バランス感覚を失う傾斜だらけのテーマパーク

衣食住は現代人が生きるための三大要素。
その"住”に関してHOME’S PRESSでは取り上げているわけだが、今回は、一般的な住まいの常識とはかけ離れた、独創的で奇抜な建造物について紹介してみようと思う。

訪れたのは、岐阜県養老町にある養老天命反転地。
2016年9月に上映開始となったアニメ「聲(こえ)の形」の中で描かれたことで、若者を中心に再び注目を浴びているスポットだ。
アリ地獄のようなすり鉢状の土地に、奇妙な通路でつながれた奇抜な建造物がポツポツと建っており、水平・垂直を排除したフィールド内は、とにかく真っ直ぐに歩くこともままならない。急な勾配、デコボコした地面、芝があったりコンクリートだったり土であったり、地面の質がコロコロ変わり、建物内では手でバランスをとったり壁面に手をつかなければ転んでしまいそうだ。実際、筆者も、視界を奪われる真っ暗闇の中、傾斜に足をとられ、壁に手をつこうとしたが、その壁が歪んでいて、さらにバランスを崩すというちょっとしたパニック状態に何度も陥った。

この地を設計制作したのは、岡本太郎氏の弟分として可愛がられていた世界的に有名な芸術家・(故)荒川修作氏とパートナーであるマドリン・ギンズ氏。
果たして二人は、この奇想天外な建造物をもって私たちに何を伝えようとしていたのだろうか。

養老天命反転地の全景。晴れた日は名古屋駅のツインタワーや御嶽山も見えるそう。広大な敷地内に9つのパビリオンと148の道、5つ日本列島が造られている。写真提供:養老天命反転地養老天命反転地の全景。晴れた日は名古屋駅のツインタワーや御嶽山も見えるそう。広大な敷地内に9つのパビリオンと148の道、5つ日本列島が造られている。写真提供:養老天命反転地

“死なないために”五感を目覚めさせる、がテーマ

名古屋市生まれの荒川修作氏。パートナーである詩人のマドリン・ギンズ氏と共に、30年以上にわたる構想を形にしたのが『養老天命反転地』である。写真提供:ARAKAWA+GINS Tokyo Office
名古屋市生まれの荒川修作氏。パートナーである詩人のマドリン・ギンズ氏と共に、30年以上にわたる構想を形にしたのが『養老天命反転地』である。写真提供:ARAKAWA+GINS Tokyo Office

そもそも「天命反転」とはどういう意味なのだろう。
『養老天命反転地』を管理する養老公園事務所の田中陽子さんに、お話を伺った。
「天命反転とは、荒川+ギンズが追求し続けた芸術の形です。死へ向かう人間の宿命、天から授かった命、つまり“天命”を覆そうという荒川+ギンズの思想を具現化したものが養老天命反転地で、両氏の構想を形にした実験的なアートプロジェクトとなっています」。人間に眠っている本能や五感をもう一度目覚めさせて、もうひとつの新しい自分を作る、というのがテーマになっているそう。

天命反転地のキーワード“死なないために”は、荒川+ギンズの目指す芸術の根本にあるもの。
『養老天命反転地の概要』によると、「荒川氏は幼少6、7歳頃「自分が突然消えてしまう」ことに不安を感じ、以来ずっとその恐怖に囚われ続けている」と書かれている。こうした“死”への強迫観念から「死なないために」というワードが生み出されたようだ。「1961年に渡米した荒川氏はギンズ氏と出会い、共作がスタート。“死”への恐怖をそのまま表現したかのような情熱的な作品から、図形や文字を多用したダイヤグラム的な作品に移行」していったという。
“死”を見つめることで芸術家として作品を生み出していった、荒川+ギンズのアタマの中を具現化したのが反転地なのだ。

ベッド、ソファなど生活に密着したアイテムが壁に埋め込まれたパビリオン

『養老天命反転地』の約18,000m2の敷地には、メインパビリオン「極限で似るものの家」と、すり鉢状の「楕円形のフィールド」がある。
「極限で似るものの家」には、ベッドや冷蔵庫、ガスコンロ、トイレなど、生活に密着したアイテムが埋め込まれている。屋根は岐阜県をかたどっており、床にあたる部分にはそれを映し出すような仕組みになっている。

そして「楕円形のフィールド」内には、「極限で似るものの家」を分割したパビリオンが点在。そのいくつかを紹介してみたいと思う。
◆地霊
黄色く塗られた狭い入口を入ると、中はほぼ真っ暗。人とすれ違えないほど狭い通路をかすかにもれる光を頼りに進んでいくと、日本列島の形に切り抜かれた天窓が。天気によっては降り注ぐ陽射しによって、壁に日本列島の形が浮かび上がる仕掛けになっている。もちろん地面は傾斜。

◆切り閉じの間
「地霊」と双子(ペア)の関係にあるパビリオン。こちらも行き止まりに日本列島の光が漏れる空間があるが、真っ暗闇の中でここにたどり着ける人は多くないとか。人とぶつからないようにするためには、耳を澄まし人の気配に敏感にならなくてはいけない。

◆もののあわれ変容器
傾きの違うベッドがいくつ取り付けられていて、ほかのパビリオンと比べると傾斜があまりないように感じられるが、それがかえって平衡感覚をゆさぶる。水平だと思っていたところが実際に歩いてみると微妙に傾きがあり、バランスを失うのだ。

「フィールド内には相似形や対になったパビリオンがいくつかあります。それは、何度も同じような建物に遭遇し、似た環境になることで、知覚の混乱を引き起こそうという作者の意図があるからだと言われています」と田中さん。そのほかにも、大小さまざまな5つの日本列島や、それぞれに名前のついた148の道、人口的に作られた地平線が広大な敷地内に広がっている。

写真左上:「陥入膜の径」。いくつもの傾いた壁で仕切られた細い通路にはガスレンジ、テーブルセットなどがおかれていて、家の中を想像させるつくりになっているようだ。左下:「もののあわれ変容器」。傾いたベッドがいくつも配置され、微妙な傾きによって自分の体重のかけ方がわからなくなってしまう。写真右:「地霊」。黄色い細い入口を入ると真っ暗。何度も行き止まりになりながらもうっすらと差し込む光の元を探っていくと、天井に日本地図をくり抜いた明かりとりが現れる。写真提供:養老天命反転地写真左上:「陥入膜の径」。いくつもの傾いた壁で仕切られた細い通路にはガスレンジ、テーブルセットなどがおかれていて、家の中を想像させるつくりになっているようだ。左下:「もののあわれ変容器」。傾いたベッドがいくつも配置され、微妙な傾きによって自分の体重のかけ方がわからなくなってしまう。写真右:「地霊」。黄色い細い入口を入ると真っ暗。何度も行き止まりになりながらもうっすらと差し込む光の元を探っていくと、天井に日本地図をくり抜いた明かりとりが現れる。写真提供:養老天命反転地

自分と他者との関わり、自分自身や身の回りの人の存在、自分の立ち位置を再確認

養老天命反転地のパンフレットには、荒川+ギンズからの提案として「養老天命反転地:使用法」というものが掲載されている。

「極限で似るものの家」に関しては
・中に入ってバランスを失うような気がしたら、自分の名前を叫んでみること。他人の名前でもよい。
・自分の家とのはっきりした類似を見つけるようにすること。もしできなければ、この家が自分の双子だと思って歩くこと。
・今この家に住んでいるつもりで、また隣に住んでいるようなつもりで動き回ること。
など。

「楕円形のフィールド」に関しては
・日本と呼ばれる列島との、見えたり見えなかったりするつながりで、自分がどこにいるのか常に問うこと。
・不意にバランスを失った時、世界をもう一度組み立てるのにどうしても必要な降り立つ場の数、種類、位置を確かめること。
などが書かれている。

「人の気配を感じさせようとする作者の意図があるのではないでしょうか」と田中さん。自分と他者との関わりや、日常あたり前に存在している自分自身や身の回りの人の存在、あるいはこの日本の中で自分はどこに立っているのかということを、極端に不安定な空間の中で感じさせようとしているのかもしれない。それは、“地図上の場所”というだけでなく“自分”というものの立ち位置なのではないかと、筆者は捉えた。

メインパビリオンとなる「極限で似るものの家」。岐阜県の形をした屋根、それを反転させた地面。「楕円形のフィールド」内に点在する9つのパビリオンを凝縮した作品だ。写真提供:養老天命反転地メインパビリオンとなる「極限で似るものの家」。岐阜県の形をした屋根、それを反転させた地面。「楕円形のフィールド」内に点在する9つのパビリオンを凝縮した作品だ。写真提供:養老天命反転地

人間が本来もっていた五感を取り戻すきっかけに

「今はバリアフリーも進んでいますし、安全な住まいがあたり前ですよね。それ自体はいいことなんですが、そこに甘えて本来持っている人体の機能を使わなくなった、それをもう一度呼び覚ますというのが作者の狙いでもあるんです」と田中さん。
さらに
「たとえば、子どもは考え方も体も柔軟で、概念を破壊する力を持っていると思います。大人になるにつれて忘れてしまったそういう柔軟な感覚も取り戻せるきっかけになればいいのではないかと思います」と話す。
確かに、昨今トイレの蓋は自動で閉まるし、自動で水が流れる。自動車も近い将来、手放しで走行することが可能になるかもしれないこの時代。このままいくと、人間が本来もっていた身体機能は退化してしまうかもしれない。
先に紹介した「極限で似るものの家」は、作者の新しい家の提案なのだという。私たちがイメージする「住み心地のいい家」とはまったくかけ離れているが、快適さと便利さを追求するあまり、己の肉体や頭を使わなくなっていく人間に対する作者からの警鐘と捉えることもできるのではないだろうか。

平衡感覚をゆさぶることは、日常私たちがあたり前としてきた概念をゆさぶること。
「視覚を奪われ、バランスを崩した先に何が見えるのか」、「あたり前の日常、生活とは何なのか」―。
荒川+ギンズのテーマ、“死なない”とは、つまり“生きる”ことである。自らの五感をフルに使い、人と関わり合いながら生きていく、そういう人間の本質を、天命反転地は問いかけているのかもしれない。

未体験の方は、ぜひこのアンバランスな感覚を味わってもらいたい。ちなみに、訪れる際はスニーカーなど滑りにくい靴で行くことを強くおすすめする。ヘルメットと運動靴の貸し出しも行っているそうだから、五感に自信のない方はヘルメットを装着して周遊してみてはいかがだろうか。


取材協力:養老天命反転地
http://www.yoro-park.com/facility-map/hantenchi/

敷地内にあるカラフルに彩られた「養老天命反転地オフィス」。実際に少しの間オフィスとして使用していたという。床と同じ形状の通路が天井にも施され、天と地がひっくり返っているような錯覚に陥る。中では荒川氏のハイビジョン映像が流されている。写真左下:今回、案内してくださった田中さん。写真提供(左上、右):養老天命反転地敷地内にあるカラフルに彩られた「養老天命反転地オフィス」。実際に少しの間オフィスとして使用していたという。床と同じ形状の通路が天井にも施され、天と地がひっくり返っているような錯覚に陥る。中では荒川氏のハイビジョン映像が流されている。写真左下:今回、案内してくださった田中さん。写真提供(左上、右):養老天命反転地

2017年 02月05日 11時00分