高齢化率33%、「消滅可能性都市」と呼ばれたまちを再生する!
JR『東京』駅から東海道本線で1時間ちょっと。神奈川県中郡にある二宮町(にのみやまち)は、湘南地区の最西端に位置する海と山に近いまちだ。
昭和30年代後半から大規模な宅地開発が行われ、昭和40年代には「流行りの団地が建ち並ぶニュータウン」として多くのファミリーが移り住んだが、開発から約50年の時を経てまちの住人たちの高齢化が進み、賃貸住宅の空き家も目立つようになってきた。人口約2万8000人の二宮町の高齢化率は33%。全国平均値である26.0%(内閣府/平成27年版高齢社会白書より)を大きく上回っている。また、日本創生会議が平成26年に発表した『消滅可能性都市』としても神奈川県下で9つの「消滅危機にあるまち」のひとつとして指摘を受けるなど、現在の二宮町にとって「まちの若返り」は自治体存続に関わる大きな課題となっている。
そんな二宮町の縮図的な存在が、JR『二宮』駅からバスで約10分ほどの高台の住宅地にある『二宮団地』だ。昭和40年から建設された28棟・856戸の賃貸住宅のうち、現在約4割が空室となっており住民たちの高齢化も目立つ。そこで、50年前にこの地で団地開発を手がけた神奈川県住宅供給公社では、「二宮団地の再生にはまち全体の魅力アップが不可欠」として、団地と地域の魅力づくりのための本気の取り組みをスタートさせた。
今あるものを生かす…“再開発”ではなく“再発見”で地域の魅力づくり

「僕はまだ4月に赴任したばかりですが、まちの中を歩くと皆さんが気さくに挨拶をしてくださるので、すでに顔見知りばかり(笑)。“二宮町には何もない”とおっしゃる地元の方もいらっしゃいますが、実は“何もない”のではなく“気づいていない”だけだと思います。そんな魅力の発見を、僕のように外から来た人間が少しでもお手伝いできたら…と思っています」(秋山さん)
「高度経済成長期に各地でブームになった団地開発から半世紀が経って、団地再生への取り組みを行わなくてはいけない時期に差しかかっています」と話すのは、神奈川県住宅供給公社の団地再生事業部長・渡辺哲さん。公社の本社は横浜中心街にあるが、時間さえあればここ二宮町へ足繁く通い、地域の人たちとの交流を深めながら“まちと団地の再生”の糸口を探っている。
「都心に近く利便性の高いエリアであれば、古くなった団地を建て替えたり、民間デベロッパーと連携して再開発事業を行うなどの方法で良質な賃貸住宅を供給し続けることも可能なのですが、この『二宮団地』のように少子高齢化が進む郊外エリアでは、建て替えや再開発を行うのは難しいのが現状です。
ならば、“今ある建物を最大限に生かして、この団地と地域の魅力を再発見するために、何ができるかを考えよう”ということになったのです。つまり『再開発』ではなく『再発見』です」(渡辺さん談)
二宮町内には「ニュータウン」と呼ばれたエリアが3つあるが、中でもここ『二宮団地』は一番の古株だ。団地開発に合わせて開校したタウン内の『一色小学校』も昭和51年をピークに児童数が減少。現在はピーク時の約4分の1となっていて、このまま進むと統廃合の恐れもある。そこで、二宮町では『一色小学校』の学区を「安心して住み続けられる地域再生事業」のモデル地区に指定し、行政と神奈川県住宅供給公社と地域の有志らで構成された『一色小学校区地域再生協議会』を平成28年5月に発足した。
「行政も、まちの人たちも、我々公社も、偶然にも同じタイミングで危機感を感じ、“二宮をもっとがんばろう!”という想いが合致したため、まずは一色小学校区を中心として地域一丸となって魅力づくりへの取り組みを行うことになりました」(渡辺さん談)
「住む場所」ではなく「みんなが欲しい空間」を提供できる団地へ…
神奈川県住宅供給公社では、次の3つに課題をしぼりこんで団地再生をスタートさせた。
①現在4割以上を占める空き家の入居促進への取り組み
②団地を光らせるために、まちを光らせるための取り組み
③賃貸住宅のコンパクト化への取り組み
中でも真っ先に着手したのは③の『賃貸住宅のコンパクト化』だ。
「ここ『二宮団地』の公社の賃貸住宅は、住棟全体の約2割が壁式構造、約8割がラーメン構造になっています。壁式構造のほうは耐震性も高くまだまだ改修を加えなくても安心して暮らしていただけますが、ラーメン構造の建物のほうは耐震診断を実施し、必要に応じて手を加えなくてはいけない状態です。しかし、すべての建物の耐震工事を行うことは予算的にも難しいため、住棟の3分の1は賃貸契約を終了させていただくことが決まりました。こうすることによって残された住棟のメンテナンスにしっかり費用をかけ、建物をより長く維持することができます」(渡辺さん談)
すでに昨年の春には住民説明会を終え居住者の理解を得た上で、10棟・276戸の賃貸終了が決定した。その10棟には130世帯以上が暮らしていたが、他の棟や住宅へ引越しをした世帯も多く、今のところ大きな問題はないそうだ。
「また、①の『入居促進』については、従来の公社では導入してこなかった“イノベーション”に取り組むことにしました。例えば、入居者ご自身で自由にリノベーションを行うことができる『セルフリノベーション』や、リノベプランの中から好みに合わせて選択できる『セレクトリノベーション』の提案のほか、『ニ地域居住の促進』も積極的に行っています。
ここ二宮町は、ある程度の生活機能は揃っているため“本当の田舎”ではないけれど、海も山も近く“ちょっと田舎”というところが魅力でもあります。そのため、平日は東京で働いて週末は二宮で田舎暮らし…または、普段は二宮で在宅ワークをしながら用事のあるときだけ東京へ…という『二地域居住』の暮らし方を提案しているのです」(渡辺さん談)
公社では従来、“賃貸住宅はあくまでも住むための場所”と謳っており、事務所利用等には積極的ではなかったが、ここ『二宮団地』では“在宅ワークの拠点としての使用も可”ということを前面に押し出すことにした。デザイナーの工房や、フリーランスの事務所など“ちゃんと事前に申請して一定のルールを守ってくれればOK”という柔軟なスタンスは、公社にとっても大きな変革だ。実際にそのウワサを聞きつけて、二宮と東京の『ニ地域居住』をはじめたクリエイティブ系の若年層が、少しずつだが入居しはじめているという。
室内だけでなく“部屋の外”にこそ人を集めるきっかけがある

しかし、残る課題は②の『まちを光らせるための取り組み』だ。具体的にはどのような活動を行っているのだろうか?
「団地を光らせるためには、建物の改修だけではなく部屋の外にこそ“人気を作るきっかけがある”と考えました。そこで、公社が団地内や近隣に所有している土地を活用して田んぼで米作りをしたり、芋掘り大会を開いたりと、“団地の外で体験できること”を積極的に提案するようにしたのです。
これには、居住者の方たちに“二宮の住環境を楽しんでいただく”という目的もありますが、実はこうした取り組みを積極的に担ってくれる“リーダー的な存在の人たちを集めるためのきっかけ作り”にもなっています」(渡辺さん談)
行政や公社など組織でやれることには限りがある。「最終的には、やっぱり“人”が大事」と渡辺さん。「まちをどんどん面白くしようよ!」「こんなことを新しくやってみようよ!」と地域を巻き込む起動力のある人材、外部への発信力のある人材を集め、最終的にその人たちの移住を促すためには、“部屋の外でできること”への挑戦も必要なのだ。
「音楽祭や共同菜園などのイベントを通じて、まずは二宮町のことを知ってもらい、二宮町へ来てもらうことが第一の目標です。だって、一度も訪れたことのない知らないまちで、“よし、今日からここに住もう!”とは誰も思いませんから(笑)」(渡辺さん談)
新しいまちづくりを計画するときは、世代の循環も計画しなくてはいけない
人口も世帯収入も増え続けた高度経済成長期、日本中の各地で「いけいけドンドン」の宅地開発が行われた。おそらく当時の開発担当者たちは、造ることばかりに夢中になって、50年後のそのまちの姿をシミュレーションすることはなかっただろう。
「新しいまちを造っても、世代がうまく循環していかないと、いずれそのまちは衰退することになります。わたしたち公社の役目は、この先の50年へ向けて地域の暮らしを維持するための仕組みをちゃんと作ること。そして、快適に暮らせるための良質な住宅を用意することだと考えています。もちろん、2年・3年で結論が出るものではないため長いビジョンで取り組まなくてはいけませんが、この『団地再生』は公社の存在意義としても今後重みが増してくる分野だと考えています」(渡辺さん談)
行政・公社・地域住民が同じ方向を向いて『まちの再生』への取り組みをはじめて約1年半。最近のJR『二宮』駅周辺にはグルメサイトで話題にのぼるような若手オーナーのお店も増え、“湘南の穴場的スポット・二宮町”としてにわかに注目を集めるようになった。
まずは二宮町のことを知ってもらうこと…『団地と地域の魅力づくり』へ向けた渡辺さんの第一の目標は、少しずつ達成の時へと近づいているようだ。
■取材協力/神奈川県住宅供給公社
https://www.nino-satoyama.com/
2017年 12月11日 11時03分