糸島の中心にもっと賑わいを。まちづくり会社のメンバーがお店を開く
福岡県糸島市の中心市街地「前原(まえばる)商店街」。
そのメインストリートの東の端あたりに、本にまつわる複合施設「MAEBARU BOOKSTACKS」はある。2020年10月までは、高齢の女性がひとりで営む洋装店だった場所だ。店を畳むことになり、解体を検討していた建物を、お願いして借り受けて改修した。
「店舗が壊されて駐車場やマンションばかりになったら、そこは商店街ではなくなってしまいます」と店主一家との交渉役を担った「いとしまちカンパニー」の後原(せどはら)宏行さんは言う。
「いとしまちカンパニー」は若手経営者が3人で立ち上げたまちづくり会社で、後原さんはその代表社員のひとりだ。同社は糸島市と連携協定を結び、主に中心市街地の活性化に取り組んでいる。2020年1月には、民間主導の公民館「みんなの」を開設。旅行者や移住者を最初に受け入れる場として、人と人をつなぐ場として盛り立ててきた。
「『みんなの』も2年経って人の輪が回り始め、いろんなプロジェクトが生まれるようになってきました」と後原さん。次に取り組むのは、本家本丸の商店街だ。
糸島は海山の食材に恵まれているほか、多くの工芸作家やアーティストがアトリエを構えており、商店街とその周辺にはユニークな飲食店や雑貨のセレクトショップが点在している。しかし、その点と点はまだ十分につながっておらず、常時まちに賑わいを生むにはいたっていない。
後原さんはまず、商店街の東の端っこに、自ら「郷土文具の店 小富士」を開いた。「郷土玩具」ならぬ「郷土文具」という新しい旗印を掲げて、地元作家とのコラボレーションで糸島の新しいお土産をつくっている。
空き店舗と開業希望者を取り持つために、賃貸の障壁を取り除く
全国の地方都市と同様、前原商店街にはたくさんの空き店舗がある。
しかし、シャッターの奥や2階に持ち主の家族が住んでいるなどして、賃貸市場に出回ることはあまりない。後原さんは「空き店舗がちゃんと借りられるようになりさえすれば、使いたい人はたくさんいるはずだ」という。「僕がこれまで拠点を置いてきた福岡市でも那覇市でも、面白い箱が空けば、そこで必ず誰かが面白いことを始めた。それはもう、実体験から確信しているんです」。
自ら郷土文具店を開いて商店街の一員になったあと、後原さんは地元の知人たちに宣言した。「店舗が空いたら、できる限り借りるので声をかけてください。荷物が残ったままの状態でかまいません。僕たちが、ゴミも捨てるし、掃除もします。きれいな素の箱の状態にして、テナントを入れるところまで責任を持ちます」。
前述のとおり「いとしまちカンパニー」は糸島市と連携協定を結んでおり、「みんなの」をはじめとする成果を挙げている。地元で一定の信頼を得た存在だ。貸す側としても安心感がある。いっぽうの借りる側は、見知らぬ大家さんと直接交渉しなくても済む。そして、双方にとって面倒な荷物の整理や掃除は、間を取り持つ後原さんたちが肩代わりする。空き店舗を賃貸する際に立ちはだかるさまざまな障壁を、あらかじめ取り除いておこうというわけだ。
そして、最初に持ち込まれた案件が、閉店直前の「オサダ洋装店」だった。後原さんは、話を持ってきてくれた知人と一緒に店主を訪ね、店舗を借りたいとお願いした。「交渉の相手は店主のお子さんたちでしたが、『貸したくない』というよりも『こんなに古びたところを人に使ってもらうのは申し訳ない』というお気持ちだったようです。だから僕らは『すごくきれいです、ぜんぜん大丈夫です』と説得しました」と後原さん。2021年4月から、ひとまず2年の約束で貸してもらえることになった。
糸島に足りないものを補い、人を呼ぶ力のある“本”をテーマに設定
やっと貸してもらえた大切な店舗を何に使うかは、いとしまちカンパニーのメンバーでブレストして決めた。「洋装店の文脈を引き継いでアパレルに、という案もありましたが、糸島にはまだ本の文化が足りないから、いろんな本屋が入居する建物にしようという結論になったわけです」と後原さん。後原さんは自身の会社「カラクリワークス」で、佐賀・古湯温泉に「泊まれる図書館/珈琲 暁」をつくって運営しており、「本には人を呼ぶ力がある」ことも実感済みだった。
店舗の改修はお手のもので、カラクリワークスのアートディレクターと後原さんがイメージをつくり、施工はこれもカラクリワークスの内装チームと、以前から付き合いのあるフリーランスの大工さんを中心に、解体工事は「はつり祭り」と称してワークショップにするなど、友人知人や地域の人も巻き込んで、DIYで経費を抑えた。施設の名前は「本が集積する場所」という意味を込めて「MAEBARU BOOKSTACKS」とした。
1階には、以前からいとしまちカンパニーと縁のあった移住者の中村真紀さんと大堂良太さんが、書店コミュニティ「糸島の顔がみえる本屋さん」をオープン(※この店については次回、稿を改めて紹介したい)。2階には大小3室あり、道路面の小さな2室は今後、チャレンジショップとして新規開業者に安く貸す計画だ。
残る奥まった1室は、カラクリワークスの濱門慶太郎さんを中心とするチームが借りて、書店兼出版社「虚屯(うろたむろ)出版」を開業することになった。
アーティスト出身の店主が営む、ちょっとマニアックなアート書店
濱門慶太郎さんはアーティストとしてキャリアを始め、広告代理店勤務を経て2018年に後原さんのカラクリワークスに参加した。一時期は福岡市で小さなアートブック専門店を営んでいたこともあるという。
「作品制作からは離れても、アートにはかかわりたくて。東京ならいろんな仕事があるでしょうが、地方では難しい。アート書店の経営も厳しくて、一度は断念したんです」と振り返る濱門さん。
虚屯出版の開業は、16年ぶりの夢の再開でもある。
取材時は開業直前で、ちょうど最初の本が入荷したところだった。第1陣は洋書が中心で、サイ・トゥオンブリーやソル・ルウィット、ドナルド・ジャッドなど、アート界では巨匠と呼ばれるが、広く一般に名前が知られているとは言いがたい、現代アートの本が並ぶ。
「仕入れ先のアートブック専門問屋から、濱門さんはレアな本ばかり選びますね、と言われました。でもだからこそ、僕が糸島で扱う意味があると思った。東京や大阪にもあまりない、オリジナリティのある本屋ができる。1冊1冊の本については、僕自身が語って伝えることができます」と濱門さん。
なかでも濱門さんのイチ推しは「もの派」だそうだ。
「もの派」は日本の戦後美術を代表する動向の一つで、李禹煥や菅木志雄、関根伸夫などが代表作家とされる。近年、国際的にも再評価の気運が高まっており、昨年はニューヨーク近代美術館(MoMA)が同じく日本の「具体」とともに常設展示に加えたことが話題になった。虚屯出版には英語で「MONO-HA」と題された本が数種類入荷している。
「これまで、もの派やミニマル・アートはそれほど人気があったとはいえないけれど、登場から50年ぐらい経って、アート界以外にも広まりつつあるようです。こういう循環はアートの歴史の中で繰り返されてきたことで、ここからインスピレーションを得る建築家やファッションデザイナーが出てくるのでは。その橋渡しの役割が果たせるといい」。今後は動画発信やライブコマースにも挑戦したいと語る。
一方で、前原商店街に実店舗を持つことにも、大きな意味を感じている。
「福岡県内にはファインアートを学べる学校が少なく、アーティストが育つ土壌が十分ではないと感じています。本物の美術作品に触れる機会も、東京や大阪には及ばない。地方在住者とアートの接点として、本はとても重要です。ネット書店と違って実店舗には偶然の出会いがある。絵本やコミックを見に来た子どもたちが、初めてアートに触れる機会になれば」。
複数の書店が集まる「MAEBARU BOOKSTACKS」なら、相乗効果が期待できそうだ。
アートブックの展示販売が、アートを広める活動だとすれば、出版は、アートの新しいマーケットをつくる活動だ。「製作費が嵩んで収益を出しにくいアートブックやグッズなどではなくて、作品そのものを比較的廉価で数多くつくって売れるような仕組みを構想しています。アーティストがちゃんと収入を得られて、制作を続けていける環境をつくることが目標です」。
商店街の東西を結んで人の流れを線にする。来年はギャラリーの開業も目指す
商店街の東寄りに文具店と本屋がまとまって、糸島に手薄だったカルチャーの発信拠点が強化された。「商店街の西寄りには、10年も続いている人気の雑貨店があるんです。これで東西に人の流れができるといい」と後原さん。
商店街活性化の取り組みは、まだ始まったばかり。「糸島でギャラリーをやりたいと手を挙げてくれる人がいて、来年には実現したいと準備を進めているところです」。最終目標はもちろん、前原商店街にある、閉まりっぱなしのシャッターすべてを開けることだ。
いとしまちカンパニー https://itoshimachi.com
カラクリワークス https://caracri-works.com
虚屯出版 https://publishing.ulotamlo.com/
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