人口43万人の藤沢市でも映画館は成り立たない

1階の貸本スペースで竹中氏。可愛くディスプレイされた店内にはところどころに椅子が置かれ、好きな場所で読書が楽しめる1階の貸本スペースで竹中氏。可愛くディスプレイされた店内にはところどころに椅子が置かれ、好きな場所で読書が楽しめる

かつて映画が「娯楽の王様」と言われた時代がある。戦後の、テレビが普及するまでの昭和30年代で、1958年(昭和33年)には11億2,745万人(*)もの人が全国の7,000を超す映画館を訪れた。これに対し、2017年の映画館入場者数は1億7,448万人。往時の15%ほどである。映画館に行かなくても映画が見られる時代である。映画以外にも娯楽は多数ある。だとしたら、わざわざ映画館に行かなくてもという人が増えるのは仕方のないことだろう。

映画館も大きく変貌した。映画館入場者数が1億3,072万人と減少傾向にあった1993年に日本初のシネマ・コンプレックス(シネコン)が登場。以降はシネコンが主流となり、スクリーン数は増えるものの、映画「館」数は減るという状況が現在に至るまで続いているのだ。

神奈川県藤沢市でも同じことが起きた。2007年に1935年の開業以来71年の歴史のあった藤沢オデヲン座が閉館。2010年にはフジサワ中央が閉館して市内に映画館が無くなったのである。その後、2011年11月には辻堂にシネコンが登場するのだが、その流れにこれからのまちの映画館の残り方を考えた人がいた。現在、鵠沼海岸商店街で映画も流れる貸本屋「シネコヤ」を経営する竹中翔子氏である。

「藤沢市は人口43万人。人口で言えば、全国800弱の市のうち40数番目くらいで決して小さなまちではありません。それでも映画館が無くなる。規模、設備を考えるとまちの映画館は映画を見せるという機能だけではシネコンには勝てない。だとしたら、全く違う発想が必要だろうと考えました」。

(*)一般社団法人日本映画製作者連盟・日本映画産業統計による

シネコン、既存映画館と違う、個人商店のような映画空間を

使われているのは元写真スタジオ。スタジオ名はまだ残されている。ショーウィンドーがあり、明るい雰囲気の建物だ使われているのは元写真スタジオ。スタジオ名はまだ残されている。ショーウィンドーがあり、明るい雰囲気の建物だ

幼稚園の頃に引っ越してきて以来、藤沢で育った竹中氏は映画も地元で楽しんできた。中学生で初めて行ったのが藤沢オデヲン座。フジサワ中央でアルバイトをしていたこともあり、大学では映画を学び、都内のミニシアターにもよく通ったという。そこで徐々に映画館に行く人が減ってきたのを見てきた。

「平日の昼間だと入っていても30人ほど、時には一人でスクリーンを独占していたこともあります。ミニシアターもどんどん減り、100席ほどのホールでは維持は難しい。だとしたら客数30人ほどの、大規模な設備不要、維持費をかけない個人商店的な、映画だけで営業するのではない場ができないかと考え、当時勤務していた藤沢市内のNPO法人の事務所の空きスペースを借りて、2009年から毎月2回、パブリックドメイン作品を無料上映する『シネコヤ』を始めました」。

個人の視聴を除き、映画を上映するためには著作権者に許諾を得る必要がある。しかし、調べていくうちに著作権の保護期間が満了したもの、何らかの理由で著作権が消失したパブリックドメインの作品なら、方法があることが分かった。「映画は作品ごとに権利関係が異なり、個別に交渉する必要があります。上映会をやりながら、そうしたことを学び、ネットワークを作っていきました」。

ところが、2013年に同事務所の入っていた建物が火災で全焼。一時活動を休止したのち、常設店舗展開を目指し任意団体として活動を再開し、鵠沼にあるレンタルスペースを利用して月に1回の上映会を継続する。ここでは映画にちなんだ「シネフード」を提供したり、映画に登場するアイテムを会場に忍ばせるなどの遊び心のある上映会を開いていたという。新しい映画の楽しみ方を模索していたわけである。

地元の人たちの熱い応援を受けて開業へ

本も映画同様、個別に著作権のルールがあり、かつて貸本屋があった時代のようなやり方はできないのだという。映画や音楽と連動したお勧め本が目立つように飾られていたりする店内本も映画同様、個別に著作権のルールがあり、かつて貸本屋があった時代のようなやり方はできないのだという。映画や音楽と連動したお勧め本が目立つように飾られていたりする店内

常設店舗を探し始めたのは2016年。この時点では映画も見られ、お茶もできる貸本屋(*)というスタイルを想定、最初は藤沢駅周辺で一棟丸ごと借りられる建物を探した。だが、ターミナル駅である藤沢駅界隈の賃貸物件はビルが大半で、該当する物件がない。そこで以前から上映会をやっていた鵠沼海岸まで範囲を広げて見つけたのが現在の建物だ。元々は写真館として使われており、ここ3年ほどはシャッターが閉まっていた。

「道路に面してショーウィンドーがあり、1階には接客用のカウンターに事務所、証明写真用の小スタジオ、暗室などがあり、2階には天井が高く、柱のないメインのスタジオがありました。1階をパン屋、貸本・読書スペースに、2階で映画が流れるようにしたいという、思い描いていた通りの間取りでした。こだわって作られたであろうインテリアには実に良い雰囲気があり、しかも、ほぼそのまま使える状態でした」。

そこを借りたいと始めたのがクラウドファンディング。資金の足しにするのはもちろん、宣伝的な意味もあった。そこで熱く応援し、広めてくれたのは地元の人たちだった。「このまちに映画を楽しめる空間ができる、こんなにうれしいことはないと多くの方々から言っていただきました。長らく、このまちの家族の成長を記録する写真を撮り続けてきた場所を再生する意義もご理解いただき、告知のための駅前でのビラ配りなどでは直接応援の声が聞け、勇気づけられました」。

その結果、クラウドファンディングは210人もの人から目標額の200万円を上回る金額を集めて終了した。この場ができることとお礼の手紙がリターンである。そこにこれだけの人が協力したのである。カフェだけでも、本だけでも、ここまでの応援はなかっただろうと竹中氏。映画そのもののコンテンツとしての力に加え、思い出の場所に日常的に映画がある場を作るという新しい試みへの期待を実感したという。

(*)本の貸出は行っていない。読めるのは店内だけである

ご近所に本、映画が楽しめる場があるという贅沢

建付けを直し、壁を塗り替えるなどの補修を経て、シネコヤがオープンしたのは2017年4月。こぢんまりした、寛げる雰囲気や出入り自由で1日利用できる気ままな感じ、場の面白さが伝わるにつれ、遠来の利用者も増えてきた。

「平日は地元の人が中心ですが、週末は埼玉や千葉その他からいらっしゃる人が少なくありません。朝来て、海まで散歩に行って、戻ってきて本を読んだり、居眠りしたりと1日のんびりしていく人も。ウチの近所にもこうして一人の時間を過ごせる場所が欲しいというふうに仰ってくれます。本や映画には素の自分を取り戻すきっかけになる力があるのでしょうね」。

ただ、仕組み作りにはオープン以来試行錯誤が続いているという。当初、用意したのは頻繁に来る人を対象にした年間パスポートと1日利用という2種類のチケット。ところが、座席数が少ないため、1日利用の人たちが入れないということが続いた。そのため、年会費を払うことで1日利用が割引になるメンバーズという、年に数回以上利用する人向けの仕組みを作ったのだが、最近では短時間だけの利用のために来る人も多い。そこで2018年9月17日から1階のみ、1階と2階でそれぞれ3時間、1日などと細かく時間、利用法で異なる料金設定を導入している。

貸本屋であり、映画も流れ、パン屋でもあってとシネコヤのような複合的な施設は他に例がない。シネマカフェやライブハウス、貸本屋など重なる部分のある施設のやり方を参考にしながら、ここでうまくいく仕組みが作れれば、他のまちにもシネコヤを作れるのではないかと竹中氏は考えている。映画館のなくなったまちに映画が流れる場所を復活させる。実現できれば喜ぶ人は多いはずだ。

天井が高く、一脚ずつ異なる椅子が置かれた、映画が流れている空間。両脇の棚には映画関連の書籍、雑誌が置かれており、ここで読むこともできる天井が高く、一脚ずつ異なる椅子が置かれた、映画が流れている空間。両脇の棚には映画関連の書籍、雑誌が置かれており、ここで読むこともできる

地元の人たちが自慢する、ここにしかない空間

また、最近では毎週末、フードイベントとしてパンをメインに近隣で評判の店の商品の販売も始めた。以前、イベントとして上映会をやっていた時から飲食店などとのコラボはやってきており、今後も地域、近隣の商店などと繋がる仕組みを取り入れていく予定だ。すでに「ここに来ると週替わりで美味しいパンが買える」と楽しみにする人も出ている。雰囲気を壊したくないため、積極的にやっているわけではないそうだが、コーナーを利用した展示、ワークショップなども開かれている。

ところで、取材で訪れたシネコヤでもっとも印象的だったのは陽光の入る、明るい1階と階段を上がった先の2階の、すべてが真紅のセクシーにも思える空間との落差だった。そこまでの落差ではないものの、1階の貸本・読書スペースもコーナーごとに少しずつ違う作りになっており、どこに座るかで見える風景、集中しやすさなどが変わる。同じ建物内にいくつもの違う空間があるから、1日いても飽きないのかもしれない。

置かれている家具も同様だ。店内に置かれた椅子は一脚ずつ異なっており、中には2人掛けのカウチ、リクライニングできるタイプも。この椅子で見る、あの椅子に座って見たい、そんなちょっとしたこだわりがこの場を愛着の持てる空間にしているのだろう。椅子と椅子との間には小さなテーブルが置かれ、店内で買ったパンや飲み物と共に映画や本を楽しめるのもうれしいところ。普通の映画館でもアームレストにモノが置けるようになってはいるが、食べ物はやはり、テーブルに置きたいよね、である。

最後に私がなぜ、シネコヤを取材することになったかを書いておきたい。それは地元の人たちに自慢されたからである。「私たちのまちにはこんな、よそにないものがあるんだよ」、と。そして取材に行ってみて、彼らの気持ちがよく分かった。私が住むまちにもこういう場が欲しい。あったら誇りに思う。シネコヤはそんな場所である。

明るく開放的な1階から階段を上がってくるとこんなドラマのような空間が待っている明るく開放的な1階から階段を上がってくるとこんなドラマのような空間が待っている

2018年 10月09日 11時05分