港区と足立区の格差は40年以上前はあまりなかった!

『23区格差』(2015年)という本があって、2012年の港区区民の平均所得は904万円だが、足立区は323万円、3倍近い差があると帯に大きく書いている。だが私は、それを見たとき、それくらいの差はあるだろうと、まったく驚かなかった。

そもそも区ごとの所得格差については社会学者で階級論が専門の橋本健二が2011年に『階級都市』という本で指摘している。それによると1985年は最も所得が高い千代田区と最も低い足立区の差は2.3倍だった。しかし2009年は3.6倍に拡大しているというのである。

今回、自分で改めて23区別の所得の統計をさかのぼって調べてみて、ちょっとびっくりした。1975年は、港区と足立区の差が1.57倍しかなかったからだ。それに対して2015年の差は3.06倍もある。40年で港区と足立区の差は2倍広がったのだ。

私はもっと古くから港区と足立区の格差は大きかったと思っていたのだ。だって、ビートたけしが漫才ブームで登場した1980年ごろ、すでにたけしは足立区の貧乏なペンキ屋のせがれであることをネタにしていた。だったらもう80年には十分な地域格差があったはずだ。だが今のほうがずっと差が広がっているのだ。
 
詳しく数字を見る。それぞれの区の区民で所得のあった人の平均所得を示したのが下表である。1975年は実は千代田区がいちばん所得が高く228万円、対して足立区は142万円。1.6倍の差である。実は所得が最低だったのは荒川区であり千代田区と1.61倍の開きがあった。

この差がバブル期に拡大した。90年の千代田区の所得は887万円、港区は768万円に増加したが、足立区は342万円であり、千代田—足立の格差は2.6倍、港—足立の格差は2.25倍に拡大した。

総務省『市町村税課税状況等の調査』総務省『市町村税課税状況等の調査』

港区など都心の住民の所得が伸び、下町は減少

高級タワーマンションが増える港区は区民の所得が高い高級タワーマンションが増える港区は区民の所得が高い

この格差は、バブル崩壊後は縮小したが、2005年からまた拡大する。港区の所得が千代田区を抜き、港—足立格差は2005年に2.92倍に広がった。
これは六本木ヒルズに象徴される都心再開発が盛んになり、都心の土地を売ったり、貸したりして儲ける人たちが増えたというのが一つの理由であろう。2000年からの小泉政権による経済政策、都市政策がそうした都市政策を後押しした。

そして2015年、港区の所得は1023万円に増加、足立区は335万円と1990年よりも減少した。それだけでなく、他の区も90年より所得が減少している区が多い。増えているのは墨田、江東、品川、目黒、渋谷だけである(北区は微増程度)。
このように同じ23区の中でも港区、渋谷区、江東区だけが順調に所得を伸ばしている。墨田、品川、目黒はなんとか所得を増やし、その他の区は減っているのである。

ただし直近の2010-15年だけで見ると、23区すべての所得が伸びており、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けての景気拡大の影響があるとは言える。
だが、リーマンショック前の2005年と比べると、所得が伸びているのは、千代田、中央、港、文京、墨田、江東、品川、目黒、世田谷、渋谷、豊島の各区であり、台東区から東や北に広がる下町地域はほぼ減少している。

職業構造の変化が所得格差を生んでいる

このように、1975年には2倍以下しかなかった都心と下町の所得格差が、現在拡大しているのはなぜか。理由の第1は都心住民におけるホワイトカラーの増加による所得の増加であり、第2は下町住民の高齢化による所得の低下である。だが、本稿では職業構造の変化について述べる。

港区在住の職業別就業者数を見ると1995年から2015年に就業者数自体が増えており、特に専門的・技術的職業が増えている。いわゆるホワイトカラーのプロフェッショナル層である。広い意味でのエリート層である。
事務的職業も増えており、全体にホワイトカラーが増えているが、特に専門的・技術的職業の増加が著しいのだ。
また興味深いのは分類不能の職業の急増である。95年までは1200人程度だったのに、2015年は2万人近いのだ。分類不能の職業とはおそらくIT、金融関係の職業だと思われる。

さらに重要なのは、港区にも1975年には18000人以上のブルーカラーが住んでいたということである。専門的・技術的職業が12530人だったのだから、ずっとブルーカラーのほうが多かったのである。
これが2015年には、ブルーカラーが5750人に減る。対して専門的・技術的職業は19000人に増えている。まったく逆転したのだ。(注:ブルーカラーとはここでは「生産工程従事者」「輸送・機械運転従事者」「建設・採掘従事者」「運搬・清掃・包装等従事者」の合計を指す)。

資料:「国勢調査」から三浦展作成資料:「国勢調査」から三浦展作成

港区にも工場地帯はあった

古川沿いはかつての工場地帯だが今はマンションが増えている古川沿いはかつての工場地帯だが今はマンションが増えている

「え?でも港区にブルーカラーが働く工場とかあるかな?」と、特に若い世代は疑問に思うだろう。だが、港区にだって工場はあったのだ。
港区は戦前は赤坂区と麻布区と芝区の3区だった。芝区は高台は白金台など高級住宅地だが、東側の海沿いの芝や芝浦は京浜工業地帯の一部である。東芝の発祥の地である。映画「三丁目の夕日」も東京タワーの近くの芝の自動車整備工場が舞台である。

麻布区も、広尾とか麻布台のあたりは高台だが、古川という川沿いは恵比寿駅近くから白金、麻布十番、赤羽橋、三田、芝、田町と抜けて東京湾に至る低地である。
だから今でも古川沿いには、かつて工場地帯だった名残を見ることができる。銭湯もまだある。しかしほとんどの工場、倉庫は今はマンションなどに建て替わっている。
白金一丁目ももうすぐ再開発されて、おきまりのタワーマンションとオフィスビルに建て替わる計画だ。

つまり工場地帯に住むブルーカラーが減り、工場跡地に出来たマンションに住むホワイトカラーや、ITなどの新産業の分類不能の職業の人々が増えたのだ。これが港区の所得を上げる一因になったのである。

中央区も同様の傾向である。中央区の近年の人口増は言うまでもなく佃島、月島あたりを中心とするタワーマンション建設によるものである。
佃島は石川島播磨の大工場があり、その工員たちが月島の長屋に住んでいた。まわりも中小工場と倉庫街であった。その長屋や工場や倉庫をつぶしてタワーマンションを建てたのだ。必然的にブルーカラーが減り、ホワイトカラーが増える。

統計を見ると、中央区のブルーカラーは75年から2015年で半減し、逆に専門的・技術的職業は3000人から14000人に増えている。港区との違いは事務的職業も増えていることであり、95年の8784 人から2015年は17728人に増えている。

高齢化し、ホワイトカラーが増えない下町は所得が下がる

それに対して足立区はどうか。そもそも就業者数が減っている。たしかに専門的・技術的職業は増えているが、75年から95年までの伸びに比して、95年以降の伸びは少ない。そしてブルーカラーも減っている。
就業者数が減っているということは高齢化が一因だろう。現役世代が減り、引退した人が増えているのだ。

江戸川区や葛飾区も足立区に少し似ていて、就業者総数が減少あるいは横ばいであり、職業別ではブルーカラーが減り、専門的・技術的職業は95年までは増えているが、95年以降は伸びが少ない。

対して荒川区は、就業者数が2005年以降増えている。専門的・技術的職業の伸びも比較的順調だ。汐入地区(南千住)の再開発によりマンションが増え、新しい住民が増えたためだと思われる。なにしろ南千住は2005年から15年にかけて団塊ジュニアの人口が23区内で最も増えた地域なのだ。

このように、23区の中でも人口が増えている都心は、ホワイトカラーの増加が原因であり、人口が減少している区は、ブルーカラーの減少とホワイトカラーの伸び悩みが原因であると言える。

ブルーカラー、特に職住近接、職住一致の中小零細工場で働く人々は、住む地域を通勤時間で選ばない。土地のイメージやブランドでも選ばない。おれはどうしても港区の工場で働きたいとは、おそらくあまり言わない。

しかしホワイトカラー、特に専門的・技術的職業の人々は、住む地域を選ぶ。できれば土地のイメージやブランドも高いことを望む。かつ通勤時間も短いことを望む。よって、港区や中央区が居住地として選ばれる。結果、比較的所得の高い人々が多く住むようになったのである。

だが今、北千住はタワーマンション建設などで大変貌中だ。しゃれた店も増えている。北千住以外でも、足立区にはまだまだ開発可能な土地がある。そこに大規模マンションが建設されれば、若いホワイトカラーが多く住むようになり、足立区の所得が上がっていく可能性もある。
他方、中央区は面積から言って、いつまでも開発が続くとは言えないだろう。そうするとまた10年後か20年後に、都心と下町の各区の格差が縮まることもありうるのかもしれない。

北千住ではタワーマンション建設が相次ぐ北千住ではタワーマンション建設が相次ぐ

2018年 03月01日 11時04分