この春、北鎌倉に新拠点、家の持つヒストリーが魅力

北鎌倉駅から、正面に小高い山が見える。そこへ向かって細い歩道を登っていくと、中腹に「鎌倉B邸」が建っている。林の中の黒い建物だ。

「鎌倉B邸」を運営するのは株式会社アドレス。月4万円からの定額制で、全国各地にある拠点がどこでも住み放題になるサービス「ADDress」を展開している。ここ北鎌倉の物件はそのうちの拠点のひとつで、同社が築65年以上の古民家を取得し、改装した。新拠点として2020年3月にオープンし、居住用の個室やドミトリー、生活に必要なキッチン、シャワー室、さらにコワーキングスペースとして活用できるリビングや書斎スペースをそなえている。

ADDressでは、この鎌倉B邸をフラッグシップと位置付けている。この物件と同社代表の佐別当氏との出合いは、2018年12月のこと。それは、提携企業のR不動産が、2019年4月のADDressサービス開始のリリースに向けて、次々と物件を紹介した中に、この鎌倉B邸が含まれていた。
しかし資料の段階では、佐別当氏は、リノベーションにかなり費用がかかることを予想し、スタートアップの同社には、荷が重いと考えたそうだ。ところが実際に視察したところ、ワクワクして、ここを拠点にしたいとの想いが強くなった。

「家のまわりの林は鬱蒼としていて、屋内は長く空き家だったため老朽化していました。しかしこの建物が持つ歴史にポテンシャルを感じました。土地は東慶寺が所有し、かつては多くの修行僧がここで暮らしていたのです。その後、著名な東洋・考古学者の先生が自邸として利用され、大きな書棚も残っていて、独特なアカデミックな雰囲気も感じました。」と佐別当氏は当時を振り返る。
この建物が持つ昔ながらの暮らしやストーリー性に、佐別当氏は魅力を感じたのだ。

左上:全面ガラスの玄関と黒い外壁のコントラストが印象的/右上:玄関の正面にある大きなテーブルのあるリビングは、コワーキングスペースにもなる/左下:リノベーションしてスケルトンタイプになったキッチン/右下:個室タイプの居室で、他にドミトリータイプもある左上:全面ガラスの玄関と黒い外壁のコントラストが印象的/右上:玄関の正面にある大きなテーブルのあるリビングは、コワーキングスペースにもなる/左下:リノベーションしてスケルトンタイプになったキッチン/右下:個室タイプの居室で、他にドミトリータイプもある

本の中に暮らすことをコンセプトにして、ハード面も補修

物件の購入は2019年3月に完了。8月9月に「構造修繕工事」等のハード面を先行させたリノベーションを開始した。土台が傷んでいる箇所もあり、そこで弱いところに建物の耐力が不足していて、応力が集中しやすい部分に筋交いを入れて補強を行った。また古民家好きな人は、水回りを気にする人が多く、キッチン、シャワー室、トイレなどを刷新し快適な住空間を実現した。また、同時進行で、コンセプトプランを進め、それを具現化した内外装工事が同年11月末に始まった。

リノベーションディレクターの株式会社アドレスの坪山氏によると、この物件のコンセプトは「本の中に暮らす」とのこと。お気に入りの本を見つけ、本と対話できる場所になっている。
以前、ここで暮らしていた学者の生活を再現して、まるで教授の家に遊びに来たようなイメージにしたかったと坪山氏。玄関脇の壁や階段脇などに、書棚をいくつも配置している。さらに総武線の平井駅にある「平井の本棚」という本屋さんにコーディネーターとしてプロジェクトに参加してもらい、魅力的な書籍を揃えてもらった。玄関脇の天井まである大きな本棚は、面だしした絵本を揃え、小さなポスターのように楽しめる。 

スキップフロアの2階は個別の作業スペースにもなっていて、書棚が配置されている。面だしにして、そのチョイスもこだわっているスキップフロアの2階は個別の作業スペースにもなっていて、書棚が配置されている。面だしにして、そのチョイスもこだわっている

スキップフロアを明るい陽射しが差し込む空間へと変貌!

上:玄関から全体が見渡せるスキップフロアで、1階は、ダイニングキッチンになっていて、2階は個々の作業スペースに/下:リノベーションによる窓際の吹き抜けで、光が差し込み明るい上:玄関から全体が見渡せるスキップフロアで、1階は、ダイニングキッチンになっていて、2階は個々の作業スペースに/下:リノベーションによる窓際の吹き抜けで、光が差し込み明るい

一方、予算をやり繰りするなかで力を入れたのは、建物の顔をともいえる玄関およびリビングのスキップフロアの部分だったと坪山氏。
「もともと上の階は個室になっていて、今ほど光が抜けていませんでした。薄暗い印象で、カビの臭いもあったと記憶しています。そこで、間仕切りを撤去し、吹き抜けを設けることで、より開放感のあるスペースに転換しました。」

実際、ここを訪ねると、明るい玄関とそこから見える屋内の景色が一番印象的だった。ガラス戸の開放感のある玄関、そして正面には吹き抜け空間とスキップフロアがあり、その奥には大きな窓から風に揺れる新緑が目に入る。階段を上がると、2階は集中して作業のできる書斎スペースがある。また玄関からダイニングテーブルやキッチンカウンターが見え、古材を積極的に活用しているのも好印象だ。

もうひとつ、黒い外壁も特徴的で、もともとは薄茶色だったが、どちらかというとくたびれた廃屋のようだった。
「黒はいろいろな色が混じったもの、まさに知の集積に合致します。そして焼き杉のイメージも重ねてみました。」と坪山氏は続ける。
アプローチの階段を100段上がったところにある林とマッチする黒い建物……ここでの暮らしを想像すると、ワクワクと期待感が高まる。

屋内の居場所づくりなど、インテリアコーディネーターが空間演出

さて、鎌倉B邸は、今年の3月にオープンして間もないながら、居住者がすでに8名いる(2020年5月現在)。彼らの職種は、フリーライター、経営者、研究職など、インターネット環境が整っていれば、どこでも仕事をできる人たちだ。年齢は20代から30代で半々、男女比率も半々だ(ADDress全体としては、男女比が7:3の割合で、ファミリー層もいる)。オープンする前後から毎週のように見学者が来ていて、関心の高さがうかがえる。

家守の宇都宮氏によると、住人に選んだ理由を聞くと、東京の都心部とは違う暮らし方を期待しているという。古民家で、さらに随所に古材が用いられていて、個性を感じるのだろう。そして森の中の暮らしに、山や海も近い。一方、北鎌倉は、都心へのアクセスも悪くないので、これまでの生活と大きく変えないことも魅力だという。

ADDressの物件に共通しているのは、インテリアのコーディネートに力を入れているということ。例えばこの鎌倉B邸では、当初、リビングには真ん中に大きなテーブルがあって、そこに椅子が並べてあるだけだった。テーブルの会話に加わりたくない人にとっては、居づらくなる。そこで白い大きなソファを壁際に追加し、テーブルの輪と距離を取れる場を作った。完成したら終わりではない、というスタンスだ。

ディレクターの坪山氏は、同じ空間にいながらでも椅子の向きや高さを変えることで、プライバシーを設けられるという。とにかく、居場所を多く作ることが大事。それによって、住人同士が旅の道連れのような程よい距離感の関係性を築くことができるという。
「固定化されるような場所ではなく、余白を設け、居心地を感じてもらいたいですね」と話す。

1階のダイニングの背後に追加した白いソファ。書棚も多く、アカデミックな雰囲気だ1階のダイニングの背後に追加した白いソファ。書棚も多く、アカデミックな雰囲気だ

ブラッシュアップしながら、周辺とのつながりも育てていく

ADDressでは、家守制度という運営形態を取っている。1拠点につき1名または1チームで住民のリーダー的存在として家の管理をしたり、コミュニティ・マネジャーとして地域の人や情報を発信したりする。

家守の宇都宮氏は、家守として、それぞれの住人の暮らしを尊重することを大事に気を配る。そして気づいたことをADDressチームに伝え、より良い空間づくりをサポートする。ディレクターの坪山氏は、どういった稼働になるのか当初は読めなかったので、まずはスタートさせて、家守の宇都宮氏にフィードバックしてもらい、改善する流れを構築していったのだ。家守のフィードバックの仕組みをADDress全体の財産にしていきたいと坪山氏は言う。

今後、同社は、ADDress鎌倉A邸とも連携して、会員さんと一緒に作ったピザ窯を使った食のイベントや庭の菜園づくり、収穫イベントなどを計画しているそうだ。その企画によって、家守が中心となり、地元鎌倉の方々とつながるフックになればと期待を寄せる。

ADDressの仕組みは、多拠点生活者を地域につなげるなど、様々な可能性を秘めている。今後も大いに注目したい。

建物は緑に囲まれていて、庭が広く、ピザ窯づくりなど、新しいプロジェクトも進行中
建物は緑に囲まれていて、庭が広く、ピザ窯づくりなど、新しいプロジェクトも進行中

2020年 07月17日 11時05分