共同相続で住む人なし。5年間放置された古民家

名称は所有者のご家族から取った。左側に置かれた瓦はかつてあった母屋のもの名称は所有者のご家族から取った。左側に置かれた瓦はかつてあった母屋のもの

東京都西東京市。玉川上水から少し入ったところに鬱蒼とした屋敷林に囲まれた古民家がある。築170年。北陸から移築されてきたそうで、関東では見られないほど太い梁に雪国の産らしい名残りがある。元々は五日市街道沿いに母屋があり、ここは離れだったそうだが、母屋が火災に遭い、当主がここに移り住んだのが約40年前。茅葺屋根が瓦に変わったり、土間が無くなったり、いくつかの改変はあったものの、骨組みはさほどには変わっていない。

空き家になったのは13年ほど前。6家族で共同相続はしたものの、いずれの家族も近隣に自宅があり、ここに住む必要はない。相続後はそのまま空き家に。元々は700坪(2,310m2)ほどあったそうだが、相続後、どうしても売りたいという家族があり、現在の敷地は600坪(1,980m2)。それでも門を入ると広い庭があり、その奥に母屋、離れ、蔵、100坪(330m2)ほどの竹林と堂々たる風情がある。

長らく空き家のままになっていたこの民家が「和のいえ櫻井」として再生されたのは8年前。壊すにもお金がかかることもあり、どうしようかと所有者から民家の移築を手掛けるNPOに相談がきたことがきっかけで、古民家の調査、改修を手掛ける建築家、山田哲矢さんが再生に乗り出すことになったのである。

「当時、文化財や古民家の修復を手掛けていたのですが、直しておしまいというやり方に疑問を抱いていました。使いながら継承する方法はないのかと思っており、ここはその実践をするのに最適と判断、資金を借りて始めることにしたのです」。

古民家再生は事例が少なく、できないと思われている

現在でも五日市街道沿い、あきる野市などではこうした民家はあるものの、空くとすぐ解体されることが多いそうだ現在でも五日市街道沿い、あきる野市などではこうした民家はあるものの、空くとすぐ解体されることが多いそうだ

再生と言えば聞こえは良いが、山田さんが最初にやらなければならなかったのはゴミの処理に繁茂し放題だった木々の伐採。「企業のノベルティグッズが山ほど、座布団が数十枚と、なんでこんなものがあるんだというような品がどっさり溜め込まれており、ゴミの処分代だけで200万円ほど。庭木は自分で抜いて庭でたき火をして燃やしました。その作業を続けること1年。ようやく、庭、室内が使えるようになりました」。

もちろん、片づけて終わりではない。「高齢者と子どもが一緒に使う、デイサービスと学童保育が併営されているような施設を考えており、そのため、耐震改修はもちろん、手すりやスロープを付け、水回りを新設、事務所スペースを増築というような工事が必要でした」。

それだけの工事をするのだったら、建て直したほうが安くつくのではないかと思う人もいらっしゃるだろう。「その昔は家を一軒建てても、リフォームしても同じくらいの額と言われていました。でも今は技術が良くなって、もっと安くできます。ここの耐震補強も数百万円ほど。鉄骨、鉄筋を入れるようなやり方をすれば1,000万円くらいはかかるでしょうが、そのあたりはやり方次第です」。

それなら古民家ももっと再生されても良いように思うが、「改修の例が少ないので、できないと思いこんでいる人が多いのです。従前の暗い、寒い、汚いというイメージを払拭できず、かつ共同相続してしまう例が多いので、古民家は空いたらすぐに解体されるケースが大半。本当は骨組みがしっかりしているので、何世代も住み続けられる建物なのですが」。

迷惑空き家には周囲からの目が冷たい

母屋の傍らには総勢300人ほどの小学生が自分たちで壁を塗ったり、和紙を漉くなどして作ったツリーハウス。日本の家はそのあたりにある材料で、子どもたちにでも作れるものだという母屋の傍らには総勢300人ほどの小学生が自分たちで壁を塗ったり、和紙を漉くなどして作ったツリーハウス。日本の家はそのあたりにある材料で、子どもたちにでも作れるものだという

建物の改修は建築家であるため、お手のものだが、デイサービス経営は初めての経験。山田さんは1年間あちこちの評判の良い施設を回って研究を重ね、自分で申請書を書き、市場調査を行い、東京都に申請を出した。「東京都で初めての古民家を利用したデイサービスです。行政サイドが身構えているのが分かったので、最初から申請をするのではなく、質問を投げかけ、そのやりとりを議事録として残し、次に繋げるという形で一緒に考えてもらい、認可を得ました」。

開業に漕ぎつけてからは初年度は赤字だったものの、2年目から黒字に転換と経営は順調だったというが、意外に長い間、悩まされたのはご近所との関係。「空き家になる以前から落ち葉などで周囲にご迷惑をかけていたようで、それがしこりになっていたのでしょう、私が再生を始めてからも、いろいろと注文が入りました」。

落ち葉はもちろん、枝が越境している、木がリビングの日照を遮るなどから始まり、行政からは家庭ごみとして出して良いと言われているにも関わらず、事業ゴミとして出すべきだと告げ口をされたり、学童保育では庭で遊んでいる子どもの声がうるさいなどなど。

「私は護国寺近くでもギャラリー兼シェアオフィスを経営しているのですが、こうした入居者間、入居者と近隣のトラブルが面倒だから貸したくないという声が多いように思います。住宅で貸している場合には入居者間のささいなトラブルの積み重ねが感情的になって所有者に来ますし、ここの場合には私が借りているにも関わらず、所有者に文句が行く。そうした面倒が嫌だからと不動産はどのような形であれ、貸すのは面倒と思う人が出るんじゃないでしょうか」。

ことに建物が周囲に迷惑だと思われるようになってからの活用は、マイナスからのスタートになる。いずれ活用しよう、してもらおうと考えているなら、マイナス評価を得る前に手を打ったほうが良いということだ。

古民家の居心地の良さには根拠があった

天井が高く、開放的な空間。この部屋を中心に和室や事務室、水回りなどが配されている天井が高く、開放的な空間。この部屋を中心に和室や事務室、水回りなどが配されている

ディサービスとして使われているだけでなく、使っていない時間にはイベントに貸し出したりもしているというロビーを見せて頂いた。高い天井のある、いかにも日本の民家という空間で使い込まれた木の色が落ち着いた雰囲気である。ここに限らず、古民家を利用したカフェ、レストランなどは長居をしたくなると定評があるが、それには根拠があると山田さん。

「ここでコンサートを開いた時に演奏者の人が教えてくださったのですが、古民家は人間に心地よい音だけを反射させる効果があるのだそうです。この部屋の周囲には複数の部屋がありますが、それは吸音材の代わりになりますし、高い天井裏にも音質を高める効果があるのだとか。人間は微妙にその音の違いを体感して、居心地が良いと感じているのでしょうね」。

母屋だけでなく、蔵も左官職人さんたちの研修の場として使われ、時間をかけて再生されている。ここはイベント会場などとして利用されており、いずれはその場で焙煎、抹茶茶碗でコーヒーが供されるカフェなども開いてみたいという計画もあるそうだ。庭や敷地内にある子どもたちが1年かけて作ったツリーハウスでお茶できるとなったら、人気の場所になるに違いない。

建物自体は今度も延々と使い続けて行けるはずだが、問題は再来年で10年間という定期借地の契約が切れること。「すでに当初の相続人のうちのご長男が亡くなり、そこで次の相続が発生しています。この家に住んだことのない人も共同で所有しているわけで、残して行きたいと思ってもらえるかどうか、難しいところです」。現在は固定資産税分の家賃で借りているそうだが、売れば相当のお金になる。この家、空間を財産と見るか、土地だけを財産を見るか、所有者の判断が気になるところだ。

長年の積み重ねが評価され、新たな民家再生のプロジェクトに進展

住宅建設時にこれだけの木を見かけることは少ない。高いのだろうと思ったが、意外にそうでもないとのこと住宅建設時にこれだけの木を見かけることは少ない。高いのだろうと思ったが、意外にそうでもないとのこと

しかし、「和のいえ櫻井」の実績は着実に次に繋がりつつある。ひとつは東京の郊外、多摩にある檜原村の湯久保という集落再生である。生活道路が獣道という、山の中にある集落の江戸時代に建てられた民家を今年から3年間の予定で自分たちの手で甦らせようという計画で、集落全体を一家一家内興業の集積した集合事業体のようにしたいと山田さん。「家だけを再生しても、そこに仕事がないと人は地方には動かない。そこでこの集落には八百屋、銭湯、宿屋、肉屋など1軒ずつ互いに必要な小商いを作り、生産者であると同時に消費者であるという仕組みを作りたいと考えています。この土地ならではのジビエや山菜などを売る店であれば集落外からのニーズもあるでしょうから、集落内で、さらにそれを必要とする外部で小さな経済を回して、それで生活を成り立たせていく仕組みを考えています」。

また、ディサービスを運営した経験から、風呂だけのデイサービスというニーズもあるだろうとマッサージ師の団体と連携しての銭湯の再生にも関わっている。実現すれば都内などで消えつつある銭湯の独自の建物や銭湯文化も活かしてゆけるだろうと思う。

もうひとつ、古いものを再生するだけではなく、新しい住宅を日本の民家の技術を生かして生み出す仕事もしている山田さん。現在、三浦市三崎港の近くに自宅を建築中で、これをきっかけに三崎の再生にも関わっていきたいと考えている。「流行りのデザインは10年くらいで飽きるけれど、日本の木造住宅は1000年以上の歴史があり、不要なものはそぎ落とされてきた。風土にも合っており、2,000~2,500万円までの予算があれば100年後にも住み続けられる家ができる。これからは根っこのある、本物だけが生き残る時代ですよ」。

どのプロジェクトも話を聞いてわくわくした。「家づくりも、街づくりも長く無駄なく残るモノを作るという意味で根底は同じ。その実現のために、どんな暮らし方、生き方をするかから考えれば、仕組みも決まってきます」。その言葉に、長い目でモノを考える大事さを再考した。歴史のある日本の民家があちこちで生き残れるよう、山田さんの活躍を応援したい。

建築設計事務所 山田屋
http://yamada-ya.net/yamadaya/

2015年 08月07日 11時06分