人口減少が続く真鶴町が動き始めた

高低差が大きく、細長い真鶴半島。豊かな森林がおいしい魚を育んでいる高低差が大きく、細長い真鶴半島。豊かな森林がおいしい魚を育んでいる

東京駅から東海道本線の快速利用で1時間20分。神奈川県真鶴町は関東地方にある3つの半島のうち、一番小さな、歩いても3~4時間くらいで回れてしまう真鶴半島から内陸に広がる細長い町だ。面積は7.04平方キロ。神奈川県でいえば横浜駅やみなとみらい地区のある横浜市西区がほぼ同じくらいの広さと言えば、おおよそのサイズは分かるだろう。

だが、西区と大きく異なるのは人口だ。西区には10万人をちょっと切るくらいの人口があるが、真鶴町は現在7,615人(平成28年6月1日現在)。昭和50年の国勢調査で1万人を割り込み、以来、年に100人~150人ほど減り続けているという。平成27年の国勢調査(速報値)の前回比はマイナス10.6%となっており、神奈川県下では箱根町に次ぐ減少である。

そんな長年続くどんよりした気分を打ち破ろうと、真鶴町では平成21年以降、空地空家情報の発信、ふるさと町民登録制度など移住・定住促進のための施策を打ってきた。特に平成25年度には役場の中堅・若手や町民が集まった真鶴町活性化プロジェクトが始動、ここ1~2年で民間を中心に様々なイベントが行われるようになっている。

平成26年に始まったのは街中の様々な施設を期間限定でミニ美術館にするイベント「湯河原・真鶴アート散歩」。同年には世界的起業イベント「スタートアップウィークエンド」が真鶴で開かれるようになった。その翌年には真鶴港岸壁広場で毎月月末の日曜日に「真鶴なぶら市」なる、地元産品を揃えた朝市が開かれるようになり、同年には感じる芸術祭と銘打ったアートイベント「真鶴まちなーれ」もスタート。真鶴が何か、始めているという情報を聞くようになった。

商店街の中の店舗兼住宅がお試し居住施設に

商店街の中にあるくらしかる真鶴。土間部分が相談コーナーになる商店街の中にあるくらしかる真鶴。土間部分が相談コーナーになる

そんな真鶴町が平成28年9月から町の事業として、移住を検討している人向けのお試し暮らし施設「くらしかる真鶴」を始めることになった。お試し暮らし施設自体は前述の活性化プロジェクトチームの手によって平成27年から試行されており、すでに5組が利用、その後2組が移住している。その施設の1階の道路に面した部分などを町の人達も含めた有志でリノベーション、本格的に移住相談、お試し居住ができるようにしようというのである。6月4日に事業準備期間中ながら、施設のお披露目会があり、役場関係者、地域の人達が集まった。その様子をご紹介しよう。

場所は真鶴駅から港へ向かう大道ジョイナス商店街の中。駅からは徒歩5分ほど。隣には魚屋さん、向かいには本屋さんがあり、すぐ近くにはコンビニ、スーパーもある。繁華とまでは行かないが、日常生活には不自由はない。

建物は元駄菓子屋さんだったという昭和47年築の2階建ての店舗兼住居で、通りに面して売り場だった土間があり、そこは今後、移住相談スペースとして使われる予定。土間から上がったところが住居になっており、1階には8畳の居間とキッチン、風呂場などがあり、土間とは別に玄関も付いている。2階にも和室1室、洋室3室があり、収納もたっぷり。家族でのお試し居住にも十分な広さがある。

利用できるのは真鶴町への移住を希望あるいは検討している人で、体験期間は1週間以上2週間以内。参加料は2万円とのことで、詳細は町の企画調整課に問い合わせてみて欲しい。

町の人たち手作りの品が並ぶお披露目会

さて、お披露目会は移住相談スペースになる予定の土間で開かれたのだが、びっくりしたのは用意された軽食、飲料の大半が町の人や役場の人からの差し入れだということ。たまたま開始時間よりも早く着いたので、寿司を取りに行くという関係者と一緒に駅の近くまで行ったのだが、担当者が向かった先は駅前の寿司屋ではなく、普通の民家。寿司を大皿一杯に用意していたのは町の人だったのだ。

その後も炊飯器で焼いたという真ん丸なケーキを2つも運んできた人がいたり、ワインやら日本酒やらを持ってくる人がいたりと実にアットホーム。一番驚いたのは原チャリで地元名産の塩辛と日本酒を持ってきてくれたおじさん(失礼!)が副町長さんだったということ。「他の地域では役場と住んでいる人の距離は遠いことが多いけれど、ここ真鶴は人口が少ないこともあって、すごく近い。何かあっても親身に相談に乗ってもらえる。安心ですよ」とはお試し居住を経て移住をした來住(きし)友美氏。

参加していた町役場の人達も同じようなことを口にした。「異動で担当が変わり、仕事内容が変わっても相手はずっと変わらない。お互いにいい加減なことはできません」。

役場と住民間だけではなく、住民間の距離も近いようで、通りすがりに店内を覗いて知り合いに挨拶をしたり、その中にはちょっと腰かけて話をしていく人がいたり。多くの人がこの施設を気にかけていることもよく分かった。

様々な年代、性別の人たちが集まり、賑やかな集いだった様々な年代、性別の人たちが集まり、賑やかな集いだった

シニア移住者に加え、現役世代の移住も増加中。その魅力は?

元々、神奈川県から静岡県にかけての海沿いは温暖な気候と豊かな自然を求めてシニア世代の移住が多かったエリア。だが、最近は現役世代の移住も始まっているとか。同日の湯河原新聞によると「オーガニック農園の開設やカフェの開店、そして服飾デザイナーや絵本作家等、現役の働く世代の移住も始まっているという」とも。お披露目会の準備その他でせっせと動いていた、前述の來住氏、そのパートナーである川口瞬氏もそうした移住者。お二人は泊まれる出版社「真鶴出版」を立ち上げており、当日はそのいきさつを描いた「小さな町で、仕事をつくる」と題した冊子も配られた。

具体的には自宅で民泊と出版を行うということで、移住してからゲストハウスを作り、出版を始めようとするまでが描かれているのだが、その最後にある真鶴町で暮らす魅力についての一文が印象的だった。來住氏は大学卒業後、タイ、フィリピンなどで働いてきた人で、そうした暮らしと比べると寂れゆく日本の田舎での暮らしはあまり魅力的ではないように思う人が多いのではないかと思う。だが、どうやら、それは勘違いらしい。

「そして何よりも『町』という大きな共同体で生きることは、海外で暮らすのと同じくらい刺激的でおもしろい」。

意訳すると町には多様な年代、背景、職業を持つ人達が住んでおり、小さな町であればそうした人たちと否応なく出会うことになる。それが面白いということなのではないかと思う。会社や学校、マンション内での人間関係はどこか共通項があり、似た部分が多くなりがちだが、町を単位として考えると人はとんでもない多様性の中にいることになる。それを面白いと思えれば、小さな町の暮らしは楽しめるのだろう。

当日配られた冊子(右)には真鶴の魅力が写真と共に紹介されている。左はリタイア後移住してきた人が中心になって活動している自然保護への協力を求めるチラシ当日配られた冊子(右)には真鶴の魅力が写真と共に紹介されている。左はリタイア後移住してきた人が中心になって活動している自然保護への協力を求めるチラシ

20年前の「美の基準」がじわじわと効いてきている

お披露目会での状況説明の挨拶。右端がこの施設を利用して移住してきた來住氏。左端は美の条例に感動して真鶴町に就職、現在は移住推進その他企画を調整する作業に携わる真鶴町の卜部直也氏お披露目会での状況説明の挨拶。右端がこの施設を利用して移住してきた來住氏。左端は美の条例に感動して真鶴町に就職、現在は移住推進その他企画を調整する作業に携わる真鶴町の卜部直也氏

もうひとつ、真鶴の魅力を語る上で欠かせないのが平成6年に施行された真鶴町まちづくり条例にある「美の基準」デザインコードによる景観づくり。リゾートマンション建設を巡って20年前に生まれたこのデザインコードは、8つの原則と69のキーワードからなっており、シンプルながら力強い言葉が並ぶ。

たとえば、「尺度」というキーワードの基本的精神は「すべての物の基準は人間である。建築はまず、人間の大きさと調和した比率をもち、次に周囲の建物を尊重しなければならない」とされており、それもあって真鶴町には周囲とのバランスを欠くような建物は作れない。ヒューマンスケールにそぐわない巨大建築物がないのはそのせいだ。

あるいは「調和」の基本的姿勢は「建築は青い海と輝く緑の自然に調和し、かつ町全体と調和しなければならない」とされており、キーワードとしてはふさわしい色、日の恵み、大きなバルコニー、少し見える庭、ほどよい駐車場などという言葉が並ぶ。真鶴町にはこの条例のおかげで、その当時と変わらない、特別ではないものの、今では多くの町で消えてしまった風景が残されているのだ。

もちろん、そのおかげで短期的には損をしてきたかもしれない。リゾートマンションができれば人は増え、税収も上がる。それをしてこなかった分が衰退に繋がっているという考え方もあるだろう。だが、今、20年間残してきたものが評価されているのだとしたら、そして今後の日本が巨大建築物万歳の方向に向かっていかないとしたら、真鶴町が面白い、素敵だと思う人は今後も増えるかもしれない。それが本当かどうか、一度、試しに居住してみてはどうだろう。仕事によっては首都圏への通勤も可、近くには温泉多数、魚も美味い。魅力的な場所であることは確かだ。

真鶴町企画調整課
メールアドレス:ki-syougai●town-manazuru.jp
TEL:0465-68-1131

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2016年 07月13日 11時05分