車いす利用者のひと言をきっかけに始動

鹿児島市の住宅地で2018年5月、新しいスタイルの賃貸マンションが誕生した。その名は「ツクルUD」。入居者が壁紙を張り替えたり、棚をつけたり、自分の好きなようにカスタマイズして世界にひとつだけの部屋を「ツクル」ことができて、原状回復は原則不要。さらに、車いす利用者など障がいのある人でも使いやすい「UD」(ユニバーサルデザイン)になっていることが特徴だ。

このマンションを手がけたのは、鹿児島市で不動産業を営む有限会社窪商事。同社代表の窪勇祐さんが車いすの男性と出会ったことから、「ツクルUD」プロジェクトが始動した。

3年ほど前のこと。「僕らが住める部屋ってないんでしょうか?」。車いすで生活する矢野剛教さんのこの問いかけに、16年にわたり不動産に携わってきた窪さんは「返す言葉が見つからず、自分の無力さを感じ、すごく悔しかった」と振り返る。車いすを利用している人は、家族と暮らしたり、古い住宅を購入して改築したり、介護が受けられる施設で生活していることが多い。一般の住宅に住む場合、部屋をバリアフリーにしたり改装したりする必要があり、賃貸物件を見つけるのはかなり難しいのが実情だ。

自由にカスタマイズした、ツクルUDの一室。現在8割ほどが埋まっている自由にカスタマイズした、ツクルUDの一室。現在8割ほどが埋まっている

障がい者の物件探しの難しさを痛感

窪商事は鹿児島市下荒田にあるまちの不動産。窪さんは父親から会社を受け継いだ窪商事は鹿児島市下荒田にあるまちの不動産。窪さんは父親から会社を受け継いだ

窪さんは、矢野さんが住める賃貸物件を懸命に探したものの、見つからなかった。そこにはいくつものハードルが立ちはだかっていたからだ。

まず、エリアや間取り、家賃が矢野さんの希望に合っていても、2階以上ならエレベーターが必要になる。1階やエレベーターを備えた物件でも、エントランスや敷地に段差があったり、通路が狭かったりすると、車いすで移動できず住むことができない。しかも段差については物件広告に記載がなく、現地まで行って確かめるのも一苦労だ。

これらをクリアして、いい物件を見つけても、今度は管理会社やオーナーに断られることが多い。車いすを利用していると室内に傷がつき、退去時にトラブルになることを懸念する声も…。オーナーの理解が得られず、不動産会社が物件を紹介すらしてくれないこともある。

さらに入居後も、室内に傷がつかないように養生したり、気を使って生活しなければならない。賃貸物件は基本的に自由に改修できず、改修しても原状回復にお金がかかる。窪さんは、そんな現状を深く知り、「車いすの人でも安心して暮らせるマンションを作ろう」と決意した。

当事者や設計士、建築会社など多くの協力により完成

ツクルUDのプロジェクトメンバー。手前左が矢野さんツクルUDのプロジェクトメンバー。手前左が矢野さん

車いすでも生活しやすい賃貸マンションを新築する。そう決めたものの前例は見当たらず、手探りでのスタートとなった。窪さんは、車いす利用者4人と管理会社の知人など7人でチームを結成。障がい者の方に話を聞きに行ったり、就労支援事業所を回ったり、車いすで生活する人の部屋を見学させてもらったりした。「玄関から部屋に入れないので、ベランダから入っているという方もいて、想像を超えるご苦労をされているのだと驚きました」。設計士と何度も打ち合わせを重ね、当事者たちの声を聞きながら、建築会社など多くの人たちの協力を得た。

そうして2018年5月、鹿児島市鴨池に「ツクルUD」が完成した。鉄筋コンクリート5階建て、1K全20部屋のマンション。オートロックでネット無料、エレベーター・宅配ボックス・防犯カメラがあり、家賃は4万3,000円~4万6,000円。「エリアの相場より、少し安くしています」と窪さん。車いす利用者は、共益費2,000~3,000円を不要とした。

車いすでも住みやすい仕掛けがたくさん

1階に3タイプある部屋が車いすの方対応で、さまざまな工夫が施されている。まずエントランスはスロープ仕様。電気スイッチやインターホンは、車いすに座ったまま押しやすいよう低位置に。部屋には上下別々のクロスを貼っているので、壁に傷がついても下だけ張り替えられる。キッチンの下は扉がなく、車いすでも料理がしやすい。トイレと洗面を一緒にしたり、リビングや洗面所への扉をなくした部屋もある。また、駐車場4台のうち1台は車いす用に幅広にした。

そして全部屋に共通する大きな特徴は、賃貸物件ながらDIYができること。普通の賃貸は壁に押しピン1つ刺すのもはばかられるが、ツクルUDはクギを打っても棚をつけてもOKで、住む人が使いやすく好きなように改装できる。しかも原状回復は基本的に不要で、次の入居者に引き継ぐ。
「最近はDIYできるマンションもありますが、築年数が古くて空室が多く、入居者探しに困っているところが大半。うちは新築なのにDIYができて、原状回復しなくていいというのがウリです。DIYのやり方がわからないという人には専門家がレクチャーしたり、信頼できる工務店を紹介したりすることもできます」(窪さん)

左上:玄関にはスロープをつけた/右上:電気のスイッチやインターホンなどは低く設置。壁紙は上下別にしている/左下:キッチンの下は扉をなくし、車いすでも使いやすいつくりに。電気コンロを使う人が多いと聞き、キッチンカウンターの下にコンセント口もつけた/右下:トイレと洗面台は扉をなくして、動きやすいようにした左上:玄関にはスロープをつけた/右上:電気のスイッチやインターホンなどは低く設置。壁紙は上下別にしている/左下:キッチンの下は扉をなくし、車いすでも使いやすいつくりに。電気コンロを使う人が多いと聞き、キッチンカウンターの下にコンセント口もつけた/右下:トイレと洗面台は扉をなくして、動きやすいようにした

障がいがあっても、人とつながり自立していけるように

コミュニティスペースの入口。窪さん手描きのエリア紹介などが貼ってある。使用料は3時間1,000円。コミュニティスペースの入口。窪さん手描きのエリア紹介などが貼ってある。使用料は3時間1,000円。

そしてもうひとつ、ツクルUDにはユニークな仕掛けがある。1階にレンタルスペースがあり、交流会やイベントなどに使えるのだ。マンションが完成したときのプロジェクトメンバーの打ち上げも、このスペースを利用した。
「ここは車いすの人が暮らしやすく、健常者も障がい者も共に暮らせるマンションです。車いすでつく傷なんて、全く気にしなくていい。障がいのある人でも、ひとり暮らしをすることで自立して、人とつながりながら明るい将来設計ができるようにサポートしていきたい」と力強く語る。

窪さん自身、人と交流することが好きで、これまでコミュニティスペースやシングルマザー専用のシェアハウスなどを手がけてきた。今は、高齢者向け賃貸物件のプロジェクトを進めている。
「誰かのためになると思ったら、すぐ実行してきた」という窪さん。うまくいく秘訣を問うと、こんな答えが返ってきた。「一生懸命にやっていたら、必ず手伝ってくれる仲間があらわれるんです。これからも仕事を通して、人と人、人と地域がつながるまちづくりに貢献していきたい」。今後も鹿児島初の取り組みに期待したい。

2018年 08月07日 11時05分