国内外から注目を集める、カラフルな集合住宅の見学会に参加してきた

東京都三鷹市の一角にあるカラフルな住宅は、不可能を可能へ変えた人物としてヘレン・ケラーをモデルにしている東京都三鷹市の一角にあるカラフルな住宅は、不可能を可能へ変えた人物としてヘレン・ケラーをモデルにしている

JR三鷹駅からバスで10数分の住宅地に、多彩な色使いと様々なかたちの立体群が目をひく住宅がある。芸術家・建築家の荒川修作氏と妻のマドリン・ギンズ氏による「三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー」(以下、「三鷹天命反転住宅」)である。

「三鷹天命反転住宅」は2005年10月に完成した彼らの作品であると同時に、3棟3階建で構成された集合住宅である。全9戸のうち5戸ある賃貸の住戸は満室となっており(2016年12月時点)、その他にショートステイとして提供する2戸、管理事務所が2戸ある。実際に住んでいる人がいるため敷地内を自由に立ち入りすることはできないが、完成当初から建物の中を見学したいという声が絶えず、現在では定期的にイベントが開催されている。

わずか9戸の小さな集合住宅であるにも関わらず、完成から11年目になる現在でも年間1,000人以上が来場するという「三鷹天命反転住宅」。その魅力とは一体なんだろうか。さっそく、住宅内を見学・体感できるという建物見学会に参加してきた。

身体の感覚を呼び起こす、隅々まで計算された仕掛け

この日、見学会会場となった住宅のドアを開けると、外観のイメージそのままのカラフルな室内が目に飛び込んできた。間取り3LDK、専有面積約60m2の住戸は、オープンタイプのキッチンを中心に各部屋が配置されており、部屋間にドアはなく、玄関から部屋全体を見渡すことができる。

見学会の参加者たちは部屋に入るなり「インターフォンが傾いていたのはわざとだったのか」、「何に使う部屋だろう」など、各々が驚きや疑問の声をあげていた。それというのも、多くの人が見慣れている賃貸住宅とはあまりにかけ離れた室内だからである。

見学会では、この住宅を知るための幾つかの体験をすることができる。例えば、天井に埋め込まれた吊り具に棒を使って鞄やコートをかけ、傾斜のついたでこぼことした床をぐるぐると歩きまわる。そうやって動いてみることで、ぶら下がった荷物が歩く際に邪魔になり、自然と荷物を避ける動作をしていることに気付く。また、斜めになった天井と床は場所によって天井高が異なるため、立つ位置によって人や物が、あるいは空間そのものが大きく見えたり小さく見えたりする。

「この家は『身体を中心に設計している家』という大きなコンセプトがあります。荒川+ギンズは日常的に常識で捉えられるものが、実は身体の使い方や知覚や感覚との関係性でどんどん変えることができて、物事の見方は一つではないと考えていました」とスタッフの松田さんは話す。それはヘレン・ケラーが身体全体とあらゆる感覚を使って世界を知ったように、家という環境が身体の可能性を引き出してくれるのである。

左上)玄関近くに備え付けられたインターフォン。見慣れた設備も傾くだけで不思議な感覚を覚える 右上)天井からはコンセントが伸びており、家具や収納用の棒がぶら下げられる金具が埋め込まれている 左下)大小でこぼこの床は大人と子どもの土踏まずの大きさが意識されており、青竹踏みのような心地良さも感じられる 右下)思わず寝転びたくなる球体の部屋左上)玄関近くに備え付けられたインターフォン。見慣れた設備も傾くだけで不思議な感覚を覚える 右上)天井からはコンセントが伸びており、家具や収納用の棒がぶら下げられる金具が埋め込まれている 左下)大小でこぼこの床は大人と子どもの土踏まずの大きさが意識されており、青竹踏みのような心地良さも感じられる 右下)思わず寝転びたくなる球体の部屋

多数の色使いによって創出される「自然」に近い環境

「三鷹天命反転住宅」は内外装で14色もの色が使われているが、意外にも外観は周囲の環境に馴染んでいる。最初はカラフルさに驚いたが、時間が経ってみるとその環境にも慣れてきた。

「一度に見える色の数が大きな要素になっています。荒川+ギンズはどこから見ても一度に6色以上の色が見えるように配色していると教えてくれました。彼らは長い間、人間の身体や視覚、感覚について色々な研究をしていました。その中で彼らが導き出したのは、人は一度に6色以上の色が見えると一つ一つの色を認識するというよりも、環境として見るようになるということでした。それは何に近いかというと、自然の環境です」

たくさんの色を使って目立たせたいというわけではなく、一つ一つの色に意味を持たせないために、意識的に14色もの色が使われているのだ。

光の当たり具合などによって、見る人によって認識される色の数が異なることもある光の当たり具合などによって、見る人によって認識される色の数が異なることもある

身体の中から常識を変えていく「死なないための家」

「三鷹天命反転住宅」を手がけた荒川修作氏は若いときの戦争体験から、人々を悲しませる“死”そのものがなくなればいいと本気で考えていた。まさに、人が死に至る宿命(天命)を反転させることを目指していたのである。

「荒川は、そもそも医者になろうと思っていました。しかし医学ではどうしても抗えないこともあることがわかって美術にたどり着きました。美術家とは今までにない常識やモノを作る仕事です。この仕事で荒川が考えた『死ななくなる世界』を実現できるかもしれないと考えたのです。そして美術を通して研究を重ねる中で、もっと広いかたちで人を変えるにはどうしたらいいのかと考え、着目したのが建築、そして身体をとりまく環境から変えることでした」

「三鷹天命反転住宅」のパンフレットには、住宅の使用法が30項目以上に渡って記載してある。その中身は「2〜3歳の子どもでもあり、100歳の老人でもあるという者として、この住宅に入ってみましょう」や「月ごとにいろいろな動物のふりをして、住戸内を動きまわりましょう」などといった、普通の生活からは思いつきもしないような内容であるが、これらは全て死に抗うべく身体から変えるための方法である。

案内してくださった「荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所」の松田さん(写真中央)は、学芸担当スタッフとしてだけでなく賃貸住宅の管理なども務めながら、彼らの考えを多くの人に伝えている案内してくださった「荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所」の松田さん(写真中央)は、学芸担当スタッフとしてだけでなく賃貸住宅の管理なども務めながら、彼らの考えを多くの人に伝えている

利便性やコストだけではない、住まいに対する新しい価値観が得られる家

上)球体の部屋に取り付けられたブランコ。使う人のアイディアによって様々な使い方ができるのも面白い 下)天井の金具を使ってハンモックを設置することも出来る上)球体の部屋に取り付けられたブランコ。使う人のアイディアによって様々な使い方ができるのも面白い 下)天井の金具を使ってハンモックを設置することも出来る

見学を終えた参加者たちに話を聞いてみると、「感覚が研ぎ澄まされそう」「運動神経が良くなりそう」「自宅が平凡すぎてつまらなく思えそう」など、この住宅の様々な仕掛けにすっかり魅了されたようだった。中には「もっと長く滞在してみたい」という声もあり、次はショートステイを考えている人もいた。「三鷹天命反転住宅」は美術作品という側面を持ちながらも、“人が住んで初めて完成する”という考えが根底にあり、通常の賃貸物件ではできない経験ができるに違いない。

松田さんはこの住宅を案内する面白さを次のように話す。「美術作品はテーマに納得したり関心したりすることはあっても、各々の価値観とぶつかることは滅多にありません。しかし対象が家に変わったとたんに、駅近や日当たりといった価値観が顔を出します。価値観がその人の記憶や体験からしか成り立たないことを考えると、常識を変えるという点において住宅という器はとても有意義だと思います」

“自分にとって最適な住まいは何か”を考えたときに、利便性、コスト、広さといった条件だけで本当に充分だろうか。「三鷹天命反転住宅」での体験は、今までになかった新しい価値観を私たちに与えてくれるかもしれない。

三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー
http://www.rdloftsmitaka.com/

2017年 01月23日 11時05分