大学から徒歩1分、2016~2018年にかけて3棟が完成
JR京都駅から湖西線に乗り、滋賀県大津市にある成安造形大学へ。最寄りのおごと温泉駅までの所要時間は20分ほど。途中、右手に広がる琵琶湖、左手に連なる比良山系の山々の景色を楽しんでいると、あっという間に駅に到着した。
今回、成安造形大学に足を運んだのは、学生専用アパートメント「YOHAKU」について話を伺うため。「YOHAKU」は大学から徒歩1分の場所に2016~2018年にかけてつくられた、3棟・3階建て(全88戸)の物件である。注目は、学生の意見を取り入れながらデザインされていること。
最初に手掛けられた棟が完成してから約5年。建設プロジェクトの指揮を執った空間デザイン領域の准教授であり建築家の三宅正浩さんにオンラインで話を聞いた。「YOHAKU」がつくられた背景や建物のこだわり、そして今後の思いとは。
20人の学生も参加し、プロジェクトがスタート
単科大学である成安造形大学には、芸術学部芸術学科に通う約800人の学生が在籍。このうちの4割ほどが「YOHAKU」を含め、大学周辺のマンションやアパート、下宿などで生活をしている。
「YOHAKU」が誕生するきっかけとなったのは、理事長のある思いだった。それが、「成安造形大学で芸術を学んでいる学生と、これから芸術を学びたいと思っている高校生にふさわしい住環境を整えたい」ということである。そこで三宅さんが中心となってプロジェクトが発足。せっかく学生が住むのだから、学生の意見を取り入れたい、さらには自分たちでも間取りをつくってもらいたいと、プロジェクトには20人の学生も参加した。
「間取りをプランニングするにあたって考えたのは、全室同じにはしないということ。現代アートを学んでいる学生なら大きな制作スペースを、情報デザインならパソコン機材を置く場所を、とそれぞれの“ほしい場所”が異なります。それをかなえるのが、成安造形大学の学生らしい住まいといえると思ったんです」
アンケート調査や投票などを経て、学生たちの声が反映された間取りが完成
まず行ったのは、全学生を対象にしたアンケート調査。学生たちが求めている住まいを調べるためである。「どのようなスペースがあればうれしいか」というものから、「キッチンのコンロは何口必要か」「浴槽は必要か」といった生活に密着したものまで多岐にわたったそうだ。
このアンケート結果をもとに、間取りのプランニングがスタート。スケジュールの都合上、先に工事を始めないといけない1棟は三宅さんが、そして残りの2棟はプロジェクトメンバーの学生たちが担当することとなった。
三宅さんが手掛けた棟は全12戸で、4タイプの間取りが採用されている。
「ATELIER」タイプは創作活動ができるスペースに、道具類をさっと洗えるよう洗面台を設置。
「KITCHEN」は二つのコンロと大きなシンクがある、自炊派の学生にぴったりな間取り。
「LIVINGROOM」は、フローリングのリビングを日当たりの良い南側に配置した。
「BEDROOM」は寝室スペースを重視。日の当たる南側に一番広い場所を確保している。
「バランス良くアンケート結果を取り入れられる間取りを考えました」(三宅さん)
一方、学生担当の2棟。こちらは学生が一つずつ、計20種類のプランと模型を作成した。それを全学生や大学関係者などによる複数回の投票を経て、5種類に絞ったという。汚れを気にしなくてもよいコンクリ―ト打ちっぱなしの空間がある「My Garage」や、制作した作品を飾ることができる「魅せる収納のある部屋」など、成安造形大学の学生ならではのアイデアが満載だ。
3棟をN字型に配置することで生まれる、光と風の変化
「YOHAKU」で特筆すべきなのは間取りだけではない。
各棟が入れ子でつくられている点も特徴である。建物を一回り大きなコンクリートの壁で覆っているイメージだ。もちろん全面を壁にしているわけではなく、デザイン面・機能面を考慮して田の字が連なっているような壁で囲われている。入れ子のメリットは住環境が良くなることだと三宅さんは言う。
「ここは、冬は比良山系の山々から琵琶湖に向かって強い風が吹き下ろす場所。でも外側に壁をつくることで、風が居室にダイレクトに当たることを防げます。積雪の影響も受けにくい。夏の直射日光を和らげる役割も担っています」
3棟を平行ではなく、N字型に建てた点にも注目したい。
「平行に建てると、どうしても部屋や中庭への光のさし方や風の通り方が一様になってしまいます。一般的な集合住宅だと均等で公平というのは大切ですが、ここでは全部が同じである必要はありません。明るい部屋を好む学生もいれば、暗めの部屋の方が制作しやすいという学生もいます。また、中庭のこちらは日陰になって涼しい、あちらはよく日が当たるなど、変化を感じられる配置にしたかったんです」
省スペースのための階段を作ったことで生まれた、半円を描く階段
階段の作り方もユニークだ。棟の壁面にくるんと半円を描くように設置されていたり、各棟の違うフロアを結ぶ渡り廊下のような緩やかな階段があったり。これらができた背景にあるのは、省スペース化を実現するために各棟につけられた、1階と2階を、そして1階と3階を結ぶ直通階段だ。
「一般的な折り返し階段にすると、単純に2倍の幅を取ることになります。そのスペースを取るのがもったいなかった。できるだけ室内を広くしたり、戸数を確保したかったんです」
確かにこの形であれば狭いスペースで設置ができる。だが問題は、2階と3階を行き来する際は、一度1階に降りなければいけないこと。
「それは嫌ですよね。そこで考えたのが2階と3階を結ぶ半円を描いた空中階段。これを作ることで、わざわざ1階まで降りる必要はなくなりました。同時に、隣の棟に移動しやすい階段も設置したんです」
こうしたクリエイティブな発想も芸術系大学らしさを感じる点である。
「YOHAKU」の“余白”を象徴するプライベートテラスとコモンテラス
三宅さんらプロジェクトメンバーが、「YOHAKU」をつくるにあたって大切にしたことは、もう一つ。学生同士がコミュニケーションを図れる場所、刺激を受けられる場所にしたいということだった。
「入れ子状にしたことで、外壁と住居スペースの間に空間、つまり余白が生まれます。この余白は、主には全部屋に付いているプライベートテラスと呼んでいるベランダと、各部屋の前のコモンテラスと呼んでいる廊下のことを指しています」と三宅さんは話す。
「プライベートテラスから庭を見下ろすと友達が集まって創作活動の話をしている姿を目にするかもしれません。会話に加わることもできるでしょう。またコモンテラスを通ったとき、室内外を区切る大きな窓から友達が創作にふけっている様子を見る機会もあると思います。そうした会話や体験が、交流であり、刺激なんです。将来的には、ここで生活をしていた友人同士が一緒に仕事をするといった、つながりが生まれることも期待しています」
余白のスペースには、学生が作った作品もそこかしこに展示されている。これもまた交流であり、刺激になるのだ。
プロジェクトメンバーの思いがつまった「YOHAKU」の余白。これから、ますます学生たちのものづくりへの希望で埋まっていくことだろう。











