リノベの旗手・ブルースタジオが福岡に新拠点。開業イベントでポストコロナを語る

福岡市中央区清川にある築40年超の「新高砂マンション」は、“リノベーションミュージアム”の異名を持つ。2004年から16年かけて、全58室のうち7割以上にあたる41室をリノベーション。個性の異なる多彩な住戸を内包するほか、外壁改修や耐震補強などの大規模修繕も行い、築100年の“ビンテージビル”を目指す。オーナー会社である吉原住宅と、運営を手掛けるスペースRデザインの代表を務める吉原勝己さんは、福岡におけるリノベーションのパイオニアだ。

この「新高砂マンション」の1階を占める複合施設「清川ロータリープレイス」に、2020年4月、東京のブルースタジオが福岡オフィス「SOUQ(スーク)」を開業した。ブルースタジオといえば、日本においてリノベーションという概念そのものを切り拓いたパイオニア。専務の大島芳彦さんは、2011年に北九州市でリノベーションスクールを立ち上げた中心人物の一人である。

吉原さんと大島さんは「親が貸しビル業を営んでいた」という共通項を持つ。吉原さんが親から建物を引き継ぎ、製薬会社から賃貸住宅経営に転身したのが2000年。ちょうど同じ年、大島さんはブルースタジオでリノベーションの旗を揚げた。大島さんの活躍が、築古ビルの経営に悩んでいた吉原さんの目に留まる。リノベーションが結んだ2人の交流は15年に及ぶという。「清川ロータリープレイス」に「SOUQ」が入居したことで、さらなる化学反応が生まれそうだ。

コロナ禍での「SOUQ」開業となったが「コロナによる社会変容は、地方都市にとってチャンスになりうる」と大島さんは言う。「特に九州は、人口減少や産業構造の変化など、社会課題の先進地。打開策をリノベーションに求める都市は多い。SOUQを拠点に、一緒に課題解決に取り組んでいきたい」

「SOUQ」本格始動にあたり、ブルースタジオはオンラインとリアルのハイブリッドによるトークイベントを開催。大島さんと吉原さんが、ポストコロナの地方都市やリノベーションについて語った。

上2点/「SOUQ」内部。2名のスタッフが常駐するほか、シェアオフィスとして2席のブースを設けている。SOUQとはアラビア語で「市場」の意味。市場のようにさまざまな人やモノ、コトが交錯する場所を目指す(写真提供:ブルースタジオ) </br>左下/イベントが開催された「新高砂マンション」1階の「ロータリーパーク」。現地会場は屋外に間隔を開けて座席を設置。オンラインで各地とつないだ。右手の木製引き戸の奥が「SOUQ」</br>右下/トークイベントの様子。中央が大島芳彦さん、右が吉原勝己さん。左はファシリテーターを務めた鹿児島市のまちづくり会社 KISYABAREE(キシャバリー)代表の須部貴之さん上2点/「SOUQ」内部。2名のスタッフが常駐するほか、シェアオフィスとして2席のブースを設けている。SOUQとはアラビア語で「市場」の意味。市場のようにさまざまな人やモノ、コトが交錯する場所を目指す(写真提供:ブルースタジオ) 
左下/イベントが開催された「新高砂マンション」1階の「ロータリーパーク」。現地会場は屋外に間隔を開けて座席を設置。オンラインで各地とつないだ。右手の木製引き戸の奥が「SOUQ」
右下/トークイベントの様子。中央が大島芳彦さん、右が吉原勝己さん。左はファシリテーターを務めた鹿児島市のまちづくり会社 KISYABAREE(キシャバリー)代表の須部貴之さん

選ばれるまちづくりのために、“あなた、ここ、いま”にしかない魅力を活かす

「コロナ以前から言われ続けてきた“働き方改革”が、コロナによって一気に進みましたよね」。まず大島さんが、聴衆に語りかける。

「テレワークを実践する企業が増え、多くの人が自宅で働くことを強いられています。通勤がなくなり、オン・オフの感覚も薄れているのではないでしょうか。暮らしの中にぐぐっと仕事が入り込んできた。われわれ、建築や不動産を仕事にする立場から見ると、“場”の認識が変わったといえる。“暮らしの場”に“働く場”が内在するようになりました」

おのおのの“暮らしの場”に“働く場”が内在化すれば、わざわざ都心のオフィスに集まる必要はなくなる。通勤しなくてすめば、移動時間が減少し、生産性は上がるだろう。さらに、“働く場”を地方に持ち出すことだって可能になる。

「だから地方都市は今、チャンスなんです。みんな都会の外に出たくてうずうずしている。こっちへおいでと手を挙げたとき、選ばれるまちになるにはどうするか。簡単に消費されないまち、持続可能なまちになるには? それには、誇れるまちであること、シビック・プライドが必要です。リノベーションまちづくりに取り組むとき、いつもまちの人に問いかけることがあります。それは、“あなたでなければ、ここでなければ、いまでなければ”ならない魅力は何かということです」

経済成長の時代には、“あなたでなくても、ここでなくても、いまでなくても”、すべてが手に入ることを目指した。その象徴がコンビニだ。ロードサイドビジネスもショッピングモールもしかり。「それで豊かさを手に入れたものの、副作用として、選ばれないまち、選ばれない商品、選ばれないサービスが生まれてしまった。これからの時代は、これとは反対の、オンリーワンを目指さなければなりません」

“あなたでなければ、ここでなければ、いまでなければ”の好例として、大島さんは、東急田園都市線の鷺沼駅近郊にある築43年の団地型マンション「GREEN BASKET」(下の写真)を挙げる。

鷺沼駅周辺はいわゆる新興住宅地だが、もともとは多摩丘陵の緑豊かな農村だった。「GREEN BASKET」のオーナー一家は地元で代々続く農家で、今も農業を続けている。親の代で建てたアパートを建て替えるべきかと相談してきたオーナーに対し、ブルースタジオは立地と家業を活かしたリノベーションを提案した。

里山の記憶を残す高低差のある敷地に、緑豊かなランドスケープをつくる。庭の入り口にパーゴラを設けて小規模なマルシェが開ける広場を設けた。農家ならではのスキルで庭の緑を維持し、農業を継いだ息子が、自分の育てた野菜や果物、観葉植物を広場で販売する。まさに“あなた、ここ、いま”の魅力が花開き、周辺の新築物件と同等の賃料で、満室稼働を続けているそうだ。

左上/「GREEN BASKET」エントランスの広場。オーナーの子息がここでポップアップショップを開く </br>右上/エントランス広場と同じ向きから見たリノベーション前の外観 </br>左下/「GREEN BASKET」の庭 右下/住戸のインテリア。ナチュラルでシンプルな内装</br>(写真提供:ブルースタジオ 右上以外、リノベーション後はすべて Photo by Kenya Chiba)左上/「GREEN BASKET」エントランスの広場。オーナーの子息がここでポップアップショップを開く 
右上/エントランス広場と同じ向きから見たリノベーション前の外観 
左下/「GREEN BASKET」の庭 右下/住戸のインテリア。ナチュラルでシンプルな内装
(写真提供:ブルースタジオ 右上以外、リノベーション後はすべて Photo by Kenya Chiba)

花街から始まった清川に、新たな華やぎを生んだ「清川ロータリープレイス」

「清川ロータリープレイス」を含む「新高砂マンション」もまた、“あなた、ここ、いま”ならではの物語を持っている。

オーナーの吉原さんは、新高砂マンションの前身である旅館「いずみ荘」の息子として生まれた。この場所は吉原さん自身の故郷でもあるわけだ。

「このまちはもともと遊郭として発展し、戦後は大規模なキャバレーが置かれて東京から有名な芸能人が演奏に来ていたそうです。福岡で最初の再開発が行われたのもこの一帯で、そもそも進取の気風に富んだまちなんですね」と吉原さん。吉原さんが子どもの頃には「いずみ荘」のほかにも旅館が立ち並んでいたそうで、その女将さんたちに囲まれた吉原少年の写真(下)が残っている。

「写真の背景は、この建物の隣にある清川ロータリー(下の写真)です。道の真ん中で記念撮影している。おおらかな時代だったんですね」。珍しい小さなロータリーはもともと井戸だったそうで、まちのシンボル的な存在だ。「清川ロータリープレイス」の名前はここから来ている。

1977年に「いずみ荘」を建て替えて「新高砂マンション」が誕生。築後23年を経て、吉原さんが引き継ぐことになる。そして前述の通り、2004年から住戸のリノベーションを開始した。

「16年間もリノベーションを続けている賃貸住宅はほかに例がないと思います。リノベーションした部屋が増えるに従って、着実に平均一室賃料が上がることが示せました。2004年時点では5万5000円だった平均賃料が、全室中約7割のリノベーションを済ませた2019年時点では6万6000円に達しています」

さらに、「新高砂マンション」の転機となったのが1階テナントの退去だ。まちに面した約100坪の空きスペースを、これからどう使っていくか。吉原さんは、すぐに次のテナントを探すことはしなかった。1年間はがらんとした空間のままイベントに利用。1坪の小屋を並べて出店者を募った期間限定プロジェクト「清川リトル商店街」では11店舗が集まり、LIFULL HOME'S PRESSのほかローカルメディアにも取り上げられた。

「イベントを通して、この場所に一定の集客力があることが確認できました」と吉原さん。この経験を活かし、1階の弱点である採光に工夫して改修し、開業したのが「清川ロータリープレイス」だ。道路から最も奥まった部分の壁を撤去し、半戸外の共用ラウンジに。一部の天井を抜き、ライトウェル(光の井戸)を兼ねた螺旋階段(下の写真)を設けている。

「清川ロータリープレイス」のテナントは店舗やオフィスだが、「新高砂マンション」の住居部分にも影響を及ぼしたという。「ロータリープレイスを開業してから住居部分の稼働率が高まり、建物全体の売り上げが上がったのです」。

左上/吉原さんが子どもの頃に清川ロータリーで撮った写真 右上/現在の清川ロータリー 左下/清川ロータリープレイスの道路側外観。2階より上が新高砂マンション 右下/リノベーションで清川ロータリープレイス内につくった螺旋階段 </br>(左上・右下写真提供:スペースRデザイン その他の写真提供:ブルースタジオ) 左上/吉原さんが子どもの頃に清川ロータリーで撮った写真 右上/現在の清川ロータリー 左下/清川ロータリープレイスの道路側外観。2階より上が新高砂マンション 右下/リノベーションで清川ロータリープレイス内につくった螺旋階段 
(左上・右下写真提供:スペースRデザイン その他の写真提供:ブルースタジオ) 

旅館の庭から駐車場へ、そして地域のポケットパークへ。歴史ある空地を活用

「新高砂マンション」における「清川ロータリープレイス」の位置付けは、大島さんが語った、コロナ禍における“暮らしの場”と“働く場”の関係を想起させる。

大島さんは言う。「この立地は、繁華街と住宅地がせめぎ合う、ちょうど境目あたり。“暮らしの場”に“働く場”を内在させる、うってつけの場所です。マンションがたくさんあって、住む器としての機能は満たしている。ここで、仕事もできるようになれば、なおいいですよね」

大島さんとブルースタジオが注目したのは、今回のイベント会場にもなった「清川ロータリープレイス」のコートヤード「ロータリーパーク」(下の写真)だ。もとは駐車場で、その前は旅館の庭だった場所。吉原さんと一緒に育った樹木が今も残る。

「ロータリーパークは地域の起爆剤になりますよ。このまちは利便性が高く容積率も高いから、放っておけばあたりに緑も光もなくなってしまう。吉原さんのご家族が代々維持してきた、この空地は貴重です」と大島さん。

ロータリーパークにはすでに、吉原さんとスペースRデザインがいくつかの仕掛けをしている。シンボルツリーの周りに櫓を組んだ「ツリーオフィス」や、吉原さんが昔使っていたというキャンピングカーを転用した「トレーラーオフィス」など。「ここが小さなオフィス街になるといいと思いました」と吉原さん。

これを見たブルースタジオは、ロータリーパークをさらに発展させるリノベーションを、吉原さんに提案した(下の図)。「調べてみたら、ここは増築もできるんです。新高砂マンションや清川ロータリープレイスの入居者はもちろん、近隣住人にとっても一息つける格好の場所になる」と大島さん。

「同時に、キャンピングカーに象徴されるような、フットワークの軽いビジネスの場にもなれるでしょう。福岡という地方都市の、周縁部における暮らしと仕事の共存。なおかつ、地域の歴史に連なる物語がある、“あなた、ここ、いま”ならではのユニークな場所ができるはずです」


ブルースタジオ http://www.bluestudio.jp/
スペースRデザイン https://www.space-r.net/

左上/ロータリーパーク。右手にツリーオフィスが見える。周りにはマンションが建ち並ぶ </br>右上/ロータリーパークに面した共用のラウンジ。今回のイベントではステージとして使われた</br>左下/ロータリーパーク側から見た「SOUQ 」</br>右下/ロータリーパークのリノベーションイメージ(左上以外の写真・図像提供:ブルースタジオ) 左上/ロータリーパーク。右手にツリーオフィスが見える。周りにはマンションが建ち並ぶ 
右上/ロータリーパークに面した共用のラウンジ。今回のイベントではステージとして使われた
左下/ロータリーパーク側から見た「SOUQ 」
右下/ロータリーパークのリノベーションイメージ(左上以外の写真・図像提供:ブルースタジオ) 

2020年 08月29日 11時00分