都心に多く残された、個人所有の小規模ビルのひとつが再生された

駅のある通りからほんの1本入っただけ。周囲にも小さなビルが並ぶ道沿いに立つ元根岸ビル駅のある通りからほんの1本入っただけ。周囲にも小さなビルが並ぶ道沿いに立つ元根岸ビル

東京の下町、上野と浅草の間にある新御徒町駅のすぐ近くで1965年に建てられた古いビルがシェアハウスとして再生された。近隣にはレトロな雰囲気のあるおかず横丁や佐竹商店街などがある地域で、都心近くではあるものの、人気が高いとは言いにくい場所。しかも、既存の建物は個人所有の1フロアに6畳程度の個室4室のRC造4階建てという小さなものである。構造的にはしっかりしてはいるものの、なにせ、古く、小さい。

「もともとは個人が所有しており、根岸ビルという名称で風呂なしのアパートとして使われていました。風呂なしでは時流に合わないと思っていても、個人所有でリフォームする費用が無かったのでしょう、空き家になっていたものに目をつけた人が私たちのクライアント。そこで私も見に来たところ、立地も良いし、間取りもシェアハウスに使えそうと考え、買い取ってもらうことにしました」と設計・施工を担当、現在は管理も手がけているゆくい堂株式会社の丸野信次郎氏。

あまり大きな声で言われることはないが、東京の都心部にはこうした規模の、個人所有の古いビルが多く残されている。所有者がほかにも複数のビルを持っているなどで金融機関と付き合いがある、後継者がいるなどの場合ならいいが、自宅兼用のビルでそれ1棟しか所有しておらず、手持ち資金がなく融資も受けられないとなると、リフォームが行われないままに放置。空き家となっているケースも少なくないはずだが、手を付けたがる人は少ない。大手にとっては小規模過ぎてうま味はないだろうし、設計事務所でも施工を別に頼むと考えると利幅は薄い。同社のように設計から施工まで一貫してやるような会社でなければできない仕事というわけだ。

立地と間取りからシェアハウスに決定

室内はシンプルの一言。キッチン、収納、内装すべてが必要最低限室内はシンプルの一言。キッチン、収納、内装すべてが必要最低限

とはいえ、同社にとってもほぼシェアハウスだけという物件は初めてという。これまでもシェアハウスにしたいと相談を受けたことは多いものの、最終的には違う用途の物件になったという。それはその建物にベストな用途を考えた結果だ。

「解体寸前だった風呂なしアパート、清澄白河の『fukadaso』、築80年超の西荻窪の日本家屋『松庵文庫』はともに最初はシェアハウスにしたいと相談を受けたのですが、どちらもそのままのほうがいいのでは?と提案しました。できるだけどこにも手を入れてないように見せる、作り変えてもそれが分からないようにと考えています。実際には『fukadaso』の錆びたトタンの外装はペンキで錆びを出したもので、あれ以上は錆びない。新しくは見えないけれど、実は新しいのです」

結果、『fukadaso』はカフェとアトリエ、『松庵文庫』はギャラリーとブックカフェになった。その一方で根岸ビルは最初に見た時から、これはシェアハウスだと思ったという。それは立地と間取り、2つの理由から。単身者にとって利便性の高い駅近の立地にあり、元から独立した個室が配された間取りはそのままでシェアハウスになると考えたのだ。間取りを変えて広めの1LDKにすることも考えはしたそうだが、水回りなどをいじると費用が嵩む。また、立地の良さから宿泊施設という考えも頭をよぎったが、用途変更の手間を考えると賃貸住宅のままが効率的と判断した。

そこで2階の2室のみを潰して共有のリビングにした以外は間取り自体はほとんど変えず、2階に3室、3階に4室、4階に2室、計9室のシェアハウス「元根岸ビル」として再生されることになったのである。

異なる広さに遊びの空間、均一的でないところに面白さ

元の間取りを活かしたため、面白いことになった。一般的なシェアハウスでは個室の広さはほぼ同じくらいになりがちだが、元根岸ビルでは9m2から16m2強までと広さはばらばら。一番広い部屋なら2人暮らしも可能だろう。

広さ以外にも、ミニキッチンのある部屋、バルコニーのある部屋などがあり、向きや日当たりが違うこともあって印象は部屋ごとに異なる。どの部屋にも共通してあるのは簡易な収納スペースと洗面、エアコン、照明だ。

さらに楽しいのは建物内にちょこちょこと遊びの空間があること。たとえば3階の公道側には猫脚のバスタブが置かれたバルコニーがある。部屋ではないので壁、天井はなく、外からの目隠しにウッドフェンスが置かれているだけなのだが、夏に行水をするとか、氷を入れてビールを冷やしたりすると楽しそうと、いろいろ妄想が膨らむ空間なのである。遊びの一環として入口には銭湯にあるような「ゆ」と書かれた暖簾もかかっており、暮らす楽しみがある。

あるいは屋上。周囲にはビルが立っており、それほど広い空間ではないものの、青空の下、遮るもののない空間はそれだけで開放的である。しかも、シンクがあり、コンロも用意されているのでバーベキューも可能。都会ではあまり使われていない場所のひとつが屋上だが、それがきちんと使えるようになっているのである。今後は物干し用のスタンドなどが置かれるそうで、実用的にも、遊びにも使える空間というわけだ。

洗面台の向こうにバスタブが置かれたバルコニーがある。もちろん、シャワールーム、バスルームや洗濯機などの共用部も用意されている。屋上も自分たちの空間として使える洗面台の向こうにバスタブが置かれたバルコニーがある。もちろん、シャワールーム、バスルームや洗濯機などの共用部も用意されている。屋上も自分たちの空間として使える

楽しんで作るから楽しい空間が生まれる

もうひとつ面白いと思ったのは、2階の共用リビングの壁。長短、種類さまざまな材が組み合わされているのである。聞いてみるとこの建物を壊した時に出た廃材を現場監督が考えながら組み合わせて作ったものという。しかも、「楽しんで作った」と丸野氏。

「会社自体は20年ほどやっていますが、10年前に家作りを始めたのは自分たちが住みたい家がない、だったら作ってしまおうという発想から。始めた頃にはそんなにこだわって作りこんでやっていけるのかと心配されたほど。普通だったらフルスケルトンにした後、300万円くらいで作って売る家に味のあるフローリングなどを使うなどして1,000万円以上をかけるなどしていましたから。でも、廃材、余りものを楽しんで使い、自分たちが面白いと思うものを作り続けていたら、カフェ部屋ブームがくるなどしてブレイク。受け入れられるようになり、今では真似したような物件も出てくるようになりました」

言われたものを作るものの、それ以上に作る側が楽しんで、面白いものを作ろうとするのが同社のモノ作りだというのである。デザインはもちろん、実用面でもここにこういうものがあったら便利じゃないかと考えて作っており、作るのが好きな人ばかりが集まっているから丸野氏いわく「プロのDIY集団」だとも。同社の空間がどこか楽しげに思えるのは作っている人が楽しんでいるからということだろう。

ちなみに個人的には洗面所その他の必要そうな場所の壁に取り付けられたスティールのティッシュボックスがツボだった。見ながら「ウチにも欲しい!」と思った。

左側が廃材で作られた壁。右手にあるカウンターもこの建物を買った人の自宅作業で残った材を使ったものとか。あるものは無駄なく使うというやり方なのである左側が廃材で作られた壁。右手にあるカウンターもこの建物を買った人の自宅作業で残った材を使ったものとか。あるものは無駄なく使うというやり方なのである

コミュニティを重視した運営でゆっくり育てる

さて、シェアハウスだが、ゆっくりと入居が始まっている。全体で9室なので急ぐことはないというのだ。

1階の玄関から階段を上がって共用リビングを通って個室へという作りになっているので、嫌でも他の入居者と顔を合わせる可能性が高くなる。人数が多く、掃除その他は外部の人がやる、空間だけをシェアするスタイルなら、隣が誰でも互いに気にならないだろうが、この規模では隣人は重要。そのため、コミュニケーションが取れる人かどうかを慎重に検討しているのだという。シェアハウスを作ろうと思う人の多くはシェアハウスはリスクなく儲かるものと考えている節があるが、そうではないと丸野氏。最初にきちんと手間をかけてコミュニティを作っておかないとうまくいかないと考えているのだ。

幸い、問合せ、申込しみは多く、中心は20代後半から30代、40代後半までと幅広い。外国人や海外からもあるそうだ。

また、1階のかつて倉庫だった場所には今後、DIYバー(!)が入る予定とのこと。1階は建物の顔と考える丸野氏が自分で誘致した店で、モノを作る人たちが一緒に作る過程を楽しんだり、情報を交換できるような場になるらしい。カフェが多いこの辺りでバーというのは新味だろう。近くには廃校を利用した、デザイナーやクリエイター支援のための場・台東デザイナーズビレッジもある。そこに新しくモノを作る人たちが集まる場ができれば面白いことになりそうだ。

1階からまっすぐ階段を上ったところが共有のリビング。入居者同士顔を合わせる可能性が高いだけにコミュニティは意識している1階からまっすぐ階段を上ったところが共有のリビング。入居者同士顔を合わせる可能性が高いだけにコミュニティは意識している

2019年 08月19日 11時00分