のどかな水田風景に囲まれた、最先端バイオベンチャーのまち

山形県の日本海沿岸南部(庄内地方)に位置する鶴岡市は、庄内米やだだちゃ豆の産地として知られるのどかな田園都市だ。人口約13万人、高齢化率は32%(2015年)。他県の農村地域と同様に少子高齢化の課題を抱えているまちでもあるのだが、いま『鶴岡モデルのまちづくり』が注目を集め、全国の自治体や企業が続々と視察団を送り込んでいることをご存知だろうか?

その名も『鶴岡サイエンスパーク』。水田地帯のど真ん中に、最先端のバイオテクノロジーの研究施設と話題のバイオベンチャーが集まる“巨大なまち”が出現したのだ。

============================================

「サイエンスパークと呼ばれるエリアは、全体で約21.5ヘクタールの広さがあります。もともとは20年ほど前に当時の鶴岡市長だった富塚陽一さんが構想を立ち上げたものなのですが、当時の鶴岡は人口減少がずっと続いていて、市長は“優秀な若者ほど都会の大学へ進学し、大企業へ就職したまま地元へ戻ってこない”と頭を悩ませていました。空港にも近い鶴岡には多くの工場が集まっていましたが、今後企業誘致だけを進めても、景気の波を受けいつ撤退するかわからず持続的ではない…そこで“ここ鶴岡から新しい産業を生み出そう”と大きく舵をきったのです」

そう語るのは、サイエンスパーク内に本社を置くヤマガタデザイン株式会社広報チームの長岡太郎さん。『ヤマガタデザイン』は『鶴岡サイエンスパーク』のまちづくり会社として2013年に設立された。この『ヤマガタデザイン』設立の経緯は後半でご紹介するとして、まずは『サイエンスパーク』の成り立ちについて長岡さんに解説していただいた。

▲羽田から約1時間。『庄内空港』から車で15分の場所にある『鶴岡サイエンスパーク』。日本の原風景ともいえるのどかな水田地帯のど真ん中で、最先端のバイオテクノロジーの研究が進められている。首からIDタグを下げた研究者と、地元農家のお父さん・お母さんたちが田んぼのあぜ道ですれ違い、にこやかに挨拶を交わす…何とも不思議な光景が広がるが、この『鶴岡サイエンスパーク』の成り立ちは“世界基準の地方再生の成功例”として注目を集めている▲羽田から約1時間。『庄内空港』から車で15分の場所にある『鶴岡サイエンスパーク』。日本の原風景ともいえるのどかな水田地帯のど真ん中で、最先端のバイオテクノロジーの研究が進められている。首からIDタグを下げた研究者と、地元農家のお父さん・お母さんたちが田んぼのあぜ道ですれ違い、にこやかに挨拶を交わす…何とも不思議な光景が広がるが、この『鶴岡サイエンスパーク』の成り立ちは“世界基準の地方再生の成功例”として注目を集めている

地元で産業を生み出すために、未知の分野の学術研究に対して“投資”を行う

「市長が構想を立ちあげたあと、2001年に慶應義塾大学の研究所の誘致に成功しました。それが冨田勝教授率いる『慶應義塾大学先端生命科学研究所』で、SFCにある研究所の分館のようなイメージでした。当時、鶴岡市側からは“建物も土地もすべて行政が準備しますから、鶴岡へ来てください”とお願いし、冨田教授も“とにかく自由に研究させてほしい”という要望を大学側に出して、鶴岡タウンキャンパスが開設されました。

その頃、冨田教授が提唱されていたのは、従来型の“仮説を立てて結論を導く手法”ではなく、“すべてのサンプルデータを取りきった上でコンピューターによる解析を行い、その答えを探す”という研究領域が今後必要になってくるということ。例えば、近年病気診断等で注目を集める『メタボローム解析』は、人の唾液や便などを解析することで、その時点での健康状態を把握できる超高性能の成分分析の技術ですが、それを飛躍的に進歩させたのがこの研究所でした」

============================================

「鶴岡で研究をするのだから、世界でやらないことをやりたい。普通の研究をしたい奴はここには来なくていい」というのが冨田教授の方針。その結果、東京ではなかなか予算がつきにくい“ちょっと変わった研究”を続けている優秀な研究者たちが鶴岡に集まるようになり、その中から世界の先端を担うバイオベンチャーが続々と誕生した。単に“大学のキャンパスの誘致”を行ったのではなく、長期的な目線で“学術への投資”を行い、そこから“次なる地元産業を生み出そう”と考えた点は実にユニークで、冨塚前市長の先見の明が功を奏したと言えるだろう。

▲サイエンスパーク内で誕生したベンチャー企業は、メタボローム解析によるうつ病の診断キットを開発した『HMT』、人工的に作ったクモの糸から多種多様な繊維を生み出す『スパイバー』、人の便から腸内細菌の遺伝子情報を分析し未病の発見をおこなう『メタジェン』など。「パーク内の企業同士はとても仲が良いですし、研究者の方たちも続々と登場する先輩ベンチャーに刺激を受けています。“新しいことにチャレンジし、失敗してもそれを称えよう”というマインドが育まれているように感じますね」と長岡さん▲サイエンスパーク内で誕生したベンチャー企業は、メタボローム解析によるうつ病の診断キットを開発した『HMT』、人工的に作ったクモの糸から多種多様な繊維を生み出す『スパイバー』、人の便から腸内細菌の遺伝子情報を分析し未病の発見をおこなう『メタジェン』など。「パーク内の企業同士はとても仲が良いですし、研究者の方たちも続々と登場する先輩ベンチャーに刺激を受けています。“新しいことにチャレンジし、失敗してもそれを称えよう”というマインドが育まれているように感じますね」と長岡さん

東京の会社から断られ、庄内地区の地元企業から23億円もの資金を調達

▲長岡さんは、同じ山形県でも村山地方に位置する寒河江市の生まれ。ジャーナリストを目指してNHKの記者になったが、自身で取材をした『ヤマガタデザイン』のプロジェクトに感銘を受け2016年に入社。「鶴岡に住民票を移し、家も買いました。弊社の社員は全員庄内地区に住民票があります。“自分のまちの未来のために今やるべきことをやっている”と思うと楽しくチャレンジを続けていけるんです」▲長岡さんは、同じ山形県でも村山地方に位置する寒河江市の生まれ。ジャーナリストを目指してNHKの記者になったが、自身で取材をした『ヤマガタデザイン』のプロジェクトに感銘を受け2016年に入社。「鶴岡に住民票を移し、家も買いました。弊社の社員は全員庄内地区に住民票があります。“自分のまちの未来のために今やるべきことをやっている”と思うと楽しくチャレンジを続けていけるんです」

しかし、こうしたサイエンスパーク内の最先端の蠢きに対して、過去には一部住民から疑問の声もあった。「何をしているのかよくわからない学術」に対して莫大な税金を投じているだけで、地元の人たちにとっては「地域がすぐに潤う実感」が無かったからだ。

また、当初は「研究者が利用できる施設」を作る計画はあったものの「地域の人たちも利用できる一般商業施設等は作らない」というルールのもとで開発が進められてきたため、残された土地をどう活用するか?が課題となっていた。

そんなときに偶然鶴岡を訪れたのが、後に『ヤマガタデザイン』を創立することになる山中大介氏だった。

============================================

「代表の山中はもともと東京生まれ・東京育ち。慶應の出身で、当時は大手不動産会社で商業施設開発の仕事を担当していたのですが、自分自身で何か新たな挑戦をしてみたいと考えていたときに相談にのってもらったのが、親友の父だった冨田教授でした。

教授に誘われて2013年にサイエンスパークを初訪問。そこで、案内をしてくれた『スパイバー』の関山社長から、“これからの時代は自分たちで価値を生み出し、人類社会に貢献していくことが大事なんだ”という熱い話を聞いて刺激を受け『スパイバー』に転職し、その2ヶ月後に『ヤマガタデザイン』を設立したのです」

当時のサイエンスパークでは、全21.5ヘクタールの面積のうち行政の主導のもとで7ヘクタールの開発までは完了していたものの、残る約14ヘクタールは構想のままだった。また、残りの土地はすべて農地だったため、農地転用して開発に着手できるような専門会社も必要だった。

「不動産の知識を持っていた山中としては、そこに使命感を感じたようですね。会社設立時の資本金はわずか10万円。資金調達のために東京の企業をまわりましたが、残念ながらどこからも“リターンが見込めない”と断られました。確かに、バイオベンチャーならまだしも、上場をしないことを宣言している“小さなまちづくり会社”には、怖くて出資できないですよね(笑)」

潮目が変わったのは、地元の山形銀行がリスクを取って支援を決めたこと。そこから支援企業のネットワークが広がり、すべて庄内地方の地元企業で資金調達が完了した。

その金額は、なんと23億円。地元ベンチャーとしてはありえない巨額の資金規模であり、さらに、ほぼ“地元で資金調達”を実現できたことはかなり珍しい事例だという。

不動産ディベロッパーではなく、“まちづくり会社”を目指す

▲「資金調達額の23億円は、ほぼ地元企業から」という『ヤマガタデザイン』。「地方企業はお金がない」と思われがちだが、実は「お金はあるのに、使い道がない」という庄内のようなケースもあるようだ。「地元でどういうプロジェクトを生み出すか?誰がそのプロジェクトを担当するか?の部分をたまたま『ヤマガタデザイン』が請け負うことになり、地元の皆さんが半信半疑ながらも賛同して応援してくれたという感じですね。まさに“地元企業総動員”の状態です」と長岡さん。※写真は『ヤマガタデザイン』が新たに手がけたホテルプロジェクト『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』の外観▲「資金調達額の23億円は、ほぼ地元企業から」という『ヤマガタデザイン』。「地方企業はお金がない」と思われがちだが、実は「お金はあるのに、使い道がない」という庄内のようなケースもあるようだ。「地元でどういうプロジェクトを生み出すか?誰がそのプロジェクトを担当するか?の部分をたまたま『ヤマガタデザイン』が請け負うことになり、地元の皆さんが半信半疑ながらも賛同して応援してくれたという感じですね。まさに“地元企業総動員”の状態です」と長岡さん。※写真は『ヤマガタデザイン』が新たに手がけたホテルプロジェクト『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』の外観

設立から5年、いまや『ヤマガタデザイン』は55名の従業員を抱える企業となった。そのミッションは『山形・庄内で次の世代につなぐまちをデザインすること』だ。

「僕が入社した当初は“不動産ディベロッパー”を名乗っていたのですが、僕らが本当にやりたいことは不動産開発のように箱を作ってテナントさんを探して終わり…ということではなく、自分たちで箱を作った上で、その運営スタイルもゼロベースから積み上げて地域に最適なモノづくりをおこなうこと。社員みんながそれに気付いて以来、“まちづくり会社”を名乗りながら事業を進めるようになりました」

『ヤマガタデザイン』が取り組む事業は多岐にわたる。集合住宅の企画と管理、地域情報やリクルートサイトなどWebメディアの発信、カフェ・レストラン事業、ホテル事業、子育て支援施設の運営、そして、農業。

「僕らが何を事業化していくか?は実に明確で、“地元ですでに誰かがやってること”は、やりません。地元の人たちと競合するのではなく、共にまちをつくるパートナーとして“いま地元に足りないもの・必要なもの”をつくっていきたいんです。

特に『農業』に関しては、ぜんぜん専門家ではありませんから、地元農家の方からアドバイスをもらったり、JAの皆さんとも良好な関係を深めたりしています。そんな中で“このハウスの形、もっと変えられないかな?”とか、“この機械、使いにくいから自分たちで作っちゃおうか”とか(笑)。素人ならではの新しい発見を自分たちで積み上げて、モノになるものを生み出そうと考えています。今後は、漁業とか林業、エネルギーの分野にもチャレンジしたいですね」

2018年9月、地元待望のホテルが開業、11月には子どもたちの遊び場も

地元企業からも期待を集める『ヤマガタデザイン』の新プロジェクトとして、いま話題を集めているのが建築家・坂茂氏が設計した世界初のホテル『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』の開業だ。

ホテルをぐるりと囲むのは水を湛えた水田。ガラス越しに眺める水田はまるでリゾートホテルのインフィニティプールのような美しさで、館内には地域住民も自由に利用できるライブラリーや、地元食材のメニューを揃えたカフェ・レストラン等もある。また、ホテルの隣にはモノづくりラボを備えた子どもたちの遊び場『キッズドーム・ソライ』も11月にグランドオープンする予定だという。

次回のレポートでは、『ヤマガタデザイン』が“まちづくり”に取り入れているデザインへの挑戦。『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』と『キッズドーム・ソライ』に焦点を当てる。

■取材協力/ヤマガタデザイン株式会社
https://www.yamagata-design.com/

▲「駅前のビジネスホテルはいつも満室で宿泊施設が足りない」という課題を解消するために143室の『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』を2018年9月に開業。館内には客室やレストランのほか、ビジネス利用も可能な会議室・応接室、地元の酒や食材などを購入できるショップ、天然温泉、フィットネス等も揃っている▲「駅前のビジネスホテルはいつも満室で宿泊施設が足りない」という課題を解消するために143室の『SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)』を2018年9月に開業。館内には客室やレストランのほか、ビジネス利用も可能な会議室・応接室、地元の酒や食材などを購入できるショップ、天然温泉、フィットネス等も揃っている

2018年 10月22日 11時03分