「姉小路盆地」にマンションの壁がそびえ立つ危機に、住民が立ち上がった

京都市中京区にある、姉小路通(あねやこうじどおり)。「碁盤の目のよう」と表現される京都の通りでも、「田の字地区」と言われる市内中心部にあり、京都市役所が面している「御池通」の1本南、商店が軒を連ね、たくさんの観光客でにぎわう「三条通」の一本北にある東西の通りだ。

わりと知られた通りに挟まれていながら、姉小路通には、コンビニエンスストアもなく、分譲マンションもない。落ち着いた雰囲気の京町家や商店が立ち並んでいる。和建築ではない建物もあるが、それらもまちなみに調和し、静かで、穏やかな京都のたたずまいを保ち続けている。

もちろんそれは偶然の産物ではない。バブル景気に沸いた24年前、このエリアのまちづくりについて、真剣に話し合い、行動に移した地域住民の努力があってこそ、なのだ。

活動主体となっているのは、1995年に発足した「姉小路界隈を考える会」。姉小路通の烏丸通と交わる場所から寺町通と交わる場所までの間700メートル、それを中心にした南北200メートルを「姉小路界隈」とし、そこに住む人たちが中心になってまちづくりを進めている。

「姉小路界隈には、老舗も数多く点在していて、通りを歩けば、竹内栖鳳や北大路魯山人、富岡鉄斎など著名人の手による木彫看板を目にすることができます。また、普通の民家のようであっても、茶道具屋さんだったり、呉服屋さんだったり。特定の顧客を相手にご商売をしている、知る人ぞ知る店もあるんですよ」と、このエリアの歴史を教えてくれたのは、「姉小路界隈を考える会」の事務局長をしている谷口親平さん(以下「」のコメントは谷口さん)。

谷口さんも、この通りで生まれ育った住人だ。御池通や三条通と比較すると、店舗に混ざって、谷口さんのような一般の居住者が多いこともこの姉小路界隈の特徴である。

「私は姉小路盆地と呼んでいるんです」。谷口さんが見せてくれた写真は、姉小路通を付近の建物の高層階から撮影した写真。瓦屋根の家々の周囲をマンションやビルが囲んでいて、確かに、「盆地」のようだ。こうしてみると姉小路界隈は、都会の真ん中にぽつんと京都の昔ながらの景色をとどめていることがよくわかる。

(上)ビルに囲まれた「姉小路盆地」(提供:姉小路界隈を考える会)(下)京都らしい風情を残す姉小路通(上)ビルに囲まれた「姉小路盆地」(提供:姉小路界隈を考える会)(下)京都らしい風情を残す姉小路通

まちを守る決意を示した「姉小路町式目(平成版)」と「姉小路界隈地区建築協定」

24年前、マンション建設の話が持ち上がった当時は、現在のように、景観法も景観条例もなかった。
「11階建て、高さは31メートル。容積率400%の分譲マンションの計画でした。それに住民たちが反対運動をして一時、計画は白紙に。その後、そのマンションは計画を修正して建設されましたが、そのほかにも、まちに壁がそびえたつようなマンション建設の計画が相次ぎました」

放っておいたら、大変なことになる。

その危機感が地域住民の目をまちづくりに向けさせた。こうしてできたのが「姉小路町式目(平成版)」(2000年)であり、「姉小路界隈地区建築協定」(2002年)だ。

「式目というのは、ご近所同士、こんなふうに暮らしましょうとか、年配者には忠誠をつくしましょうとか、そういう生活の基本的なことを決めていたもの。京都以外の地域にも昔からあって、珍しいものではないのですが、姉小路通にある旧家に、江戸時代の式目が残っていたんです。それを、今の時代に合うように、平成版としてつくろうということになりました」。姉小路通に掲げられている「姉小路式目(平成版)」は下記の6項目である。

1.姉小路界隈が大切に育んできた「居住」と「なりわい」と「文化性」のバランス、そのバランスの維持を意識しながら発展するよう、地域の人が協力してまちを支えましょう。
2.姉小路界隈は住み続け、なりわいを表出するまちとして、その界隈性を守り育む「人」や「なりわい」を受け入れ、支えましょう。
3.姉小路界隈は、なりわいの活気と住むことの静けさが共存する、落ち着いた風情のまちです。この環境や風情を大切に、その維持に努めましょう。
4.生活やなりわいの身丈に合った、姉小路界隈の低中層の町並みを維持しましょう。
5.姉小路界隈は、まちへの気遣いと配慮を共有したまちです。周囲(まち)との調和を了解しながら、それぞれの個性を表現していきましょう。
6.姉小路界隈の通りは、地域の人に「もてなしの心」を表現する場として認識され親しまれてきました。その思いを継承し、より心楽しい美しい通りになるよう努めましょう。

住民がまちへの想いを文章化したのが式目なら、建築に関する具体的な指針を示したのがその2年後に99軒の住民で結んだ「姉小路界隈地区建築協定」だ。

これには、姉小路界隈に建築できない建物の用途や高さが定めてあり、例えば、「キャバレー、ナイトクラブ、バー、ダンスホールその他これらに類するもの」「日用品を販売する店舗(営業時間が午前7時から午後10時までのものは除く)」などの建築を制限し、「建築物の地上階数を5以下とし、地盤から18メートルを超えない」ようにと、高さを制限した。

この協定は、いわばその99軒が同じ意識を共有していることを確認したものだ。協定を締結していない人が協定に反する建築物を建てようとしても、それを阻止することはできない。だがその意義は大きいと谷口さんはいう。「『自分たちのまちは、自分たちで守ろう』という決意の表れだと思います」

さらに2013年、京都市の条例により「姉小路界隈地区計画」が定められ、建築協定の内容の一部は強制力を持つこととなり、また適用されるエリアも拡大された。姉小路界隈の景観を保持していくことに確かな根拠が得られたのだ。

姉小路界隈の掲示には、「姉小路界隈建築協定区域」であることを示し、「姉小路式目」の紹介も姉小路界隈の掲示には、「姉小路界隈建築協定区域」であることを示し、「姉小路式目」の紹介も

10年をかけて26軒の外観を改修。より風情あるまちなみに

また、現在の姉小路界隈の景観を作り上げるのに、大きな役割を果たしたのが、平成16年から行われた国土交通省の「街なみ環境整備事業」。
国と市から1/3ずつの支援を受けて、事業で定めたルールに沿いながら、家の外観をまちなみにあうように改修することができる。京都府下ではじめてこの事業に取り組んだのが姉小路界隈だ。

京町家と調和したまちなみとするために、壁面の色を工夫したり、エアコンの室外機に目隠しをしたり。施主である住人と相談して、それぞれの家の現状に合わせて改修のシミュレーションを行い、10年をかけて26軒を改修。これらの家を含めた32軒は、市民が後世に残したいと思う建物や庭園を選定する「京都を彩る建物や庭園」にも選定された。

「『街なみ環境整備事業』は、国や市の支援があると言っても、個人でもかなりの負担をしなくてはなりません。それでも、まちのために協力してくれた。まちなみというのは、1軒だけ立派な家があってもダメで、連続しているということが大切だと思うんです。姉小路通をよくしたいというみんなの気持ちのおかげです」

「街なみ環境整備事業」で改修された建物。上下共に左が改修前、右が改修後(提供:姉小路界隈を考える会)「街なみ環境整備事業」で改修された建物。上下共に左が改修前、右が改修後(提供:姉小路界隈を考える会)

多言語のリーフレットや事前の意見交換。信頼し合う努力を地域からも

「ようこそ姉小路界隈へ」のリーフレット(4か国語)「ようこそ姉小路界隈へ」のリーフレット(4か国語)

バブル期のマンションラッシュに危機感を抱いて始まった姉小路界隈の活動だが、ここ数年、京都でラッシュなのは宿泊施設の建設だ。通りを少し歩くだけで、いくつもの建設工事中のホテルに出合う。姉小路界隈ももちろん例外ではない。2017年には2軒の簡易宿所が開業している。この変化に、姉小路界隈はどう対応しているのだろう?

「新しくやってくる人たちは別に敵ではありませんよね。お互い信頼できる関係を築くことができると思うんです。『私たちはこういうまちづくりをしています』ということを、ちゃんと伝える。だから、夜遅くに出歩くとか、騒ぐとかしてほしくないんだという、私たちの気持ちを伝えなくてはならない。もちろん、何か困ったことがあったら助けるよということも」

姉小路界隈の魅力を紹介した「ようこそ姉小路界隈へ」というリーフレットは、姉小路界隈の木彫看板といった見どころほか、まちづくりのビジョンや風情を保つために気を付けてほしいことも書かれている。しかも、日本語だけでなく、英語、中国語、韓国語、トルコ語、ロシア語…と多言語で用意され、旅行者に見てもらえるように宿泊施設に配布しているのだという。「知ってもらう努力」を積極的に行っているのだ。

そして、「信頼関係を築く」ことにつながっているのが、「地域景観づくり協議会制度」による意見交換の実施だ。「地域景観づくり協議会制度」は、姉小路界隈を含めて10の地区で実施されているものだった。

「京都市市街地景観整備条例」に基づく建築物の新築・増改築、外観・外構の変更、広告物・工作物の設置、土地形状の変更など、その他景観に影響を与える行為を行う場合や、地区内において、新たに営業行為、または業種変更を行う場合に、実施者が当該地区のまちづくり協議会と意見交換をすることを義務付けていて、姉小路界隈は「姉小路界隈まちづくり協議会」を発足し、2015年3月からこの制度を取り入れている。

宿泊施設をはじめ、あらゆる店舗の出店、改装だけでなく、アンテナの設置や看板の設置、個人宅の新築や増改築まで、工事規模の大小にかかわらず、施主は地域と意見交換会を行わなければならない。この場で、お互いの要望や取り組みを話し合うことができるのだ。姉小路界隈では、2018年11月時点ですでに65の案件について意見交換会が実施されてきた。住民は、こういう動きがあるということを、工事着手前にきちんと知ることができ、知らないことによる不安を抱かずに済むのだ。

自分たちの考えをきちんと知らせ、相手と話し合う機会を持つ。こうした姉小路界隈の宿泊施設との関わり方は、同じ課題を抱えるほかのエリアにも参考になるのではないだろうか。

住人の地元愛と、魅力ある人を呼びこむ吸引力でファンを増やす

「まちづくりの課題は時代によって変わっていくんです」と谷口さん。これからの課題には交通問題をあげる。「高齢者も子どもも、誰でも姉小路界隈を楽しめるように」と「ゾーン20」の看板設置を行った。

「人と車が混ざり合っているところでは、車は時速20キロ以下で走ろうという『ゾーン20』という取り組みがヨーロッパでは言われています。それを姉小路界隈でも取り入れようと、警察との協議を重ねて、ようやくオリジナルの標識をつけることができました。そのほか、道路のレーンマークを塗り直してもらって、車道を3.8メートルから3メートルに狭めて歩行空間を拡げました。走行方向を示した自転車専用の通行帯を設けたりもしています。地域と行政が一年がかりで協議して、京都市内で初のモデルとなったものです」と谷口さん。

守るべきところは守り、変わるべきところは変化して、よりよい将来を住人の手でつくりだしているようだ。

「ここで生活していく住人が、自分の地域に愛着を持っているから努力をしてくれる。もちろんそれも大切。加えて、いいアイデアや人を引っ張り込む吸引力も大切。新しいセンス、経済力、実行力も活用して、姉小路界隈のファンを増やしたい」

京都らしい伝統を愛する価値観と、新しい事柄への柔軟性。そしてわがまちを愛する心。市街地の静かなまちなみに、そんな京都人の想いが表れている。

(左上)「ゾーン20」の看板(右上)走行方向を示した自転車専用の通路帯(右下)1997年に復活した「姉小路行灯会」。姉小路通が幻想的な雰囲気に(提供:姉小路界隈を考える会)(左下)「姉小路界隈を考える会」の事務局長・谷口親平さん(左上)「ゾーン20」の看板(右上)走行方向を示した自転車専用の通路帯(右下)1997年に復活した「姉小路行灯会」。姉小路通が幻想的な雰囲気に(提供:姉小路界隈を考える会)(左下)「姉小路界隈を考える会」の事務局長・谷口親平さん

2019年 01月31日 11時05分