大阪と京都を結ぶ旧西国街道沿い、江戸末期から残る建物を利活用

いま話題の戦国武将といえば、明智光秀。2020年の大河ドラマでその人生が描かれるとあって、歴史ファンならずとも注目している人は多いのではないだろうか。

そんな光秀ゆかりの地の一つが、かつて長岡京の都が置かれ、“王城の地”として栄えた長岡京市。
京都盆地の西南部に位置し、西山連峰を境に大阪府と面している。この地が古くから交通の要衝として栄えた一因となったのが、大阪と京都を結ぶ西国街道だ。摂津西宮(現・兵庫県西宮市)から京都市南区の東寺に至る街道で、道沿いには風格を感じる家が今も残されている。

今回紹介する中野家住宅は旧西国街道沿いにある。主屋などは江戸末期に建てられ、2010年9月に主屋・茶室・土蔵の3棟が国登録有形文化財に登録された貴重な建物だ。その後、2014年に中野家が長岡京市に寄贈。長岡京市はこの文化的価値の高い建物を利活用したいとプロポーザルを実施した。その結果、長く非公開だった中野家住宅は、障がい者支援団体「一般社団法人 暮らしランプ」運営のもと、夜だけ営業する飲食店「なかの邸」として今年8月に生まれ変わった。国登録有形文化財で、おばんざいや全国から取り寄せたお酒が楽しめる店だ。

出格子や虫籠窓からは町屋の風情が感じられる中野家住宅出格子や虫籠窓からは町屋の風情が感じられる中野家住宅

町屋大工・北村傳兵衛が手掛けた、数少ない現存する茶室

上/長岡京市 総合政策部 公共施設再編推進室 財産管理活用担当 室長補佐・近藤昇さん。「『暮らしランプ』の活動を通して中野家住宅に愛着を持ってもらい、みんなで保存していこうという機運が高まれば」 下/1951年に建てられた、敷地の東側にある茶室「皎庵(こうあん)」上/長岡京市 総合政策部 公共施設再編推進室 財産管理活用担当 室長補佐・近藤昇さん。「『暮らしランプ』の活動を通して中野家住宅に愛着を持ってもらい、みんなで保存していこうという機運が高まれば」 下/1951年に建てられた、敷地の東側にある茶室「皎庵(こうあん)」

最初に建てられた主屋は、間口の広い敷地に近郊農家(大都市周辺にある農家)の特徴を備えるとともに、格子の表構えや間取りに町屋としての特色も見られる。ただ、「当時、中野家がどういった商売をしていたかは定かではありません」と、長岡京市 総合政策部の近藤昇さん。「大きな庄屋であり、お酒を扱っていた商家だったのではと考えられています。そのため、かつては中野家住宅も多くの人の出入りがあったのではないでしょうか」

戦後行われた屋敷全体の増改築に携わったのは、京の町屋大工の棟梁だった九代・北村傳兵衛である。そのとき新たに建てられた茶室「皎庵(こうあん)」は、傳兵衛が手掛けた数少ない現存する建物と言われている。

「長岡京市には、さまざまな文化的・歴史的価値のある遺産が現存しています。そういったものは、ただ残せばいいのではありません。“どう残すか”が大切になってきます。中野家住宅についても同じ。そこで、実施したのが利活用に関するプロポーザルです。その結果、障がい者支援団体である『一般社団法人 暮らしランプ』が提案した飲食店のアイデアを採用することになったんです」

障がい者の職域を広げる役割も

上/左が好日舎・中田貴子さん、右が「暮らしランプ」マネージャーの小林明弘さん。「室内には今見てもデザイン性が高い格子や欄間などがありますので、ぜひ注目してください」(小林さん) 下/改修時には、断熱材を入れる工事も行った上/左が好日舎・中田貴子さん、右が「暮らしランプ」マネージャーの小林明弘さん。「室内には今見てもデザイン性が高い格子や欄間などがありますので、ぜひ注目してください」(小林さん) 下/改修時には、断熱材を入れる工事も行った

「一般社団法人 暮らしランプ」は障がい者の就労支援などを幅広く手掛ける団体。こうした団体がプロポーザルに手を挙げた理由は何だったのだろうか。マネージャーの小林明弘さんに聞いてみた。

「『なかの邸』の営業は今のところ夜中心なのですが、それは障がいのある方の働き方の選択肢を増やすため。昼間は外出できない、人混みが苦手という方でも働きやすい職場を作りたいと考えたんです。加えて、工賃を上げたいという気持ちもありました。現在、日本の就労継続支援B型事業の障がいのある方の平均工賃は月1万5000円。それを上げるには、利益率の高い飲食店がいいのではという仮説のもとスタートしました。障がいのある方にとってメリットがあるうえで、国登録有形文化財で働き、地域の人が集える場所作りができていることがうれしいです」

2018年秋からは改修工事が始まった。改修設計を担当したのが中田哲建築設計事務所+好日舎の中田哲さん、貴子さん夫妻だ。

「三間続きの座敷や庭に面する縁側は非常にシンプルで趣きがあるので、建築的な操作は最小限に留め、建物の持っている特質を活かした丁寧な改修を心がけました。断熱材を入れたり、現在の基準に合わせて耐震改修をしたり。雰囲気に合わないエアコンやコンセントの引き直しは表に出ないよう、天井裏と床下におさめるよう徹底しました。中野家住宅は江戸末期から残ってきた貴重な建物。そう思うと、今、私が恥ずかしい改修をするわけにはいかないと緊張感をもって取り組みました」

地域の人が集まれるワークショップやイベントも開催

今、長く閉ざされていた中野家住宅が「なかの邸」としてたくさんの客を迎えている。
「人の出入りがあるのは中野家住宅にとって大切なこと。空気や風が通ると、建物が健康な状態をキープできますから」(中田さん)

だが、その一方で不特定多数の人が来ることにより建物に傷が付く可能性もあるのではないだろうか。
「スタッフには建物を大切に扱い、手入れをすることで100年、200年残っていく、今自分たちがしていることが未来につながっていくんだということを伝えています。お客さんについてはそこまで心配していません。皆さん、由緒ある場所ということで大切にしてくださっていますから」(小林さん)

来訪者から声をかけられることもある。「もともと中野さんがお住まいになっていたので、近隣の人も中に入ることはできませんでした。『長年、外から見ていただけの立派な建物に入ることできてうれしい』という方も。庭や茶室の見学もしてもらえます」と小林さんは話す。

長岡京市の近藤さんも、「なかの邸」に期待をかける。
「こうした文化財を飲食店にすることで、食事をしたい人はもちろん、歴史的建造物が好きな人、庭を見たい人など幅広い層の方が足を運んでくださいます。ここで過ごす時間をきっかけに文化財にも興味を持ってもらえるといいですね」

今後、「なかの邸」では伝統工芸をテーマにしたワークショップやイベントも開催予定。地域の人が集い、かつてのにぎわいを取り戻すのも間もなくのことだろう。

秋は紅葉も美しい庭に面した飲食スペース。代々大切にされてきた調度品を見るのも楽しみの一つ秋は紅葉も美しい庭に面した飲食スペース。代々大切にされてきた調度品を見るのも楽しみの一つ

2019年 11月18日 11時05分