楫取県令と下村ら生糸商人の絆

前橋市の県庁ほど近くに位置する臨江閣は、観光スポットとしても人気を集めている。近代和風の木造建築で、本館・別館・茶室からなり、2018年8月、国指定重要文化財となった。本館は1884(明治17)年に迎賓館として建築されたものである。まず、歴史を振り返ってみよう。

名県令と謳われた当時の楫取素彦群馬県令が元老院議員に転出するのに先立って、前橋に迎賓用の建物がないことを憂い前橋の有志に建築を働きかけた。この呼びかけに実際に有志や銀行らが寄付で応えるわけだが、楫取と前橋の関係について簡単に説明しておく必要があるだろう。

楫取素彦といえば、2016年にNHKで放映された大河ドラマでその名が知られた。有能な長州藩士であり、廃藩置県後は足柄県参事、熊谷県令などを務めた。明治初頭、群馬県の県域が変遷し、現在のような鶴舞う形になったときの最初の群馬県令が楫取であった。1876(明治9)年のことである。

このとき、当初は高崎に設置された県庁を、下村善太郎らをはじめとする前橋の有力生糸商人らの働きかけに応じ、前橋に設置することが決まった。前橋城を県庁舎とすることに加え、職員官舎の建築、師範学校と県衛生局の建設、諸物価を釣り上げないことなどの約束を楫取と下村らは交わし、下村を先頭とする生糸商人らが当時2万6,500円という莫大な金額を寄付し、官舎の建設費に充てた。また、高崎線の前橋までの延伸についても楫取と下村は協力した。県庁舎の誘致からはじまって、下村を中心とする生糸商人らは、前橋のインフラ構築に多くの費用を寄付し、楫取県政を支えた。前橋の人々にとって、楫取は県庁移設の恩人でもあり、両者は互いに信頼関係を築いていた。

南側から見た臨江閣。右側が別館、左側、木の奥に本館がある南側から見た臨江閣。右側が別館、左側、木の奥に本館がある

前橋有力者の寄付で楫取の構想が実現

楫取素彦楫取素彦

1876年の就任から7年に及んだ楫取県政であるが、1883年5月、楫取は50歳を超えた年齢などを理由に辞職願を出した。このとき、下村らをはじめとする前橋町民によって楫取県令留任請願書が政府に提出されたほどであった。政府から却下されたものの、翌1884年7月30日まで任期が延期された。

そんな楫取の前橋への置き土産ともいうべき提案が臨江閣の建設だった。楫取は下村を筆頭に数人の有志を官邸に招き、「之が建築には吾輩も寄付するから諸君も奮発して賛成してもらいたい」(『下村善太郎と当時の人々』)と語ったという。

下村が敷地を提供し、さらに有志とともに計6,000円の寄付を集めた。後に初代前橋市長となる下村は、日本を代表する生糸商人として郷土前橋のために惜しみなく資産をインフラ構築に投じてきたが、臨江閣は最後の大きなプロジェクトとなった。

明治天皇や大正天皇がご滞在された本館

臨江閣は県庁舎の北側、利根川の流れに面し、妙義や浅間などの山々を遠望できる敷地のほぼ中央に建設された。
木造2階建、入母屋造、桟瓦葺、数寄屋風建築。規模は桁行17.9m、梁間10.3m。主屋部1階は西側から一の間、次の間、三の間、控の間の4室からなる。一の間は畳を上げると、能舞台として使用できる構造となっていて、床下に音響効果を良くする甕(かめ)が5個埋設されている。2階の西側の部屋は、皇室がご宿泊された部屋。1893(明治26)年には、明治天皇行幸の際、行在所として使われ、さらに1902年、1908年には皇太子時代の大正天皇がご滞在された。

また、敷地内にある茶室は楫取と県庁職員有志の寄付によって建設されたもの。建築は、京都の茶室大工、今井源兵衛の手によって行われた。

明治時代の臨江閣本館(前橋市教育委員会文化財保護課提供)明治時代の臨江閣本館(前橋市教育委員会文化財保護課提供)

一府十四県連合共進会と以降の臨江閣

臨江閣は完成後、建設費用を出した有志らによって引き続き運営された。
別館は、1910(明治43)年に前橋市で開催された一府十四県連合共進会を前に、その貴賓館として建設された。これに先立つ1908年に有志の運営から前橋市営に移行した。共進会は、産業振興を図ることを目的とした地方博覧会だ。県内3会場で、90日の開催期間中に113万人が訪れた一大イベントとなった。

別館は木造2階建、入母屋造、桟瓦葺、書院風造り。1階には西洋室1室に加え、日本間が7室ある。2階には、180畳の大広間があり、当時は晩餐会が開かれたという。建築には、中山道安中、原市間の杉並木の木が使われた。

共進会閉会後、市の大公会堂として使われていた臨江閣は、戦後になると1945年から1954年まで市庁舎戦災により仮庁舎として使われ、その後、1981年まで市公民館、さらに2007(平成19)年までは公民館別館として活用された。

このように、前橋市営となった後も、公民館など市民が利用する空間として長く親しまれてきた。100年以上に及ぶ歴史の中で、結婚式が行われたこともあるという。
楫取県令と市民有志の協力で建築された臨江閣は、前橋市の歴史とともに、迎賓館として、あるいは市民活動の舞台として幅広く活用されてきた。次回は、別館の大改修と今後の活用についてお届けする。

キャプ:(画像左上)貴賓館として建てられた現在の別館。(画像右上)貴賓館2階につくられた大広間。(画像下)一府十四県連合共進会絵葉書(3枚とも前橋市教育委員会文化財保護課提供)キャプ:(画像左上)貴賓館として建てられた現在の別館。(画像右上)貴賓館2階につくられた大広間。(画像下)一府十四県連合共進会絵葉書(3枚とも前橋市教育委員会文化財保護課提供)

2019年 01月22日 11時05分