建物向かい側の緑、公園が借景

戦後、不動産の所有が一般的になって以来、私たちは家を家族だけの閉じた空間として認識してきた気がする。ところが、このところ、必ずしもそうではない家を見かけるようになった。家を開くというような言葉を耳にすることもある。2019年11月に竣工した「Isecho NEST」 はそんな家のひとつ。家族だけが独占する空間ではなく、まちと共有する家である。

立地しているのは横浜市西区。横浜駅から1駅、京浜急行本線戸部駅から歩いて5分ほどの坂の途中である。立地上の大きな特徴は道を挟んで向かい側の一角がすべてマンションで、道路際は細長く提供公園になっているということ。階段状になった700m2ほどの公園にはさまざまな木々が植えられており、比較的区画の小さな住宅が多い周辺からするとそこだけが開放的な空間。物件の前を通り過ぎた先にも4000m2ほどの公園があり、建物の向かい側にはすべて緑があるといってもよいほどの借景に恵まれた立地なのである。

向かいのマンション、そしてIsecho NESTが立っている土地はもともと神奈川県の公務員宿舎だった敷地で、横浜市市街地環境設計制度を活用してマンションが建てられた。同制度は敷地内に歩道や広場(公開空地)を設けるなどの地域貢献を行うことを条件に、建築物の高さや容積率が緩和されるというもので、良好な市街地環境形成を誘導することが目的。施主がこの土地を購入した時点ではすでにマンションの計画は進んでおり、目の前に広大な緑地ができることが分かっていた。だったら、それをどう生かすか。公園を訪れるであろう多くの人も含めたところから計画はスタートした。

左側の2点は昼、夜の外観。窓の大きさ、開放感が特徴。右上は坂の上の公園から見下ろしたところ。階段の脇にあるのがIsecho NEST。下は建物1階から向かい側を見たところ左側の2点は昼、夜の外観。窓の大きさ、開放感が特徴。右上は坂の上の公園から見下ろしたところ。階段の脇にあるのがIsecho NEST。下は建物1階から向かい側を見たところ

住宅?店舗?道行く人が不思議に思う建物

上はコーヒースタンド利用時。下は地下の宇津木氏のオフィス 上はコーヒースタンド利用時。下は地下の宇津木氏のオフィス 

2019年11月に完成したのはオーナー住戸に賃貸住宅2戸で構成された地下1階、地上2階建ての賃貸併用住宅。各フロアの公園側に大きな窓があるのが特徴で、特に1階の角にはガラスの引き戸が使われており、明け放すと内とも外ともつかぬ空間になる。また、地下部分にも道路に面して窓があり、壁とドア、小窓しかない周辺の家に比べると非常にオープン。道行く人が時々不思議そうに立ち止まって眺めていくのは外観だけ見ていると住宅ではなく、店舗か何かのように見えるからではないかと思う。

実際、家は家族が暮らすものという「常識」からするとこの家は不思議である。1階の角のスペースはコーヒースタンドと位置づけられており、公園利用者にコーヒーなどの飲み物を振る舞ったり、集まりの場となったりする予定で、6月には日本茶インストラクターによるお茶を味わうイベントも開催された。

また、コーヒースタンドから地下に下りると2室のオフィスがある。手前はシェアオフィス、奥はオーナーと大学時代の同級生で、ともに設計に携わった建築家・宇津木喬行氏のオフィスとなっており、この2室は2戸ある賃貸住戸のうちの一つ。

「地下へはコーヒースタンドから下りることも、建物裏手から回ることもでき、2室を繋げても、分離しても使うことができるようになっています。手前は地元の方々にも使っていただけるようなシェアオフィスを想定していたものの、コロナの問題もあり、現在は私たちが会議室に使ったり、オーナーがテレワーク時の気分転換に使ったりと暫定的な使い方に。オフィスとシェアオフィス、住宅とオフィスなどとしても使えるようになっています」と、 宇津木氏。

リビングもシェア、さまざまな形で活用

コーヒースタンドと同じ1階にはもう一戸の賃貸住戸がある。こちらは現在パーソナルジムとして利用されている。元々は横浜中心部の大きなジムに勤務していた方が独立して始めたもので、すでに固定客がいるため、交通利便性は気にせずに探し、この物件が気に入った結果という。向かいの大規模マンション住民も将来のお客さんとして見込めるかもしれないという考えもあった。長らく、店舗系の不動産は交通利便性、視認性が第一条件になっていたが、これからは営業の仕方によってはそうではない選択をする例も増えてくるのかもしれない。

2階はオーナー住戸なのだが、ここも変わっている。公園側に眺望のすてきなリビングがあるのだが、ここはオーナーが利用しない時には他の人たちが使うシェアリビングになっているのである。60m2のうち、25m2は寝室その他のプライベートルームだが、それ以外は自分たちの空間でありながら、外に開かれてもいるのである。

「オーナーご夫妻は共働きで昼間は家にいません。せっかく、外の緑を楽しめる気持ちの良い空間なのでそれを独占してしまうより、地域その他の人たちにおすそ分け、共有しようという発想です。いろいろな人たちと触れ合うことで娘2人にコミュニケーション能力をという意図もあります」

その後のコロナ禍で在宅勤務が始まり、シェアリビングはオーナーのテレワークの場として活用されており、それ以前はYouTubeの撮影に使われたり、起業家のランチ会、女子大生の卒業パーティーに使われたりとさまざまに使われてきたそうだ。

2階のシェアリビング。室内からも緑が楽しめる 撮影/NATSUKI MIZUTANI2階のシェアリビング。室内からも緑が楽しめる 撮影/NATSUKI MIZUTANI

稼ぐ住宅にすることで住宅購入のリスクを払拭

コロナの影響でしばらく外に開けていないのは残念だが、コロナ禍で逆にこの住宅の価値が再認識できたと宇津木氏。家の中にいろいろな場所があることでテレワークが快適であることに加え、収入減など将来抱えるかもしれない経済的不安が軽減できているというのだ。

「もともと、この家のテーマは『依存しない住宅の実現』。賃貸部分を作ったのはそれによって住宅ローンの支払いを賄い、ライフサイクルコストを下げてお金に縛られない暮らしをしようと考えたためです。また、賃貸部以外に収益が上げられる複数個所を設けたのも長期的には収入を補ってもらうため。どのスペースにも可変性があるので、借りたい人、ニーズに合わせて変化させることでずっと稼ぎ続けられるようにもしてあります。加えて、家の中に複数のワークスペースがあるので、オーナーもストレスなく在宅ワークできています」

今後、テレワークが定着してくれば、住宅街でのオフィスニーズが高まり、シェアオフィスの利用も増えるはずだし、コーヒースタンドその他も活用されていくだろう。住宅ローン返済分+アルファの収益を生み続ける家というわけで、これからの時代にはこうした家の作り方が注目されるのではないかと宇津木氏。将来が見通しにくい時代に長期のローンを抱えて家を建てるとしたら、予測できない事態に対処できる、稼げる家にしておいたほうが安心だというのである。

地下のシェアオフィス。宇津木氏のオフィスとはドア一枚隔てられており、一体としても使える 撮影/NATSUKI MIZUTANI地下のシェアオフィス。宇津木氏のオフィスとはドア一枚隔てられており、一体としても使える 撮影/NATSUKI MIZUTANI

ごく普通サイズの家に新たな機能を盛り込む

加えて注目したいのはこの家が土地面積で100m2ほどと特に大きな家ではなく、首都圏の一戸建てとしてはごく普通サイズだという点。しかも、土地を分譲した不動会社からは7.8mという微妙な高さ制限が課せられた。普通に作ったら稼ぐ家にすることは難しい。

だが「Isecho NEST」では傾斜を活かして地下を作り、容積率の緩和を受けた。建築費はかかったものの、普通に作った場合の地上2階部分に加えて地下部分を作ることで賃貸住戸が1階、地下で2戸取れることになった。それによって住宅ローンの負担が無くなったと考えると、収益を考えた設計は重要である。建築家の中にはお金の計算を含めた設計は苦手という人もいるようだが、変動の時代に家を建てるときにはリスクマネジメントは重要。建物だけではなく、住む人の将来の不安も含めて一緒に考えてくれる人と建てたいものである。

ところで、最後にお邪魔してみての感想。自粛期間中には向かいの公園がテーマパークかと思うほど賑わったそうだが、人はやはり緑に惹かれるもの。それが目の前にある立地はやはり素晴らしい。これから普通の生活が戻ってきたら、コーヒースタンドは特等席になるに違いない。次回はお茶が飲めるタイミングでお邪魔してみたいものである。

取材協力/株式会社トリプルスリーアーキテクツ
http://www.utg-a.com/

土地面積100m2でこれだけの要素が盛り込まれている土地面積100m2でこれだけの要素が盛り込まれている

2020年 08月03日 11時05分