地元に根ざした「出西窯」の魅力

出雲大社から東へ約12km。「出西窯」と呼ばれる民藝の陶窯があるのをご存じだろうか?
その窯で生み出させる「出西ブルー」と呼ばれる鮮やかな色彩の陶器は、全国的にも名を知られ、今では海外からの人気も高い。

この出西窯は、民藝の中では珍しく大所帯。こうした窯元では、後継者不足に頭を悩ませることも多いが、ここでは熟練の陶工と肩を並べ、若い陶工が黙々と作業を進めている。工房は定休日以外いつでも見学ができるため、わざわざこの工房を目当てに訪れる観光客も多い。

近年では、食事の器に出西窯の作品を用いるべーカーリー・レストランや、服や雑貨を扱うショップを窯の近くに誘致し「出西くらしのvillage」を形成している。

工芸や民藝で地元の魅力をアピールすることを望む地域は多いが、苦戦を強いられることも多い。なぜ「出西窯」そして「出西くらしのvillage」は、多くの人々を引きつけるのだろうか? 今回は、民藝とは何か、地域に根ざし、発展を続ける「出西窯」の在り方を聞いた。

定休日以外、いつでも見学ができる出西窯の工房。元は農協の米の倉庫だったものを昭和40年に買い取り、改築している定休日以外、いつでも見学ができる出西窯の工房。元は農協の米の倉庫だったものを昭和40年に買い取り、改築している

物の豊かさを超えた、よりよい生活の提案

地元の土にこだわり、あくまでも手仕事で生み出される陶磁器たち。登り窯で丁寧に火を入れられる(写真下)地元の土にこだわり、あくまでも手仕事で生み出される陶磁器たち。登り窯で丁寧に火を入れられる(写真下)

焼物といえば、何代もつづく伝統工芸と素人は考えてしまいがちだが、ここ「出西窯」はその起点を民藝に持つ。

出西窯が生まれたのは昭和22年。さほど歴史を遡らない。戦後まもなく素人の若者5人が集まってつくったのが「出西窯」だ。戦争が終わり、農家の次男坊・三男坊など家を継がない若者たちが、新たな事業を模索したことに端を発する。

「河井寛次郎先生、柳宗悦先生に出会い“民藝運動”に感銘を受けたのが、出西窯の起点になります」と話すのは出西窯の取締役で陶工でもある井上 一氏だ。創設者5人の一人、を父に持つ2代目陶工である。

民藝運動は大正末から昭和初期に提唱された「生活文化運動」、つまり思想であった。工芸界が華美な装飾を施した鑑賞用の作品を主流とするのに対し、日常の生活道具を「民藝(民衆工芸)」と名付け、美術品に負けない美しさがあると唱えたものだ。工業化が進み大量生産の製品が生活に浸透した時代に、日本の「手仕事」に光をあて、物質的な豊かさだけではなくより良い生活を追求した。

「この窯を先代たちが立ち上げた当時は、隣町の川向うには明治初期創業の歴史ある窯元もありました。技術も近くにある、ということで最初のうちはそれでも美術品を目指したそうです。しかし、民藝運動に触発されて日々の生活の中で利用される食器作りを始めたのです」(井上氏)

見学自由、開かれた窯元

使ってこそ美しい、生活の中で表現される「美」。そして「手仕事」。シンプルな形状の中でも美を求め続け、試行錯誤の末、生まれたのが「出西ブルー」と呼ばれる鮮やかな呉須の青の陶磁器。深い青にもかかわらず透明感のある色だ。近年では、縁に鉄釉(てつゆう)を塗った作品もある。シルバーの縁になんとも言えない深く透明なブルーの円。宇宙をイメージしたくなる引き込まれる美しさがある。

当然、このブルーを出すまでには、陶工の苦労がある。うわぐすりの配合など何年もかかってたどり着いた色合いだ。

現在は、13人ほどの陶工がいる出西窯だが、分業はせずに担当する作品の工程をすべて1人で行うという。「その分、作り上げた陶器に対する思い入れも強い」と井上氏は説明してくれた。工程によっては、そこまで神経質になることもないため、見学者の質問に気軽に答えることもある。

そう、面白いのがこの窯では見学が自由なこと。埃に細心の注意を払わなければならない工程を除いて、基本的には陶工の作品作りの様子を見学することができる。

「出西窯には、歴史が浅い分、へんな驕りもありませんでした。創業当時は、夕方になると近所の人が窯に来て酒盛りをしたといいます。そんな文化ですから、自然と見学者を受け入れる形になりました」(井上氏)

出西ブルーといわれる鮮やかな呉須の青の陶磁器出西ブルーといわれる鮮やかな呉須の青の陶磁器

器を中心に生活文化全体の提案も

1959年に「波文様刷毛目鉢大小組」で日本民藝最高賞を受賞し多くの作品を生み出していく中で、前出の出西ブルーが完成し、1989年には、ふち鉄砂呉須釉組鉢で日本陶芸展優秀作品賞を受賞する。当然、ますます観光客が立ち寄るため、1998年にはギャラリーを兼ねた陶器販売ショップ「くらしの陶・無自性館」を竣工。中では陶器ばかりでなく、出雲の地の物もおみやげとして多く取り扱う。

例えば「出西生姜」だ。この生姜は出西地区でしか栽培できない珍しい生姜。繊維が少なく、やわらかく、辛みも十分。江戸時代にはこの地域を代表する名産品だったが時代の流れとともに栽培されなくなっていたものを、平成に入ってから町おこしの一環としてブランド化を行った。出西窯代表、多々納真氏もこの出西生姜を広めようとした一人。そこには、やはり地元の活性化という気持ちが表れている。

そして出西窯では多々納氏を中心に、2017年には「出西くらしのvillage」の空間をスタートさせる。「うつわを中心に生活文化全体を提案していけたら……」。兼ねてから多々納氏が抱いていた想いを現実化した形だ。2018年5月には、同敷地内にベーカリーカフェ「ル コションドール出西」がオープンし、地元の素材をたっぷり使ったパン、そして料理を出西窯の焼物を使って提供している。

また、「出西くらしのvillage」のエリアには、服や雑貨を取り扱う「Bshop 出西店」も軒を連ねる。神戸発の同ショップは歴史あるものや本物を選び、日常に寄り添う品揃えで、出西窯の理念に共感し出店を決断したという。

前出の「ル コションドール出西」もそうだが、味や本物にこだわる店だからこそ、そこに集う意味があるという。窯を目当てに来た人が本物のパンやセレクトの品々に興味を持つ。その逆もまたしかり、相乗効果を生みだしているのが「出西くらしのvillage」なのだ。

ギャラリーを兼ねた器販売ショップ「くらしの陶・無自性館」には、隣の工房で生まれた作品が美しく並ぶ(左上・右)。敷地内には、出西窯の焼物を食器に使うベーカリーショップ「ル コションドール出西」(左下)ギャラリーを兼ねた器販売ショップ「くらしの陶・無自性館」には、隣の工房で生まれた作品が美しく並ぶ(左上・右)。敷地内には、出西窯の焼物を食器に使うベーカリーショップ「ル コションドール出西」(左下)

海外からの見学者とも交流

お話を伺った井上 一氏。作品はもちろん陶芸を通して民藝の文化を世界に発信しているお話を伺った井上 一氏。作品はもちろん陶芸を通して民藝の文化を世界に発信している

次々と新たな挑戦をする「出西窯」は、単に自身の窯の作品だけでなく、地元、そして様々な工芸品の発信にも力を入れている。例えば、無自性館を使って出雲市内の伝統工芸品の展示会なども開催する。展示会では、染め物や和紙といった手わざの素晴らしい作品が並ぶそうだ。地元を思う気持ちとオープンな取り組みがますます「出西窯」に人が集まる要因の1つなのかもしれない。

また、もう1つ出西窯が取り組んでいるのが海外との交流だ。実は井上氏は、外語大出身で一時期は英語を使う仕事を目指したこともある。「日本の伝統文化を海外に発信したい」。そんな思いが今、実を結びはじめたという。

「インターネット時代ですから、海外からも引き合いが多くなってきました。その辺りを整えていくのは自分の仕事だと思っています」と言う井上氏。その取り組みは、単にネットショップを整え、海外に作品を紹介するだけでなく、文化を知ってもらうことにこだわる。海外からの見学者も受け入れている。

「物質的な豊かさだけではなく、より良い生活を追求する」。まさに、民藝の思想を大切に歩むからこそ「出西窯」は発展し続けられるのだろう。



※新型コロナウイルスの影響に伴い、出西窯の見学、ルコションドール出西のベーカリー・カフェ営業は一時的に自粛されています。見学・営業再開の情報は、公式ホームページを確認ください。

取材協力:「出西くらしのvillage」 https://www.shussai-village.jp/

2020年 06月06日 11時00分