400年以上前にできた町割りの上に現在の町

今井町まちなみ交流センターに展示されていた、往時の今井町の町並み模型。現在もこのうちの多くが残されている。屋敷だけでなく、長屋も含めて残されているのが今井町の特徴今井町まちなみ交流センターに展示されていた、往時の今井町の町並み模型。現在もこのうちの多くが残されている。屋敷だけでなく、長屋も含めて残されているのが今井町の特徴

京都や金沢、飛騨高山、萩などに比べると、あまり知られていないのが残念だが、奈良県にそれらの町をはるかに凌ぐ規模で、より古い町並みが残されている場所がある。その町、橿原市今井町は戦国時代に本願寺から派遣された、今井兵部という僧によって開かれた道場を中心にした寺内町(寺院を中心に形成された、門徒を主体とする自治集落)として発展、今から420年以上前、文禄4年(1595年)の検地帳からはすでに現在の市街地がおおむね形成されていたことが分かっている。

江戸時代初期の今井町は東西600m、南北310mの区画を環濠(堀)、土居(土手)で囲んだ、ある種の城塞都市で、戸数は1100軒、人口は約4000数百人。大阪や堺などとの交易で栄えており、当時は「大和の金は今井に七分」、今井町に全体の七割の金が集中しているとまで言われたとか。現在も当時とほぼ同じ面積の中に504軒の伝統的建築物が残されており、国指定の重要文化財が9棟、県、市の指定文化財も8棟。歴史の密度が濃すぎるほどの一画なのである。

かつて環濠で囲われていた区画内には東西6本、南北9本の道路が配されており、街路に沿っては豪壮な一戸建て、2軒から5軒程度の長屋が並び、年代でいえば17世紀中ごろから明治、昭和初期まで。ところどころにある店舗、レストランなども含めて見事に絵になっており、月並みな言い方だがタイムスリップしたようである。

織田信長、明治維新、そして保存活動と危機も多数

上の写真右が今西家住宅。土間で今でいう裁判が行われていたそうで、土間上部には牢があったという。下は重要文化財の豊田家住宅。寛文2年(1662年)の建物上の写真右が今西家住宅。土間で今でいう裁判が行われていたそうで、土間上部には牢があったという。下は重要文化財の豊田家住宅。寛文2年(1662年)の建物

もちろん、これだけの町が今まで数百年に渡って存続するためには幾多の困難があった。最初の危機は織田信長。本願寺は反信長であったため、今井町も信長と敵対。一時はあわや一戦というところまで行ったようだが、当時、千利休などと並ぶ三大茶人の一人であった今井宗久のとりなしで、信長と和睦。その代わりに環濠を埋めさせられたという。

その次の危機は明治維新である。幕藩体制の崩壊で大名に貸していた金が戻ってこないなどのトラブルが頻出、町を離れた人が多かったそうだ。続いての危機は今井町から少し離れた場所にある、八木町への駅の開設。経済の中心が駅周辺に移っていったのである。さらに昭和に入ってからは町を分断する道路計画が持ち上がったこともあった。

だが、過去のそうした危機以上に大変だったのは戦後すぐから始まった、住民、行政その他を巻き込んでの町の保存論争だった。今井町は戦後間もなく、建築史家で工学院大学学長や文化財保護審議会委員、文化財建造物保存技術協会理事長などを歴任した伊藤ていじ氏によって『発見』された。

民家に文化財として目が向けられるようになったのは第二次世界大戦後だが、今井町はその嚆矢。昭和30年(1955年)に始まった今井町町家調査で、エリアの西端にある今西家住宅で慶安3年(1650年)の棟札(建物の建築、修築などの記録、記念として、棟木や梁など建物内部の高所に取り付けた札。築年などが分かる歴史的資料)が見つかり、伊藤氏は倒壊寸前だった今西家を重要文化財に推挙。今井町全体の価値にも注目が集まったのである。

40年に渡る議論で合意、保存へ

今でもそうだろうと思うが、文化財に指定されるというのは名誉ではあるものの、居住や住環境、財産としての価値などを考えると迷惑なことでもある。しかも、当時は国全体が復興、近代化に向けて大きく舵を切ったタイミング。古いモノを残すよりも、新しいモノを建てたいと思う人が今以上に多くいても不思議はない時代である。住民間に対立、葛藤が生まれるのは当然だろう。

しかし、今井町は40年(!)に渡り、住民審議会で議論を重ね、合意を形成していく。最終的に町並みを残す決意をし、重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのは平成5年(1993年)。この過程は「今井町 甦る自治都市―町並み保存とまちづくり」(八甫谷邦明編著 2006年 今井町街並保存会/学芸出版社)という書籍にまとめられているが、歴史を保存しながらそこに暮らすという意味の重さが実感できる。

こうした地道で長期に渡る議論が可能だった背景には今井町は江戸時代以降、堺と並び、自治的な特権が認められていたという点が挙げられる。上から何か言われて従うのではなく、自分たちで自ら動き、話しあって決めて行くという素地があったということだろう。そして、今、その歴史は空き家対策にも生かされている。

現在、今井町を歩いてみるといわゆる長屋で空き家と思しき状態が散見されるのだが、平成18年(2006年)以来活動を続けている、今井町の空き家問題に特化したNPO法人今井まちなみ再生ネットワークと市教育委員会今井町並保存整備事務所の連携により、急速に借り手が決まりつつあるというのである。

エリア内には絵になる風景が広がっている。左上/明治36年に建設された博物館で現在は今井まちなみ交流センター。右上/八木西口駅から今井町へ向かうと一部残された環濠沿いに町が見えてくる。右下/町のシンボルマークとなっているこの金具は馬を繋ぐためのもの。左下/広壮なお屋敷だけでなく、ごく普通の商家、住宅、長屋も混在、ドラマのロケなどにもよく使われているという町並みエリア内には絵になる風景が広がっている。左上/明治36年に建設された博物館で現在は今井まちなみ交流センター。右上/八木西口駅から今井町へ向かうと一部残された環濠沿いに町が見えてくる。右下/町のシンボルマークとなっているこの金具は馬を繋ぐためのもの。左下/広壮なお屋敷だけでなく、ごく普通の商家、住宅、長屋も混在、ドラマのロケなどにもよく使われているという町並み

地道なまちあるき、人間関係橋渡しで空き家を解決

今井町には保存活動を審議してきた住宅審議会に加え、自治会、婦人会など13の組織がある。だが、保存をテーマにしてきた活動が一段落した後、次の問題として空き家を考えるにあたっては組織の若返りが必要と新たなNPOが発足した。それが今井まちなみ再生ネットワーク。これまで年間4回、計44回にも及ぶ空き町家紹介まちあるきを実施、改修や補助金利用についての相談に乗り、空き家の掃除を続けるなど堅実に、辛抱強く活動を積み重ねてきており、この10年間で62軒の契約(分譲、賃貸とも)に至っている。そうした活動がこのところへ来て「町が変わってきたと言われる」(上田琢也理事長)と評価されている。

「古い住宅にネガティブな印象を持ちがちな所有者に、そこに住みたい人が多いと伝え続けてきたことで考え、見方が変わってきており、NPOとの信頼関係が生まれてきていると思います。また、新しい人が入ってくる時には挨拶に同行したり、イベントへの事前参加を呼びかけるなどの橋渡しを行っており、その結果、新旧がうまく混じり合うようにもなっています。当初からNPOで借上げ、調査、改修して賃貸する、サブリース方式も行っていますが、今ではそれで新規物件が出るとすぐに決まる状態です」。

これまでに再生された建物の用途は宿泊体験施設やフレンチレストラン、町家カフェ、雑貨店、接骨院、学習塾などとバリエーション豊富。奈良県立医大によるゲストハウス、行政主導で開設された学童などもあり、今井町での空き家利用は他のお手本になりそうなほどである。こうした活用が進んでいるのには、NPOが単独で動くのではなく、行政や金融機関などとも協働し、それが変化を加速させているという背景がある。特に聞いて「なるほど!」と思ったのが行政が住宅取得や改修などに関して、金額の目安を提示しているという点である。

左上/学童として利用されている建物外観、右上/同内装、右下/左側にフレンチレストランがあるのだが、町並みに馴染んでいて言われないと気づかないほど。左下/カフェのような店舗も何軒か点在左上/学童として利用されている建物外観、右上/同内装、右下/左側にフレンチレストランがあるのだが、町並みに馴染んでいて言われないと気づかないほど。左下/カフェのような店舗も何軒か点在

行政が金銭的目安を提示、ハードルを下げる

現在、電柱の地中化が進められており、町の人達は完成を心待ちにしている現在、電柱の地中化が進められており、町の人達は完成を心待ちにしている

最近まで多くの空き家バンクの情報はかなりそっけないものだった。特に気になる金銭面については総額は書かれていたとしてもそれだけというのが大半。だが、今井町でのまちあるきでは行政、金融機関関係者がもっと突っ込んだ話をしてくれる。

「今井町のように重要伝統的建造物群保存地区では建物外観が自由にならないなどの制限はあるものの、固定資産税は減免されていますし、建物の改修に関しては補助が出ます。古い建物なら建物価格も、土地価格も知れています。最近できた学童の改修が30坪(100m2弱)で1200万円程度なので、それをモデルとして見てもらい、土地価格、助成金の目安もその場でお伝えするので決断していただきやすいのだと思います」(今井町並保存整備事務所・日裏康夫所長)。

現在、市場に出ている空き家には10軒にそれぞれ2人くらいずつの申し込みが入っており、人気ぶりがよく分かる。「キャンセルも考え、確実に利用いただけるように慎重に交渉しています。また、大家さんを口説く際には行政から、NPOから、不動産会社からといろいろな立場からお願いするようにしており、その連携が今のところ、非常にうまく行っています」。

移住に当たっては金銭的問題、人間関係が気になるところだが、そこがNPO、行政のタッグでクリアできるとなるとハードルはずいぶんと下がってくる。それでもまだ、古い長屋のうちには解決策が見つからないものもあるそうだが、これまで長屋も含めた保存が行われている例が少ないことを考えると、ぜひ、今あるものをすべて未来へ残すべく、頑張っていただきたいものである。

2017年 02月04日 11時00分