岩部の美しい海岸にクルーズ船を走らせろ

北海道のほぼ最南端、福島町の岩部地区という場所をご存じだろうか?
400年前にはすでに本州から渡ってきた人が住み、それ以前にはアイヌが暮らしていた記録が残る。その豊かな自然の恵みを糧にして、かつてはたくさんの人が暮らしていたであろう集落に、2020年実際に住むのはわずか2世帯(登録上は5世帯)。
この限界集落と呼ぶにふさわしい地区に、今、光が当たろうとしている。その動きを仕掛けるのは、この町の出身で東京の大手アパレルメーカーでバリバリ働いていた平野松寿さんだ。

約5年前、13年ぶりにUターンで平野さんが福島町に戻ってくると、他の多くの自治体もそうであるように、ふるさと福島町も急激な人口減少と高齢化の波にさらされ、待ったなしの状態になっているのを目の当たりにした。
町が何とかこの状況を打開しようと、昔から何度か出ては立ち消えていた『岩部海岸クルーズ』を実現させるべく動き出した時、弟さんと共に参加、出資もしたのは当然の流れだったという。

「その話を聞いたとき、岩部の海が綺麗なことは誰よりも知っているし、絶対やるべきだ、と素直に思いました。まさか自分がやるとは思ってなかったけどね(笑)。さらに、よくよく考えると、昔この海岸一帯をお客さんを乗せた船がめぐっていたことも思い出しました。そういえばものすごく綺麗な洞窟があると聞いてたな、と」

やがて町が様々な課題解決の1つの手法として、クルーズ運営をはじめ「住民共同のまちづくり」を実践する別法人を立ちあげ、岩部クルーズの運営も行う『福島町まちづくり工房』が発足すると、平野さんは理事という立場でこの事業に関わることになったのだ。

こちらが岩部クルーズを立ち上げ、運行管理者として、ガイドとしても奮闘する平野松寿(しょうじゅ)さん。さらにはドローン撮影も手がけるこちらが岩部クルーズを立ち上げ、運行管理者として、ガイドとしても奮闘する平野松寿(しょうじゅ)さん。さらにはドローン撮影も手がける

予想外のトラブルを乗り越えて

あとは、翌年5月の運航開始に向けて細かい準備を進めていくだけ、という状態だったが、しかし、ここで大きな事件がおこる。
理事になって始めてふたをあけてみると.......。何と、一番肝心の船の手配はおろか、航路申請などの時間のかかる手続きなども全くされていないことが発覚したのだ。さらにそれらを担当していた外部の人間が、すべてを放り出して逃げ出すというとんでもない事態に見舞われた。

あっけにとられる平野さんだったが、この非常事態に、決断する。
「悩みましたけどね、誰かやらなきゃならないし、じゃ、俺やるかって」覚悟を決めた平野さんは、そこから膨大な量の手続きや、書類作成や、もろもろの作業に立ち向かう。「書類なんかこんなにありましたからね」と手で示してくれた厚さは恐らく10㎝はあろうかと思われる。それらの事務的作業の他にも、ガイドとして乗船する平野さんには大事な準備があった。
一つは船舶の免許をとること。そしてもう一つが90分間のクルーズの間にお客さんに伝えたいこと、見て欲しいこと、それらをどうやって伝えたら効果的なのか?を考える、いわゆる台本の作成だ。その為に平野さんが最初にしたことは徹底的に知ることだった。
「町の古い資料を集め、町史を読み込み歴史を勉強しました。調べていくと色んな事がわかってくるんですよね。例えば、この事務所のすぐ近くにある御堂がなぜ龍神をまつっているのか、などです。歴史の他にも、岩部の地区に生息する動物や植物の名前を覚え、海の生き物の生態を調べ、さらには航路内にある岩や島の名称を確認していきました」

冬の間はそれらの勉強に費やし、春になって船を出せるようになると、実際の走行時間に合わせて、トーク量の調節をしてみる、ということを繰り返して練習したそう。

季節によって様々な顔を見せる岩部の景色。ときにはイルカも現れ、船とたわむれる季節によって様々な顔を見せる岩部の景色。ときにはイルカも現れ、船とたわむれる

町の人達の期待と協力

こうしてある程度構想ができると、町内からモニター乗船してくれる人を募り、試験運行を開始。その数延べ200人以上。様々なアドバイスや励まし、感動の声がよせられた。船以外で行くことができなくなっていた岩部の海岸の景色は、町内の人でも初めて、又は久方ぶりの光景だったのだ。中には、「昔海水浴をしたタタミ岩に40年以上ぶりに来てとても懐かしい。思い出深いこの場所に娘と孫を連れて来られたのが本当に嬉しい」と言って泣いた80代のおばあちゃんもいたそう。

結果的には当初の予定よりも2年遅れでの運航開始になったが、
「かえってしっかり準備することができて良かった。当初、漁船を改造して何とか間に合わせようとしていた船も、町で予算を確保してくれて最高のものを新しくつくることができたし、なによりも町の人に知ってもらう時間がとれたし、本州の人に向けてもしっかりプロモーションすることができた」と平野さん。

そう、実は町をあげてのバックアップもあり、何とピカピカの新造船で運行ができることに。平野さんのがんばりがあってこそだが、まさに結果オーライ。

しかし「本当に大変だったのは、オープンしてからだったね」と意外な一言が。

「なんせ、想定外の事?人?ばっかりなんですよ。例えば、閉所恐怖症なんですが自分はその洞窟に入れますか?という問い合わせとか、天候によって欠航が決まった旨を案内しても現場に来てしまう人とか、帰りの移動手段を確保せずに来てしまう人とか、いろいろですね」と笑う。

「でも、岩部や青の洞窟に興味を持って来てくれるのはとてもありがたいので、できるだけその要望や好奇心に応えたいんですよね。どうしても天候に左右されるところはあるので、そういったところも含めてこれからもっともっと情報発信して、お互いに理解を深めていけたらいいですね」
ハプニングも、どこか楽しそうな平野さんだ。

コンビを組む船長の福士さんとは息もぴったり!コンビを組む船長の福士さんとは息もぴったり!

岩部でしかみられないクルーズ船からの光景

さて、ここで少しだけ90分のクルーズの中身を紹介してみよう。

まず船に降りると、ガラスの船底をのぞかなくても、透き通った海の底まで見ることができる。船長の福士さんの操縦で静かに船が港の外へと出て行くと、5分もしないうちにオバケ岩という、まるで巨大な髑髏のような岩が見えてくる。さらに進むと耳岩という、その名の通り浸食された穴が耳の形をしている巨岩が現れる。この見たことのない複雑なカタチの岩の根元に、まるで天然のテラスのように広がるのがタタミ岩だ。

将来的にはここに下船できるように計画中だという。それが実現したら、涙を流して懐かしがったというおばあちゃんにも是非上陸して欲しいものだ。さらに、少し進んで断崖から海の方に目を移すと、シタン島という小島が目の前に現れその住人であるアオサギが優雅に飛び回る姿を見ることができる。
こうして、目の前に次から次へ現れる絶景や生き物たちを、平野さんの詳しい説明付きで眺めながら船は進み、やがて青の洞窟へとさしかかっていくのだが……。

ここから先は是非、現地へと足を運び、言葉を失う瞬間を体験して頂きたい。
アクセスや出航時間など詳しくはこちらから

左上/オバケ岩 右上/昔の船着き場の名残も残る 左下/紫檀島とアオサギたち 右下/ドローンで撮影した耳岩と左に見えるのがタタミ岩左上/オバケ岩 右上/昔の船着き場の名残も残る 左下/紫檀島とアオサギたち 右下/ドローンで撮影した耳岩と左に見えるのがタタミ岩

これからの岩部構想

オープン後の反応は上々で、お客様は近隣の函館はもちろん、関東や北陸などの本州、さらには台湾からと、ほんとに色んなところから来てくれるそう。

「アクセスとしては、札幌圏よりも、東京や東北から新幹線で木古内駅まで来て、そこからレンタカーで来るのが一番来やすいというのもあり、本州の方に向けてのPRにもチカラを入れていきたい」と語る平野さん。ちなみにクローズとなる冬期間は、ひたすらプロモーションにチカラを入れているそう。

岩部クルーズを広めたい、もっと多くの人に福島町に来て欲しい、という強い気持ちがひしひしと伝わって来る。そしてプロモーションとともにチカラを入れているのがお土産品の開発とのこと。
「この辺では古くから『千軒そば』というそばがとれるし、たくさんいる鹿の角はいろんなものに使えるし、すぐそばを流れる岩部川にはイワナがたくさんいるんですよ」と語る平野さんの目には眠っている福島町の未利用資源がたくさん見えているようだ。

しかし、クルーズ船の運行もお土産品の開発も、実は岩部構想のスタートに過ぎない。平野さんが今抱いているのは「このクルーズを主軸として、この岩部地区をもっと充実させて行きたい」という将来に続く大きな夢なのだ。

平野さんいわく「大げさに言うと海のテーマパークタウンみたいな。でも大きいホテルはいらない。小さい宿があって、この土地でとれるものを食べられる場所があって、海のいろんな体験ができて、ここでしかできないことができる、そんな、ここに来る目的を作り出していきたいんです」

もちろんそこにたどり着くまでには、これまでのように、大変なことや想定外なことがたくさんおこるだろう。
でも、この岩部の素晴らしい自然と、自分がやると決意し未知の世界に挑戦した平野さんのようなリーダーがいるかぎり、岩部地区が「価値ある、多くの人が訪れたくなる場所」にきっとなっていくことだろう

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◎筆者:くらしごと編集部 佐々木都

左上/ 以前はただ「穴間」と呼ばれていた青の洞窟 右上/クルーズの受付所は地区の交流センターも兼ねている 左下/集落を流れる岩部川の上流。イワナも生息 右下/お土産として大好評のサイダーとミネラルウオーター左上/ 以前はただ「穴間」と呼ばれていた青の洞窟 右上/クルーズの受付所は地区の交流センターも兼ねている 左下/集落を流れる岩部川の上流。イワナも生息 右下/お土産として大好評のサイダーとミネラルウオーター

2020年 05月05日 11時00分