を、それらの習慣や仕組みなしに達成することができた。

社会の柔軟性が失われる

しかし、今や日本は人口が減少し、都市が縮小する時代に入っている。おそらくほとんどの都市において地価は、下落が基調となる可能性が高い。
その時に不動産資産の価値を維持するかぎを握るのは建物価値であろう。
建物価値を維持するために必要な居住習慣とそれを評価できる社会の仕組みがない限り、社会の流動性は著しく低下する可能性がある。
現に図に示すようにバブル崩壊以降、日本の人口移動率は低下し続けている。

成長社会に形成された居住スタイル、商習慣を修正できない限り、我々の社会は人口移動、住み替えによるクオリティオブライフの向上という柔軟性を失い続けることになろう。

バブル崩壊以降、日本の人口移動率は低下し続けているバブル崩壊以降、日本の人口移動率は低下し続けている

2013年 09月30日 10時11分