全館バリアフリー仕様、すべての客室に多目的トイレを備えた旅館が開業

美しい海と緑に囲まれた愛知県南知多町。風光明媚な海辺の町に2018年4月、日本初となる福祉旅館「サポートイン南知多」がオープンした。同旅館を運営するのは、名古屋を中心に「福祉×家×農業」を通した「まちづくり」を手掛ける有限会社マザーズのグループ会社で、名古屋市内で飲食店など2店舗を経営する株式会社マザーズリヴが運営を手掛ける。

「サポートイン南知多」は、全室介護サービス対応の福祉旅館だ。建物は鉄筋コンクリート2階建てで、延床面積は616m2。段差を極力なくしたバリアフリー仕様で、館内にはエレベーターを設置。2階に和室6部屋、洋室2部屋があり、すべてに多目的トイレが設置されている。希望があれば介護用ベッドも用意する。

1階にはヒノキ風呂の2つの浴室に加え、介助用リフトを備えたジェットバスの貸切風呂も用意。宴会場のテーブル席で味わう食事は、刻み食やミキサー食にも対応する。マザーズでは介護福祉施設などを多数運営しており、そのノウハウを詰め込んだきめ細かな対応が特徴だ。

旅館の責任者を務める入山淳さんは、「南知多は名古屋から多くの人が訪れる観光地ですが、周囲には車椅子対応のトイレが完備されていない施設もまだ多いのが実情です」と話す。開館以来、すでに車椅子利用者など多くの障がい者とその家族が訪れており、「5年ぶりに旅行ができたと喜んでお帰りになったご家族がいたりと、たくさんの方々にご満足いただけているようです。すでに次回のご予約をくださった方もいらっしゃいます」と入山さんは手応えを口にする。

サポートイン南知多の客室。シックで落ち着いた雰囲気が漂う。すべての客室に車椅子で利用できるトイレを完備サポートイン南知多の客室。シックで落ち着いた雰囲気が漂う。すべての客室に車椅子で利用できるトイレを完備

「あの時の旅は良かった」。高齢者からの喜びの声が開業を後押し

(上)ヒノキ造りの浴室(下)ジェットバスの貸切風呂には介助用のリフトを完備(上)ヒノキ造りの浴室(下)ジェットバスの貸切風呂には介助用のリフトを完備

旅館の運営母体であるマザーズは、グループホームの運営にはじまり、住宅型有料老人ホームやデイサービス施設、居宅介護事業など、福祉関連事業を手掛けてきた。こうしたなか、障がい者の就労支援に力を入れようと動き出したところ、南知多町の老舗旅館が継続を断念し、売却を検討していることを知る。そこで同社は、この旅館を買い取り、就労事業所にすることで、障がい者がイキイキと働く場を提供しようと考えた。

ところが、愛知県に提出した申請は、「この計画では収支が合わない」との理由で許可されず、計画は一旦暗礁に乗り上げることに。その後、名古屋市西区の円頓寺商店街で「那古野そば」、さらに同じ西区の浅間町で弁当販売店「Delicatessen&Sweets WAYA」を相次ぎ開業。この2店舗をグループ会社であるマザーズリヴが運営し、施設外就労という形で障がい者の就労を開始することとなった。

一方、南知多町の老舗旅館は、同社が運営する住宅型有料老人ホームの入居者向けの保養所として使われることとなった。ただ、建物は老朽化しているうえ、旅館の営業は終了しているため、食事の提供はできない。近くのスーパーで食料品を買って食べるような状況だったが、それでも利用者からは「あの時の旅行は良かった」「また行きたい」といった声が相次いだ。なかには認知症を抱えていても、保養所の記憶だけは鮮明に残っているという人もいた。こうした状況を受け、高齢者や障がい者、その家族が人目を気にせず気軽に過ごせる宿泊施設の必要性を痛感した同社は、改めて一般向けの福祉旅館開業に向けて動き出すことにした。

高齢者や障がい者に「すみません」と言わせない旅館を目指して

(上)食事を取る宴会場はすべてテーブル席。(下)料理には地元・知多半島の食材を使用。刻み食、ミキサー食にも対応する(上)食事を取る宴会場はすべてテーブル席。(下)料理には地元・知多半島の食材を使用。刻み食、ミキサー食にも対応する

保養所として利用していたものの、簡単なリフォームを施した程度で、一般の宿泊客はとても呼べない。施設責任者の入山さんは、こうした状況から日本初の福祉旅館の立ち上げに尽力した。

本格的に話が動き始めたのは2017年8月頃。入山さんは当時、別の企業に勤め、主に飲食店の新規立ち上げなどを手掛けていた。統括料理長なども務めていたが、今後も高齢化が進んでいくなか、福祉に特化した旅館という新たなチャレンジに共鳴してマザーズリヴへの転職を決意。サポートイン南知多の立ち上げを担当することになった。入社したのが2017年10月。そこから半年あまりでの開業準備は、「かなり急ピッチでしたね」と話す。

入社後、入山さんはマザーズが運営する福祉施設で、車椅子の方と一緒に外出する機会があった。一般の方とすれ違うたび、入山さんは「すみません、通りますね」と何度も声を掛けていた。すると次の日、その車椅子の方をどれだけ外出に誘っても行きたがらない。「振り返ってみると、私は1日に何十回もすみませんと言っていたのですが、車椅子の方は、私以上に申し訳ない気持ちでいっぱいだったのです。この時の経験があるからこそ、サポートイン南知多は『すみませんと言わせない旅館にしよう』と考えています。当社の法人理念には、『人生 楽しく 自分らしく』という言葉があります。これを達成するためにみんなで力を合わせて頑張っているところです」

過疎化が進む町を観光で活性化。誰もが気兼ねなく旅行できる社会を作りたい

サポートイン南知多の運営責任者・入山淳さん。飲食業界で数々の店舗立ち上げに関わった経験を活かすサポートイン南知多の運営責任者・入山淳さん。飲食業界で数々の店舗立ち上げに関わった経験を活かす

今年6月からは、当初構想していた旅館での障がい者の就労も始まった。愛知県の認可は断念し、名古屋市で運営する飲食店と同様、名古屋市の就労継続支援事業所で一旦雇用し、その施設外就労という形を取ることにした。昨年度までは、施設外就労を行う場合、月に数回事業所に集まらないといけないという制約があったが、今年4月に改定され、旅館で働き続けることが可能になったのも追い風となった。

数名の障がい者が旅館で働き、部屋の清掃やシーツ交換、料理づくりの補佐など、障がいの特性に合わせた仕事を行っている。「半田特別支援学校の3年生をインターンで受け入れるといった取り組みも始めています。この旅館が障がい者の方々がイキイキと暮らしていくための拠点になればと思います」と入山さんは話す。

「今後は、宿泊された方に海辺へと足を運んでもらったり、地引き網や砂浴、釣りなどの体験を楽しんでもらうことも考えています。そしてこの旅館に再び訪れることを生き甲斐にしてもらえたら嬉しいですね。『サポートイン』という宿の名前は、館内だけでなく町全体をサポートしていきたいという思いから名付けました。スタッフは全員、認知症サポーターですし、過疎化が進む地域の拠り所としても機能していきたいです。もちろん、観光を促進することでまちづくりにも貢献していきたい。『福祉×旅館』という新たなスタイルを確立し、同様の旅館を全国、さらには海外へと広げていくことで、ご高齢の方や障がいをお持ちの方が、安心して旅を楽しめる社会を作れたらうれしいですね」(入山さん)

2018年 10月02日 11時05分