関東⼤震災がきっかけでこの地に移り、近代和⾵の豪邸を建築

東京の下町、葛飾区の柴又は、寅さん映画の故郷として有名だ。ランドマークである帝釈天の裏側には「山本亭」という古民家があり、ここが海外メディアに注目され、外国人旅行者も増えているという。

「山本亭」は、1923(大正12)年から1933(昭和8)年までの間に増改築を繰り返し、現在の姿になった。床の間や欄間からなる書院造り、数奇屋風の天井などの伝統的な和風建築と、洋風の応接間があり、和をベースに西洋のしつらえを取り入れた近代和風建築だ。カメラ部品メーカーである山本工場の創業者、山本栄之助氏の自邸だった。

山本栄之助氏には、文化人の資質があったのだろうと、現在ここを所有している葛飾区の産業観光部の谷口学芸員はいう。もともとは関東大震災で山本家が被災し、新しい居を求め、この地に移ったのが、邸宅を築いたきっかけだった。

それ以前、ここは江戸時代から庄屋を務める鈴木家の土地だった。江戸時代後半から農業を生業とする傍ら、実業家として瓦工場を経営していた鈴木家だったが、関東大震災で瓦工場を閉め、その跡地を購入したのが、山本栄之助氏だった。谷口学芸員によると両者のご縁は不明とのこと。土蔵だけが、鈴木家から引き継いだもので、敷地内の一番古い建物として現存する。

左上:山本亭の入口で入館料を払う/右上:大広間から庭園を一望できる/左下:書院の間で茶会も可能/右下:当時、富裕層のステータスであった洋間がある左上:山本亭の入口で入館料を払う/右上:大広間から庭園を一望できる/左下:書院の間で茶会も可能/右下:当時、富裕層のステータスであった洋間がある

ガラス窓のある縁側は、大正から昭和初期の富裕層のステータス

この建物が葛飾区の所有になったのは1988(昭和63)年で、1991(平成3)年4月から一般公開されている。

山本栄之助氏の息子さんがここで暮らしていたが、建物が老朽化し手放すことに。しかし、貴重な建物であり、解体してしまうには惜しい。そこで、個人の資産ではなく、公共の施設として生かせないかと考えた。同氏は地元の小学校のPTAの会長や地域貢献をしてきたベースがあり、存続について区とスムーズに話し合いができたのではないかと考えられる。葛飾区としても歴史的な資源として後世に伝えるために、目立たない箇所に耐震工事を施し、大切に保存している。

谷口学芸員によると、「この建物は、大正末期から昭和初期にかけての近代和風建築がそのまま残っているのが特徴です」。それを象徴するのが、縁側のガラス窓だ。江戸時代や明治時代の旧和風建築は、縁側に障子を用いた濡れ縁で、障子を開けるとそのまま外につながっていた。このガラス窓の縁側は、当時、新しいスタイルとして用いられ、冬でも外の景色を楽しめる開放感を失わない間取りとなった。

山本亭は、伝統的な和風建築をベースにしながら、新しい要素が加わっている。ガラス製ペンダント照明や大理石のマントルピースを備えた応接間など、和風建築に洋のしつらえを取り入れることは、昭和初期には斬新であり、富裕層のステータスともいえた。さらに、武家屋敷や庄屋などに見られる伝統的な長屋門にも、六角形のタイルが敷かれた床、ステンドグラスの窓などがあり、和の伝統と洋の新しい意匠がちりばめられている。

廊下のガラス窓を通して部屋から庭園が美しく見える廊下のガラス窓を通して部屋から庭園が美しく見える

誰もが「庭園」の奥行きに錯覚をおぼえる

山本亭の見所は建物とともに庭園にあると谷口学芸員。この家が和をベースにしてつくられていることを実感できる書院庭園だ。書院庭園とは、書院からの眺めを第一に考えて設計された庭園のことで、確かに、山本亭では、書院造りの客間である「花の間」から座して見る景観が、一番素晴らしいとされている。だから、当時この部屋に通されたことは、最大級のおもてなしを受けたことを意味する。

またこの庭の特徴は、実際は約890m2とさほど広くはないにも関わらず、第一印象が奥行き深く見えることだ。実は、そう錯覚させる工夫がある。奥に滝、手前には幾重にも入り江が連なる池を配置し、その水の流れによって広がりを感じさせているのだ。耳をすませば、築山から落ちる滝の音が心を癒やしてくれる。さらに背景には常緑樹が広がり、建物付近に目を向けるとコケ類が育ち、自然の営みを楽しませてくれる。

山本亭では3つの書院部屋がお茶会などに貸し出され、予約をすれば一般の方も利用可能だ。庭を眺めながらのお茶会は、さぞかし豊かな気分をもたらしてくれるだろう。

誰もが「庭園」の奥行きに錯覚をおぼえる

外国人目線による庭園の楽しみ方とは?

上:帝釈天には多くの外国人客が訪れている。次は山本亭だ/下:建物から見ると庭を額縁のように切り取っていて、それが外国人には新鮮に映る上:帝釈天には多くの外国人客が訪れている。次は山本亭だ/下:建物から見ると庭を額縁のように切り取っていて、それが外国人には新鮮に映る

この山本邸の庭園は、海外からも注目されている。アメリカの日本庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が2016年に実施した日本庭園のランキング調査の結果、山本亭の庭園が3位にランクインしたのだ。このランキングは、全国900カ所以上の旧所名跡、旅館、旧別荘を対象としていて、ランキングが発表され始めた2003年以降、山本亭は7位以内にランクインし続けている。ちなみに1位は、島根県にある足立美術館の庭園で、今年で8年連続の受賞だ。

谷口学芸員は、3位というのは出来過ぎだと謙遜する。たまたまここに案内された外国人が選んでくれたのではないかと…。庭園好きな日本人が選ぶとなると、日本全国にたくさんあるので、3位になるのは難しいはず、と慎重な姿勢だ。海外での高い評価の理由について、谷口学芸員は、外国人目線での美しさではないかという。山本亭の庭園は、建物とセットでの美しさがあり、書院から眺めるとガラス窓が額縁のように映り、庭の自然を屋内に取り込んでいることに外国人は感動する。また前段で言及したように、実際以上に広く感じさせる手法にも驚くようだ。
さらに日本の庭園は、人工的に手入れが繰り返されているが、そう感じさせない自然のままの風情を醸し出していることに外国人は興味を持つのだという。

柴又界隈が風景の国宝に選ばれ、注目度がアップ

上:帝釈天から参道を望む/下:帝釈天の裏手に見える山本亭の外観上:帝釈天から参道を望む/下:帝釈天の裏手に見える山本亭の外観

山本亭の入館者数は、ここ10年の間で減少傾向だった。2009年度は約7万5,000人だったのが、年々減少し、2014年度には約5万7,000人になっていた。ところが、2015・2016年度に実施した耐震⼯事後の2017年度には約9万9,000人とV字回復を⾒せたのだ。理由としては、駅前に「さくら像」ができたこともあるが、外国人旅行者の増加、さらには柴又界隈が国(文化庁)が選定する「重要⽂化的景観」に内定したことで、結果山本亭にも立ち寄った観光客が多くなったのではないかと谷口学芸員はみている。

ところで、「重要文化的景観」とは何だろうか。

それは、1つ1つの建物にフォーカスした「伝統的建築物群」とは異なり、人々の⽣業や地域の風土によって形成された景観、「文化的景観(カルチャラル・ランドスケープ)」を保護する目的で選定されたもので、「風景の国宝」とも例えられている。2004年の景観法成立により、地域開発の方向性が、どんどん新しい開発をするのではなく、その土地ごとの顔を考え、各地域にあったまちをつくろうという方向に変わってきたなか、文化財保護法の改正により始まった制度である。

2004年の施行以降、全国に約60件が登録されたが、これまでは都市部が少なくて山間部に多い傾向だった。柴又は、2018年の2月、都内で初めて選ばれた。帝釈天の建物や彫刻、さらに参道など、そのかたちづくられるまでの歴史や地域に暮らす人々の生業、また周辺の佇まいや江⼾川沿いの景観が、選定されたポイントだった。山本亭もその景観の一翼を担っている。

「寅さん映画だけに頼らない柴又の魅力発信が課題だった」と谷口学芸員。外国人が山本亭を知り、さらに柴又界隈の文化的価値に気づけば、映画を知らない層の来訪も期待できる。柴又がさらに活気のあるまちになっていくのが楽しみだ。

2018年 11月24日 11時00分