「さかさま不動産」10拠点目となるやまなし支局が開局
2023年6月、「さかさま不動産」のやまなし支局が開局した。2020 年のサービススタート以降拠点を増やし、これで10ヶ所目の支局となる。
各地から関心と注目を集めている「さかさま不動産」とは、どんなものなのか―。
空き家を借りたい人の夢を掲載し、応援したい貸主を募集するという不動産のWEBサービスだ。不動産と銘打ってはいるが、物件の情報が掲載されているわけではない。
載っているのは「古民家純喫茶をやりたい」、「高齢者スタッフが活躍する食堂をやりたい」、「生きるを学べる保育園をつくる!」など、借りたい人の想いだ。
「この人に貸したい」と思う人がいれば、大家からオファーをするというのが「さかさま不動産」のサービスの仕組みとなっている。
詳しくはサービス始動時に取材したこちらの記事を参照してほしい。
「“物件”ではなく借りたい“人”の想いが並ぶ空き家情報サイト「さかさま不動産」。空き家活用のプロ(!?)が手掛けるさかさまなサービスが始動した」
メディアも注目するさかさまの発想
現在サイトには214人の夢が掲載されており、これまでのマッチング件数は21件。
「不動産のマッチングに焦点を当てれば、その数は少なく見えるかもしれません。でも大事なのは数ではないなと感じています」と、「さかさま不動産」を運営する株式会社On-Co(以下On-Co)代表の水谷岳史さん。
大家だけでなく自治体からの問合せも増え、テレビやラジオなどで紹介されることも増えた。それだけ、この逆転の発想には可能性と魅力を感じている人が多いということだろう。
「さかさま不動産」が提案してきた“さかさま”の概念が浸透しつつあるのかもしれない。スタートからの3年を振り返りながら、現在の状況について話を聞いてみた。
大家と借り手の物語。「さかさま不動産」マッチング事例
単に空き家を流通させるということが目的ではなく「人とつながることの価値を創出したい」という想いをのせてスタートした「さかさま不動産」。
これまでマッチングしたなかでも印象的だった出会いについて水谷さんに尋ねてみた。
一番に挙げられたのは「さかさま不動産」最初のマッチング、「地元でまちの本屋さんを開きたい!」という古賀詩穂子さんの事例。
「当初はまだWEBサイトを立ち上げたばかりで、そんなにすぐにマッチングするなんて思ってなかったので本当にびっくりしたんですよ(笑)。まだ準備段階だったのに」と、水谷さんは振り返る。
書店を開きたい古賀さんの想いを「さかさま不動産」で見つけた大家からのオファーを受け、名古屋市熱田区において古賀さんの夢だった書店「TOUTEN BOOKSTORE」が実現。開店から2年経ち、近所の子どもたちが遊びに来たり、写真や絵画などの個展が開催されたりと地元の人を中心に親しまれる存在となっている。
「街のオーダーメイド自転車を作りたい」瀬戸市でのマッチング
瀬戸市の物件でマッチングしたダビッドさんの例では、波及効果も生まれているのだとか。
オーダーメイドの自転車の販売店を経営していたダビッドさん。名古屋市中区大須の店舗に続き、2店舗目の出店場所として、瀬戸市の商店街にある空き家でマッチングした。
大家は、水谷さんとOn-Coを共同創業した藤田恭兵さん。藤田さんは、商店街の魅力にはまって空き家を購入したものの、忙しくなり活用できなくなってしまったため「この人!」と思える人を探していたという。
ダビッドさんは住まいを瀬戸市に移し、地域に密着してまちの魅力を発信している。
その波及効果について水谷さんはこう話す。
「彼みたいな人がまちに来るのはめちゃくちゃいいこと。行政的に見れば、移住者1というカウントになりますけど、そこからの効果はかなりあると思います。彼が『瀬戸っておもしろいよ!』って発信したことで、東京か大阪でコーヒーショップをやろうと思っていた人が瀬戸市に出店することになったし、それに続いて古着屋さんも出店しましたからね。今度はハンバーガーのお店もできるらしい。全部彼がアテンドしているんです。すごいでしょ!」
大家である藤田さんが、借り手に商店街のおもしろさを伝え、商店街の人たちにも借り手の魅力を紹介したことで、まちとの関係性を作れたことが大きいとも話す。
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「つながり」を大切にする背景には、実際に藤田さんと水谷さんが大家との直接交渉のうえ長屋を改築してシェアハウスを運営していた経験があるからこそ。「さかさま不動産」の概念が生まれるきっかけとなった原体験については、こちらの記事を参考にしてほしい。
「名古屋駅近く、築70年の長屋で男女6任が暮らす“村”があった」
大家に選んでもらえるかどうかは借り手の夢次第!
「さかさま不動産」でマッチングした21件のうち、20件が事業を継続している。開業から1年での廃業率が約40%ともいわれるなかで継続率が高いのは、大家をはじめ地域とつながりをもった状態からスタートできるという仕組みにあるのだろう。
この仕組みがうまくまわっているのは、WEBサイトに掲載された「やりたい想い」の充実感にある。一度サイトを見ていただくとわかるが、借り手の「やりたいと思ったきっかけや自己紹介」がびっしりと書き込まれている。
「僕らが最も大事にしたかったのが借り手の自己紹介」と水谷さん。掲載されているのは、「さかさま不動産」のスタッフが借りたい人に直接会いに行ってインタビューした内容だ。直接借り手から話を聞くことで、「さかさま不動産」が紹介者としての役割を果たし、信用を担保している。
「自分で選んだ場所に自分1人で行っていたら、つながりがないなかで進めなきゃいけない。『さかさま不動産』の場合、大家さん側がここでやってほしいとオファーするわけだから、うまくいってほしいと思うし手伝ってあげたいと思いますよね」(水谷さん)
大家が常連になったり知り合いを紹介してくれたりと、単に物件の貸し借りだけの関係ではないつながりが生まれていくのが「さかさま不動産」の特徴だ。
大切に守りつないできた物件を安心して委ねたい。大家の想いに応える「さかさま不動産」
自治体からの問合せも増えている。
「移住希望者はいるのに貸せる空き家がない」というのが各地に共通した悩みだ。空き家はたくさんあるのに“貸せる空き家がない”のだ。その理由は、大家が物件情報を開示したがらない点にある。
国土交通省の「空き地等に関する所有者アンケート結果」によると、情報を提供してもいいと答える大家はわずか15.6%。34.4%の人にいたっては情報提供は一切行わないと答えている(グラフ①参照)。
一方で、条件によっては物件を貸してもいいという人は全体の45.8%(グラフ②参照)と半数近くいることがわかる。
情報公開と賃貸の意思とのギャップが、潜在的な空き家を流通させるカギ。「空き家の情報を公開しなくても借り手を紹介してくれるサービスがあれば問合せは増えるはず」というのが水谷さんたちの考えだ。
これまで空き家流通がスムーズに進んでこなかった理由について
「高度経済成長期以降に家を買った人は、自分の意思で家を買っているので、金額を設定しやすく、売りやすいし貸しやすい。でも代々住み継いでいる人は、その物件に値段をつけづらい。まちでの暮らし、地域とのつながりを続けてくれる人なら住んでほしいし、活用してほしいという気持ちはあるけれど、これまでの不動産サービスではその想いに応えることができなかったことが原因としてある」と水谷さんはいう。
大切に守りつないできた物件を安心して委ねられる人と出会える「さかさま不動産」は、大家側のニーズにアプローチできるサービスだからこそ、注目を集めているといえる。
そんな「さかさま不動産」だが、無報酬型サービスという点に驚く人は多いのではないだろうか。
仲介手数料等、一切発生しないのだ。
「僕らが儲かるような仕組みだったら誰も応援してくれない気がするんですよね。タダでやっているからみんなが応援してくれる。お金にはならないかもしれないけど、このやり方は情報が集まるんですよ。情報にこそ一番価値があると思っているんです」と水谷さんは話す。
潜在的な空き家の情報を獲得するのは難しい。それを掘り起こすエピソードとして、最近マッチングした東京の物件が挙げられるだろう。
場所は南麻布の畳工場だった物件。「職住一体型ビルのため、良い人がいたら貸してもいい」と考えていた大家から「さかさま不動産」に相談が入り、約1年間かけてマッチングしたという。
「わざわざ東京の人が連絡をくれるなんて想像してなかったですね」と水谷さんは話す。「空き家が資本として流通しやすいのが都市部、流通しにくいのがローカルだと思っていたのですが、その構図が崩れたなと思いました。土地がどこかなんて関係ない。大事に使ってもらいたいと思うのはどこの大家さんでも当たり前なんですよね」と水谷さん。
情報を元に人やモノ・コトに出会うことができ、そこから何かを生み出すことができることこそが価値。この場所は、アップサイクルを意識したリノベーションを施し、クリエイターが集うカフェギャラリー「muun」として生まれ変わる予定だ。
自治体との連携も。挑戦者を地域で応援する仕組みでまちを元気に
「さかさま不動産」の画期的な仕組みは、国土交通省の「まちづくりアワード2022」の特別賞を受賞している。
受賞をきっかけに2022年8月には三重県桑名市と「挑戦を応援できるまちづくり」に関する連携協定を結んだ。人口減少が進む桑名市にチャレンジ精神をもつ人を誘致しようという目的だ。
市の広報誌に「さかさま不動産」の情報を掲載し、借り手の想いも掲載。
「広報誌は多くの大家さんが見るメディア。こんなことやりたい人がいるんですよ、という情報を載せるだけでも意味がある。マッチングした人の情報も掲載してくれて、まちを挙げて応援してくれるのがありがたいですよね」(水谷さん)
全国イノベーション推進機関ネットワーク事務局が主催する「イノベーションネットアワード2023」と、「日経ソーシャルビジネスコンテスト」においても優秀賞を受賞。ユニークでクリエイティブな発想が次々と評価された。
受賞により「さかさま不動産」の認知度は上がっている。
「ソーシャルビジネスとしても評価してもらったけれど、僕らってお金をもらっていないので実際はビジネスとして成立していないんです。社会問題をビジネスにするのって、本当に難しい。でも結果的に解決できればいいわけで、工夫さえあれば解決の糸口は見つかる。『さかさま不動産』が受賞したことで、短絡的なビジネスモデルというのは必要ないということを証明できた気がします」
お金を生み出すビジネスモデルよりも、情報が集まる発想と工夫。「さかさま不動産」、ひいてはOn-Coという会社はそれを元に大きく成長している。
支局をつないだネットワークで最適な場所に最適な人を呼び込む
総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査」によると、空き家率は13.6%。過去最高となっている。増え続ける空き家に対し「さかさま不動産」は今後どのようにアプローチしていくのか、展望を聞いてみた。
「全国の支局をつないだネットワークを作ろうと思っています。借りたい人の中には、場所を限定していない人もいるんです。自分が想像もしていなかったようなところからオファーがくるっておもしろくないですか? 『うちでやって!』という人が呼んであげたら可能性はぐっと広がりますよね。最適な場所に最適な人を呼び込むシステムが作れたらいいなと思います」(水谷さん)
知らないまちでの物件探しは難易度が高い。でもどこかの誰かが選んでくれたら、そこにニーズはあるということ。支局をつないだネットワークが稼働すれば、都会だろうとローカルだろうと関係なく人が動く。新たな挑戦者が動くことで、まちの活性化にも期待できそうだ。
「未来の前座になる」―。業種を超えて事象にアプローチするOn-Co
「さかさま不動産」について紹介してきたが、運営を手掛けるOn-Coはほかにもさまざまな社会問題をユニークな視点でかきまわしている。
例えば、アップサイクルに着目した「上回転研究所」では、廃棄石膏ボードを再利用した「rececco」の開発や、コーヒーかすと牛乳を原料にインテリア製品を作り出す「カフェオレベース」の製作。一般の人が海の課題に取り組むきっかけをつくる「丘漁師組合」では、未利用魚・低利用魚の活用や後継者不足の問題に取り組んでいる。
「さかさま不動産」をきっかけに、こうした活動に興味を持つ人もいるし、逆もしかり。アップサイクルを調べていて「さかさま不動産」にたどり着き、借り手になる人も。事業領域を決めず、社会のさまざまな事象にアプローチする姿勢は、業種業態を超えて多くの連携を生み出している。
On-Coのミッションは「未来の前座になる」ことだと水谷さん。「誰も想像していない未来を考える人がいっぱい集まったらおもしろい。社内も社外も関係なく一緒に未来のことを考えられる存在になれたらいい」と話していた。
全方位型の好奇心と情熱をもって事象に取り組むOn-Co。「さかさま不動産」を含めて今後さらに飛躍するのではないかと期待している。彼らの実証実験に注目していきたい。
【取材協力・画像提供】
さかさま不動産
https://sakasama-fudosan.com/
株式会社On-Co
https://on-co.jp/
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