マンション防災の担い手は管理組合

冊子作製を提案した小田氏と取材・執筆などにあたった山本氏冊子作製を提案した小田氏と取材・執筆などにあたった山本氏

2018年の年末、一般の人向けにマンションの防災、減災のための事例を分かりやすくまとめた冊子が発刊された。「マンション防災減災事例BOOK VOL.1」である。企画した同冊子制作委員会の小田理恵子氏によると、自治体の防災対策ではマンションについては抜け落ちていることが多いという。

「都市ではマンション居住者が多いにもかかわらず、自治体の防災対策では蚊帳の外とされていることが少なくありません。たとえば避難。一戸建ての場合、状況に応じて避難する場所があり、避難所に行けば支援物資などが割り当てられることになっていますが、マンションでは建物が被災していなければマンション内に留まることに。安全確認、支援物資の配給その他、自分たちでやることになるはずですし、被災後、建物に被害があったらそれをどうするかも自分たちで考えなくてはいけない。多くが管理組合に任されているのですが、現時点ではそのために必要な情報はほとんどない状態。一部には対策を考えているマンションもありますが、大半はそうではありません。そこで、まずは先進的な取組み事例をまとめることで、他の管理組合の参考になればと、冊子の制作を思いつきました」

先行事例があれば全くゼロの状態から考えるより効率が良いのに加え、理事会での合意形成が早まるというメリットがある。そこで、マンションの管理組合に参考にしてもらえることを意識、マンションの規模、地域、取組みの内容の異なる事例を集めることにした。

実際の取材にあたっては2018年4月に被災地支援から得た経験をまとめた「おいしいミニ炊き出しブック」の制作にあたった山本美賢氏に声をかけた。また、減災に知見のある一般社団法人減災ラボ、NPO法人かながわ311ネットワークにも協力を要請、事例収集、取材にあたってもらった。

被災後の対応、建替えには普段の人間関係が大事

ライオンズタワー仙台広瀬の東日本大震災の教訓が盛り込まれた災害時対応マニュアルライオンズタワー仙台広瀬の東日本大震災の教訓が盛り込まれた災害時対応マニュアル

完成した「マンション防災現減災事例BOOK」(VOL.1)に掲載されているのは、北は東日本大震災を経験した宮城県仙台市の「ライオンズタワー仙台広瀬」から、南は熊本地震被災後、早々に建替えを決議した「上熊本ハイツ」までの10事例。多くのマンションの参考になるようにとマンションの規模、地域、取組み内容などがかぶらないように収集してあるという。以下、簡単に事例集のうちから興味深いものをご紹介していこう。

まずは被災からわずか1年半で建替え決議が成立、2020年には竣工予定という「上熊本ハイツ」。築37年、5棟からなる団地型の物件で、熊本城からもほど近い場所に立地する同物件はほとんどの住民が竣工時からの顔なじみ。日頃から子ども会や老人会などの地域活動が活発で、そこで培われた人間関係が早期の建替え決議に生きた。被災後、バラバラに避難生活を送る区分所有者全100戸・98人を管理組合はすべて把握していたというのである。もし、行き先不明の人が多数いた場合には決議は不可能だったはずと考えると、平時からの人間関係がいかに大事かがわかる。

発災から約1週間後には管理組合の理事会メンバーと住民有志が今後の対応を検討、3週間後には理事会配下に復興特別委員会を立ち上げ、約2ヶ月半後には週2回のペースで理事会と復興委員会が両軸で動くようになったそうで、こうしたスピード感で動ける人たちがいたことがポイントだったのだろうと思う。

被災マンションの事例ではもうひとつ、東日本大震災を経て、ちょうど作成中だった防災マニュアルを充実させた「ライオンズタワー仙台広瀬」がある。同物件の防災マニュアルには発災直後から時系列でどんなことが起きたか、どう対応したかなどが細かく盛り込まれており、同じタワーマンションであれば参考になるはずだ。

海辺には最強マンションがあった

取材にあたった山本氏が最強の防災マンションと評するのは横須賀市にある「よこすか海辺ニュータウンソフィアステイシア」だ。東京湾に臨む立地であることから地震、津波の両面からの防災を考えており、地震発生時は敷地内にある自走式立体駐車場の最上階、津波警報発令後はマンション13階の共用スペースを災害対策本部にする計画だという。

様々な取組みがなされているが参考にしたいポイントは2点。ひとつは「既往症」「常用薬」「かかりつけ医療機関と担当医」などの詳細な情報が記載された居住者台帳。個人情報を盾に名簿作りが困難なケースが少なくない状況下、ここまでの台帳が作成できたことに住民の意識の高さがうかがえる。

もうひとつは災害時には区分所有者の事前同意を得ることなく、住戸内の負傷者を救出するため、自主防災会が玄関や窓を破壊することができるようにするなど、管理規約にも手を入れていること。緊急時にいちいち総会を召集しなければ動けない仕組みのままでは居住者にとって役立つ防災体制は確立できないという信念があってのことだろう。「今後は規約やルールそのものの見直しも必要」と小田氏も考えている。

住民経営マンションとして知られる千葉市中央区の「ブラウシア」も理事長判断で修繕積立金から災害対策費用が出せるように管理組合規約を改正済みとのことで、防災意識の高いマンションはそこまで行っているのである。

横須賀同様、海辺にある香川県高松市の「イトーピア高松」は避難しない避難を提唱。災害トイレを全戸に配布したり、水やカセットガスストーブ・同発電機を導入するなど、様々な取組みを始めている。現役世代なども参加しやすい、夜間の防災訓練は他のマンションでも真似したいものだ。

防災を楽しく、自分事にする取組み「溝の口減災ガールズ」

溝の口減災ガールズが関わって制作された「おいしいミニ炊き出しレシピブック」より。事前に用意しておきたいもの、ノウハウに始まり、被災後の時間の経過に合わせてライフラインその他の状況を解説、それに合わせたレシピが紹介されている溝の口減災ガールズが関わって制作された「おいしいミニ炊き出しレシピブック」より。事前に用意しておきたいもの、ノウハウに始まり、被災後の時間の経過に合わせてライフラインその他の状況を解説、それに合わせたレシピが紹介されている

災害訓練と聞くとつまらなさそうと思ってしまう人も少なくないはず。だが、それを楽しく、身近にする活動をしているマンションもある。川崎市高津区にある築年数の異なる3つのタワーマンションの女性たちがつくる溝の口減災ガールズである。

きっかけは2016年の熊本地震。益城町の支援を行ううちに、現地で行われていた日頃食べ慣れたものを少量ずつ作る「ミニ炊き出し」にヒントを得て、3マンション合同で「炊き出しフェス」を開催。それを機に常備品を賞味期限前に消費し、補充しながら循環させる、「ローリングストック」に着目した、参加型のワークショップを行う溝の口減災ガールズが誕生したのである。現在では自分たちのマンションの防災訓練はもちろん、行政や企業の防災イベントでもワークショップを行っており、クラウドファンディングを利用して「おいしいミニ炊き出しレシピブック」も出した。楽しくなければ続かないとはよく聞く言葉だが、防災も同様。楽しく続けることで、備えるという姿勢を見習いたい。

それ以外ではマンション自治会会長となった町内会会長の知見を活かして周辺の町会その他と連携する川崎市幸区の「ラゾーナ川崎レジデンス」、人手、敷地の制約から大規模でまんべんない防災訓練の難しい小規模マンションながら、自主防災委員会が管理会社提供の防災マニュアルをカスタマイズ、年ごとにできる訓練をやるなど地道な積み上げが行われている横浜市西区の「BELISTA横浜」、地域のタワーマンション間で情報を共有、共助しあえる住民主導の防災グループを作っている川崎市中原区の武蔵小杉駅周辺エリアマネジメント防災ワーキンググループが紹介されており、規模、歴史や立地によって取組みが異なることが分かる。

携帯トイレで1週間を実践という例も

さらに2019年3月末にはVOL.2も発刊された。ここには、防災に詳しい人ならご存じだろう、兵庫県加古川市の「加古川グリーンシティ」に始まり、関西、東北、静岡、東京と全国の8マンションの事例が掲載されている。さらにマンションならではの、トイレが使えないときの対策、どう作れば良いか悩む安否確認名簿の実物などもまとめられており、今後、防災に本腰を入れたい管理組合には得難い参考書になるはずだ。

また、1冊目が出た後、2019年2月には掲載されたマンションの防災担当者などが集まるイベントも開催された。参加させていただいたのだが、互いの情報を熱心に聞き合い、共用しようという姿勢に圧倒された。そのうちでいくつか、面白かった取組み、言葉などを最後にご紹介しよう。

2号目に掲載されている東京都中央区の「リガーレ日本橋人形町」は再開発で生まれたタワーマンション。町会と連携し、地域防災に取組んでいるというが、さすが日本橋と思ったのは防災訓練の炊き出し。「初回はカレーだったものの、その後は鴨団子汁とか、照り焼きチキン丼温玉添えなど。飲食店の人たちがいるので炊き出し班がある」と管理組合理事長の鈴木健一氏。親子三代にわたって人形町に住み続けてきたという鈴木氏は「構えると人は集まってこない」とさらり。クリスマスや七夕その他町内会主催など年に15回ほどのイベントで人を集め、そこから防災にも呼び込んでいるそうで、実に自然。日頃の付き合いが大事というのは他の事例からもよく分かった。

やはり、2号目に掲載されている静岡市駿河区の「サーパス草薙運動場前」の濱田晴子氏は夫婦2人で携帯トイレだけで1週間過ごす経験をしてみたそうだ。「その結果を居住者に投げかけてみました。買っても使ったことのない人も多いはずですから」。実際にやってみると水が流せないことそのものがストレスだったり、臭い、重さが想像以上だったりと経験してみなければ分からないことも多かったとか。確かに一度は試しておいたほうが良いのかもしれない。

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冊子の送付は在庫終了のため現在受付しておりません 2020年6月追記
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マンション防災減災事例BOOK制作委員会 mbousailab●gmail.com
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発刊を記念し、冊子に登場したマンションの管理組合関係者などが集まり、ノウハウ、情報を共有し合った発刊を記念し、冊子に登場したマンションの管理組合関係者などが集まり、ノウハウ、情報を共有し合った

2019年 06月01日 11時00分