名古屋の文化遺産として、市民から保存を望む声が上がる

上/名古屋市市政資料館。敷地は、名古屋城北側にある名城公園の飛び地となる。春には桜が咲くなど自然も豊かで、近隣の住人や働く人々の憩いの場として親しまれている<br>下/車寄せの上部に取り付けられた金の装飾は、公正な裁判を意味する、神鏡と神剣を組み合わせたもの上/名古屋市市政資料館。敷地は、名古屋城北側にある名城公園の飛び地となる。春には桜が咲くなど自然も豊かで、近隣の住人や働く人々の憩いの場として親しまれている
下/車寄せの上部に取り付けられた金の装飾は、公正な裁判を意味する、神鏡と神剣を組み合わせたもの

明治時代に公布された大日本帝国憲法のもとで設置されていた裁判所の一つである控訴院。当時の裁判所は、大審院、控訴院、地方裁判所、区裁判所とあり、控訴院は現在の高等裁判所にあたる。控訴院は東京、大阪、名古屋、広島、長崎、高松、宮城、札幌と全国に8ヶ所あったが、現存するのは名古屋と札幌のみ。今回は、名古屋の控訴院建築についてご紹介したい。

1922(大正11)年、それまで別々に設置されていた控訴院と、その下級の地方裁判所と区裁判所を一ヶ所に集めた庁舎が完成。名称は、3つをつなげた、名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎だ。札幌の控訴院は1926(大正15)年に建てられたため、名古屋が現存する最古の控訴院庁舎となる。

レンガ造りの3階建て、延べ床面積約6,700m2という大きな建物。完成の翌年に発生した関東大震災でレンガ造りの建物が大きな被害を受けたことで、それ以降、大規模な建物にレンガは使われなくなったとされる。そのため、ここは日本で最後の大規模なレンガ造り建築ともいわれる。

戦後は裁判所制度の改正にともない、名古屋高等裁判所および地方裁判所として使われていたが、その機能が1979(昭和54)年に移転。建物は使用されなくなった。

移転に伴い旧庁舎を取り壊す計画が持ち上がった段階で、市民の間から名古屋の貴重な文化遺産として残してほしいという声が上がり、名古屋市は1977(昭和52)年から保存方法などについて検討を開始。1984(昭和59)年、市政資料館として整備されることが決定した。

名古屋市の官庁街で目を引くレンガの建物

館内にある名古屋市市政資料館の模型。左右対称の3階建てで、中庭のある造りになっている館内にある名古屋市市政資料館の模型。左右対称の3階建てで、中庭のある造りになっている

旧控訴院の建物を生かした「名古屋市市政資料館」は、名古屋市の官庁街の近くにある。名古屋の官庁街は、名古屋城の周囲に位置。名古屋城との調和が図られた名古屋市役所本庁舎、愛知県庁本庁舎はともに国の重要文化財に指定されているが、この「名古屋市市政資料館」も1984(昭和59)年に国の重要文化財となった。ただし、指定されたのは、建物の外観部分、中央階段室、会議室の3ヶ所。文化遺産としての保護と、活用することをあらかじめ考えてのことだ。

国の重要文化財に指定されたことに伴い、整備は文化財保護法に基づいたものに。保存修理実施設計の調査などのための工事を経て、1985(昭和60)年から4年弱かけて保存修理工事が行われた。

「総工費はおよそ16億円。外観と中央階段、会議室は創建当時の状態に戻し、それ以外のところは、事務室を新たに作るなど、市政資料館としての使い勝手も考えながら改修されました」と、名古屋市市政資料館の小河内さん。

裁判所らしい重厚感のある造り

外観は、正面中央にドーム屋根の塔屋を設けたネオ・バロック様式。外壁の赤いレンガと白い花崗岩が美しいコントラストを生み出している。構造としては、壁はレンガ積みだが、梁、床、階段などは鉄筋コンクリートで、屋根の骨組みは木造という、近代建築の変遷を示すものとなっている。

また、屋根は1959(昭和34)年の伊勢湾台風の被害で銅板葺きに改造されていたものを、天然スレート葺きに復原した。

正面入口を入ると、その先に広がるのが中央階段室。2~3階で吹き抜けになっており、装飾の素晴らしさに圧倒される空間だ。階段の手すりは、大理石で、そのもとは岐阜県大垣市でとれた石灰岩。化石を見ることもできる。

3階部分の階段正面にはステンドグラス。さらに、漆喰仕上げでアーチ状になったヴォールトと呼ばれる様式の天井を見上げると、そこにもステンドグラスが施されている。「ここのステンドグラスは、裁判所であることから公平や公正といった意味があるモチーフとなっています。正面のステンドグラスの絵柄は、罪と罰がつり合う天秤です。一方、天井は太陽のモチーフで、公明正大という意味を表していると聞いています」と小河内さんが教えてくださった。

重要文化財に指定された残り一つ、復原会議室があるのは3階。控訴院の会議室として重要な役割を果たしてきたここは、内装とともに調度品も見どころ。

羽目板張りの腰壁より上の部分は、漆喰塗りをした上に壁紙が貼られたもの。天井は漆喰塗りのうえに天井紙が貼られている。中央部を一段高くしてシャンデリアが吊るされており、周囲の装飾も見事だ。

内装は何度か変わったそうだが、残された文献や写真、聞き取り調査などを手がかりに、創建時の姿に戻した。調度品のひとつである布張りのイスは、当時の職員に聞き取るなどして再現したという。足元には中国・天津で織られたという天津緞通(てんしんだんつう)と呼ばれるじゅうたんも復原され、2cmはあろうかという厚みで、実際に歩くとフカフカ。重要な会議室として威厳のある造りになっていたことが、そんなところからも分かって興味深い。

重要文化財に指定された建築意匠だけでなく、「実はガラス好きの方にも喜ばれているんです」と小河内さん。創建された当時の製法に由来する、ゆらぎの見られるガラスが一部に残っているほか、結霜(けっそう)ガラスも。結霜ガラスは、すりガラスの上に膠(にかわ)を流し込み、乾くときの力でガラス表面に傷ができ、さまざまな模様を生み出す。現在は国内で商業ベースでは作られていないそうで、希少なものだ。

①中央階段室。重要文化財に指定された箇所として、創建時の姿に復原された。ドラマや映画のロケに使用されたことも<br>②夜の中央階段室。通常は17時で閉館となり、日が短い冬期のみこんな幻想的な雰囲気が見られる(写真提供:名古屋市市政資料館)<br>③中央階段室のステンドグラス<br>④中央階段室の3階部分は、独立柱を施した回廊となっている<br>⑤正面入口から中央階段室を望む<br>⑥会議室<br>⑦会議室に敷かれている、復原したじゅうたんを展示したもの。厚みが分かる⑧廊下の窓にはめ込まれた、希少な結霜ガラス。花柄のような模様が美しい①中央階段室。重要文化財に指定された箇所として、創建時の姿に復原された。ドラマや映画のロケに使用されたことも
②夜の中央階段室。通常は17時で閉館となり、日が短い冬期のみこんな幻想的な雰囲気が見られる(写真提供:名古屋市市政資料館)
③中央階段室のステンドグラス
④中央階段室の3階部分は、独立柱を施した回廊となっている
⑤正面入口から中央階段室を望む
⑥会議室
⑦会議室に敷かれている、復原したじゅうたんを展示したもの。厚みが分かる⑧廊下の窓にはめ込まれた、希少な結霜ガラス。花柄のような模様が美しい

建物の展示、公文書館、そして集いの場として

「市政資料館の事業の柱として、重要文化財である建物の展示と、歴史的価値のある公文書を保存して市民の皆さんに見ていただく公文書館としての機能、そして市民に集会室や貸し展示室を使っていただく集いの場としての機能。その三つがあります」

建物保存と並ぶ大切な役割である公文書館としては、1889(明治22)年に市制が施行された以降の公文書を中心に、歴史的価値のあるもの、市政に関する資料を収集して保存。市民が閲覧できるようにしている。

建物の保存・公開では、無料で自由に見学できるようにしているほか、この建物に関するものと、名古屋の代表的な近代建築を紹介する展示を行っている。

また、元裁判所であったことから司法に関する展示も行っており、創建時の明治憲法下の法廷と現行憲法下の法廷を再現した場所や、1階では留置場の見学もできる。司法制度に関する展示では、民法上で重要な判例のひとつといわれる“宇奈月温泉事件”の資料もあり、「法律を学ぶ人の中には、名古屋へ行ったらぜひ市政資料館に足を運ぶべきだと言ってくださる方もいるんですよ」とのことだ。

展示はもうひとつ、市政に関するものもある。“名古屋市”が誕生した明治から、大正、昭和前期、昭和後期、平成と今日に至るまでの出来事や、都市形成の変遷を模型などで紹介している。これは公文書館であることにも関わり、名古屋の歴史を知る貴重な資料となる。

①創建当時の控訴院第2号法廷を再現。裁判官だけでなく、検察官、弁護士なども法服、帽子を着用<br>②現行憲法下の法廷。戦後まもなく改造された地方裁判所第12号法廷にならって再現した。ここで小河内さんから取材中に聞いた豆知識を。現行の法廷で弁護人と検事が左右どちらに着席するかご存じだろうか?実は、裁判所のレイアウトによって異なるそうだ。裁かれる人が出てくる扉の位置が左だったら、左が弁護士となるそう<br>③昭和の初期に行われていた陪審制度の法廷。3つの法廷の再現で、司法について伝える展示に<br>④市政に関する資料を市民が閲覧できる閲覧室<br>⑤1階にある留置場の雑居房。窓には鉄格子があり、窓の外は中庭なので容易に外に出られない造りに<br>⑥留置場の独房①創建当時の控訴院第2号法廷を再現。裁判官だけでなく、検察官、弁護士なども法服、帽子を着用
②現行憲法下の法廷。戦後まもなく改造された地方裁判所第12号法廷にならって再現した。ここで小河内さんから取材中に聞いた豆知識を。現行の法廷で弁護人と検事が左右どちらに着席するかご存じだろうか?実は、裁判所のレイアウトによって異なるそうだ。裁かれる人が出てくる扉の位置が左だったら、左が弁護士となるそう
③昭和の初期に行われていた陪審制度の法廷。3つの法廷の再現で、司法について伝える展示に
④市政に関する資料を市民が閲覧できる閲覧室
⑤1階にある留置場の雑居房。窓には鉄格子があり、窓の外は中庭なので容易に外に出られない造りに
⑥留置場の独房

リノベーションで市民に開かれた場所に

左/市民が文化活動で利用できる集会室<br>右/一般展示室(写真提供:名古屋市市政資料館)。ともにリピート利用も多いという左/市民が文化活動で利用できる集会室
右/一般展示室(写真提供:名古屋市市政資料館)。ともにリピート利用も多いという

国の重要文化財に指定された箇所が創建時の状態に復原される一方、活用のために改修された部分もある。今の表現でいうと、リノベーションといえるかもしれない。

具体的には、先の常設展示室や、公文書を保管する書庫、職員が業務を行う事務室などのほか、事業の3つの柱のひとつである“市民の集いの場”としての集会室や一般展示室が造られた。

集会室は2階に全5部屋あり、和室1つと洋室4つ。絵画や俳句教室など文化活動で利用ができる。作品の発表などができる一般展示室は3階に全5部屋ある。集会室は半日1,000円から、一般展示室は一日1,000円からと、公共施設ならではのリーズナブルさ。さらに一日単位で申し込めることや、文化財の建物のなかという特徴から人気を博しているとのこと。

「集会室の利用状況は、開館当初は20%ほどでしたが、2018(平成30)年度には58.8%に。また、入館者も当初は年間2~4万人でしたが、2018(平成30)年度には10万人を超えました」

中央階段室では、土日祝に結婚式が行われることも。旅行客誘致のため、職員みずからが市内のホテルに売り込みに行くなど地道な取り組みを進めて、施設の周知を図ってきたそうだ。

市の公文書保存と公開、そして市民に開かれた場所と、新たな役割を持ちながら、歴史的建物が未来へとつながれた。魅力ある建物を無料で見学できることがとても喜ばれてもいる。入館者が増え、「海外の方にも少しずつ知られるようになってきた」そうだが、日本の近代建築に触れ合うとともに、学びの場でもあり、集いの場でもあることを、一人でも多くの方が知り、より活性することを願う。

取材協力:名古屋市市政資料館 
http://www.city.nagoya.jp/shisei/category/52-7-4-0-0-0-0-0-0-0.html

2020年 03月28日 11時00分