日本におけるお地蔵様

お地蔵様は村を守る存在だと考えられてきたお地蔵様は村を守る存在だと考えられてきた

都会では交通事故のあった場所などに見かけるぐらいかもしれないが、歴史のある町や村でお地蔵様を見かけるのは珍しくはなく、現代でも「人々を導いてくださる存在」として大切に祭られているものも多い。

地蔵菩薩はサンスクリット語でクシティ(大地)・ガルバ(胎内)。大地のように広い慈悲で人々を包み込んでくださる菩薩様とされている。仏教では、釈迦が入滅して(死んで)から56億7000万年後に弥勒菩薩が現れ、悟りを開いて人々を救うと考えられている。しかしそれまでの長い間、人間は六道を輪廻しながら、苦しまなければならない。
六道とは、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道のことで、地獄道はその名の通り罪を犯した人の落ちる地獄のこと、餓鬼道は思いやりのない生き方をした人間が行く場所で、食べようとしたものはすべて炎に変わるため、飢えと渇きに苦しまねばならない。畜生道は牛馬と同じ扱いを受ける場所で、修羅道に行った人はいつも怒っており、争いが絶えない。人間道は私たちが今生きているこの世界のこと。天道は天人が住む場所で苦しみはないが、いつか死がやってきて、六道のどこかに転生せねばならないのだ。
これを救うのが地蔵菩薩だ。日本では平安時代以降、地獄を恐れる風潮が強まり、地蔵菩薩への信仰が庶民にも広がった。村のはずれに立つ地蔵が六体あることが多いのも、お地蔵様が六道を巡りながら人々の身代わりとなって苦しみを背負ってくださるという信仰からだ。

村の外からやってくる疫病を防ぐ道祖神

飛鳥坐神社の御田祭りにも登場する天狗とお多福は、猿田彦と宇受女がモデルとされる飛鳥坐神社の御田祭りにも登場する天狗とお多福は、猿田彦と宇受女がモデルとされる

地蔵ではなく、石碑や五輪塔、石仏を見かけることもあるだろう。これは道祖神などと呼ばれるもので、日本全国に存在する。
道路や交通手段が発達しておらず、生まれた村で一生を終える人がほとんどだった時代、疫病の流行は局地的なものだった。しかし、旅回りの芸人や渡り鳥が、病気を持ち込むことがある。つまり、流行病は村の外からやってくるものだったのだ。それを防ぐのが道祖神。病の侵入を防ぐから、「塞の神」と呼ばれることもある。

また、旅をしながら芸能を見せる人たちが信仰した「百太夫(ひゃくだゆう)」と結びつき、旅の安全を守る神という面も持っている。昔の旅は現代とは違い、険しい崖や道なき道を行くこともあり、夜道には賊も出るなど命がけだったのだ。

信州では男女の仏が彫られた石仏を見ることもある。これも道祖神の一形態。記紀神話には、天照大神(あまてらすおおかみ)の孫である瓊瓊杵(ににぎ)が、高天原から地上に降りてきたとき、猿田彦(さるたひこ)という大男が道案内をしたと書かれている。猿田彦は真っ赤な顔に長い鼻の持ち主で、いわゆる天狗のような容姿をしていた。彼は、このとき応対した宇受女(うずめ)という女神を妻にしたので、猿田彦と宇受女は道案内の神として道祖神になったのだ。ちなみに宇受女はお多福のモデルともされており、天狗とお多福が夫婦として登場するお祭りも多い。
また、同じく記紀神話で、亡くなった妻を連れ戻そうと黄泉の国を訪れた伊弉諾(いざなぎ)が、この世と黄泉の国の間に大きな石を置くエピソードがある。古事記では、この石を「塞坐黄泉戸大神(さやりますよみどのおおかみ)」と呼んでいるから、やはり塞の神の一種と考えても良いだろう。

昔話にも登場 お地蔵様の民間信仰

お地蔵様も道祖神も、庶民に親しまれ信仰されてきた神仏だから、さまざまな迷信や俗信が生まれた。
お地蔵様は昔話にもよく登場する。大みそかの日、優しいおじいさんが六地蔵の頭に笠をかぶせたところ、夜中に米や宝物を運んできてくれたという「笠地蔵」は、多くの方がご存じだろう。また、正直なおじいさんがお地蔵様に助けられ、鬼から宝物を奪う「地蔵浄土」も広く知られている。お地蔵様は、おじいさんが落とした豆を食べてしまったかわりに、「もうすぐ鬼がやってくるから私の後ろに隠れ、鶏の鳴きまねをしなさい」と教えるのだ。果たして鬼たちが集まってきて博打大会が始まるが、おじいさんが真似た鶏の声を聞いて慌てて逃げだしてしまう。そこでおじいさんは鬼たちが残した宝物を手に入れたというのだ。
また、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」と各地に広く伝わる地蔵和讃では、お地蔵様は、賽の河原に集まった子供たちを鬼から救ってくださる存在だ。
お地蔵様が庶民を守る存在として、広く親しまれてきたのがわかるだろう。

お地蔵様も道祖神も共に庶民に親しまれ信仰されてきたお地蔵様も道祖神も共に庶民に親しまれ信仰されてきた

道祖神の民間信仰

「塞の神」が訛ると「せいのかみ」になるからか、道祖神は性とも深く結び付いている。性器の形をした石が道祖神として祀られていたり、男女が抱き合った姿の道祖神があったりするが、特に神奈川県の一部では、道祖神が主人の留守に夜這いをかけると信じられていた。
そこで門松でこの神の家を作っておびき寄せ、1月14日の夜には竹などを組んだ中で燃やしたという。

小正月に焚く火といえば「左義長」「とんど」だが、これを道祖神の祭りとする地域も多い。明けた1月15日には七草粥を食べるが、七草を切る際に「唐土の鳥が渡らぬ先に」と歌うのは、鳥が疫病を持ち込まぬ前に厄除けをしようという意味がある。これも、小正月が道祖神信仰と深く関わっているからだろう。

お地蔵様と道祖神は、どちらも外からやってくる疫病などから村を守り、旅の守護神とされるが、その性格が大きく違うのは面白い。
近所で石仏を見かけたら、それがお地蔵様か道祖神か確かめてみよう。そして昔からその地に住んだ人たちが、どんな思いで神仏に祈ったか、思いを馳せてみてはいかがだろう。

2016年 06月05日 11時00分