アートの街北加賀屋の元社宅をアーティストやクリエイターがリノベ

今回は写真左手の北棟が改装された。見た目にも明るく、生まれ変わったことが分かる今回は写真左手の北棟が改装された。見た目にも明るく、生まれ変わったことが分かる

大阪市住之江区に北加賀屋という一画がある。大阪湾に近い木津川沿いの、かつては造船所が多く立地していた地域である。だが、産業構造の変化で多くの造船所は閉鎖、移転。北加賀屋にあった名村造船所大阪工場も1931年に移転、1989年以降、休眠状態となっていた。その名村造船所大阪工場跡地をアーティストの活動の場に、そして北加賀屋全体をアーティストの街にという動きが生まれたのは2004年以降。現在では30軒ほどのアトリエ、ギャラリー、オフィス等が点在。北加賀屋=アートの街としての評価を受けるようになってきている。

その北加賀屋にあった昭和46年築の元社宅を賃貸住宅としてリノベーションする試みが行われた。社宅リノベ自体はすでに目新しいものではないが、このプロジェクトが斬新だったのは主に建築家ではないアーティストやクリエイターが各室を手がけたこと。そのため、住むという行為を考え直す、経年変化の意味を逆手に取る、部屋の中に外の空間を取り込むなど哲学的とも言える試みがあり、単にデザイン、使いやすさを考えた部屋とは発想はもとより、見た目からして異なる。

企画、事業コーディネートを担当したのは建築の設計施工・不動産の仲介およびコンサルティングの会社、アートアンドクラフト。APartMENTと名付けられた物件の実際の部屋からどんな提案があったのかを見ていこう。

土地、建物の歴史を取り込む工夫あれこれ

共用エントランス。不思議な形の階段が目を惹く。改装されたのは2階以上共用エントランス。不思議な形の階段が目を惹く。改装されたのは2階以上

建物は一戸建てが並ぶ住宅街の中、小学校に隣接する土地にあった。真ん中に通路を挟んだ2棟からなっており、そのうち、今回は北棟全12戸のうち、2階、3階の計8室が8人のアーティストやクリエイターの手で改装された。敷地全体としては塀を除去、北棟の外壁に物件名をデザイン。一見して生まれ変わったことが分かるようにアレンジされている。

元々は建物裏手から各住戸に入る形になっていたそうだが、それでは部屋までの間を建物背後の暗い通路を利用することになる。そこで2棟の中央をアプローチとし、1階住戸の一室半分を新たに共用エントランスとして改修している。そのエントランスへの階段は非常に不思議な形をしているが、これは港湾工事や土留め工事に使う鋼矢板と呼ばれる鋼材を用いたもので、施主であるこの地域の不動産会社、千島土地による支給品だという。この土地の歴史を感じさせるアイテムだ。

このプロジェクトでは土地だけでなく、建物の歴史もうまく取り込まれている。たとえば共用エントランスの物件名を記した壁にはリノベーション工事の際に出た建物の廃材をモザイクのように組み合わせて利用、敷地奥のベンチは入り口の玄関扉を加工し、座れるようにしたものとか。長く大事に使われてきた建物を大切にこれからも使い続けるという意思が見えるようだ。

オートロックになっているエントランスを入ると小さな玄関ホールがあり、右手にはトイレ、小さなキッチン。奥はランドリーになっている。この物件は古いこともあり、バルコニーに洗濯機置き場が設けられているのだが、そこでは洗濯したくないという人はエントランスにあるランドリーを使えるようになっている。

やすり、照明、コンセントが部屋の中心に

さて、部屋を見て行こう。元々の間取りはすべて40.75m2の2DKで、バス・トイレやキッチンは基本そのままだ。賃料は部屋により多少異なり6万1,000円から6万5,000円。共益費は全戸3,000円。

まず、203号室は現代美術のアーティストである松延総司氏による「やすりの部屋」。壁紙の代わりに紙やすりを使ったもので、場所によって紙やすりの種類、番数は異なっているというが、見た目は普通の部屋。賃貸住宅では一般に部屋を傷つけてはいけないとされ、良心的な入居者であればあるほど、気を使って暮らす。ところが、この部屋では壁に触ると自分が傷つく。壁を傷つけてはいけないという概念そのものに疑念を呈した部屋というわけだ。ちなみに松延氏は住む人が壁に触れることを「やすられる」と表現していたのが妙に面白かった。

204号室はNEW LIGHT POTTERYという住居や店舗の照明計画やオリジナル照明器具を手掛けるクリエイターが手がけており、遮光カーテンで外光が遮られているせいで入ると室内は薄暗い。室内には変わった形の照明器具が置かれ、それを眺める位置には椅子も配されている。この照明器具は白熱で出る熱を利用してプロペラが回り、室内に光が反射するというもので、照明をメインにした部屋というわけ。ただし、暗くないと楽しめないため、夜型の人に住んでもらいたいそうである。

205号室は電化美術という普段は家電メーカーなどで製品のデザインを手掛けているデザイナーのグループと、北加賀屋にあるFabLabがコラボした部屋。FabLabとは地域に開かれた、3Dプリンタその他の工具が置かれた工房のことで、世界中で500くらいが展開されている。

部屋は壁、天井にコンセントが等間隔に配されたもので、その数、なんと430個。電気回路の試作・実験に用いるプレッドボードから着想を得たという。コンセントは4個に1個の割合で実際に使うことができ、使えないコンセントにも先端がプラグの形をしているものを差し込めば、それを棚受けやフックなどとして取り付けることができる。自分で部屋を組み替え、作り替えられる暮らしの提案だという。また、あらかじめ付帯設備として設置されている棚受けやフック等のデータはWEB上にオープンソースとして公開(http://denbixfablab.tumblr.com/)されており、FabLabに行けば新たに作ることができる。不足があっても、自分で作ることでカバーできる人に住んで欲しいとのことだ。

左上/壁がやすりになっている部屋。説明されないと分からない 左下/照明がメインの部屋 右上/コンセントだらけの部屋 <br>右下/当日は3Dプリンタが置かれ、制作者たちによる説明が行われた左上/壁がやすりになっている部屋。説明されないと分からない 左下/照明がメインの部屋 右上/コンセントだらけの部屋 
右下/当日は3Dプリンタが置かれ、制作者たちによる説明が行われた

ひとつの住戸内に異空間を作るというアイディア

上が室内に庭がある部屋。個人的には茶室として使ったら面白そうと思った。下の写真で右側が日常、絵の描かれた部屋が非日常だという上が室内に庭がある部屋。個人的には茶室として使ったら面白そうと思った。下の写真で右側が日常、絵の描かれた部屋が非日常だという

206号室は造園業を営む兄弟、GREEN SPACEによる室内に土間、縁側を取り込んだ部屋。土間部分の床は真砂土でできた三和土になっており、ウレタン製の5つのスツールが置かれている。これを石に見立てると土間部分は庭とも言えるわけで、庭師になったつもりで石組みをゲームとして楽しむこともできる。ただ、そのためには日本庭園や文化に対する素養が要りそうだ。このスツールは板を乗せればテーブルとして使えるよう、硬めに作られてもいる。

緑が多く、枯らさないように手入れをするのは大変だろうなと思ったが、後で聞いたところによると枯らしても絵になるように考えた樹種が置かれているのだとか。庭師にはそんなことまで計画できるのか!と素朴に驚いた。

303号室は手書きしたものを繋げて空間を覆うという作品を作っている松本尚氏によるもので、壁、襖が絵で覆われている。1室だけ元の姿の部屋があり、絵の描かれた隣室との間には押入れを抜いて作られた通路があり、日常と非日常がひとつの部屋の中にあるという試みだ。この部屋は今回の8人の中では唯一、女性の手によるもので、比較的使いこなしやすそうでもある。

最近、壁面の一面だけをアクセントウォールとして他と異なる色を塗る例が増えているが、絵を描く趣味のある人ならある一面をカンバスに見立て、絵を描くスペースにするのも面白いかもしれない。

住む人を記録し続ける部屋とは?

304号室には妙な仕掛けが施されている。部屋にPC、センサー、カメラが設置されており、センサーが人を感知すると自動的に撮影が開始され、入居者の行動、会話を2年間ずっと記録し続けるというのである。部屋が住む人を記録するという仕組みだ。手掛けたのはRhizomatiks architectureという、テクノロジーをベースに表現を作るというグループ。具体的には街作りのサイネージを手掛けたり、施設開発、まちづくり、都市開発などで企業、自治体のサポートを行っていたりするという。記録するための容量は、まずは2年分を想定として8テラが用意されている。記録されたデータにはタグ付けが可能で使い方を入居者と相談し、システムのキャリブレーションを行うという。ずっと記録され続ける部屋で住む人の意識がどう変わるか。実験住宅である。

305号室は唯一建築家であるスキーマ建築計画の長坂常氏が手がけた。テーマは引き算で、引くことで成立する空間を目指している。この発想を得たのは郊外に物件を買ってしまった投資家から70m2、1室100万円×30戸と格安で依頼されたリノベーション。予算がないため、セルフビルドで作業してみたところ、要らないものを外すだけでも部屋はかっこよくなることが分かり、今回はそのやり方で改装を行ったという。とはいえ、床にモルタルを流す、曇りガラスをクリアに、視界を遮っていた手すりを柵状に変えて広がり感を出すなど、新たに付け加えたものも。シンプルさは細かい工夫に支えられているわけである。

306号室は家具デザインなどを手掛ける吉行良平氏が手がけたもの。スキーマ建築計画同様、解体し、一部を再生するというやり方で作られており、主に押入れなどの収納が違う空間をなしていたのが面白かった。

さて、見学にはプレス関係者だけで10人、それ以外の人も含めると1日で100人ほどの人が集まり、建築、アート系の人たちからの注目度が高かった様子。見学会以降入居者募集も始まっている。他にない刺激的な部屋を求めている人なら一度入居を検討してみても良いと思う。また、残りの部屋や南棟にも今後、何かしらの手が入る予定があるとか。その動向にも注目したい。

アートアンドクラフト:http://www.a-crafts.co.jp/

APartMENT:http://apartment-kitakagaya.info/

千島土地:http://www.chishimatochi.com/

松延総司:http://matsunobe.net/

NEW LIGHT POTTERY:http://www.newlightpottery.com/

電化美術:http://www.denbi.org/

FabLab Kitakagaya:http://fablabkitakagaya.org/

GREEN SPACE:http://green-space1991.com/

松本尚:http://naomatumoto.turukusa.com/

Rhizomatiks architecture:http://www.rhizomatiks.com/

スキーマ建築計画:http://schemata.jp/

吉行良平と仕事:http://www.ry-to-job.com/

左上/住む人が記録される部屋。来場者から最も質問が出た部屋でもある 右上/引き算の部屋<br>左下/比較的違和感がなかった吉行良平氏が手がけた部屋 右下/見学後シンポジウムが開かれた名村造船所大阪工場跡地、現在のクリエイティブセンター大阪 左上/住む人が記録される部屋。来場者から最も質問が出た部屋でもある 右上/引き算の部屋
左下/比較的違和感がなかった吉行良平氏が手がけた部屋 右下/見学後シンポジウムが開かれた名村造船所大阪工場跡地、現在のクリエイティブセンター大阪 

2016年 04月18日 11時05分