都心部で貴重な5人までが1部屋に宿泊できる施設を
2021年4月、名古屋駅から徒歩5分の場所に宿泊施設「SEVEN STORIES」(セブンストーリーズ)が誕生した。(以下、セブンストーリーズ )
運営するのは、名古屋市に拠点を構え、民泊やシェアハウスの管理・運営を行っている株式会社ミライブ。東海地区で経営コンサルティング、不動産コンサルティング、マンスリーマンションやホテルなどの管理・運営と3つの事業を展開するベンチャーグループ、株式会社みらいホールディングスの子会社となる。
ここは土地オーナーの資産活用の一つとして建てられた建物を、同社が借り上げて、民泊兼マンスリーマンションとして運営しているというスタイル。もともとは1LDKの賃貸マンションの計画だったそうだが、その経緯を社長の藏満潔さんに伺った。
「ここの設計を担当された建築士さんが、マンスリーマンション事業のグループ会社とお付き合いがある方で、マンスリーマンションの運営をしないかというお話をいただきました。そこで、立地や広さなどから、僕がやりたかった4~5人で泊まれる施設ができると思い、わが社で借り上げさせてほしいとお話をしたんです」
旅行が趣味だという藏満さんは家族旅行での体験として、都心部では特に4人で一緒の部屋に宿泊できるところが旅館以外にあまりないと感じていた。需要はあるはずで、ここで実現できるまたとない機会だと提案するにいたった。
7組の建築家が1部屋ずつ空間デザインを担当
8階建てで、1階が受付、2~8階に各1部屋ずつの全7室。その名の通り、7つの物語をイメージして、7組の建築家がそれぞれ1部屋ずつ内装のデザインを担当しているのが特色だ。
共通のテーマは、愛知県の素材や文化をモチーフにすること。ものづくり王国ともいわれる愛知の魅力を発信していく。
「通常のビジネスホテルなどは、例えば出張という目的があって、そのエリアに泊まるための手段としてホテルがあるというかたち。セブンストーリーズに関しては、ここに泊まること、ここで過ごすことが目的になるような施設をつくりたいというのがベースにありました。そういう意味でデザイン性だったり、部屋の中での体験だったり、ここならではのものを提供できたらと考えました」と藏満さんは語る。
内装を手がけた建築家は35歳前後の若手が多く、いずれの部屋もこだわりがかなり出ているという。では、次の章から全部屋をご紹介していきたい。
愛知県内の市に伝わる文化を表した2~5階の部屋
2階の部屋のタイトルは「青の変奏」。常滑市で常滑焼の窯を運営しながら建築事務所も手がけている水野太史さんが担当した。床に貼られた常滑焼の深い青色のタイルが印象的だ。日本六古窯の一つに数えられる常滑の“やきもの”文化と、海に面した土地を表現する。また、置かれているユニット家具はオリジナルで、部屋に全部で16個あり、1段だと椅子、組み合わせると棚、4つ並べるとベッドフレームに。全部並べれば4人で寝られる大きなベッドになる。
「葡萄色の漆黒」と名付けられた3階の部屋は、2階とはがらりと変わって、妖艶さも感じられる赤い色をまとっている。ここは小牧市の尾張漆器をイメージした部屋で、赤色は漆の陰影を表現。残念ながら尾張漆器の産業は衰退してしまっているが、あらためて歴史を知る価値を生んでいるのではないだろうか。名古屋と東京を拠点に活躍する篠元貴之さんの設計。
4階の部屋「菴(いおり)」は、清須市で江戸時代に栄えた曲げわっぱなどの曲げ物を素材モチーフに。歴史を物語りつつ、天井飾りに大胆に起用して、アーティスティックな部屋になっている。大阪とオーストラリアを拠点にする新森雄大さんとジェームス・ジャミソンさんの事務所が担当した。
5階の部屋は刈谷市に伝わる万燈祭(まんどまつり)がテーマ。天下の奇祭とも呼ばれる祭りで、竹と和紙で作られた張り子人形である巨大な万燈が市内を練り歩くのだが、実際に万燈に使われる竹や和紙が部屋の随所に用いられている。同市に事務所を構える「1-1 Architects(イチノイチ アーキテクツ)のデザインで、「都市の中で眠り、起きる」という部屋のタイトルが付けられ、壁側の万燈障子の下に縁側の設えがあり、ベッドが部屋の外を思わせるユニークな造りになっている。
6~8階は名古屋市の文化と刈谷市の家具を置いた部屋に
6階は「有松の転写」という名前で、名古屋市緑区の有松地域がテーマ。担当したのは、有松地域の仕事も多くしている一級建築士事務所の株式会社matomato代表・松田考平さん。松田さんは全体の建築デザイナーのまとめ役も務めた。
有松地域では絞り染めの織物である有松・鳴海絞りが有名だが、この部屋に有松絞りの製品はない。テーブルのゴツゴツした表面は有松・鳴海絞りを3Dスキャンし、レーザーカッターで焼きつけて転写したもの。カーテン代わりの強化和紙には、有松・鳴海絞りの型紙デザインを用いた穴を開けて表現している。ほか、飾られている絵は有松祭りの山車につけられる提灯をイメージしたもので、「ここに泊まった方が有松に行ったときに、あの部屋にあった絵の提灯が並んでいる、というような発見をしてもらえたら面白いねということでつくられたんですよ」と藏満さんが教えてくださった。
また、この部屋は名古屋の喫茶店文化も取り入れ、ゆったりとしたソファーは名古屋人にはおなじみの雰囲気だ。
7階は刈谷市で創業し、世界的にも知られるカリモク家具株式会社の家具をメインにした部屋。取材時にちょうどデザインを担当した柴山修平さんがいらっしゃったのでお話が聞けた。
「他の部屋は全員建築家ですが、僕だけ厳密には建築家ではなくて、家具から空間を作る仕事をしています」と柴山さん。この部屋は「7階のコテージ」と名付けられており、カリモクの木製家具を配置し、木の温もりを感じられるコテージのような雰囲気。壁にはカリモク家具が所有する山の冬の写真が飾られており、そこに写っている木がこの部屋にある家具にというストーリー性を出しているとか。「この風景から着想した空間といいますか、ちょっと寒い印象を受けるので色合いも合わせました。新しいシリーズのなかにあった木製のテーブルは、モダンなデザインで、すごくいいなと思って選びました。この施設が名古屋の都心にあるということもあったので、そういう要素を入れたかったんです」と語る。
最上階の8階は、名古屋の金文化がモチーフ。名古屋と東京にオフィスを構えるambient designs 代表の石黒泰司さんが担当した。「名古屋は金が採れるわけでも、製品などで金が使われている量がすごく多いわけでもないのですが、名古屋城の天守閣に飾られた金の鯱の影響もあってか、金のイメージがありますので、それを表現しました」と藏満さん。漆喰風にペイントされた壁は、日が落ちると照明の当たり具合で金色に見える色味のものに。室内は3つの段差を造り、リズム感を生んでいるのも楽しい。
目指すのは新しいかたちの民泊
愛知県内のさまざまな魅力をデザインから知ることができるセブンストーリーズ。民泊というと、インバウンド需要で注目されてきたが、ここはメインのターゲット層に外国人観光客は据えていない。
藏満さんはこう語る。「プロジェクトとしては新型コロナウイルスの拡大前にスタートしましたが、その時点からインバウンドのお客様がメインではなく、民泊を国内の新しい宿泊のかたちとして表現できるかなと思ってきました。民泊施設とはなっていますが、気軽に使える施設になってほしい」
マンスリーマンションとしても利用できることもあり、アメニティのほか、鍋やフライパン、トースター、炊飯器といった調理器具や、洗濯機も各部屋に備えられている。「5人まで利用できるので、家族で泊まることもできますし、久し振りにあった友人と集まって食事を楽しみ、お酒を飲んでそのまま寝落ちしてしまっても大丈夫みたいな、そういう楽しく盛り上がれる場所としての使い方もできると思います。民泊は日本人の利用割合が少ないので、こういうところもあると知ってもらえたら」と願う。
まだオープンしたばかりだが、構想は膨らむ。「47都道府県で、それぞれの素材や文化を表現できる宿泊施設ができたらすごく面白いですよね。また、いろいろなデザイナーさんが入り、それぞれに物語性を持たせるというスキームは、こういう宿泊施設だけじゃないと思いますので、さまざまなことをできたらいいなと思っています」
素材そのままもあれば、要素を発展させたものもあり、各建築デザイナーの発想でとても楽しい空間となっている。各デザイナーがデザインの意図や設計について語る音声コンテンツをホームページにアップすることも考えているそうだ。
国内の宿泊ユーザーの選択肢が広がるのはうれしいことだ。また、地域にとっては魅力を深掘りしてもらえるいいコンテンツとなるのではないだろうか。宿泊以外にもワークショップなどイベントも開催し、利用促進を図るという。
取材協力:株式会社ミライブ https://melive.co.jp/
Seven Stories https://7stories.jp/
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