理想の田舎暮らしと現実のギャップを埋めたい

くるくるハイツ近隣の風景。取材時はまだ少し桜が残っていた。この風景の中で子育てをしながら、1時間足らずで中心部まで行ける環境は、かなり魅力的くるくるハイツ近隣の風景。取材時はまだ少し桜が残っていた。この風景の中で子育てをしながら、1時間足らずで中心部まで行ける環境は、かなり魅力的

「子どもが小さいうちは環境の良いところでのびのびと育てたい」「退職したら田舎でのんびり暮らしたい」等、様々なターニングポイントで「自然豊かな暮らし」や「田舎暮らし」を考える人がいる。また近年は、より多様な価値観で自らの暮らしの拠点を考える人も増えているようだ。
そんな中、福岡市の西にある糸島はここ数年移住先としての人気が高い。自然豊かな環境にありながら、天神・博多などの中心街に40分〜1時間で行けてしまうアクセスの良さが、糸島の人気の1つであり、移住へのハードルも下げているよう。移住者が多いため、移住者同士がつながりやすいのも心強く、地元の人も比較的移住者に温かい風土だという。
だが、これはどんな「田舎暮らし」にも言えることだが、街なかの暮らしとは暮らし方や地域との関わり方が大きく違う。そのため移住者と地元の人との間に隔たりが生じてしまうこともしばしばあるとか。

「田舎暮らしは街なかの暮らしと概念が違う。一度実際に住んでみて、自分の求める暮らしを見つめてからの方がうまくいくのではないか。」と、自身の経験も踏まえ、自宅を開放している女性がいる。
アーティストの天野百恵(あまのもえ)さんだ。この春小学校2年生になった長男と、2歳になる長女と3人で、2017年から糸島の古民家に暮らしている。今回は、天野さんの運営する家活動「くるくるハイツ」について話を伺ってきた。

「ニンジン買いに行く」日常の一言で沸き起こった理想の暮らし方

「自分の求める暮らしを見つめることが大事」という天野さん。では、天野さんははなぜ「田舎暮らし」を求めたのだろうか。

彼女は幼少期を福岡県の筑後地方で過ごした。田園風景が自身の原風景としてあるという。芸術系の大学に進み、その後京都に暮らした。2010年に長男を出産してから、街なかでの暮らしがフィットしないように感じてきたそう。のびのび育ってほしいけれど、道に出ると危ないし、近隣への騒音も気になる。街なかは子どもが遊ぶ場所がない…。ふと、ある日長男が言った「ニンジン買いに行く」の一言から、彼女の頭の中にぶわっとイメージが広がった。

「ニンジンは本来畑で育つもの。でも街なかでは『買う』のが普通です。子供の世界に最初に入って来るのは『食』だから、自然なことを知識として得るだけではなく、当たり前に触れる機会が欲しい。そんな環境で、たくさんの人と関わりながら暮らしたい。それで、田舎暮らしについて調べはじめました。」

2013年から地方移住について各地に情報収集に回る。長男の保育園の休みを利用して、NPO訪問や一時滞在を繰り返した。糸島にも何度か訪れたそう。2014年からは本格的に仕事と保育園を切り上げ、WWOOF(ウーフ:有機農業を中心とした都市と田舎の橋渡し的な取り組み。滞在場所と食事を提供してもらい、農作業を手伝う)を利用して大分に滞在した。

その後長女を出産。紆余曲折あり悩みもしたけれど、「自然豊かな地に暮らしながら、多くの人が集う『開かれた家』をつくりたい」という想いが萎むことはなかったという。それから、糸島の自然農家さん・地域コーディネーターさんの助けもあって、2016年11月に空き家の大家さんとの交渉がまとまる。昨年の春に移り住み、自宅を「くるくるハイツ」と名付けた。「理想の暮らし」の実現に向けて日々奮闘中だ。

天野百恵(あまのもえ)さんと、長男の渉くん、長女の唯ちゃん。子どもがいることもあり、地元の人たちからはとても可愛がられているそう。のびのびできる環境で、たくさんの人に囲まれながらする子育てを、天野さん自身もとても楽しんでいる天野百恵(あまのもえ)さんと、長男の渉くん、長女の唯ちゃん。子どもがいることもあり、地元の人たちからはとても可愛がられているそう。のびのびできる環境で、たくさんの人に囲まれながらする子育てを、天野さん自身もとても楽しんでいる

意識を変えれば、自由な暮らしができる

現在天野さんは、複数の企業から在宅で仕事を請け負って生計を立てている。仕事内容はウェブ全般。シングルマザーのため、子育ての時間の確保は必須で、自身の創作活動にも力を入れたい。彼女にとって時間の調整ができる働き方はマストだ。となると月々の固定費は抑えられた方が、暮らしの融通は利きやすい。そういった意味でも、田舎暮らしは良いという。やり方次第では、圧倒的に生活コストを下げられる。

ただし、その分の不便を引き受けて、更にそれを楽しんでいるところが天野さん流。雨漏りやたくさんあった残置物の撤去、家のあちこちにある傷みの補修などを「さぁ、どうしようか」と考えた。さらにその先に「次はこんなことをしたい。こんなことはやれるかな?」とわくわくすることを思い描く。これは彼女の才能だろう。「ある意味、田舎暮らしにはそういった気概も必要」と天野さんは言う。

固定費が低コストだと「大丈夫、生きていける」と何事にもポジティブになれる。街なかで暮らしていくには、家賃や住宅ローンなど「住」を確保するための費用は大きくなる。暮らしていくお金を稼ぐために働いて、もちろんそれは尊いことだけれど、場合によってはその働き方で体や心を壊してしまう人もいるだろう。
一度、彼女自身もそんな無力感に苛まれたそう。にわかには届かないかもしれないが、天野さんは、自身の暮らしを発信することで「こんな風に暮らして生きていく選択肢もあるよ」と伝えていきたいという。

一方、アーティストとしては「結果的に、今、田舎暮らしを選んでいる」という感覚でもいるそう。作家活動と仕事が別物になっているという状況に違和感を感じた天野さんは、暮らし方(ライフスタイル)も含めて自身の表現活動にしていきたいという想いが強くなっていた。くるくるハイツという「家活動」は、優先度の高い子育てと、場づくりのできる場所(広い敷地やコスト、自由度)などを考えて、彼女が今選びとった暮らし方なのだ。

今年1月にはTEDxFukuoka2018に登壇、3~4月は九州芸文館にインスタレーション(空間芸術)の出展と、くるくるハイツでの暮らしをアートとして発表する機会も引き寄せている。

不定期で刊行しているくるくるハイツだより。手書きのイラストとコメントがぎっしり。糸島のいくつかの店に置いてあり、チラシを見ての問い合わせもある。実際に滞在しにきた人も(写真左)。2/11-3/11は筑後の九州芸文館の「藝術生活宣言」に出展。くるくるハイツでの暮らしを空間芸術として表現した(写真右)不定期で刊行しているくるくるハイツだより。手書きのイラストとコメントがぎっしり。糸島のいくつかの店に置いてあり、チラシを見ての問い合わせもある。実際に滞在しにきた人も(写真左)。2/11-3/11は筑後の九州芸文館の「藝術生活宣言」に出展。くるくるハイツでの暮らしを空間芸術として表現した(写真右)

まずは破壊から。くるくるハイツのこれまで

天野さん一家が暮らす家は、のどかな田園風景に囲まれた、梁の造りが立派な築93年の家だ。すぐ隣に大家さんの家もある。大家さんとの契約がまとまってまず取り掛かったのは、家の中に残された大量の残置物の撤去と台所の破壊。
大正時代に建てられた家だ。何せ物が多い。それらを全て運び出した。また、昭和の時代に施されたであろう台所のリフォームがどうもしっくりこず、床、内壁などの建材を一度自分たちで剥がした。もちろん大家さんの許可を得て。中から美しい風合いの漆喰壁が出現するも、構造はむき出しに。和室に流し台を仮置きして、「えいやっ!」と半ば強引に暮らし始めたそう。そこから、福岡県の助成金を活用したり、SNSで仲間を募ってダイニングの床に無垢板を張った。キッチンの移設も完了し、現在、一応生活できる状態にはなっている。

「まだ全てが仮の状態なんです。隙間風もすごいし、剥がした壁から土のようなものがパラパラ落ちてきます。配線や配管の行方が落ち着いたら、断熱材を入れて内壁もちゃんと閉じたいですね。」

1階は8畳の部屋が3つと、リビング・ダイニングスペース、玄関前のスペースなど。2階にもほぼ同じ広さの空間がある。親子3人で暮らすには十分すぎるほど広いが、大きな家を借りたのは、たくさんの人が訪れる場所をつくりたいから。移住を検討する人のトライアルステイや、移住希望者の相談所・受け入れ支援の場として提供しているそう。友人主催のフリーマーケットや、ライブ、カルチャースクールなどのイベントも開催され、自身でも月1回のオープンミーティングやワークショップなどを精力的に企画している。

「この家は、雨漏りが長年そのままだったりして、一部使えない部分もあります。今は住みながら、徐々に暮らす環境を作っていっている状態。まだまだ手を加えるところがたくさんあります。」

長く人が住んでいない家は往々にして傷みがある。安く借りることもできる反面、補修は自分たちでというのはよくあるケースだ。例えば今、移住先の空き家を探している人は、ここに滞在してくるくるハイツの補修を手伝っているうちに、「このぐらいの傷みの空き家なら住める」と探す物件の範囲が広がるかもしれない。また、実際にその地に暮らしていれば、地域の人から空き家の情報も入ってくる。

昨年秋に試みたクラウドファンディングでは、段階的支援を募った。優先度の高いダイニングスペース改修については、目標額の117%を達成。たくさんの人の支援に答えるべく、今年中にはダイニングスペースと奥の開かずの間(プライベートスペースにする予定)の改修を終わらせ、もっと人が快適に集える場所にしたいと意気込む。

手描きで作った全体の改装計画。右下はダイニングスペースのbefore。左下は床貼りワークショップ終了後。右上は現在の姿手描きで作った全体の改装計画。右下はダイニングスペースのbefore。左下は床貼りワークショップ終了後。右上は現在の姿

テーマは「循環」これからの家活動

WWOOFの仕組みを真似て、天野さんはこの家の改装の手伝いをしてくれる人を募っている。これまで2名が滞在し、それぞれ1~3ヶ月ほど手伝ってくれた。もっと快適に暮らせるようになったら、シェアハウスやゲストハウスのようにもしていきたいそう。トライアルステイ・移住支援なども引き続き改良を重ねていく予定だ。

糸島市の地域コーディネーターの方の調査によると、この地区にも何十軒もの空き家があり、反面、駅前の賃貸住宅に「空き家待ち」をしている人達もいるそう。マッチングが困難な主な要因は、①空き家の所有者と連絡がつかないこと②住めないこと。②については、行政の判断と移住希望者との間にズレがある可能性を天野さんは指摘する。自身が間に入ることで少しずつそのズレを埋めたいという。

「田舎の家は、もし誰も手を入れなければ、恐ろしいほど速く廃墟化します」と天野さん。待ったなしの状態にある家も多々あるのだ。実際にくるくるハイツに滞在しながら、集落との付き合い方も肌で感じ、暮らしに馴染めそうなら近隣の空き家に移り住む。地域にとっても、移住希望者にとっても、とても合理的な方法のように思う。

例えば糸島は、都市に比べると区費(自治会費)が高く、払わない移住者もいて問題になっているそう。集落の出ごと(集まり)が多い地区もあり、都会から来る人には理解できないこともあるかもしれない。だがそれらは、地域のインフラを整える決め事のためだったり、共に助け合いながら暮らすためのコミュニケーションの機会だったり、そこで暮らす人たちが長らく大事に守ってきたもので、必要なことなのだ。その土地の暮らしに入ってきながらそれらを無視すれば、衝突は免れない。そういった一見面倒に思えることも、実際何度かやってみるといいだろう。人付き合いは、関わってみなければお互いわからない。

「くるくるハイツ」の名前の由来は、人が「来る」こと・循環すること。「家を開くことで、田舎暮らしに新陳代謝を起こしていきたい」そう語る天野さんの顔はとても朗らかだった。

開催したイベントの一部。Co-Reキャラバン(左上)に、ねっこと葉っぱ塾(右上)、地域の人との餅つき(左下)や、友人主催のフリーマーケット「ぼちぼち市」(右下)など。人の出入りの多いくるくるハイツ。集落にも受け入れられているようで、これからが楽しみだ開催したイベントの一部。Co-Reキャラバン(左上)に、ねっこと葉っぱ塾(右上)、地域の人との餅つき(左下)や、友人主催のフリーマーケット「ぼちぼち市」(右下)など。人の出入りの多いくるくるハイツ。集落にも受け入れられているようで、これからが楽しみだ

2018年 05月23日 11時05分