横浜市西区の丘のまちにオープンした地域の交流スペース

横浜市西区東ケ丘は、京急本線日ノ出町駅の西側にあるまち。なだらかな丘の斜面に住宅地が広がり、その一角に急坂と名付けられた100段ほどの石段がある。この石段を登り切ると、ほどなく、2階建ての白い建物が見えてくる。「丘の町の寺子屋ハウス CASACO」だ。築65年の2軒長屋をリノベーションし、2016年4月に地域の交流スペースとしてオープンした。

2階は4室の居室があるシェアハウスで、外国人留学生のホームステイに対応している。1階は、2階居住者のシェアスペースなのだが、地域住民やまちの外から訪れる人にも広く開かれているのが特色。1階では地元の主婦などが交替で日直をするカフェが開かれたり、子どもたちの放課後に遊び場にもなったり、イベント会場などさまざまに使われている。

このように多世代、多国籍の人が集うCASACO(以下、カサコと記述)。旅・教育の活動を行う専門家、まちづくりのプロ、建築家など7人のメンバーで運営している。メンバーのほとんどが30歳前後と若く、しかもカサコのある東ケ丘の出身者ではないという。

そんなひとり、改修の設計を担当した冨永美保さんに話を聞いた。1988年、東京生まれの若手建築家である。カサコの改修、さらに建築家としてどのように運営に取り組んできたのか、2回の記事に分けてお伝えしたい。

冨永美保さん(カサコの軒下にて)</BR>☆芝浦工業大学工学部建築工学科卒業時、「せんだいデザインリーグ2011卒業設計日本一決定戦」で日本一に。横浜国立大学大学院Y-GSA修士課程修了後、東京藝術大学美術学科建築科教育研究助手を経て、2014年に伊藤孝仁さんと「トミトアーキテクチャ」を設立。2016年から慶應義塾大学、芝浦工業大学などで非常勤講師として後進の指導にもあたる</BR>☆受賞/第2回吉祥寺コミュニティデザイン大賞最優秀賞(吉祥寺さんかく屋台)、第9回三井住空間デザインコンペティション最優秀賞(庭が回る家)、第1回JIA神奈川デザインアワード優秀賞(カサコ)ほか

冨永美保さん(カサコの軒下にて)
☆芝浦工業大学工学部建築工学科卒業時、「せんだいデザインリーグ2011卒業設計日本一決定戦」で日本一に。横浜国立大学大学院Y-GSA修士課程修了後、東京藝術大学美術学科建築科教育研究助手を経て、2014年に伊藤孝仁さんと「トミトアーキテクチャ」を設立。2016年から慶應義塾大学、芝浦工業大学などで非常勤講師として後進の指導にもあたる
☆受賞/第2回吉祥寺コミュニティデザイン大賞最優秀賞(吉祥寺さんかく屋台)、第9回三井住空間デザインコンペティション最優秀賞(庭が回る家)、第1回JIA神奈川デザインアワード優秀賞(カサコ)ほか

予算はゼロでも、古びた2軒長屋とまちの姿に魅力を感じた

上)改修前は2軒長屋だった</BR>下)改修後のカサコ。敷地面積165m2、</BR>建築面積97.98m2、延床面積157.73m2上)改修前は2軒長屋だった
下)改修後のカサコ。敷地面積165m2、
建築面積97.98m2、延床面積157.73m2

冨永さんが初めて東ケ丘に訪れたのは、2014年2月。現在カサコの運営チームの共同代表である加藤功甫さんから相談をもちかけられたのがきっかけだった。

加藤さんは、学生時代に世界約30カ国を自転車で旅した経験がある。行く先々で温かなもてなしを受け、言葉や文化が異なっていても人と人とがつながることの大切さを実感したという。帰国後にNPO法人「コネクション・オブ・ザ・チルドレン(CoC:ココ)」を立ち上げ、日本の子どもたちに世界の多様な文化の理解をすすめる教育活動を始めた。そんな加藤さんが借りて移り住んだのが、東ケ丘の築65年の長屋だった。この木造2階建ての長屋を加藤さんは「カサコ」と名付けた。

加藤さんはカサコを自宅兼「ココ」の事務所として、いろいろな人が立ち寄れるような場所にしたいと考えた。大家の承諾は得られたが、建物を改修する資金がなく、DIYのノウハウもない。困った加藤さんが知人から紹介を受け、改修を依頼したのが冨永さんともうひとり、伊藤孝仁さんだった。

当時、冨永さんは横浜国立大学大学院Y-GSAを修了し、東京藝術大学の建築科で研究室の助手をしていた。伊藤さんは同じくY-GSAの出身で、冨永さんの1年先輩。都内の設計事務所を退職してフリーランスとして活動をスタートさせた頃だった。

そんな冨永さんと伊藤さんは、この長屋の改修にかかわることになり、それを機に2人で建築設計事務所「トミトアーキテクチャ」を結成した。

でも、改修の予算はゼロ。にもかかわらず、冨永さんが長屋の改修を引き受けたのは、加藤さんの熱意に共感したからだが、建物ができたり、改修されることによって、まち全体がどう変わるかに興味をもっていたことも大きいという。そして、長屋の建物の佇まいと、東ケ丘のまちの姿にも魅力を感じていた。

「ボロボロな建物なんですが、道路にぴょこっと飛び出ているように建っていて、かわいいらしいなと思ったんです。また、丘のまちであるという東ケ丘の地形にも惹かれました。駅前の商店街で買い物するにも、坂道や石段を登り降りしての移動になるし、丘の上のあたりは住民の高齢化が進んでいて空き家も増えていると聞きました。その一方で、丘の中腹には有名なお蕎麦屋さんがあって、遠方から大勢のお客様がやって来ているんです。そんな丘のまちに、新しい何かが入り込めるような可能性を感じました。このまちを舞台に何かを始められたらまちがもっと面白くなりそうな気がしてきたんです」

長屋を改修してどんなプログラムを行うのか、冨永さん、伊藤さんは企画・運営にも関わることになった。

地域の人たちに受け入れてもらえない時期を乗り越えて…

そうして東ケ丘の長屋へ通うことになった冨永さん。カサコをどういう場にするのか、話し合いを重ねるプロセスで協力してくれるメンバーも増えていき、7人からなる運営チームが結成された。その中にはカサコの近所に住み、コミュニティデザインを仕事とする濱島幸生さんがいる。濱島さんは地元町内会の役員でもあり、カサコ運営チームの提案が地域住民に受け入れてもらえるかどうかといった視点からもアドバイスをしてくれたという。

「東ケ丘は戦前からの歴史のあるまちで、長く住んでいる方が多い地域です。そこへ、よそからやって来た私たちのような若者が『地域に開かれた場所をつくります!』と新しい提案をするわけなので、運営チームがまず力を注いだのは、地域の人たちとの関係づくりでした。カサコのコンセプトは子どもも高齢者も外国人も、誰でも来れる場所。そんな開かれた場所にするためには、地域の人たちと連携していくことが必要でした」

そこで、地域住民と意見交換をするべくワークショップを開催した。しかし、運営チームの熱意とは裏腹に、地域住民はカサコに寄りつこうとしない。それどころか、「危険だからあそこに近寄ってはダメ!」などと噂になったというのだ。

「地域の人からすれば、私たちは怪しい若者に見えたようです。古びた長屋に見知らぬ若者が夜な夜な集まって会議をしているのですから…。そのうえ、宿泊に利用する外国人旅行者の出入りもあったし、『いったい、何をやっている場所なんだ?』と、不審に思われたのでしょう。今、考えると、地域の人のそういう反応はよくわかります。でも、当時の私たちは悩みました。『どうしてみんなに理解してもらえないんだろう』と…。『交流の場所なんていらない!』という厳しい声も耳に入ってきて、個人的にはしんどかったです」

それでもカサコ運営チームのメンバーは、地域に溶けもうと努力を続けた。長屋を自宅にしている加藤さんは町内会に入会して地域の催し物にも積極的に参加。そして、2014年6月、運営メンバー全員で力を合わせ、地域のミニコミ紙「東ケ丘新聞」の発行を始めた。A3サイズの新聞をつくり、町内会で配る回覧板に挟んでもらい、町内の約250世帯すべてに配布したのだった。

「東ケ丘新聞では私たちの活動や改修の構想、泊まりにきている外国人の紹介など、カサコに関する情報発信だけではなく、町内会のイベントをレポートしたり、地域の催し物の告知をしました。これを毎月1回発行したんです。すると、地域の人たちから、『これまではあなたたちが何をやっているのかわからなくて不安だったけど、やりたいことがわかったよ!』などと話しかけてもらえることが多くなりました。それからはカサコのことを理解し、応援してくれる人が増えていったように思います」

この東ケ丘新聞は創刊から約3年半が過ぎた今も、継続して発行されている。

なだらかな坂道を登っていった先、住宅地にカサコがある</BR>写真右下は、改修前の運営チームのミーティング風景。今でもミーティングはほぼ毎週実施しているという
なだらかな坂道を登っていった先、住宅地にカサコがある
写真右下は、改修前の運営チームのミーティング風景。今でもミーティングはほぼ毎週実施しているという

改修費を抑えるために壁の解体などは自主施工

そうして地域住民から理解が得られ、カサコの活動説明会にも足を運んでもらえるようになった。改修資金も、2014年度の「ヨコハマ市民まち普請事業」に応募し、カサコのプロジェクトが採択されたことで道筋が見えてきた。これは、市民自らが公共性をもつ場所づくりを企画し、自分たちで運営していく持続可能性があるものについて、改修などの整備費用を最大500万円まで横浜市が無償で援助するという助成金制度だ。

「助成金で資金のメドが立ちました。しかし、築65年の古い建物ですから床下や給排水設備の修繕や構造補強に予算を割かなければならず、助成金だけですべてをまかなうのは難しい状況だったんです。そこで改修費を抑えるために、やれることは自分たちでやろうということになりました」

2015年秋に改修工事がスタート。一部については地元の施工会社に依頼したが、壁の解体や、塗装などの仕上げ工事では、できることは自分たちで作業をした。そんなカサコ運営チームとともに地域住民も施工作業に参加し、一緒に汗を流してくれたという。

「東ケ丘新聞や、町内の掲示板にチラシを貼り、参加を呼びかけたんです。そうしたら、子どもから高齢者まで、地域の人たちが大勢、手伝いにきてくれました」

壁の解体や仕上げなど、できることは自分たちで頑張った。壁の漆塗りでは地元の子どもたちも参加してくれた</BR>下右)解体中のひとこま。前列左から2番目が冨永さん</BR>
下左)地域の空き家に出向き、家具や建具などを譲り受けた
壁の解体や仕上げなど、できることは自分たちで頑張った。壁の漆塗りでは地元の子どもたちも参加してくれた
下右)解体中のひとこま。前列左から2番目が冨永さん
下左)地域の空き家に出向き、家具や建具などを譲り受けた

地域からの空き家から出た家具などを活用

カサコの改修計画に関心をもつ地域住民が増え、予期せぬことだったが、こんな情報が運営チームに寄せられるようになった。

「あの家が空き家になって壊されるみたいだから、行ってみたら? 家具とか、もらえるかも」という空き家情報だ。

「それを受けて空き家になる寸前の家へ運営メンバーたちが出かけていき、さまざまなものを譲っていただくことができました。建具、テーブル、ソファ、箪笥、テレビなど。これらは改修前のカサコにストックして採寸し、再利用できるように空間の設計をしました。大幅なコストダウンになりましたが、お品を譲っていただく際にそれにまつわる思い出話を聞かせていただけた貴重な時間でもありました。『戦後まもないころに買ってもらった』とか、『祖父からもらった』とか…。ささやかな小話かもしれませんが、私たちトミトアーキテクチャがカサコの改修設計を進めるうえでなにより大切にしたのは、こうした地域の人たちの記憶であり、生の声でした」

地域住民からカサコの利用法についての意見や希望を聞くワークショップでも、冨永さん、伊藤さんは住民一人ひとりのなにげない日常の話や、まちの歴史に耳を傾けることに注力したという。そうして見聞きした話を集めていくつもの絵コンテとして描き出し、整理したのが、東ケ丘を舞台にした「出来事の地図」である。次回は、この「出来事の地図」からどのようにしてカサコをリノベーションしていったのか、そしてオープン後のカサコについて、引き続き、冨永さんのインタビューをお届けする。

<取材協力>
☆丘の町の寺子屋ハウスCASACO
http://casaco.jp/
☆トミトアーキテクチャ
http://tomito.jp/

地域住民に向け、改修計画説明会を開催</BR>こうした説明会で住民からさまざまな話を聞くことができた地域住民に向け、改修計画説明会を開催
こうした説明会で住民からさまざまな話を聞くことができた

2018年 02月27日 11時05分