参勤交代をする大名が下馬して通った岡崎の本宿

愛知県岡崎市東部のまち、本宿(もとじゅく)。国道1号線からひと筋入った東海道沿いに家並みが続いており、里山の静かな田舎町という第一印象だ。

江戸時代の本宿は東海道を人とモノが往来し、にぎわいを見せていた。幼少の竹千代(後の徳川家康公)が手習いをした法蔵寺があり、徳川家康が岡崎城主だった時代からの指示により、参勤交代の大名たちは、いったん下馬し手綱を引いてこのまちを通ったという逸話も残る。

ところが今では、岡崎市西部の市街地に生活利便施設が集中。「1300年の歴史がある法蔵寺の門前町が、市制103年の岡崎市街から大きく取り残されている状況です」とは、本宿で115年間地域医療を担っている冨田病院の院長、冨田裕さん。

「岡崎の中心市街地から急行電車で10分という立地なんですが、この岡崎市東部は、これまでは大半の土地が市街化調整区域に制限されてきたため、ショッピングセンターや映画館、スポーツクラブ、高齢者住宅なども建てられなかったんです」(冨田さん)。

冨田家14代目当主であり、冨田病院の4代目院長となる冨田さんは、祖父や父が住民から頼りにされている姿を見て育ち、「地元の小学生の頃から地域医療への使命感を持っていました」と振り返る。東京や北関東の大学病院・基幹病院で勤務した後、本宿に戻ってさっそく行動。人口減が進むこの地で7年前、MRIや広いリハビリ室など大学病院並みの先進設備を備えた新病院へ建て替えた。個人病院なので、もちろんすべて借入による私費である。

「新病院は『本宿のにぎわい復活』の第1弾です。当時、医療コンサルタントからは、大変ですよ、本当にやるんですかと言われましたが、約200人の雇用が生まれたほか、身近に医療・介護サービスを備え、安心していただくことによって、人口流出も防げると考えました」。

そして『本宿のにぎわい復活』第2弾が、築192年の「旧代官屋敷」の改修だ。ただの古民家再利用にとどまらない狙いとは?地域のために奔走するまちの医師の「にぎわい復活戦略」を聞いてきた。

上/東海道沿いのまち、岡崎市本宿の様子。江戸時代は参勤交代の大名や商人、旅人が行き交いにぎわったという上/東海道沿いのまち、岡崎市本宿の様子。江戸時代は参勤交代の大名や商人、旅人が行き交いにぎわったという

冨田家のルーツである「旧代官屋敷」を地域交流の場に

「地元あっての冨田家ですから」と何度も口にする冨田さん。その理由は14代前の江戸時代までさかのぼる。1698年、柴田勝家の孫がこの地方に知行替えとなり、本宿の有力者であった冨田家を陣屋代官として任命。明治維新まで、徳川家臣団である柴田家の下、冨田家が地方官の役割を担ってきた。

なかでも冨田家5代目当主の冨田群蔵常業(ぐんぞうつねなり)は知識人として名高く、かんがい池を造って人々を飢きんから救うなど優れた代官であったようだ。常業は1827年、陣屋の隣に自らの拠点となる代官屋敷を建築。明治維新後、代官から医業に変わった後も冨田家が暮らし、世界的なシンセサイザー奏者・冨田勲氏もこの屋敷で6歳から15歳まで育った。ところが約50年前に空き家となって以来、屋敷は雨もりで床や壁はボロボロに傷み、野生の動物が出入りするような状態になってしまっていた。

「陣屋は日本各地にありますが、代官屋敷が現存するのは珍しいそうです。地域の方にも『残してほしい』と要望されましたが、個人だけの力では限界があります。そこで患者さんのご家族の紹介でたまたま知り合った愛知県・全国古民家再生協会や市の担当者の皆さんに相談しながら、改修の道を探っていきました」(冨田さん)。

改修にあたり識者から「わぁ素敵!とSNSに上げてもらうだけの一過性の観光施設では持続的な維持・管理ができない」と助言を受けた冨田さんは、本宿に数少ない本格レストランを誘致しようと考えた。文化財にリピーターを呼び込める上、不足している飲食店のニーズに応えることができる。また旧代官屋敷は冨田病院の隣地にあることから、遠くからお見舞いに来たご家族が患者さんとともに食事を楽しむ場、さらに定休日を利用した認知症カフェ・コンサートなどの地域イベントや、病院職員の福利厚生としての社食利用も見据えたという。

地域の老若男女だれもが気軽に利用でき、観光誘致にも繋がる「古民家再生×レストラン×病院」のコラボレーション。雇用を生み出す点も評価されて国から「ローカル10,000プロジェクト(地域経済循環創造事業交付金)」の支援を受け、岡崎市からも歴史的風致形成建造物に指定され、大規模改修がぐっと前に進み始めた。

上/旧代官屋敷の隣にある築143年の土蔵も併せて改修し、2019年7月下旬から「郷土史資料展示室」としてオープン。この蔵には江戸時代に書かれた黒船来航記や世界地図といった古文書が展示されており、貴重な資料に出合える
下/蔵の奥は、イタリアンレストランのお菓子工房として活用上/旧代官屋敷の隣にある築143年の土蔵も併せて改修し、2019年7月下旬から「郷土史資料展示室」としてオープン。この蔵には江戸時代に書かれた黒船来航記や世界地図といった古文書が展示されており、貴重な資料に出合える 下/蔵の奥は、イタリアンレストランのお菓子工房として活用

本物の空間には本物の技を。継続するためには“一流”を招く

改修を終えた2019年5月、本宿旧代官屋敷のイタリアンレストランがオープンした。今によみがえった屋敷へ一歩入ると、太くどっしりとした梁の重厚感に圧倒される。192年前の新築当時から樹齢数百年の梁を使っており、その価値は計り知れない。

こうした当時の建築をなるべく生かすため、ロボットやセンサーを使った耐震調査を行い、静岡から腕利きの宮大工を招いて改修工事を行った。既存のクロマツの柱に地元の木を継ぎ木して建物を支えている様子は、江戸から令和へのバトンタッチを見るようで何とも感慨深い。また屋敷内は土足式にし、車いす対応も可能とした。靴の脱着をなくして転倒防止に繋げるという、医師ならではの視点が光る。

さて、息を吹き返した旧代官屋敷にオープンしたリストランテ「ユギーノ・ユーゴ」で料理の腕をふるうのは、鈴木勇吾シェフ。イタリアの有名レストランや東京・広尾の老舗イタリアンで料理長を務めた後、地元の岡崎市に戻って小さなお店を開いていた鈴木シェフに、冨田さんが直接声をかけたのだとか。

「冨田さんは広尾のお店をご存じだったそうで、『旧代官屋敷でお店を開きませんか』と突然誘ってくださったんです。最初は本気だとは思いませんでしたが、冨田さんの熱意や人柄に魅かれて決断したら、まちの人が『ありがとう』と温かく歓迎してくれて。今は家族で本宿に引越し、腰を据えて取組んでいます」(鈴木さん)。

人口減が進むまちに大学病院並みの施設をつくり、宮大工の手でよみがえらせた旧代官屋敷で、本格イタリアンを提供する―。冨田さんのまちづくり戦略には「本物を招く」というこだわりが光る。「本気で取り組まないと、そこそこで終わってしまいます。住んでいる人も訪れる人も誇らしいと感じる場所にしたいという一心ですね」。

上/三州瓦7000枚を使った大屋根が見事な旧代官屋敷。大きな吹抜けのある土間はジャズライブなどのイベントの場に
下/江戸時代の風情を残す日本庭園「飛流園」には樹齢250年以上という楠の大樹がすっくと伸び、食事をしながら眺められる。定休日には「認知症カフェ」を開催。懐かしい古民家がもたらす効果で満面の笑みを浮かべる患者さんもいるとか。床の間や床柱はそのまま残した上/三州瓦7000枚を使った大屋根が見事な旧代官屋敷。大きな吹抜けのある土間はジャズライブなどのイベントの場に 下/江戸時代の風情を残す日本庭園「飛流園」には樹齢250年以上という楠の大樹がすっくと伸び、食事をしながら眺められる。定休日には「認知症カフェ」を開催。懐かしい古民家がもたらす効果で満面の笑みを浮かべる患者さんもいるとか。床の間や床柱はそのまま残した

「今は、にぎわい復活の夜明け前です」

旧代官屋敷のレストランがオープンして2ヶ月、予約で満席になることが多く、すでにリピーターも増えている。注目度が高まっている中、今後はレストランウエディングも企画中だ。
「屋敷内は、車いすの方のためのトイレを完備するなどバリアフリーでしかも病院が隣にあるので、体調に不安をお持ちのご親族の方も安心して招いていただけます」と冨田さんは新たな付加価値を語る。ラーメン屋すらなかった田舎町に、最先端の結婚式場まで叶えてしまう日も遠くはなさそうだ。

このようなアイデアはすべて、「幼少時から自分を育ててくれた地元の皆さん・地域社会に感謝の気持ちを持って貢献したい」という一途な思いが原点だ。約10年前、地元へ26年ぶりに戻ってきた冨田さんの地元愛と行動力が実を結び、今、岡崎市では官民一体となり「東部にアウトレットモールの誘致を目指す」という壮大なプランがある。実現すれば、意外にも愛知県で初めてのアウトレットモールに。国道1号線/東名高速道路/新東名高速道路/高速バスのバス停/名鉄という5つの交通手段が集結する本宿周辺のアドバンテージを存分に生かした未来予想図と言える。

もし広域からの観光交流拠点が誕生すれば、県内外から多数の集客が見込まれるほか、地元で新たな雇用を創出できる。結果、段階的に生活利便施設も整うだろう、というのが冨田さんの読みだ。「当地で子育てしたいという方が増えるといいですね。今は地元幼稚園の定員にも十分な余裕があり、都会に比べれば地価も安いですから。高速道路のインターチェンジが近くてクルマ移動が便利ですし、新幹線“ひかり”が停まる豊橋駅まで電車で16分で行け、乗り換えれば東京や大阪へもラクラク行けます」。

「今は、にぎわい復活の夜明け前です。注目していてください」と力強く話す冨田さん。地域住民の一途で主体的なまちづくりが、どんな大きな成果をもたらすのか楽しみにしたい。

左から、冨田病院院長の冨田裕さん、「ユギーノ・ユーゴ」の鈴木勇吾シェフ。冨田さんは地元本宿・山中学区のまちづくり協議会会長も務めている。鈴木シェフは、東京のシェフ時代にドラマの料理監修も務めた左から、冨田病院院長の冨田裕さん、「ユギーノ・ユーゴ」の鈴木勇吾シェフ。冨田さんは地元本宿・山中学区のまちづくり協議会会長も務めている。鈴木シェフは、東京のシェフ時代にドラマの料理監修も務めた

2019年 09月13日 11時05分