“美学校生の作品展示”から“アートによる町おこし”へ

映画「眠る男」の撮影拠点になった『伊参(いさま)スタジオ』。廃校を再利用したこのスタジオが、中之条町のアート活動のスタートになった映画「眠る男」の撮影拠点になった『伊参(いさま)スタジオ』。廃校を再利用したこのスタジオが、中之条町のアート活動のスタートになった

群馬県北西部に位置する中之条町。6,896世帯、人口17,569人、県内で4番目に広い面積があり、その8割を森林が占める。農業・林業と四万温泉で知られる観光業が主な産業だが、現在は少子高齢化・過疎化が進む中山間である。
この町で、現代アートの祭典「中之条ビエンナーレ」がはじまったのは2007年のこと。2年に1度、8~10月のあいだで約1ヶ月開催し、2015年で5回目を迎える。

1996年公開の映画「眠る男」のメインロケ地が中之条町だったことをきっかけに、若手芸術家の育成を目的に町内の廃旅館を活用した「吾妻美学校」が開校した。2006年、卒業制作発表の場として中之条町内の廃校や空き家をつかいたいという生徒の要望をうけ、美学校生と当時の町長が協働で企画し、中之条町の持つ山里の景観と現代アートの融合を目的にした「中之条ビエンナーレ」の開催が決定した。この開催経緯から、町民と作家で実行委員会を組織し、行政の担当者が専任で参加するという運営方法がうまれ、それぞれの特性をいかす組織体として現在も続いている。

当初は美学校生の作品展示目的であった中之条ビエンナーレだが、2009年の第2回開催では参加作家数112名・のべ来場者数160,000人、第3回は125名・352,000人、第4回は113組・338,000人と規模が大きくなり、現在は地域資源の魅力の再発見・地場産業の復興を目的にした“アートによる町おこし”の色を強めている。

創作・鑑賞方法=地域資源の魅力の再発見と観光産業の復興

今回お話を聞いた、中之条町企画政策課 安原克規さん今回お話を聞いた、中之条町企画政策課 安原克規さん

急成長の理由は、自然豊かな地域特性をいかした創作活動と展示方法、それに都心から2時間弱というアクセスの良さだろう。参加作家は「会場視察期間」に実際に中之条町を訪れ、実行委員会が用意した町なかの会場から自分が創作する場所を決め、そこに数ヶ月滞在して作品をつくり上げる。その土地や建物と融合した作品は、美術館という“ハコ”に入った作品とはスケールも見ごたえも違うだろう。

作品の展示場所を町内の市街地・温泉観光地・山間部に点在させ、来場者が町内をぐるぐる巡るという観賞方法により、県外から来る来場者へ、自然に中之条町の魅力を伝えることができている。また、展示場所間の移動に時間がかかるため温泉街に宿泊する来場者も多く、開催期間中の観光産業への経済波及効果は大きい。
さらに、参加作家が町内で制作を行うことで、滞在期間中の作家の経済活動や地域の人とのコミュニケーションもうまれている。創作中に町が気に入り、移住する作家もいるという。
町民にとっては日常の風景でも、作家を介して非日常のアート空間に変わる経験は、町民が地元の魅力を再認識するきっかけになるだろう。

空き家・空きビルに新しい価値を生みだす“現代アート”

作家の創作場所は、空き地や廃校、使われていない商業ビルや空き家、温泉宿の客室や寮など多岐にわたる。この賃貸交渉は町役場の役割だ。行政ならではの安心感で、謝礼程度で会場として提供してもらっているという。
「候補物件に一戸ずつ交渉にまわります。高齢の大家さんが多いので、アートや作家さんについて理解していただくことが難しいですね。断られることもありますが、無理強いはしません。ビエンナーレを長く続けたいので、次の機会にまた交渉することにして、このイベント自体の印象が悪くならないように気をつけています」と中之条町企画政策課の安原克規さん。

ビエンナーレがきっかけで町の所有になり、取り壊しを逃れた名建築もある。
1885年に創業し「廣盛」「不動の霊水」などの日本酒をつくってきた廣盛酒造の蔵は、展示空間にリノベーションされた。重厚な外観と歴史を感じる内装はそのまま残っており、作家に人気の展示場だ。現在は中之条町が所有している。

2015年の中之条ビエンナーレは、普段は老人会の集会場としてつかっている木造校舎3ヶ所を含め、50会場で開催するという。空き家や空きビルなどの「町の負の遺産」とも言える建物が、アートを介して新しい価値を生みだしている好例だ。

作家に人気の展示場所「旧廣盛酒造」。1885年創業の酒蔵をリノベーションして展示会場にした。現在は中之条町が所有している作家に人気の展示場所「旧廣盛酒造」。1885年創業の酒蔵をリノベーションして展示会場にした。現在は中之条町が所有している

老人会・婦人会から集まるボランティア

ボランティアの募集も行政の役割だ。中之条ビエンナーレは、町内各所に会場が点在し移動だけでも時間がかかるため、運営の多くを地域ボランティアに頼っている。
「開催期間の数ヶ月前から、各集落ごとにボランティアのお願いにまわります。毎回参加していただいている方は、本人も作品をつくって販売したり、作家に郷土料理を振る舞ったりと、積極的に関わっていただいて嬉しいですね」

ボランティア内容は作家の創作支援・期間中の受付・作品の監視など。平日対応が必要なため、ボランティアの多くは集落ごとにある老人会や婦人会のメンバーで、高齢者が大半だ。2013年開催時は約900名のボランティアが参加している。

急激な規模の拡大と、温度差のある町民参加

町の人口の約17倍の人数が1ヶ月のあいだに訪れる「中之条ビエンナーレ」。町民の負担を減らしながら持続させていく方法は…?町の人口の約17倍の人数が1ヶ月のあいだに訪れる「中之条ビエンナーレ」。町民の負担を減らしながら持続させていく方法は…?

ただ、ボランティアに参加する住人としない住人では、中之条ビエンナーレの開催について温度差があるという。
「普段は昼間でも歩いている人が少ない静かな町なので、期間中に多くの方が来場されると、渋滞や騒音、ゴミ問題などで住人の方から指摘を受けます。ボランティアの内容も、説明不足だとお叱りを受けることもあります」

人口18,000人弱の町に1ヶ月でのべ30万人以上と、町民の約17倍の人数が訪れる会期中は、ボランティアの参加・不参加に関わらず町民に大きな負荷がかかるのは間違いない。
経済面からみても2007年開催時に320万円だった補助金が2013年には624万円に増えている。2013年からは、イベントの継続をはかり入場料(当日1,000円・前売800円)を取りはじめた。

さて、1990年代から全国的に広まったアートによる町おこしは、全国に多くの事例がある。有名なものは「直島アートプロジェクト」「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」だろう。どちらも、その場所がもつ地形や景観とアートを融合させて世界的に評価された成功事例だが、その一方では少なくない事例が、資金難や住人の反対によって縮小や中止を余儀なくされている。

「持続可能な」アートによる町おこしのヒントは何か――。次回でレポートする。

2015年 02月23日 11時07分