世界最大級の国際芸術祭を開催する新潟・越後妻有

新潟・越後妻有で3年に一度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。6回目を迎えた今年、35の国と地域・約380点の現代芸術作品が公開された。写真は拠点施設の一つとなるまつだい「農舞台」。雪国農耕文化とアートのフィールドミュージアムであり、オランダの建築家グループMVRDVが建物を設計。ギャラリー、食堂、ショップを併設している新潟・越後妻有で3年に一度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。6回目を迎えた今年、35の国と地域・約380点の現代芸術作品が公開された。写真は拠点施設の一つとなるまつだい「農舞台」。雪国農耕文化とアートのフィールドミュージアムであり、オランダの建築家グループMVRDVが建物を設計。ギャラリー、食堂、ショップを併設している

近年、アートをテーマにした地域の活性化が盛んになっているが、その中でも先駆的かつ最大級の国際芸術祭となるのが、2000年より3年ごとに開催されている「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(以下、「大地の芸術祭」)だ。

過疎高齢化の進む日本有数の豪雪地・越後妻有(新潟県十日町市、津南町)を舞台に、およそ200の集落に世界各国のアーティスト作品を点在させ、3年に一度夏から秋にかけての50日間に、新規作品の展示や各種イベントを実施する一大イベントだ。今年7月~9月に開催された6回目の芸術祭では、35の国と地域・約380点の現代芸術作品が公開され、日本国内はもとより海外からも多くの観光客を動員し、来場者51万人を記録している。

この芸術祭が面白いのは、作品を展示する場所が公共施設などに留まらず、集落の中の空家や廃校を舞台にアート作品をつくりあげ、公開していることだ。しかも、地域に点在した作品はただ鑑賞するものだけではなく、芸術祭会期終了後も美術館や宿泊施設などに利用されている。

今回は、アートによる地域づくりの先進事例として国内外から注目を集める「大地の芸術祭」の取り組みについて、芸術祭の共催でありその後の施設運営などを行うNPO法人 越後妻有里山協働機構(以下、越後妻有里山協働機構)にお話を伺った。

公共エリアのみならず、集落に点在する作品づくりの魅力

大地の芸術際は、とにかく広大な日本の里山を芸術の舞台にしている。例えば、札幌の雪まつりのように狭いエリアのイベントとはわけが違う。現在は市町村の合併の末、十日町市・津南町の2市町村が舞台となっているが、合併前の第1回開催時には、新潟県十日町市・川西町・津南町・中里村・松代町・松之山町が名を連ねている。その面積は760km2という広さだ。

「人間は自然に内包される」という基本理念のもとに、世界各国からアーティストが集い、その広大なエリアに作品を点在させている。作品は見事に千差万別だ。拠点の1つとなる越後妻有里山現代美術館[キナーレ]では、中国出身の蔡國強氏が“島”をテーマにしたインスタレーションを展示。アルゼンチンのアーティストが「トンネル」をモチーフに視覚や体感トリックを表現する作品もあれば、廃校になった小学校を日本のアーティストが実在する最後の生徒3名をモデルに、空間を使った絵本のように「絵本と木の実の美術館」とした作品もある。

当然、芸術祭に足を運ぶ者は、自家用車かツアーバスなどで点在するアート作品を追うことになる。つまり作品ばかりではなく、里山自体を巡り、その自然の美しさや豊かさ、そして集落に暮らす人々の息遣いを五感で感じることになる。地域によって異なる地形や風景、住民との交流、そしてその土地の食を楽しみながら巡るアートの旅だ。

この芸術祭の共催であり、芸術祭会期外でもアート作品や施設を運営する越後妻有里山協働機構 飛田晶子氏は、この芸術祭の特異な点の一つを「公共施設のみならず、集落に作品がつくられ、開かれていること」だと説明する。

大地の芸術祭も、第1回目は、公共エリアに的を絞って作品づくりが進められたという。しかし、その後は集落にアーティストが根ざし、より里山のコミュニティに入り込んだ作品づくりと展示が行われている。

「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」は、廃校になった真田小学校を舞台に日本のアーティスト田島征三氏が校舎全体を使って絵本のようにストーリーを展開(写真上)。中山間地であるがゆえ越後妻有地域に多数存在する「トンネル」をアルゼンチンアーティスト、レアンドロ・エルリッヒ氏が視覚・体感トリックを生み出す作品に仕上げた(写真下:左)。中国出身の蔡國強氏は「キナーレ」に蓬莱山を生み出した(写真下:右)「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」は、廃校になった真田小学校を舞台に日本のアーティスト田島征三氏が校舎全体を使って絵本のようにストーリーを展開(写真上)。中山間地であるがゆえ越後妻有地域に多数存在する「トンネル」をアルゼンチンアーティスト、レアンドロ・エルリッヒ氏が視覚・体感トリックを生み出す作品に仕上げた(写真下:左)。中国出身の蔡國強氏は「キナーレ」に蓬莱山を生み出した(写真下:右)

芸術の舞台となった「空家・廃校」

「夢の家」では、夢をみるための部屋が4室(赤、紫、緑、青)ある(写真上:左)。バスルームでも特別に水晶の枕のある浴槽で夢をみる準備をする(写真上:右)。廃校を利用した「三省ハウス」外観(写真下:左)。二段ベッドが80床あり、海外の観光客にも人気の宿だ(写真下、右)「夢の家」では、夢をみるための部屋が4室(赤、紫、緑、青)ある(写真上:左)。バスルームでも特別に水晶の枕のある浴槽で夢をみる準備をする(写真上:右)。廃校を利用した「三省ハウス」外観(写真下:左)。二段ベッドが80床あり、海外の観光客にも人気の宿だ(写真下、右)

「大地の芸術祭」の代名詞と言えるのが3回目の芸術祭開催となる2006年から始まった「空家・廃校プロジェクト」だ。これは、越後妻有に残る膨大な空家を作品として再生し、地域の記憶や知恵を継承しようというもの。かつては地域を結ぶ場であった廃校などに、たくさんの作品が展示され、再び集落のキーステーションとなった。その数はこれまでに100軒。しかも、作品の一部は、美術館になったり、宿泊施設になったりと集客施設にもなっている。

例えば、築150年の古民家を再生し、日本大学芸術学部彫刻コースの教授と生徒の有志で床や柱などいたる所に鑿(のみ)で掘り抜いた作品「脱皮する家」は、農家民宿としても運営されている。

そのほか、十日町の上湯(うわゆ)集落にある築100年を超える木造民家は、旧ユーゴスラビア出身の女性アーティスト マリーナ・アブラモヴィッチによって「夢の家」という宿泊体験作品に生まれ変わった。夢を見るために、水晶の枕のある銅製の浴槽で身を清め、ポケットに磁石をいれたスーツに身を包み、黒曜石の枕のベッドで鉱石のエネルギーを感じながら就寝。翌朝、みた夢を「夢の本」に綴り作品に参加するというのがコンセプトだ。既に2000名を超える宿泊者が訪れ、現在も冬季以外は宿泊できる施設になっている。

「このほか、廃校も宿泊施設として利用されています。『三省ハウス』と呼ばれる1875年創立の廃校小学校を利用した施設は、かつて教室だった空間に80床の二段ベッドを設置。食堂、テラスは宿泊者が集える空間であり、体育館・ギャラリーなどを設備したドミトリー的な宿泊施設を運営しています」(飛田氏)

高齢化の波を乗り越えるには

越後妻有では、芸術祭期間外も地域活性化に取り組み、美術館などの施設運営を行い、「食と芸術と古民家探訪」の体験プログラムといったイベントも行っている。「大地の芸術祭」はその成果を多くの方へお披露目、発信する機会でもある。

先に紹介した宿泊施設の運営などもその一貫だ。しかし、この施設運営などには課題が生じているのも現実的な問題だ。

越後妻有里山協働機構は、芸術祭が大きく成長を遂げる中で、芸術祭で生まれたネットワークを継続していくために2008年に創設された。現在は芸術祭の拠点施設となる美術館や飲食施設、空家や廃校を利用した集落作品を宿泊施設として運営している。しかしその日々の運営は「まだまだ道半ば」だと飛田氏は言う。

というのも、空家や廃校を利用した宿泊施設は、当初、地域集落の住民が働き手として運営を担ってきた。古民家型の宿泊施設であれば、予約管理は越後妻有里山協働機構が行うもののチェックイン・チェックアウトの窓口、清掃などは、地域住民が主に行っていた。しかし、施設開設から10年近くの歳月が流れるうちに、地域住民の高齢化が進み、施設運営に体を動かせるほどの余力がなくなってきているという。現在は、古民家を再生した宿泊施設などは越後妻有里山協働機構のスタッフが運営に関わることが増えてきた作品もある。

また、古民家の再生などでは、アートに関わる予算はあるものの、建物としての改修やメンテナンスに関しては民間物件ということで公的な予算がつかないという問題もある。「脱皮する家」で改修工事にかかった費用は数千万円。これを主旨に賛同いただけるオーナーを探して改修したという。

「今年から、古民家の宿泊施設に関しては、宿泊者の受け入れを春・秋・冬は10日間の日にち限定にしました。地域住民の高齢化が進み、連日のおもてなしが困難になってきていることも踏まえた措置です。今後の開館の仕方は検討中で、最終形態とは考えていません。拍車がかかる高齢化にどのように対応するか、費用の捻出をどのようにするか、これは一市民、またNPO団体だけでは解決できない問題です」(飛田氏)

大地の芸術祭の拠点となる「キナーレ」。2003年十日町ステージ「越後妻有交流館・キナーレ」として誕生し、2012年、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]として生まれ変わっている大地の芸術祭の拠点となる「キナーレ」。2003年十日町ステージ「越後妻有交流館・キナーレ」として誕生し、2012年、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]として生まれ変わっている

日本のピラミッドと呼ばれる「棚田」を守って

お話を伺ったNPO法人 越後妻有里山協働機構の飛田晶子氏(写真左)と同じく芝山祐美氏(写真右)お話を伺ったNPO法人 越後妻有里山協働機構の飛田晶子氏(写真左)と同じく芝山祐美氏(写真右)

2000年の第1回目の「大地の芸術祭」から15年を経ているこの取り組み。住民の協力体制や理解度も進み、着々と地域活性化を成し遂げている。

越後妻有里山協働機構では、十日町市松代地域の遺産でもある「棚田」の後継者不足にも活路を見出そうと「まつだい棚田バンク」を立ち上げ運営している。全国から里親を募り、田んぼの耕作を行い、収穫をしたお米を配当する仕組みで、現在200名前後の里親を集め、また企業オーナーとしても数社から支援を募っている。

こうした、芸術祭を期間限定としてのみ捉えるのではなく、芸術祭をフックに地域活性化に日々努力しているが、やはり高齢化の波という課題を突きつけられているのが現状だ。芸術祭という“種”を蒔き、期間中の集客も順調に伸ばし“芽”を出している取り組みだが、今後“花”を咲かせるには、どうしても行政のサポートが必要になってくるのだろう。

この越後妻有という地域に根付いた芽がきっちり花を咲かせられるように、既に揃ったアートというコンテンツをどのように活かしていくのか。またサイクルを回すための行政のサポートがうまく機能してほしいと願いたい。

古民家再生作品である「脱皮する家」に実際に宿泊してきたので、次回は、その様子をレポートしたい。

2015年 12月10日 11時00分