現場の「忙しい」を「強み」に変える。不動産業界特有の課題に応える「ユニバーサルマナー検定(不動産)」の可能性
「ダイバーシティ」という言葉が定着し、多くの不動産企業が制度を整え始めている。しかし、「本業の営業や管理が忙しくて、研修どころではない」「合理的配慮と言われても、具体的に何をすればいいかわからない」といった声は少なくない。
前例踏襲が残りやすい不動産業界において、社会的に浸透しているDE&I(※)の考え方を実務に織り込むのは、難しい側面も見受けられる。DE&Iを「形」から「ビジネスの知識」へと昇華させるため、リテラシーをどう底上げするかは目下業界の課題といえる。
こうした業界特有の課題に応えるべく、ユニバーサルデザインのコンサルティングを行う株式会社ミライロ(以下、ミライロ)と、不動産ポータルを運営する株式会社LIFULLが共同開発したのが、「ユニバーサルマナー検定(不動産)」だ。
障害のある当事者が監修したカリキュラムを受講し、認定を受ける「ユニバーサルマナー検定」。不動産版は不動産実務に特化した検定で、車いす利用者や高齢者など、多様なお客様を接客する際の具体的なアクションを体系化した内容となっている。
2025年11月、この検定を組織全体のDE&I推進の一助として、独立行政法人都市再生機構(UR都市機構 以下、UR)が社内研修として実施した。3000人規模の巨大組織であるURが、いかにしてこの検定を社内研修に採用したのか。
ユニバーサルマナー検定(不動産)を運営する株式会社ミライロの遠藤はる香氏、境亜実氏とともに、UR人事部ダイバーシティ推進室計画推進課の田中瑞穂氏(当時)、船塚倫子氏、島田優一氏に、研修導入の裏側を聞いた。
※DE&I……多様性を取り入れ、多様な人材が互いに尊重し合い、力を発揮できる環境を実現することを示す概念。「ダイバーシティ(Diversity・多様性)」「エクイティ(Equity・公平性)」「インクルージョン(Inclusion・包摂性)」の頭文字を取っている。
制度の整備から次のフェーズへ。URが不動産実務に特化した検定を「自分ごと」として選んだ理由
URのダイバーシティ推進室の発足は、およそ10年前にさかのぼる。2015年当初は女性活躍推進を中心に活動し、環境や制度を整えることに注力してきた。その取組みが認められ、2024年11月には「えるぼし認定」2段階目(2つ星)を取得。
現在は、DE&Iに関連する研修の実施や障害者雇用の推進、産育休者対応、組織の効率的な働き方を支援する制度運営等の業務を担っている。
併せて、経営戦略としてもDE&Iを打ち出している。
コロナ禍での業務様式の変容を経て、始業時刻変更やテレワーク等の制度が整ったことから、「多様な人材がそれぞれのパフォーマンスを最大化し、企業価値を向上させる」という点でも、職員一人ひとりのスキルアップにも重点を置いている。
URとミライロのリレーションは、2018年の社内向け講演会にミライロ代表の垣内俊哉氏を講師に招いたことを機に生まれた。2021年からはミライロが提供する「ユニバーサルマナー検定( 2・3級)」を推奨資格として職員の個人取得の受講費の補助をスタートさせた。ミライロの担当者からURへのフォローアップの際、ユニバーサルマナー検定(不動産)を紹介したことが、社内研修を開催するきっかけだったという。
田中氏「従来の研修よりも、不動産実務に即した『不動産版』の内容は非常に魅力的でした。窓口でどう対応すればいいかという具体的な事例が網羅されているので、現場の職員が自分ごとの課題として捉えやすいと感じました」
島田氏「私も人事として日々DE&Iについて発信していますが、職員にDE&I推進について、自分ごととして当事者意識を持っていただくことの難しさを感じています。この研修は、障害のある方から直接講義を受けることで、『当たり前にできていると思っていたことが、実はそうではない人もいる』という気づきや当事者意識を得られる点が、採用する大きな要因となりました」
「知識習得の場」だけでなく「コミュニケーションの場」に。対面研修の価値と成果
DE&I研修の一環として採用するにあたり、講座の形態はオンラインではなく、対面を希望した。その背景には、対面での対話を通じて、インクルージョンの重要性への理解を一層深められると考えたためである。
ミライロとの打ち合わせを経て、本社内のラウンジスペースを利用した、30人規模の集合研修となった。部長級から若手まで、普段関わりのないメンバーが集まり、講義約40分とグループワーク約45分の全体でおよそ90分間、じっくりと講座内容に向き合っていた。
なかでも場を沸かせたのが、後半のグループワークだった。直接対話することで、自分ごととして捉えられるだけでなく、組織内のサイロ化の解消と相互理解を促進したからだ。
ミライロ遠藤氏「オンラインのeラーニングも有効ですが、対面研修ならではの魅力は、受講者同士がリアルに交流し、直接話し合える場があることです。お互いの違いを探したり、障害のある方の困りごとを一緒に想像したり。そうした『自分の意見を口に出す時間』が、組織に大きな化学反応を起こすと思います」
島田氏「私も実際に参加したのですが、本当に面白かったです。普段の業務では決して交わらない部署や、部長級から若手までが同じテーブルで議論する。普段は言いづらいことも、こういう場だからこそ意見交換でき、組織としての『共通言語』が生まれるのを実感しました」
アンケートでは参加者の約9割が「役に立った」と回答している。
「『この障害を持つ方はこういう対応をしたら喜ばれるだろう』と思い込んでいる部分もあったので、障害を持つ方とコミュニケーションを取り、どういった対応が喜ばれるかを確認すべきという学びがあった」
「高齢者も含め相手の気持ちを尊重し、自身が何をできるかを伝えることが重要であることを知り、一方的に“こうしてあげるべき”という今までの固定観念を取り払うことができた」
「迷わず素直にまず行動することを心掛けること、ハードを変えるのは大変だがハートはすぐに変えることができること、100点満点を目指さないこと、選択肢を複数用意すること等、多くの事柄を学ぶことができた」
「初めて得られた知識が多く、分かったつもりになっていることも具体例を交えて想像しながら理解できた」
「障害は、人ではなく環境にあるということがとても新鮮だった」
といった声が寄せられ、充実した様子がうかがえる。
講座を大いに沸かせた講師の薄葉ゆきえ氏。自身も聴覚障害の当事者として行った講義は、受講者の理解にも大きく影響していたようだ。不動産業界における障害者や高齢者への配慮について、薄葉氏はこう語る。
「障害者が物件探しや契約時に適切な配慮を受けられる機会は少なく、聴覚障害者にとっても筆談や手話などの情報保障を提供してもらえる機会は決して多くありません。そうした中で、実務に即した知識を習得できる『ユニバーサルマナー検定(不動産)』は、不動産事業者の皆様からも『すぐに現場で活かせる』とご好評をいただいております。不動産業界内に本検定が拡がり、多様な方々の『住まい』の選択肢が広がる社会になることを願っています」
「ダイバーシティ疲れ」を起こさないための戦略。トップダウンの強制ではなく、外部のプロの力を借りた「推奨」というスタンス
日々の業務に追われる多くのビジネスパーソンにとって「研修=面倒なタスク」という認識は少なからずあるだろう。URでは、DE&I推進を強制しないための“温度管理”をどう実践しているのだろうか。
島田氏「あまりに強制しすぎると、『ダイバーシティ疲れ』の反発を生みかねません。だからこそ、私たちはトップダウンで指示するのではなく、ミライロさんのようなプロの力を借りて『推奨する』というスタンスを大切にしています」
田中氏「URでは一般職員向けのDE&I推進研修に加え、1年に1度外部講師をお招きして経営者層向けのセミナーを行っているのですが、そこでも、講師から『DE&Iは福利厚生ではなく、経営戦略の1つとして捉え、推進すべきものである』という視点を伝えてもらっています。どんなにいい施策でも、現場の忙しさやつらさを無視しては響きません。まずは対話の機会をつくり、納得して腹落ちしてもらうというプロセスを何より優先しています」
「全職員強制」のプレッシャーを与えるのではなく、意欲のある層から広げ、社内の共通言語として少しずつ醸成していく。
UR人事部ダイバーシティ推進室では、年間のテーマを立て、毎年テーマに沿った研修やプログラムを開催している。その効果もあってか、ユニバーサルマナー検定(不動産)の講習では、募集開始後すぐに参加エントリーをした職員が多数いたり、参加がかなわなかった職員から追加実施の問合せがあったり、遠地のため参加をあきらめた職員の要望に急遽オンライン参加も可にしたりなど、熱意あるニーズも寄せられていたそうだ。
トップダウンで「DE&Iに取り組め」と指示するのではなく、外部の専門家という第三者の視点を借りることで興味関心を呼び、浸透しやすくなる様子が体現されている。
一人ひとりの「想像力」が、多様化する顧客ニーズに応える最強の武器になる
URのDE&I推進に関して、今後の展望を尋ねた。
島田氏「今年度は、まだ知識として定着しきっていない『インクルージョン(包摂性)』の概念を深めたいと考えています。研修などを通じて、部署や立場の異なる者がコミュニケーションをとる機会をつくり、DE&Iのさらなる意識醸成を目指します」
また、不動産業界のダイバーシティの底上げを期待し、これから取組みを進めようとする企業へのアドバイスをお願いした。
船塚氏「DE&Iはたやすいことではありません。ですが、一人ひとりが自分と異なる他者の視点を想像できるようになれば、それが必ずお客様へのサービス品質や、街づくりの質にも返ってくるはずです。まずは小さな対話の場から、始めてみてはいかがでしょうか」
2024年改正障害者差別解消法の施行により、合理的配慮が民間企業にとって法的義務となった。一方で、健常者が当事者との「違い」に触れることは、時にタブー視され、無意識に距離を置いてしまいがちでもある。
しかし遠ざけるのではなく、違いを認めることが、多様化する顧客のニーズに応えるための武器になるのではなかろうか。
まずは、小さな「対話の場」を組織内につくり、共有することから始めてみる。ユニバーサルマナー検定(不動産)は、その一助になるはずだ。
今回お話を伺った方
写真左より
独立行政法人都市再生機構 人事部ダイバーシティ推進室計画推進課 船塚倫子氏・田中瑞穂氏(現在は住宅経営部)・島田優一氏、株式会社ミライロ 境 亜実氏・遠藤はる香氏
■独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)
https://www.ur-net.go.jp/
■ユニバーサルマナー検定(不動産)
https://actionforall.homes.co.jp/friendlydoor/umrealestate
■「障害者」の表記について
FRIENDLY DOORでは、障害者の方からのヒアリングを行う中で、「自身が持つ障害により社会参加の制限等を受けているので、『障がい者』とにごすのでなく、『障害者』と表記してほしい」という要望をいただきました。当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、「障害者」という表記を使用しています。
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