山岳信仰の伝統を今に伝える、霊峰・大山の宿坊街

大山の旧参道に並ぶ先導師旅館大山の旧参道に並ぶ先導師旅館

平成25年度に神奈川県伊勢原市でスタートした「平成大山講」プロジェクト。大山阿夫利神社の門前町を活性化する5年がかりの取り組みは、今年で3年目を迎えた。
では、門前町の人々は、実際にどのような課題を抱え、どのようなまちづくりを目指しているのか。その生の声を聞くため、大山山麓に向かった。

小田急電鉄伊勢原駅からバスの終点まではバスで30分。さらに、こま参道を15分ほど上っていくと、大山ケーブル駅(ケーブルカーの始発駅)に着く。大山駅バス停から大山ケーブル駅へと至る参道には、宿坊や料理屋、土産物屋などが軒を連ね、歴史ある門前町ならではの風情を漂わせている。宿坊を囲む玉垣には大山講(※1)の講中の名が刻まれ、山岳信仰の聖地として栄えたこの地の来歴を物語っていた。

この門前町のシンボルともいえるのが、「先導師旅館」と呼ばれる宿坊の存在だ。
江戸時代、大山山麓では「御師」(※2)と呼ばれる人々が宿坊を営み、参詣者の案内や宿泊の世話を行った。大山の御師は関東一円で布教活動を展開し、職人や農民、漁師などを中心に多くの信者を獲得。物見遊山も兼ねた大山まいりは庶民の間で大流行し、明治初期には総講数1万5700、総檀家数約70万件を数えたといわれる。
明治以降、御師は「先導師」と名を変えたが、その後も大山講の伝統は脈々と受け継がれた。
今も門前には38の先導師旅館があり、大山に参詣する人々を迎え入れている。

※1 大山講:大山に参詣する信者の集団。
※2 御師:参詣者の案内や宿泊・食事の世話を行う宗教者のこと。

都市化の進展にともない、大山講の参詣者が減少

大山の宿坊の間取りは大広間が中心大山の宿坊の間取りは大広間が中心

だが、昭和に入ると、大山の門前町は再び時代の波に翻弄されることとなった。
昭和6年に念願のケーブルカーが開通したものの、戦況悪化のあおりで廃止。その後、昭和30年代に第1次登山ブームが到来すると、山頂を目指して多くの登山客が押し寄せるようになった。
昭和40年には大山ケーブルカーが営業を再開。「これから大山はますます栄える」と期待したのも束の間、思わぬ伏兵が待ち受けていた。門前町は、“大山講の衰退”という厳しい現実に直面することとなったのである。

高度経済成長とともに都市化が進むと、大山講を支えていた地縁・職縁が失われ、各地で廃講が相次いだ。一方で、先導師旅館の側でも、高齢化や後継者不足の問題が浮上。このまま手をこまねいていては、いずれ門前町は立ち行かなくなってしまうかもしれない――地元の人々は危機感を募らせた。

昔ながらの大山講だけに頼っていては、門前町の再生は望むべくもない。とはいうものの、昔ながらの宿坊の形態が、一般の観光客に受け入れられる保証はない。先導師旅館組合の組合長を務める、『宿坊かげゆ』当主・内海正志さんはこう語る。

「大山の宿坊は昔ながらの木造建築で、客室も大広間が中心です。大山講は団体で来られるので、講ごとに大広間に泊まっていただくのですが、個人で来られた一般のお客さんに相部屋をお願いするわけにもいかない。かといって、改築して鍵付きの個室を用意するだけの余裕はないので、大広間を襖で仕切ってお泊めするしかないのが実情です。襖越しに隣のお客さんの声が聞こえるような宿に、今の人が泊まってくれるものでしょうか」

外国人観光客であれば、ありのままの大山を楽しんでもらえる

『宿坊かげゆ』の15代当主・内海正志さん『宿坊かげゆ』の15代当主・内海正志さん

大山が再生するためには、どんな客層をターゲットにすればいいのか――地元の有志が議論を重ねていたとき、伊勢原市の観光協会からある提案があった。
「欧米の人は、日本文化や古い町並みに関心がある人が多い。外国人のお客さんなら、今の設備をそのまま活かして、ありのままの大山を楽しんでもらえるのではないか」

高いコストをかけて参道や建物を改修する余力はない。異文化体験で外国人を惹きつけることができれば、門前町再生のための起爆剤とすることができるのではないか――新しい大山のまちづくりの方針が決まり、門前町は外国人観光客の誘致に向けて動き出した。「平成大山講」プロジェクトの補助金を活用し、参道や宿坊・店舗の看板、バス案内などにローマ字表記を追加。大山公民館では門前町を対象とした英会話講習も始まった。

といっても、大山ではやみくもに外国人客の誘致に走り出したわけではない。
山内には他に先駆けて外国人の受け入れを始めた宿坊もあり、さまざまな“事例”が蓄積されつつあった。
「外国人の中には、大山の宿坊に連泊して、鎌倉や箱根まで出かけていく人もいるそうです。わざわざ大山に泊まって鎌倉や箱根まで足を伸ばすというのは、我々には想像もつきませんが、外国の方はあまり抵抗がないみたいですね。バスや電車を乗り継ぎながら、遠出を楽しんでいるようです」(内海さん)

「非日常性」と「異文化体験」こそが、大山の最大の魅力

『宿坊かげゆ』の神殿。大山阿夫利神社の分霊をまつる『宿坊かげゆ』の神殿。大山阿夫利神社の分霊をまつる

では、外国人にとって、大山の宿坊に泊まる魅力とは何なのか。内海さんはこう語る。
「やはり、非日常が味わえることでしょう。ホテルとはひと味違う、日本ならではの宿に泊まりたい、ということだと思います」

だが、大山の非日常性に惹きつけられるのは、外国人だけに限った話ではない。
大山の宿坊には、江戸期以来、大山講の人々が奉納したまねき板や縁起物、建具や道具類などがあり、貴重な文化財の宝庫となっている。また、宿坊の中には大山阿夫利神社の分社があり、登拝の前にここでお祓いを受ける人もいれば、上の神社まで登らず、ここでお参りをすませる人も。
こうした大山講の伝統的世界は、現代の日本人にとっても“異文化”の魅力に満ちている。

また、山内には、かつて修験者が水行をした滝がいくつも残っており、“プチ修行体験”の場として活用することも可能だろう。もちろん、首都圏にいながらにして霊峰富士を間近に眺められる、パワースポットとしての誘引力は言わずもがなだ。

「これからの課題は、部屋の鍵をどうするか。襖で仕切っただけの部屋にお客さんを泊めることには、正直言って不安もあります。とはいえ、今は大山ならではの雰囲気を大事にしようという流れになってきているので、季節の風物詩として布まねきや行灯をうまく使い、門前町ならではの風情を出していきたい。これからの大山がどうなっていくのか、正直言って見えないところもありますが、大山の宿坊街を『そのままでいいよ』と言ってくれるお客さんに、喜んでもらえるような町になれば……。今やっと、そんなイメージが湧いてきたところです」(内海さん)

改修コストをかけず地域の潜在力を活かす、新しいまちづくりの可能性

「平成大山講」プロジェクトによるまちづくりの特徴は、建物や設備の改修に極力コストをかけず、有形無形の現有資産を活用することによって活性化を図っている点にある。
それを可能にしたのは、この山岳信仰の聖地で人々が大切に守り伝えてきた、「大山講」というコンテンツの魅力にほかならない。
古びたタイムカプセルのような門前町は、「大山まいり」という物語性を帯びることによって、新たな可能性を見出した。大山のミシュランガイドへの掲載は、地道なまちづくりの成果であると同時に、来るべき変化の予兆であるようにも思える。

地域の中で埋もれた魅力を掘り起こし、それに磨きをかけることによって、町ににぎわいを取り戻す。大山地域の取り組みは、これからのまちづくりを占う、1つの注目すべきモデルケースといえよう。

大山山頂から望む富士山と夕日大山山頂から望む富士山と夕日

2015年 10月22日 11時09分