福江島西海岸の静かな港町でゲストハウスを営むふたりの女性

五島列島最大の島・福江島は、起伏のある地形と入り組んだ海岸線を持ち、地区や集落によってそれぞれ異なった景観を見せる。
西海岸の玉之浦地区にある荒川は、離島らしい情緒が漂う漁港のまちだ。温泉が湧き、かつては“海の宿場町”として栄えたという。

「島の西側だから、海に沈む夕日がきれいなんです」と語る牧山萌さんは、神奈川県横浜市からの移住者だ。高校・大学で同窓だった廣瀬愛(まなみ)さんとふたりで、荒川のゲストハウス「ネドコロ ノラ」を営んでいる。

美大でグラフィックデザインを学んだ牧山さんは、卒業後しばらく大学に残り、まちづくりや都市計画の研究をアシストした。「横浜に生まれ育って、都会の暮らししか知らなかったけれど、フィールドワークを通して知った地方の若者たちは、それぞれ役割意識を持って自分のまちにかかわっていて、とてもかっこよかった。私もそんなふうになりたい、と思うようになったんです」。

五島には先に廣瀬さんが、地域おこし協力隊として赴任していた。その3年の任期を終えたあとも五島に留まりたい、と語るのを聞き、牧山さんも合流を決める。

「ふたりとも旅が好き、旅の魅力を伝えるのも好き。その延長で、ゲストハウスをつくろうと思い立ちました。そうすれば、島にいても島外の人と接点が持てるし、島の人と島外の人が交流する場もつくれる。いろんな価値観が混ざり合う場所ができたらいいな、と」

荒川は、廣瀬さんが地域おこし協力隊として担当した集落に近く、風情も好ましかった。島の西側に、若者が泊まれる宿はあまりない。2015年4月、廣瀬さんの協力隊任期最後の年に牧山さんが移住。翌年のゲストハウス開業を目指してスタートを切った。

(左上)「ネドコロ ノラ」外観。築約90年の民家を4ヶ月かけてリノベした(右上)「ネドコロ ノラ」フロントにて、廣瀬愛さん(左)と牧山萌さん(左下)荒川の港(右下)荒川の海に沈む夕日(左上以外写真提供:ネドコロ ノラ)(左上)「ネドコロ ノラ」外観。築約90年の民家を4ヶ月かけてリノベした(右上)「ネドコロ ノラ」フロントにて、廣瀬愛さん(左)と牧山萌さん(左下)荒川の港(右下)荒川の海に沈む夕日(左上以外写真提供:ネドコロ ノラ)

築90年の空き家をリノベ。“海の宿場町”の暮らしを味わう旅の拠点

荒川に、空き家はたくさんあるようで、ゲストハウスに使える物件はなかなか見付からなかった。「空いているようにみえても、お盆には親族が使うとか、権利関係が交錯していたりとか。実際に空いていても、私たちが使うには大きすぎたり、手が付けられないほど傷んでいたり…」と牧山さんは振り返る。

半年ほどかかってようやく決めた物件は、もとちゃんぽん屋兼住居。建てられたのは昭和2年で、築90年に届こうとしていたが、大家が転出して2年ほどしか経っておらず、建物もしっかりしていた。大家に改修の了承を取り付けることもできた。

改修費用は、五島市の起業支援補助金とクラウドファンディングでそれぞれ200万円ずつ、合計400万円を調達した。事業計画を練り、書類をつくり、プレゼンテーションを乗り越えて勝ち取った補助金と、地元企業や友人・知人の協力を得て、151人から集まった支援金。資金集めや開業準備を通して、多くの人との出会いや再会があったという。

いざ改修工事に取りかかる前には、荒川地域の町内会に参加し、地域のひとびとに「ネドコロ ノラ」がどんな宿になるのか、何を目指しているのかを聞いてもらった。

「ネドコロ ノラ」のコンセプトは「ヒト コト モノをつなぐ場所」。ただ宿と目的地を行き来するだけでなく、荒川で暮らすように、まち全体を体験してもらうのが狙いだ。

建物の1階は、宿泊客が自由に使えるオープンなキッチンとリビングスペース。「ゲストにはぜひ、五島のおいしいお魚やお野菜を自分で料理して味わってほしい」と牧山さん。

近所には釣り具のレンタルショップがあるので、自ら釣りに行くもよし。料理が面倒なら定食屋もある。温泉地ならではの、足湯や天然温泉の銭湯もある。
「荒川は、一人暮らしのお年寄りが多いまち。若い旅人が行き交うようになれば、それだけで元気づけられると思います」。

約4ヶ月間の改修を経て、「ネドコロ ノラ」は2016年8月1日にオープン。関東・関西からの20〜30代の旅行客を中心に、夏はほぼ連日満員になるという。

「ノラの運営は当番制で、私も廣瀬も、空き時間はデザインの仕事をしたり、畑仕事をしたり、とそれぞれ自由に過ごしています。お客さんが減る冬場には、島の外に出る時間をつくって、私たち自身も、旅の経験を重ねるようにしています」。

(左上)港からノラに続く道の入り口。左の建物に看板を付けさせてもらった(右上)1階の共用キッチンとリビングスペース。フロント、売店も同じ空間にある(左下)右が牧山さん。リノベの先輩、Uターン移住者の芳澤瞳さんに、いただきものの海産物をお裾分け(右下)ノラ2階の宿泊空間。木組みを表した畳の部屋が島の民家ならではの味わいを醸し出す(左上)港からノラに続く道の入り口。左の建物に看板を付けさせてもらった(右上)1階の共用キッチンとリビングスペース。フロント、売店も同じ空間にある(左下)右が牧山さん。リノベの先輩、Uターン移住者の芳澤瞳さんに、いただきものの海産物をお裾分け(右下)ノラ2階の宿泊空間。木組みを表した畳の部屋が島の民家ならではの味わいを醸し出す

空き家を再生して活動するアートプロジェクト「藝術と生活 itonami」

思想家のみくさん(右)と美術家の永橋咲さん。写真右上の壁に掛かっているのは永橋さんの作品思想家のみくさん(右)と美術家の永橋咲さん。写真右上の壁に掛かっているのは永橋さんの作品

アートプロジェクト「藝術と生活 itonami」を主宰するみくさんと永橋咲さんは、ともに大阪出身で、広島県尾道市で出会い、そこで日本画を学んでいた永橋さんの大学卒業2日後に、ふたりで福江島にやってきた。2015年4月のことだ。

「みんなで同じ時間に同じ服装で同じことをするのがいやで、学校に適応できなかった」と語るみくさんは、大学卒業後、どうやって社会生活を送ればいいか分からないまま、しばらく実家のたこ焼き屋を手伝っていた。考えた末、30歳を目前にして結論を出す。「自分にできるのは、多くの人が見過ごしたり気付かないふりをしている疑問を明らかにすること。問題を提起し、考え、意見を表明することで社会にかかわろう」。その日から、「思想家」を職業にすると決めた。

手始めに自分の考えを冊子にまとめて販売しようとしたが、書店に持っていったところで、置いてもらえるはずもない。「それでも、インディーズの書店が引き受けてくれたり、置いてくれないまでも、情熱を評価してくれたり。一生懸命表現すれば、受けとめてくれる人はいる、と手応えを感じました」。そこで次に、本よりトークで勝負しようと、キックボードひとつで旅に出た。大阪から2週間かけてたどりついたのが尾道だ。

尾道では、空き家をリノベーションしてゲストハウスを立ち上げる経験もした。偶然出会った映画監督の誘いで映画製作に参加することもできた。大阪に比べ、人と人との距離が近い尾道では、大阪にないスピード感でさまざまなプロジェクトに関わることができたという。「いっぽうで、自分の好きなこと、自分のやりたいことだけを追求していたら、すぐに限界が来ると感じた」とみくさん。その頃出会ったのが、大学卒業を控えた永橋さんだった。

美術系の高校で日本画に出会い、日本画を続けるために尾道の大学を選んだ永橋さんだが、日本画を生活の糧にするのは至難の業だ。「7年もかけて学んだ日本画をどうやって役立てればいいのか」。悩んでいた永橋さんに、みくさんは「日本画を続けられる環境を探そう」と提案した。生活費が抑えられ、芸術家が必要とされる場所。移住先を求めて、知人から紹介されたのが福江島だった。

牛乳パックで家を建てる、遊休店舗を活用する。アートでまちを変える試み

ふたりが福江島のコミュニティに溶け込むのに時間はかからなかった。最初の1年は、長崎からUターンした女性が営むカフェでアルバイトをして資金を貯め、2年目に築30年ほどの空き家を借りて「藝術と生活 itonami」を立ち上げた。空港にほど近い、田畑と家が入り交じる静かな住宅街の一角だ。ここをアートプロジェクトの拠点にするほか、宿泊業の許可を取ってゲストハウスとしても利用できるようにした。家賃はなんと月1万円。永橋さんが尾道で住んでいたアパートの5分の1だ。

みくさんは言う。「家賃が高いと、そのために時間を使って労働しなくてはならない。それでは本末転倒です。自分が望むように生きるために、その手段を考えればいい。それには、家賃が安くて、自然が豊かな福江島は、格好の場所だと思う」

「藝術と生活 itonami」は、日本画の依頼はもちろん、パッケージやフライヤー、グッズのデザインも引き受ける。子どもたちのための絵画教室も人気だ。「子どもたちの意思を大切にしたいから、絵を描くだけではなく、工作でも、お菓子づくりでも、なんでも一緒にやります」と永橋さん。自宅では「散らかるから」「汚れるから」となかなかやらせてもらえないことも、ここなら思う存分にできる。

アートイベントを企画したり、地域振興イベントの司会を頼まれたりもした。
2017年に手掛けた「ミルクパックハウスプロジェクト」は子どもたちと一緒に牛乳パックで家を建てる企画。旅するリノベ集団「パーリー建築」の宮原翔太郎さんとの共同プロジェクトだ。みんなでひとつの家をつくりながら、居住や廃材にまつわる社会問題を意識するきっかけにもなる。

2018年には、商店街の空き店舗を使って「ビッシャアTシャツ展 in 五島」を開催。こちらは拠点移動型デザインショップ「mysticpine」との共同企画だ。五島にゆかりのある人々からオリジナルのTシャツデザインを募って展示販売するというもの。「ビッシャア」とは五島弁で「たくさん」という意味だそう。島内外から79組98作品の出展を得て、3日間に延べ150人の来場者を集めた。

「デザインもゲストハウスも絵画教室もイベントも、ひとつひとつからの収入は心許ない金額だけれど、複数の収入源を持っていれば、突然ゼロになることはない。どんな場所にも、どんな暮らしにもアートは必要だし、アートによってコミュニケーションすることで、身近なところから世界を変えていきたい」

「藝術で世界平和を」という壮大なコンセプトを真正面に掲げ、それでいて自分たちの足元もちゃんと見ている。応援せずにはいられない。

(左上)2018年11月まで「藝術と生活 itonami」の拠点だった福江島の民家(右上)絵画教室の様子。マンガをお手本にする子もいれば、水彩画に挑戦する子もいる(左下)完成したミルクパックハウスの前で記念写真(右下)「ビッシャアTシャツ展 in 五島」の様子。商店街の空き店舗に活気が戻った(左上以外写真提供:藝術と生活 itonami)(左上)2018年11月まで「藝術と生活 itonami」の拠点だった福江島の民家(右上)絵画教室の様子。マンガをお手本にする子もいれば、水彩画に挑戦する子もいる(左下)完成したミルクパックハウスの前で記念写真(右下)「ビッシャアTシャツ展 in 五島」の様子。商店街の空き店舗に活気が戻った(左上以外写真提供:藝術と生活 itonami)

東京・赤羽の立ち呑み屋を原点に、福江島・富江でおでん屋を立ち上げる

福江島の南海岸に位置する富江は、かつてサンゴ漁で栄えたまちだ。街並みのところどころに、サンゴ色に塗られた家が見られる。実はこれ、船舶用の塗料なのだという。まちの歴史を物語る風景だ。この静かなまちにも、移住者たちによるリノベーションのムーブメントは及んでいる。

富江商店街でおでん屋「富む」を営む伊藤睦月さんは、2016年9月に、弱冠23歳で東京から五島に移住してきた。出身は埼玉県蕨市、東京のベッドタウンだ。「社会に出てすぐは、東京で会社勤め。時折、自然を求めて旅に出ていましたが、そのうち旅だけでは物足りなくなって、どこか遠くに移住しようと心に決めました」と伊藤さん。どこに移住するかも決めないうちに、会社に辞意を伝えたそうだ。

はじめ「暖かそうだから」というだけの理由で宮崎に移住を決めかけた伊藤さん。彼女に五島を勧めたのは、東京・赤羽の立ち呑み屋でたまたま居合わせた、フリーペーパー「五島ZINE」編集長の田端一彦さんだ。「田端さんに会うまでは、五島列島がどこにあるかも知りませんでした」と伊藤さんは振り返る。

五島とはどんなところか、とりあえず見に行こうと旅立ったのが2016年7月。田端さんに紹介してもらった地元の人を訪ねて歩く旅だった。「五島のいいところだけでなく、悪いところも率直に話してもらえたことが印象に残りました。ほかには、ハローワークで求人を見たり、不動産屋を回ったり、景色を眺めるヒマもなかったですね。二泊三日の間では決断できなくて、結論は東京に持ち帰りました」。

しかし、その3ヶ月後、2度目の五島行きは、すなわち移住となった。五島市が移住希望者向けに提供する短期滞在住宅に仮住まいし、滞在期限の3ヶ月の間に住まいと仕事を決めるという早業だ。前職の有給休暇を消化したあと、島の自動車学校でアルバイトを始めた。家は市の空き家バンクで探し、DIYで環境を整えた。

おでん屋を始めたのは、田端さんと出会った、あの赤羽の立ち呑み屋のような店が欲しかったからだ。五島市商工会が「富江ふれあい商店街」で募集した「チャレンジショップ」の第一期に応募し、みごと採用された。「チャレンジショップ」とは、商店街の遊休店舗を3ヶ月間無料で貸し、創業を後押しするというものだ。

2018年1月3日、おでん屋「富む」オープン。移住からわずか15か月目のことだった。


伊藤さん一人で始めた「富む」は、今や料理人も雇い入れ、おでん以外のメニューも増えた。移住の大先輩である、福江港近くの居酒屋「かきごや こんねこんね」のオーナー・瑳山(さやま)ゆりさんのサポートによるものだ。

「ネドコロ ノラ」の牧山さんは、2016年暮れに五島の漁師と結婚した。「これからもっとノラの稼働率を上げて、多くの人に来てもらって、荒川のにぎわいに貢献したい」と語る。

そして、「藝術と生活 itonami」のみくさんと永橋さんは、2018年11月に尾道に戻った。五島を離れたのは本意ではない事情によるものだが「帰る場所が増えた」と語るふたりの表情は明るい。五島のひとびとに温かく送り出され、早くも新天地での空き家活用に乗り出しているようだ。

ネドコロ ノラ https://nedokoro-nora.com/

藝術と生活 itonami https://www.facebook.com/artandlifeitonami/

富む https://www.facebook.com/tomietomu/

(上)「富む」のカウンターに立つ伊藤睦月さん(下)富江ふれあい商店街の一角にある「富む」(上)「富む」のカウンターに立つ伊藤睦月さん(下)富江ふれあい商店街の一角にある「富む」

2019年 01月29日 11時05分