古民家を利用したカフェを開きたい。夢を実現できる場所を探して

大のスパイス好きが講じて、エスニックカレー店を開くまでに。週末には福岡や長崎からもファンが訪れる大のスパイス好きが講じて、エスニックカレー店を開くまでに。週末には福岡や長崎からもファンが訪れる

佐賀県武雄市若木町に、県外のファンも多いというアジアン系エスニックカレーの店がある。営むのは、2012年に佐賀市から移住してきた井口聖人さん。築120年の古民家を自宅兼店舗として借り受け、自らが主となって改装し、2015年に『すぱいすキッチンゆいま~る』を開いた。ゆいま~るがあるのは、県道から外れた山間の一角だ。車のナビゲーションで場所を探したが、ピンポイントで場所が特定できず、少々迷いながらようやく辿り着けたぐらいわかりにくい場所にある。なぜ、店舗にしては立地がいいとは言えない場所に、店を構えようと思ったのだろうか。

井口さんは「移住の最大の目的は、『古民家を改装してカフェを開きたい』という私の目標とする明確なストーリー性を具現化することでしたから、それが実現できる場所であったことが大きいですね。それに、地域とつながりを持てるか、子どもの通う学校はどうかなど、暮らしてからのことがイメージできる場所であることがとても重要でした。実際に住んでみると、食の豊かさに驚かされています。地元の方は『何もなか』と謙遜されるけど、目の前で美味しいお米や野菜が採れるだけで、十分豊かな環境じゃないかと思います」と語る。

ここに決定するまでには、佐賀や福岡などの広い範囲で理想とする場所を探し回ったという井口さん。初めて若木町に訪れたのは、NPO法人主催の「循環型たてもの研究塾」に参加するためだった。その縁から空き家を2、3軒見せてもらうことになり、「この家を見たときに全ての霧が取っ払われたような一目惚れに近い感覚があって、インスピレーションで『ここだ!』と思ったんですね。それに、子どもを小学校に上げるタイミングだったので校区の学校の様子を見に行ったら、校舎の雰囲気が素晴らしくて。ここなら楽しく通えそうだと思い、決断しました」と当時を振り返る。

仲間の存在が、充実した移住生活を支援

すぱいすキッチンゆいま~る店主の井口聖人さん。一目惚れした古民家は、ほとんど自力で改装したすぱいすキッチンゆいま~る店主の井口聖人さん。一目惚れした古民家は、ほとんど自力で改装した

移住は、生活の拠点を変えることを目的とする「引っ越し」とはワケが違う。住む場所を変えると同時に、暮らし方、生き方を変えるきっかけとなるのが移住だ。そういう意味でも、移り住んでからの5W1Hを具体的にイメージし、本当に実現できる場所であるかどうかを見極めることは、移住成功の一つの鍵となるのではないか。さらに、充実した移住生活を送れているのは「仲間の存在が大きかった」と井口さんは明かす。

「住み始めてからの不安要素と言えば、地域の方たちとうまくコミュニケーションが取れるかどうかですよね。しかも商売をしようと思っていたので、兼ね合いを考えるとなおさらでした。そういう点でも、NPO法人のメンバーで地域からの信頼も厚い千綿由美さんが、私の理解者になってくれたのが大きかったですね。土地付き、家付きはたくさんありますけど、仲間付きはそうそうありません。空き家や移住先探しは、いい仲間探しでもあると感じました」。

実際にそう感じているのは井口さんだけではない。さが移住サポートデスクの移住コーディネーターは「各市町が移住支援の制度を設けていますが、その条件を最優先に移住先を検討される方はあまりうまくいかない(移住が決まらない、移住しても定住しない)こともあります。たとえば、体感ツアーなどに参加し、その後も地域の方々と個人的に連絡を取り合っているような方々は、トントン拍子で移住話が進んでいますね」と、地域住人とつながりを持つことが移住成功の追い風になっていると分析する。

移住支援のパイオニアがぶつかった、地元住民の壁ー

井口さんが理解者と称した千綿由美さんは、2003年から空き家再生、移住支援などに精力的かつ先進的に取り組み、これまでに約20組の移住をサポートしてきた移住支援のパイオニアだ。現在は移住者らと協力しながら町の案内マップなどを作成したり、イベントを開催したりする「むらつむぎ」の代表を務めるほか、移住、Uターン者が工房やカフェを営むコミュニティー・くぬぎの杜で「土雑貨&カフェつちのや」を経営する。

今でこそ地域、移住者双方から信頼されている千綿さんだが、人口減少を食い止めることを目的に、NPO法人として空き家活用事業を始めた当初は、地域住民から「なんであんたがせないかんのか」「国や行政がする仕事やないか」「一般の人間がやることじゃなか!」と批判されたという。同時に、空き家があっても持ち主が地元にいなかったり、お盆や正月には帰って来るから貸せないと言われたり、一軒一軒持ち主の生活の問題が絡んでいることも多く、難航することもしばしばあった。

「当時は移住したいという人よりも、地域が抱えている問題の方が大きかったですね。まずは、地元の方とゆっくりと話し合い、コミュニケーション取って解決していく必要があると感じました。また、田舎は、貸したり処分したりしたことでトラブルになったら何を言われるかわからないと、地域の目を気にする方も多くおられます。一律に情報をオープンにすることを嫌がって、(空き家バンクには)登録したくないという意見も聞きましたね」と、受け入れる側の意識が、移住促進の足かせになっていた当時を回想する。

千綿さんが営む「つちのや」。牛舎だった建物を、土と木という自然由来の材料だけでリノベーションした千綿さんが営む「つちのや」。牛舎だった建物を、土と木という自然由来の材料だけでリノベーションした

移住者と地元住民の共存を後押しする、人と人の輪

千綿さんらの活動の甲斐もあり、今では地元住民と移住者がいい距離感を保ちながら「みんなで快適な地域にしていこう」という共通の意識を持っている。現在は貸せるような空き家もない若木町だが、独居が多いため、千綿さんは「むらつむぎの活動を通じて、一人暮らしの高齢者が気軽に相談できる環境を作っていこうと思っています」と継続的な支援を明言した。

総務省によると、日本の総人口は2010年以降7年連続で減少しており、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では2030年に1億1,913万人まで減り、2053年には1億人を割ると予測されている。日本の人口減少は加速度的に進んでいる背景から、多くの市町村が「子育て支援」や「移住・定住支援」を充実させているが、移住者、移住支援者の声に耳を傾けると、制度の整備だけでは十分な支援とは言えない現実が見えてくる。より多くの「幸せな移住」を実現するためには、地域住民と移住希望者の間の潤滑油となるような人材の発掘や育成など、結局のところ、マンパワーの強化に帰結するところが大きいのではないだろうか。

むらつむぎやゆいま~るがある若木町には、推定樹齢3,000年の大楠など守り継がれてきた豊かな自然があるむらつむぎやゆいま~るがある若木町には、推定樹齢3,000年の大楠など守り継がれてきた豊かな自然がある

2018年 05月31日 11時05分