移住者など糸島に積極的にかかわる若手経営者3人がまちづくり会社を設立

福岡県糸島市の中心市街地・前原(まえばる)に、2020年1月、「未来型公民館」が誕生した。従来の公民館のように行政から与えられた場所ではなく、民間有志が提案してつくったコミュニティスペースだ。行政や企業のバックアップを得ながらも、市民の利用料やイベント収益で運営する。「みんなの、みんなによる、みんなのためのスペース」という想いを込めて、施設の名前は「みんなの」とした。

場所は、JR筑肥線・筑前前原駅から大通りをまっすぐ歩いて7分の角地。NTT西日本の局舎の1階に道路側約123平米を占めている。前面の歩道はポケットパークのようになっており、大きな窓を介してまちとつながる明るい空間だ。

運営を手掛けるのは、まちづくり会社「いとしまちカンパニー」。移住者はじめ、糸島とかかわりの深い若手経営者3人が代表社員を務める。そのひとり、福島良治さんに話を聞いた。

「みんなの」外観「みんなの」外観

福岡に移住2年で友達300人。出会いが“おもしろいこと”を生み出していく

福島良治さん(右)と妻の福島美和さん。東日本大震災をきっかけに都会暮らしを見直し、2年半かけて移住先を検討した。現在は糸島生まれの末っ子を含め家族5人で暮らす福島良治さん(右)と妻の福島美和さん。東日本大震災をきっかけに都会暮らしを見直し、2年半かけて移住先を検討した。現在は糸島生まれの末っ子を含め家族5人で暮らす

「まちをおもしろくするのは、人と人との出会い。そのきっかけとなる拠点が欲しかった」と語る福島さん。そう考えた背景には、福島さん自身の移住体験がある。

福島さんは理想とする子育てができる地を探し求めて、2015年3⽉に家族で東京からIターンしてきた。それまで縁もゆかりもなかった⽷島を選んだのは、⾃然豊かで⾷が充実していること、⼤都市福岡に隣接して利便性が⾼く仕事面でも期待が持てること、移住者が多くコミュニティにも入り込みやすいと考えたからだ。

東京ではずっと会社勤めだったが、糸島ではフリーランスとして、eコマースやWebマーケティングのコンサルティングを始めた。東京時代の人脈も頼りながら、少しずつ仕事の幅を広げていったという。

「福岡には“紹介文化”があるんですね。出会った人が、また新たな人につないでくれる。移住してきてから短期間のうちに、みるみる知り合いが増えていきました」と福島さん。その数、2年で300人以上。だが、主な出会いの場となったのは糸島ではなく福岡市だったという。そこで、福島さんは自ら、糸島を舞台とした交流会「いと会」を立ち上げた。

2016年1月の第1回「いと会」には、現在ゲストハウス「前原宿ことのは」を営む野北智之さん・佳奈さん夫妻も参加している。このときの参加者は全部で8人。それが、まもなく50回を数える今、毎月40人近くが集まるまでになった。そして、この会を通じて実現した最初の大きなイベントが、屋外映画上映会「いとシネマ」だ。

2000人を集めた屋外映画祭「いとシネマ」が次のムーブメントを呼び寄せる

糸島には、映画館がひとつもない。電車で40分ほどの福岡まで行けばシネコンはいくらでもあるが、混雑する都心に子連れでは行くのは大変だ。いつしか「いと会」に集まった映画好きの中から、「自分たちで上映してはどうだろう」という声が上がり始めた。2016年8月に開業した「ことのは」で議論を重ね、地場企業の賛同を取りつけ、同年11月にはテスト上映会を開催。好感触を得て、半年後の本格開催に向けて動き出した。

迎えた2017年5月3日は「博多どんたく」の初日だ。福岡では、「どんたくの日は雨が降る」というジンクスがあるという。果たして当日、朝は晴れていた空が、昼過ぎに急変し、会場となった志摩中央公園グラウンドはあっという間に水浸しになった。それが15時頃のこと。上映会の準備はいったん中断したが、ほどなく雨はやみ、水も引く。約40人のボランティアの助けを得て、18時の開場に間に合った。

「雨上がりの夕日が照らす広場に、人々が方々から集まってくる様子は、そのまま映画のワンシーンのようだった」と振り返る福島さん。「500人ぐらい来てくれるといいな」と期待していた人出は、なんと2000人に達したという。

「いとシネマ」第1回の大成功がきっかけとなり、「いと会」有志の面々は、秋に市との共催で「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2017 in 福岡 糸島会場」の運営を、さらにオール糸島ロケによる映画『糸』の制作協力を手掛けることになる。

「どれも、あらかじめビジョンがあったわけではなく、人と人との出会いから、思いがけなく始まったことばかり」と福島さん。だから、「糸島の中心市街地を元気にするために、何かいいアイデアはないか」と問われたとき「人々が出会う場所があればいい」と答えた。

左上/第一回「いとシネマ」、上映前の飲食会場も大賑わいだった 右上/クラウドファンディングで購入した大型スクリーン 左下/上映したのは片渕須直監督のアニメ「マイマイ新子と千年の魔法」。入場は無料で、当日の不安定な天気にもかかわらず、約2000人が詰めかけた 右下/夕暮れの空に輝く「いとシネマ」のロゴ(写真提供:いとシネマ)左上/第一回「いとシネマ」、上映前の飲食会場も大賑わいだった 右上/クラウドファンディングで購入した大型スクリーン 左下/上映したのは片渕須直監督のアニメ「マイマイ新子と千年の魔法」。入場は無料で、当日の不安定な天気にもかかわらず、約2000人が詰めかけた 右下/夕暮れの空に輝く「いとシネマ」のロゴ(写真提供:いとシネマ)

地元新聞社と行政との連携で「未来型公民館」づくりに乗り出す

「みんなの」のプロジェクトは、福岡市に本拠を置くブロック紙の西日本新聞社と、そのグループ企業である糸島新聞社、糸島市による地域課題解決事業から始まった。福島さんたちが市と新聞社に「未来型公民館」を提案し、賛同を得たことから具体化に向けて動き出した。

NTT西日本の局舎に目を付けたのは福島さんたちだ。駅に近くてアクセスがよく、かつて事務所に使われた広いスペースが空いている。市を通じてNTT西日本に打診してもらったところ、NTT西日本が進める新規事業にもマッチした。

2019年2月に西日本新聞社の協賛を得て「いとしまちカンパニー」を設立。代表社員は福島さんのほか、CG制作「ランハンシャ」「ラン風」代表の下田栄一さん、Webデザイン「カラクリワークス」代表の後原(せどはら)宏之さん。2019年6月には、糸島市・NTT西日本と連携協定を結んだ。

建物の躯体にかかわる改修などはNTT西日本が実施し、「いとしまちカンパニー」に場所貸しする。内装工事や什器の制作・購入費用はクラウドファンディングで募ることにした。クラウドファンディングは「いとシネマ」でも経験済みだ。

福島さんたちは「みんなの」に欲しい機能や内装デザイン、使い方についてアイデアを練り、リアルなCGで表現。2019年10月に始めたファンディングは、わずか1ヶ月で目標の120%を超える247万3,000円を集めた。支援者は194人に上る。

「みんなの」の内装工事風景。ペンキ塗りや木部のやすり掛け、オイル塗り、椅子の組み立てなど、「いとしまちカンパニー」や「いと会」の面々をはじめ、市やNTT西日本、タウン誌のスタッフも総出で行った(写真提供:いとしまちカンパニー)「みんなの」の内装工事風景。ペンキ塗りや木部のやすり掛け、オイル塗り、椅子の組み立てなど、「いとしまちカンパニー」や「いと会」の面々をはじめ、市やNTT西日本、タウン誌のスタッフも総出で行った(写真提供:いとしまちカンパニー)

子連れでも、旅の途中でも参加できる、出会いの公民館「みんなの」

「みんなの」の空間は、大きく4つに分かれている。入り口を入るとまず、土足のまま使えるオープンなコワーキングスペース。中央に大きなテーブルが据えられている。利用者は窓や壁に向かって座るのではなく、テーブルを囲んで座ることになる。顔を上げれば目が合うけれど、気兼ねはしなくて済む程度の、適度な距離感になっている。

天井の高さを生かし、窓際にはロフトのような中2階を設けた。壁で仕切られてはいないが視線は遮られ、隠れ家にこもるような気分で過ごせる楽しい空間だ。

壁面にはグリッド状の「みんなの本棚」があり、糸島で活躍する人々やクラウドファンディングの出資者が、それぞれお薦めの本を並べている。推薦者のコメントが書かれたカードが添えられており、本を通したコミュニケーションが図られている。

奥は「子連れでも利用しやすいように(福島さん)」と靴を脱いで上がるスペースになっている。掘りごたつ状のテーブル席、座卓を並べたフロア、カーテンで仕切れるステージ状のコーナーが並ぶ。座卓を外したり椅子を並べたりすれば、さまざまなイベントやワークショップに使える。

基本料金は一般3時間500円、1日1,000円で、身分証明書を提示すれば誰でも利用できる。中学生から大学生は3時間500円、1日500円。小学生以下は保護者同伴を条件に無料だ。市外からの来場者には2時間無料の「旅人チケット」を発行しており、休憩やワーケーションに使ってもらう。受付カウンターで飲み物も販売しているので、カフェのようにも使える。

レンタサイクルの運営も始めており、「ゆくゆくは『まちのフロント』のような役割も果たしたい」と福島さん。一番奥のステージでは、壁3面と床をスクリーンに360度の動画を上映し、糸島の観光地を紹介する。

オープンから2ヶ月で、会員数は100人を超えた。SDGsを学ぶカードゲームや、フラダンス、ピラティスのレッスン、ポットラックパーティなど、イベントにも利用されている。取材中には東京からの観光客が情報を求めて立ち寄る場面にも出くわした。

福島さんたちが狙う、新たな「人と人との出会い」が芽吹き、花開くには、今すこし時間がかかるかもしれないが、その土壌としては十分に、魅力的な場所ができあがっていた。

みんなの https://minnano-itoshima.com/
いとシネマ http://www.itocinema.com/
いとしまちカンパニー https://www.itoshimachi.com/

左上/エントランスから「みんなの」コワーキングスペースを見る。左手に中2階がある 右上/「みんなの」内観全景。手前は靴を脱いで上がるスペース 左下/「みんなの本棚」。まだ蔵書は少ないが、最大700冊収納できる 右下/4面プロジェクションマッピングによる動画上映。機材は「ラン風」が無償で提供した。写真の映像は糸島の名所「二見ヶ浦」。お天気の悪い日でも晴れた海辺や夕暮れをヴァーチャル体験できる左上/エントランスから「みんなの」コワーキングスペースを見る。左手に中2階がある 右上/「みんなの」内観全景。手前は靴を脱いで上がるスペース 左下/「みんなの本棚」。まだ蔵書は少ないが、最大700冊収納できる 右下/4面プロジェクションマッピングによる動画上映。機材は「ラン風」が無償で提供した。写真の映像は糸島の名所「二見ヶ浦」。お天気の悪い日でも晴れた海辺や夕暮れをヴァーチャル体験できる

2020年 04月13日 11時05分