病院からアドバイスされたリフォーム案に異議あり!

1階の和室とリビングの関係を見ると分かるが、ここを寝室にした場合、どちらにも遠慮がでる。また、2階が誰にも使われないままになる懸念もあった。そこでエレベータを設置、2階の元の寝室を使えるようにした。さらに玄関脇の屋根付き自転車置き場を改装、車いす用の玄関を作り、段差昇降機を設置、一人で出入りできるようにした1階の和室とリビングの関係を見ると分かるが、ここを寝室にした場合、どちらにも遠慮がでる。また、2階が誰にも使われないままになる懸念もあった。そこでエレベータを設置、2階の元の寝室を使えるようにした。さらに玄関脇の屋根付き自転車置き場を改装、車いす用の玄関を作り、段差昇降機を設置、一人で出入りできるようにした

「27歳の息子がオートバイ事故で車いす生活者になった。一戸建ての我が家をリフォーム、息子にとって過ごしやすい場所にしたい。」
病院は親にアドバイスをした。「1階の和室を息子さんの寝室にしたらどうでしょう。外から直接アクセスできるように外にスロープを作れば出入りもしやすいはずです」と。


その意見に異を唱えたのは自らも2004年のバイク事故で37歳にして車いす生活を送るようになった建築士、阿部建設株式会社の阿部一雄氏である。

「お邪魔してみると和室の隣はリビング。リビングでの話し声、物音は和室に聞こえるだろうし、その逆も同じ。互いに気を使い、友人を呼ぶのも控えるようになるなど家族が遠慮しあって暮らす場面が想像できました。しかも、お母さんはリビングを使って教室を開いている。互いのストレスを考えると病院のアドバイスは避けるべきと思えました」。

そこで提案したのはもともと本人の部屋だった2階をそのまま使うこと。2階には使っていないスペースがあり、そこを使えばエレベーターを設置できる。本人もできるだけ以前と同じような暮らしができることを望んだ。普通に考えれば、これで一件落着だ。だが、病院からは抗議の声が上がった。

バリアフリー住宅の基本は心のバリアフリー

エレベーター(上)、段差昇降機(下)があれば車いすでも住戸内外を動きやすくなる。安価だからとスロープを進められるケースも多いそうだが、広い土地が必要だったり、体力のない人には使いにくかったりという問題があるというエレベーター(上)、段差昇降機(下)があれば車いすでも住戸内外を動きやすくなる。安価だからとスロープを進められるケースも多いそうだが、広い土地が必要だったり、体力のない人には使いにくかったりという問題があるという

火災が発生した際、車いすの人が2階にいたら逃げられない、危険だというのである。阿部氏は反論した。「3階建て住宅やマンションで2階以上に住んでいる高齢者、障がい者、老人ホームなどの高齢者施設でエレベーターを利用している方々はどうなるのですか?」

住宅であってもできるだけ類焼に強く、火を出さないような防火性能、火災時の対策を想定しておくことは設計の基本だと阿部氏。もちろん、それでも火事になる確率はゼロではない。だが、火事を恐れて家族が互いに不満を抱え、それを口に出せないまま暮らさなくてはいけないようなリフォームをしてはいけない。毎日の不満が生み出す心のバリアが家族を、障がい者を不幸にするからだ。「心のバリアを外さないと、住まいはバリアフリーにはならないのです」。

自由に外出できるようにするためにはエレベーターが欲しい。だが、そのために家族に費用を捻出してもらうのは申し訳ない。我慢しようと閉じこもりがちになり、心や身体の能力が落ち、より家族の手が必要になるとしたらどうだろう。事故直後は最愛の家族のためになんでもしようと思った家族でも、それが日常になり、エンドレスに手間が必要となると、ときには面倒だと感じることもあろう。互いに鬱屈した思いを抱くこともあろう。だとしたら「バリアを除去する道具と考えてエレベーターを導入したらいいのです」。

障がいを負って混乱するのは本人以上に家族

この住宅は車いす生活者になった阿部氏が2軒目に手がけたもの。「事故後しばらくして感じた家族との齟齬を通じて、バリアは段差のように目に見えるものだけではないことを強く意識するようになりました。ハードの設備、設計は心のバリアフリーを支援するツールなのだと実感できたのがこの住宅でした」。

住宅をバリアフリー化する以前に家族と本人の心の間にバリアがあってはバリアフリー住宅にはならない。そこで阿部氏が障がいのある人の住宅の新築・改修を頼まれた場合には、双方の心の中にバリアをつくらないことから始めるという。

具体的には家族との会話。場合によっては本人より先に家族と会い、バリアを抱えていないかを聞き取りする。「本人に会うのは身体能力を判断するため。握手をすることなどでどの程度身体が動かせるか、それによって何をすべきかを考えるためです。スプーンも持てないか、杖をついてなら歩けるかでは求められるものが違います。そして、家族に会うのは本人に遠慮をさせないためです」。

事故などで人生の途中で障がいを負った場合、本人はもちろん混乱するものの、実はそれ以上に混乱をきたすのは家族だと阿部氏。本人は病院におり、考える時間がある。だが、家族は病院から普通の生活への移行のために病院関係者はもちろん、行政、介護事業者や親族、友人に至るまで多くの人に接し、様々な情報を提供される。そのうちには前述した病院からのアドバイスのように介護のしやすさ、安全面から見たら正論ではあるものの、家族関係にはマイナスともなりうる情報、アドバイスもある。それらを整理し、取捨選択するのは素人には難事業である。

「特に事故直後はなんとかしたいという思いが募るあまり、本人の意向、使い勝手を考えずにとにかく工事と考えがち。加えて家族同士、あるいは本人には言いにくい本音などもあり、それを一人ずつきちんと聞き取り、整理し、同意を得るようにしています。本人と再度話をするのはその後。家族が納得していれば本人が遠慮することはありません」。

障がい者の住まいにはこれだけ多くの人が関わり、膨大な情報が提供されるが、その中からベストなものを取捨選択するのは難しい。阿部氏はバリアフリーコーディネーターとして活動を始めようと一般社団法人バリアフリー総合研究所を立ち上げたところだ障がい者の住まいにはこれだけ多くの人が関わり、膨大な情報が提供されるが、その中からベストなものを取捨選択するのは難しい。阿部氏はバリアフリーコーディネーターとして活動を始めようと一般社団法人バリアフリー総合研究所を立ち上げたところだ

障がいに配慮した住宅は高齢者にも優しい

バリアフリーであるだけではなく、阿部氏は温熱環境、住環境にこだわった家作りを手がけており、自然素材が基本バリアフリーであるだけではなく、阿部氏は温熱環境、住環境にこだわった家作りを手がけており、自然素材が基本

バリアフリー工事と聞くと段差解消にばかり目が行くが、障がいのある人が安全でラクに暮らせる住宅のためにはそれ以外にもさまざまな要素がある。たとえば温熱環境。「家を建てる前の期待度ではトップ3に入るくらい、暖かく、涼しい家は望まれていますが、実際に建てた後の不満はトップクラス。ですが、障がいのある人間にとっての温熱環境は生死を左右します。私は下半身が麻痺しているため、汗をかくのは上半身だけ。そのため、熱中症になりやすい。寒さに対しても同様ですから、快適な家は必須です」。

同じように健康な人には想像しにくいだろう問題がトイレ。下半身が麻痺している場合には便意、尿意という感覚がない。そのため、時間で管理することになり、阿部氏は設計の際、本人が管理しやすいように自室内など生活している場に近い場所に作るようにしているのだとか。場合によってはトイレに1時間以上かかることもあるため、家族のものとは別にし、他人に気兼ねなく使えることが大事だというのである。

また、人によって異なる体力や利き手などに合わせて手すりの有無や位置などを変える。年齢とともに使いやすい高さが変わることも想定、付け替えやすさなども配慮するという。将来までを考えた究極のオーダーメイドが阿部氏の障がいを持つ人のための家作りというわけだ。

だが、とここで疑問を抱く。健常者でも高齢になれば動作は不自由になる。だとしたら、どんな家であっても将来を想定しておいたほうが住みやすいのではなかろうか。

我が家での快適な日常が障がいを乗り越える力になる

<画像上>阿部建設株式会社の阿部一雄氏。2年前には「木の家と太陽と車いす」という自らの体験をまとめた書籍を出版。健常者には気づきにくい視点が多く、なるほどと思わされる1冊だった<br>
<画像下>映画は公開初日にぴあ初日満足度ランキング1位になるなど大ヒットとなり、それを記念したスペシャルトークイベントが開催され、こちらも満席の人気だった<画像上>阿部建設株式会社の阿部一雄氏。2年前には「木の家と太陽と車いす」という自らの体験をまとめた書籍を出版。健常者には気づきにくい視点が多く、なるほどと思わされる1冊だった
<画像下>映画は公開初日にぴあ初日満足度ランキング1位になるなど大ヒットとなり、それを記念したスペシャルトークイベントが開催され、こちらも満席の人気だった

「最初から基本性能の中に将来の使い勝手が織り込まれているような家を選ぶべき」と阿部氏。回遊できる動線であれば車いすの方向転換が不要になり、移動しやすい。ドアよりは引き戸がベターだし、それも上部から吊るタイプの、床に段差を作らないものが良い。「私は必ず、廊下、階段、浴室などの突き当たりに窓を作るようにしています。そうすれば風が入るだけでなく、明るく視認性が高くなります。高齢になって視力が低下、見えにくくなることを考えると家の中に暗い場所を作らないようにするのは大事です」。

間取り図の上に車いすを置いて動かしてみると、いろいろ気づくことがありますよと阿部氏。だが、それ以上に大事なことは、こうした工夫を考えた住みやすい家を作ってくれる相手と一緒に家を作ること。「最近はバリアフリーに詳しい建築士も増えていますし、その中から経験豊富な人を選べばよいのです。素人だから分からなかったと後日反省する人がいますが、調べれば情報は手に入る時代です。人生に何があっても守ってくれる、住み続けられる家を建てたいものです」。

ちなみに阿部氏は2018年10月に公開された映画「パーフェクトワールド 君といる奇跡」の原作漫画に取材協力をしている。同書は累計で150万部以上売れ、フランスの漫画雑誌では2016年のベスト少女漫画賞を受賞したベストセラー。漫画で障がいを乗り越えるのは愛だが、日常生活でのそれはおそらく家である。障がいを負って混乱し、将来への不安を抱いている時に、それでも我が家での日常が快適だとしたら、きっと気持ちも落ち着いていくはず。そう考えると阿部氏が手がけているのは人生の不測の事態にも生きて行く勇気、将来への希望を与えてくれる家と言えるのかもしれない。

2018年 11月03日 11時00分