昭和2年(1927年)に完成し、時代の荒波を生き抜いた、スパニッシュ様式の邸宅

地下鉄九段下駅から徒歩5分。靖国神社そばの文教地区に、ひっそりと建つ洋館がある。「旧山口萬吉邸」。門柱には今も山口姓の表札がかかり、勝手口には旧字体で「麹町区」と書かれた住居表示が残っている。建てられたのは、昭和が始まったばかりの1927年。東京のど真ん中にありながら、戦中戦後の混乱、経済や社会の激変をくぐり抜けて、今も竣工当時の姿を留めている。いかに名家であろうとも、約290坪もの都心の土地と建物を個人で維持し続けるのは容易なことではなかったはずだ。90年以上の年月を生き延び、歴史的文化的な価値をまとったこの家を、未来に残していくためには、新たな保存活用策が必要だった。

2018年9月、「旧山口萬吉邸」は会員制ビジネスイノベーション拠点「kudan house」として新たなスタートを切った。住宅として使われていたときの雰囲気を大切にしながら、イノベーターやクリエーターが企業や組織の枠組みを超えて語り合い、刺激し合う場を目指している。

「旧山口萬吉邸」。1927年に竣工し、戦後のGHQによる接収などを経て、ふたたび山口家の住まいとして使用されるようになったのは1963年のこと。以来50年余の間、家族でこの家を守り続けてきた。アーチやスタッコ壁、スパニッシュ瓦が特徴的なスパニッシュ様式の建築だ。敷地は約960m2、建物は床面積は約850m2で、壁式鉄筋コンクリート造、地下1階・地上3階建て</br>(写真提供:kudan house)「旧山口萬吉邸」。1927年に竣工し、戦後のGHQによる接収などを経て、ふたたび山口家の住まいとして使用されるようになったのは1963年のこと。以来50年余の間、家族でこの家を守り続けてきた。アーチやスタッコ壁、スパニッシュ瓦が特徴的なスパニッシュ様式の建築だ。敷地は約960m2、建物は床面積は約850m2で、壁式鉄筋コンクリート造、地下1階・地上3階建て
(写真提供:kudan house)

耐震構造の先達・内藤多仲が設計。現代の耐震基準も上回る

「旧山口萬吉邸」活用の仕組みはこうだ。東急電鉄・竹中工務店・東邦レオの3社が共同で所有者から建物を賃借し、改修工事を施す。東急電鉄は不動産・オフィス事業に強く、竹中工務店は事業者として歴史的建築物を保存活用する「レガシー活用事業」に取り組んでいる。完成後の運営は東邦レオグループのNI-WAが担い、「kudan house」事業で生み出した収益から建物の維持費用を捻出する。
東邦レオの熊原淳さんは「建物全体の改修設計や活用コンセプトは3社で協議し、運営に直接かかわる内装などについてはNI-WAの意見を入れています」と解説する。建物の改修設計は竹中工務店、改修工事は東京理建が行った。

「旧山口萬吉邸」は、1923年の関東大震災から間もない時期に計画されており、耐震性能を重視した設計になっている。構造設計を担当したのは、のちに東京タワーを手掛ける内藤多仲(1886-1970)だ。当時早稲田大学で教授を務めていた人物で「耐震構造の父」と呼ばれている。内藤が用いたのは壁式の鉄筋コンクリート造で、壁の厚みは24cmにも及ぶ。今回の改修にあたっても、耐震補強はまったく必要なかったそうだ。

壁で建物を支える構造なので、屋内は撤去できない分厚い壁で細かく仕切られている。「比較的大きな空間は最上階の3階と地下だけなので、大勢が集まる用途には向かない建物です」と前出の熊原さん。「私たちが計画に携わる前には、レストランや結婚式場に改修する案もあったようですが、厨房や避難路を設ければ、建物が持つ雰囲気は大きく損なわれてしまう。庭の樹木は切る必要があるでしょうし、景観も変わってしまいます」。
「kudan house」は、もとの間取りをほぼそのまま活かす形で改修・運営している。

噴水を設けたタイル床の「廣間」。スパニッシュ様式における中庭(パティオ)を模した空間だ。優美なカーブを描く階段の手すりには大理石が使われている(写真提供:kudan house)噴水を設けたタイル床の「廣間」。スパニッシュ様式における中庭(パティオ)を模した空間だ。優美なカーブを描く階段の手すりには大理石が使われている(写真提供:kudan house)

人と人とのつながりを生む、“茶室”をテーマに演出

「壁が分厚いので、部屋を挟んでWi-Fiを飛ばすこともできませんでした」と苦笑する熊原さん。結局、Wi-Fiは各室ごとに設けたそうだ。「インテリアの調和を崩さないよう、空調機は家具に隠し、新しい配管・配線も表に見えないように工夫しています」。

完成時の佇まいを残す部屋は持ち味を生かす補修が大前提だったが、地下室や車庫、庭などをどう利用するかは前出の3社で議論を重ねた。
「方向性が決まったのは、当社代表の吉川稔が建物全体を“茶室に見立てる”というコンセプトを提案したときでした」と熊原さんは振り返る。最初は「洋館なのに茶室?」と訝られたそうだが「お茶は人と人のかかわりを大切にする文化。人々のコミュニケーションを通して創造性を刺激するビジネス拠点にしたいという、運営の意図にかないます」と熊原さん。「東邦レオはグリーンテクノロジーの会社でもありますから、庭を大切にしたい想いもありました」。

玄関アプローチにある車庫は、前面をガラス張りにし、茶席における「待合(まちあい)」に見立てたギャラリー空間に。地下室に残されていた金庫室は畳を敷き、古い壁や天井の質感を生かして、静謐な「茶室」をテーマに改修した。2階にはもともと床の間を備えた座敷があり、ここでもお茶が楽しめる。

左上/かつての応接室。アンティークの家具はもともとここにあったものだ。窓下のソファの下に空調の吹き出し口を設けている 右上/2階にある座敷。ひとつの建物に和洋が混在し、独特の雰囲気をつくり出している 左下/車庫を改装した「待合」。ギャラリーやイベント会場に使うことも。写真左側に玄関がある 右下/地下にあった元金庫室を改装した「茶室」</br>(写真提供:kudan house)左上/かつての応接室。アンティークの家具はもともとここにあったものだ。窓下のソファの下に空調の吹き出し口を設けている 右上/2階にある座敷。ひとつの建物に和洋が混在し、独特の雰囲気をつくり出している 左下/車庫を改装した「待合」。ギャラリーやイベント会場に使うことも。写真左側に玄関がある 右下/地下にあった元金庫室を改装した「茶室」
(写真提供:kudan house)

齢を重ねた樹木を生かしながら調えた庭と、建物とのつながりを重視

庭には建物よりも年長けた木々があり、これらは大切に保存した。さらに、新しく13種類のモミジを植え、庭石を並べ直して苑路をつくり、手水鉢を据えている。「庭に“完成”はないので、オープン後も職人が入ってつくり続けています。こうしたつくり手たちとの交流も、kudan houseが提供する機会のひとつと考えています」と熊原さん。

この庭と建物のつながりも重視したポイントだ。
「旧山口萬吉邸」にはもともと、1階に縁側のようなスクリーンポーチ、2階に半戸外のベランダがある。加えて、改修では地下室の窓に透明なガラスを入れ、地下でも外光と緑の気配が感じられるようにした。さらに、屋上に新しくデッキを架け、オープンテラスを設けている。

左上/1階のスクリーンポーチ。中程に庭に降りる階段がある。突き当たり左の部屋はすでに改装されていたので扉を撤去し、北側の部屋に続くライブラリーとした 右上/2階ベランダ。窓には網戸がはまっているだけで、外気が入る空間だ 左下/屋上にて。左がNI-WAの成田ひかるさん、右が東邦レオの熊原淳さん 右下/南側の庭。もとからある山桜に加え、モミジも植えて、季節折々の変化を楽しむ(左上と右下写真提供:kudan house)左上/1階のスクリーンポーチ。中程に庭に降りる階段がある。突き当たり左の部屋はすでに改装されていたので扉を撤去し、北側の部屋に続くライブラリーとした 右上/2階ベランダ。窓には網戸がはまっているだけで、外気が入る空間だ 左下/屋上にて。左がNI-WAの成田ひかるさん、右が東邦レオの熊原淳さん 右下/南側の庭。もとからある山桜に加え、モミジも植えて、季節折々の変化を楽しむ(左上と右下写真提供:kudan house)

建築史に名を刻む建築家とデザイナーによる、精緻な工芸品のような建物

「旧山口萬吉邸」の意匠設計を手掛けたのは、建築家・木子(きご)七郎(1884-1955)で、ほかに今井兼次(1895-1987)、吉田鉄郎(1894-1956)が協力している。木子は内藤多仲と東京帝国大学で同期だった建築家で、国の重要文化財に指定されている萬翠荘(1922、愛媛県松山市)や、愛媛県庁舎(1929)などを残している。「旧山口萬吉邸」の前年に完成した内藤の自邸も、内藤・木子・今井の3人で設計した。今井は日本にいち早くアントニ・ガウディを紹介した人物として知られ、吉田はかつて丸の内にあった東京中央郵便局(1933、一部保存)など数々の逓信建築を手掛けた。こうして並べてみると、実に錚々たる顔ぶれだ。

建て主の山口萬吉は、建物の建設費用とほぼ同額を家具や建具、装飾に投じたといわれる。デザインしたのは梶田恵(1890-1948)。東京・音羽の鳩山一郎邸(1924、現鳩山会館)、重要文化財・明治生命館(1934)の家具を手掛けたデザイナーだ。NI-WAの成田ひかるさんは「こうした家具や照明器具も、修復して再利用しています」と説明する。ただ、当初の家具・調度類は戦時中に焼失してしまったものも多いそうだ。「山口家の故郷である新潟の長岡には、まだ修復していない家具類もたくさん残っています。それをどうするかは、今後の検討課題です」と成田さん。

改修にかかわった3社の支援により、「旧山口萬吉邸」は2018年5月に国の登録文化財になった。「kudan house」としての継承は、まだ始まったばかりだ。熊原さんは言う。「時を重ねてきた館と、刻々と変化する庭があいまって、今、ここにしかない空気感を放つ。その“居心地”こそが、この場のかけがえのない財産です。それが結果として、文化財としての建物を持続させる力になればいいと思っています」。

kudan house  https://kudan.house/

左3点/既存の繊細で華やかな照明器具は、電球など機能を更新して再利用している 右上/精緻な寄木細工の床 右下/館内で開かれたイベントの様子。伝統文化やアートに関連するプログラムが随時開催されている(右下写真提供:kudan house)左3点/既存の繊細で華やかな照明器具は、電球など機能を更新して再利用している 右上/精緻な寄木細工の床 右下/館内で開かれたイベントの様子。伝統文化やアートに関連するプログラムが随時開催されている(右下写真提供:kudan house)

2019年 06月27日 11時05分