高齢入居者にまつわるトラブルを調査

専業主婦から離婚、シングルマザーとして働き続け、2001年に司法書士としてキャリアをスタートさせた太田垣章子氏は長らく賃貸トラブルの解決に携わってきた。家賃滞納に端を発する強制執行も2,300件以上手掛けてきたが、そのうちに占める高齢者の割合が年々増えているという。そんな時に委託されたのが全国宅地建物取引業協会連合会の「住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究会」の委員。借りたくても賃貸住宅を借りられない人達を支援するために民間に何ができるかがテーマといえば分かりやすいだろう。

ただ、すべての住宅困窮者をテーマとしてしまうと範囲が広すぎて収拾がつかない。そこでまずは高齢者に絞ってアンケート調査が行われた。一般社団法人全国賃貸不動産管理業協会に加盟する管理会社を対象に高齢者が民間賃貸住宅に居住したことによって起きたトラブルを問うものである。太田垣氏は管理会社だけではなく、もっと広く声を聞こうと、大家さんたちの会にも声をかけて500人近くから協力を得た。

2020年1月に行われた「賃貸業界における高齢者問題を考えるシンポジウム」はその調査の話から始まった。アンケートのフリーコメント欄に書きこまれたトラブル例は多岐にわたり、いずれも衝撃的。一般には孤独死、ゴミ屋敷化が想起されるところだが、それらに加えて認知症に起因する徘徊、被害妄想や廊下での糞尿、近隣の他住民とのトラブルなど、同じ建物内に住んでいたら、そのトラブルに対処する立場になったら、と想像するだけで気が重くなる内容なのである。

シンポジウムは現状を解説する太田垣氏の話から始まったシンポジウムは現状を解説する太田垣氏の話から始まった

賃貸借契約は相続される

一度、そうした思いをした大家さん、管理会社は高齢者の入居申込みに躊躇するようになる。しかも、近年は親族の対応もそれに輪をかけていると太田垣氏。「身内だからと連絡をしても、長年付き合いがなく、もう縁を切ったと言われて電話を切られたり、遺品の引き取りにも来ないなど非協力的。家族関係が本当に希薄になっているのです」

加えて制度や法律が遅れ過ぎていると太田垣氏。平成30年版高齢社会白書によると高齢化率が7%を超えてからその倍の14%に達するまでの所要年数(倍加年数)で比較すると、フランスが115年、スウェーデンが85年、比較的短い英国が46年、ドイツが40年なのに対して日本は24年。1970年に7%を超え、その24年後の1994年には14%に達しているのである。他国より早く高齢化が進んだことで、元々追いついていなかった制度、法律が現実と全くかけ離れた状態のままになっているのである。

たとえば普通賃貸借契約、定期建物賃貸借契約(以下契約)はともに相続される。そのため、契約期間中に入居者が亡くなった場合、契約は相続人との間で継続しているとされる。契約を終了させるためには相続人全員を見つけだして解約してもらうか、全員に相続を放棄してもらうことになるが、それは現実的ではない。相続人が保証人になっているなど親族との繋がりがあればまだしも身寄りのない高齢単身者の場合は非常に困難。個人情報保護法の壁もある。また、相続人が見つかっても行方不明の場合もあろうし、相続放棄も想定される。となると、次の手段を取り……と果てしもない作業が続くことになる。

しかも、相続されるのは契約だけではない。部屋の中にあるモノもすべて相続人の財産となり、勝手に処分できなくなってしまう。続柄の遠い親族が、付き合いの無かった人のモノを欲しがるとはあまり思えないが、法律上はそうなってしまう。こうして亡くなった後もトラブルが続くとなれば、貸したくないと思う人がいるのは仕方ない話ではないか。

国がやるべきことがあるはず

また、相続人が見つかったとしても協力してもらえないことは多々ある。解約、荷物の処分が相続を単純承認したことになる可能性があるからだ。

ご存じのように相続にあたっては被相続人は単純承認、限定承認、相続放棄などの手が取れる。単純承認は相続人の財産をプラスもマイナスも全部引き受けるというものだが、長年付き合いのなかった親戚が一人で亡くなったとしたら、借金や家賃滞納が残されていないかと不安に思う人もいよう。解約することでそのマイナスまで引き受けることになったら困る、そう考える人が少なくないのである。となると解約、荷物の処分はできない。もし、解約、荷物の処分に同意してくれる相続人がいたとしても、実際の費用負担は大家さんにかかってくる。これでは高齢者に貸そうという大家さんが増えるわけはない。

と、ここまで読んで、あれ、相続しない契約があったはずと思う人もいよう。それが2001年に創設された、契約者が亡くなった時点で契約が終了、相続されないとする終身建物賃貸借契約事業である。ただ、この契約が可能になるのは知事の認可を受けた場合のみ。制度がスタートした時点では主にサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)が想定されており、広さやバリアフリー等の規制、手続きの煩雑さなどから普及は今ひとつとすらいえない状況。15年後の2016年でも9,733戸(サ高住以外は331戸)というていたらくである。2018年には要件が緩和されているが、それでも数が伸びているとは言い難いのが現状である。

「住宅に困っている人の家を用意するのは本来は国の役目。それができない、民間にというのは分かるとしても、であれば法を改正するなどで貸した人が困らないようにする必要があるのではないでしょうか」

家賃滞納でも強制執行ができない

シンポジウムで聞いて驚いたのは高齢者の場合、家賃滞納などがあっても強制執行ができない、つまり出て行ってもらえないケースが少なくないという点。高齢で行く先がないと判断された場合、執行不能とされ、何もできなくなることがあるというのである。

「東京都心部で何百万円もの滞納のある93歳、89歳のご夫婦のケースでは介護が必要な状態だったにも関わらず、行政はこの人たちを認識していませんでした。そのままでは行き先がないことを理由に強制執行してもらえないと思ったので、区の担当者とともに全国の高齢者施設200件以上に電話しまくり、なんとか退居、施設に入居してもらいましたが、滞納金の数百万円、荷物の処分費約20万円は大家さん持ち。古い住宅の建替えで、明らかに住んでいる人の寿命より建物のそれのほうが先に尽きると思われるケースでも、高齢者だからと執行されない状況もあります」

行き先のない高齢者を気の毒と思う気持ち、借地借家法が入居者の保護を優先しているのは分かる。だが、そこを大事にし過ぎたあまり、逆にその人たちを排除する方向に向かっているのではないかと太田垣氏は懸念する。

「国に要望したいのは高齢者であっても適法な処分をしていただくこと、そして、その後のためにシェルターを作ることです。それができないなら、いくら住宅セーフティネット法で住宅改修に予算を出すなどして高齢者等の入居を促進しようとしても、民間は貸そうとは思わないはずです」

不動産と福祉が繋がることにはメリットがある

シンポジウム第二部では高齢者向きのアパートを経営する大家さん・赤尾宣幸氏、管理会社を経営する熊切伸英氏も登壇した。3人のやりとりのうちからいくつか、面白かった部分を以下、ご紹介しよう。

介護事業も営む赤尾氏は入居者と民生委員、行政、地域包括ケアセンター、介護事業者などを積極的に繋げるようにしており、それが入居中のトラブルを回避することに役立っているという。

「大家からテレビの音が大きいと言われると反論する入居者も、頼みの綱と思っている介護事業者から言われると素直に聞く。日常の生活で火の始末ができない、食べ物の賞味期限が分からなくなっているようだなどと伝えることで、福祉の手が入ることもあり、大家、管理会社が素人考えで対処するより、プロに任せたほうが良いこともよくあります」

赤尾氏は高齢単身者にデイサービス等に行くことを勧めるほか、大家負担でヤクルトを配達してもらっているという。週に2回、月に800円の負担で誰かが必ず、その人を訪問してくれるわけで、販売店によっては手渡ししてくれることも。最近では各種のセンサーその他の見守りサービスもあるが、やはり人の目が一番ということらしい。

埼玉県で管理業を営む熊切氏の話からは地域によって高齢者対応に差があることが分かった。赤尾氏の地元である福岡では高齢で家を探す人自体が少ないそうだが、埼玉では以前から高齢で探す人が多かったとか。「空室率が80%くらいで、空けておくよりは貸したほうがいいと考える人も多く、比較的賃料も手頃。3DKでも古い、その他のワケがあれば4万円ほどと年金暮らしの人でも暮らしやすいですね」

今は若いから関係ないと思っていても時間が経つのはあっという間。自分たちが高齢になる前にこの問題、なんとかしておきたいところである。

右から太田垣氏、熊切氏、赤尾氏右から太田垣氏、熊切氏、赤尾氏

2020年 03月16日 11時05分