絶景が自慢の町に、バリアフリーという価値が加わった

北海道南西部、渡島半島の西部に位置する乙部町(おとべちょう)。人口はおよそ3,700人、農業・漁業の一次産業が盛んな町だ。
日本海に面する海岸線では、北海道天然記念物として登録されている「鮪の岬(しびのさき)」や東洋のグランドキャニオンとも呼ばれる「館の岬(たてのさき)」をはじめとするいくつもの歴史に育まれた自然景観が点在し、訪れた人を魅了する。
心を動かす圧倒的な景観は、人をも動かす力を秘めているようで、この乙部町の自然を身近で感じたいという理由からこの土地に移住する事例も増えているそうだ。

さて、実は乙部町には「人にやさしいまちづくり」をテーマにバリアフリーを推進するまちという側面もある。全国的にも珍しい、完全バリアフリーの「ホテルあすなろ」や水陸両用の車いすで海水浴が楽しめる「海のプール」などはそのわかりやすい例だ。さらには移住体験もバリアフリーでできるようにと、2018年にはバリアフリー移住体験住宅も2棟新築した。
こうしたバリアフリーのまちづくりについて、乙部町役場の総務課長 小松宏嘉さんにお話を伺った。

まるで海外!夕日に染まる滝瀬海岸(通称シラフラ)の絶景まるで海外!夕日に染まる滝瀬海岸(通称シラフラ)の絶景

ひやまバリアフリーレジャー事業

函館市出身の小松さん。若い頃に訪れた際、乙部町の海の景色に惹かれ、それをきっかけに役場に入職したそう
函館市出身の小松さん。若い頃に訪れた際、乙部町の海の景色に惹かれ、それをきっかけに役場に入職したそう

「2015年に『ホテルあすなろ』が乙部町に開業したことを機に、せっかくホテルがバリアフリーなのに、観光資源にバリアがあるのはどうなんだろうという話があがりました。それならばと、檜山(ひやま)振興局と、乙部町を含む檜山管内7町の檜山地域全体ではじまったのが『ひやまバリアフリーレジャー事業』という地域ぐるみの取り組みなんです」

『ホテルあすなろ』はスタッフ全員が介護資格を有し、障がい者が従業員として働き、利用する障がい者が気兼ねなく宿泊できる全国的にも珍しい施設だ。このホテルのオープンを機に、障がい者が楽しく観光できる環境を整え、檜山管内全体へとバリアフリーレジャーの拡大を図ろうというのがその趣旨だ。

檜山地域は、道内に14ある振興局のうちでも最も人口が少なく、人口減少や少子高齢化のスピードも全道を上回る。このような状況の中でこうした福祉と観光の連携は、障がい者だけでなく、高齢化社会における観光客の受入体制の向上にも一役買っている。

きめ細かいバリアフリー情報と、移住者の目線からの発信

そして、乙部町ではその取り組みはレジャーだけに留まらない。
「バリアフリーと一口に言っても実は利用者側からすると、ちょっとした段差の有無や道の幅、ドアの開け方などによって思うように利用できないケースもあります。そのため、こうしたバリアフリーの対応範囲の詳細をまとめて、訪れる方が安心して楽しめるようにバリアフリー情報を丁寧に発信する取り組みを行っています」

ホームページで温泉施設や飲食店、お土産屋さんなどのバリアフリー化されている施設をまとめて掲載しているだけでなく、各施設の入口やトイレ、浴場といった施設内のそれぞれを、写真と段差・道幅・ドアの種別・床材などといった細かな部分まで情報を提供している。

乙部町バリアフリー情報
また、「乙部町バリアフリー観光情報マップ」というパンフレットを制作し、町内のバリアフリー施設のご紹介も行っている。
ちなみにこれらのホームページやマップ制作を行っているのが、2016年に地方創生の一環として、町・商工会・観光協会の出資で設立された『おとべ創生株式会社』だ。ここで働くのは地域おこし協力隊として、町外から移住してきた人だという。

スタッフの方に、2018年に完成したばかりの道内でも珍しいバリアフリー移住体験住宅についても聞いてみた。
「まだ利用開始して2年程ですが、夏の間はたくさんの方にご利用いただき、ほぼ空きがない状況でした。こうしたバリアフリーの住宅ということもあり、高齢者の方にご利用いただくことも多かったですね」と札幌から移住してきた菊地さん。

この移住体験住宅は市街地に隣接しており、近くには飲食店やコンビニエンスストアはもちろん、源泉かけ流し100%の温泉もあるという、とても環境の良い場所にある。2棟ともバリアフリー住宅のため、フルフラットでの作りになっており、電動カーテンやリクライニングベッドといった設備もある。障がい者の方だけでなく、高齢者の方、そして介助をする家族も一緒にゆっくりのんびり過ごせる空間として好評だ。

海のプール「元和台海浜公園」。駐車場から海までスロープも完備しているバリアフリービーチ。砂浜も楽に移動できる車椅子や、水陸両用の車椅子も完備海のプール「元和台海浜公園」。駐車場から海までスロープも完備しているバリアフリービーチ。砂浜も楽に移動できる車椅子や、水陸両用の車椅子も完備

乙部町に移り住んだ人たちの言葉

ちなみに菊池さんに乙部町に移住した理由も聞いてみた。
「私は札幌出身ですが、旅行が好きで仕事が休みの時などは道内各地に出掛けていました。ある時、道南方面に旅行に行こうと思って調べていたら、乙部町を紹介する写真にとても惹かれるものがありました。特に海岸の景色に!それで、実際に来てみると、もう本当にすごくって。日本海に沈む夕日には言葉を失いました、いつまででも海を見ていたいぐらいです。それから何度か通うようになり、お祭りに参加したりするうちに、こっちに友達もできて『ここに住みたい』と思うようになりました」

もう一人のスタッフ、帯広出身の粕谷さんにも聞いた。粕谷さんは旦那さんと2人で乙部町に移住を果たしている。
「天気の良い休日には、たいてい2人で海岸沿いをドライブしていました。2日以上の休みができると決まって遠出し、わずかの間に北海道の海岸線をほとんど1周してしまったくらいです。その中でも圧倒されたのが乙部の海でした」

そして、2人が口を揃えるのが、最初は少し心配だった人間関係の不安は、来て早々になくなった、ということ。快く受け入れてくれる方が多く、職場以外でもバリアを感じない町だという。

2人の他にも、地域おこし協力隊として活躍したあと、乙部町に定住する人が多いのは、そんな「人にやさしいまちづくり」を通して生まれる、心も体もバリアフリーな環境の心地よさにありそうだ。

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◎筆者:くらしごと編集部 佐々木都

菊地さんは暇さえあれば海を見に行くそう。札幌に比べて雪も少なく暮らしやすいと語る菊地さんは暇さえあれば海を見に行くそう。札幌に比べて雪も少なく暮らしやすいと語る

2020年 05月09日 11時00分